1 2つの分割手続(遺産分割と共有物分割)の違い
相続によって生じた共有のことを遺産共有といいますが、法的性質は通常の共有(物権共有)と同じです。ただし分割手続の種類だけは違います。具体的には、遺産共有については遺産分割、物権共有については共有物分割です。
詳しくはこちら|遺産共有の法的性質(遺産共有と物権共有の比較)
では、この2種類の分割手続はどのように違うのでしょうか。実はとても似ているのですが、形式面、実質面でいろいろと違いもあります。本記事では遺産分割と共有物分割の違いを説明します。
2 遺産分割と共有物分割の手続の違い(まとめ)
遺産分割と共有物分割の手続は、手続の形式が大きく違います。裁判所や、調停・審判・訴訟という分類(種類)などです。
それ以外にも、基本的な性質から生じる根本的な違いがあります。最初に違いとして挙げられる事項の全体をまとめておきます。
遺産分割と共有物分割の手続の違い(まとめ)
あ まとめ
種類 | 遺産分割 | 共有物分割 |
裁判所の管轄 | 家庭裁判所 | 地方裁判所 |
手続の種類 | 家事調停・審判 | 訴訟 |
対象財産 | 遺産すべてor一部(後記※3) | 特定の共有物(後記※1) |
判断要素 | 広範な親族関係に及ぶ(後記※4) | 対象の共有物に関するものに限定される |
共有分割(後記※2)の有無 | あり | なし |
裁判所による分割禁止(後記※5)の有無 | あり | なし |
根拠 | 民法907条2項、258条 | 民法258条 |
申立手数料 | 1200円(調停・審判) | 対象財産の価額による |
い 補足説明
(※1)複数の共有物の組み合わせは可能である
詳しくはこちら|共有物分割|複数の財産・複数種類の財産を対象とする|一括分割
(※2)「共有分割」とは、共有のままで分割を完了させることである、遺産分割だけに認められる
詳しくはこちら|遺産分割における共有分割(共有のままとする分割)
(※3)遺産の一部の分割請求
平成30年改正民法(令和元年7月1日施行)により遺産の一部の分割請求が新設された
(※4)遺産分割における修正要素
特別受益や寄与分によって修正されることがある
詳しくはこちら|特別受益の基本的事項(趣旨・持戻しの計算方法)
詳しくはこちら|寄与分|全体|趣旨・典型例
(※5)裁判所による分割禁止
遺産分割の審判では5年以内の遺産分割禁止を決定することができる
詳しくはこちら|遺産分割の禁止(4つの方法と遺産分割禁止審判の要件)
共有物分割訴訟で共有物分割禁止の判決をすることはできない
3 遺産分割と共有物分割の分割類型の優先順序の比較
次に、実質的な分割手続の内容についてみてゆきます。どの分割類型を選択するか、ということについては、一定の基準(優先順序)があります。大まかな方向性は同じですが、現物分割の順位に違いがあるようにみえます。ただこれは、現物分割の内容(種類)として違うことを意味していることに注意が必要です。
遺産分割と共有物分割の分割類型の優先順序の比較
あ 同質性
遺産の共有及び分割に関しては、共有に関する民法256条以下の規定が第一次的に適用せられ、遺産の分割は現物分割を原則とし、分割によって著しくその価格を損する虞があるときは、その競売を命じて価格分割を行うことになるのである
民法906条は、その場合にとるべき方針を明らかにしたものに外ならない
※最高裁昭和30年5月31日
※最高裁平成6年3月8日(昭和30年判例を踏襲)
い 違い
ア 遺産分割
遺産分割では現物分割が最優先(1番目)である
詳しくはこちら|遺産分割の分割方法の基本(分割類型と優先順序)
通常、対象財産(遺産)の個数が複数であり、(現物分割の中の)個別分割のことである
個別分割=1個の財産を複数個の財産に分けるわけではない
イ 共有物分割
共有物分割では現物分割よりも全面的価格賠償の方が優先(または同順位)である
詳しくはこちら|共有物分割の分割類型の選択基準(優先順序)の全体像
通常、対象財産は1個であり、狭義の現物分割のことである
狭義の現物分割=1個の財産を複数個の財産に分ける
対象財産が複数個である場合には、(現物分割の中の)個別分割の優先度は遺産分割と同様に上がると思われる
4 共有物分割と遺産分割の分割類型の違い
共有物分割と遺産分割の分割類型の枠組みは同じであり、似ているのですが、違いもあります。形式的な違いとして、共有分割があります。(全体を)共有のまま分割完了とすることができるかどうか、です。遺産分割では可能ですが、共有物分割は特定の共有物の共有を解消すること自体が目的なので、全体を共有のままとしておくことはできません。
共有物分割と遺産分割の分割類型の違い
あ まとめ
分割類型 | 共有物分割 | 遺産分割 |
現物分割 | ◯ | ◯ |
換価分割 | ◯ | ◯ |
(全面的)価格賠償・代償分割 | ◯ | ◯ |
共有分割(後記※5) | ✕(後記※6) | ◯ |
用益権設定(後記※7) | ✕ | ◯ |
(※5)全体を共有とする(共有のままとする)分割のこと
(※6)一部を共有のままとする分割(一部分割)は可能である
い 参考記事
ア 共有物分割の分割類型
詳しくはこちら|共有物分割の分割類型の基本(全面的価格賠償・現物分割・換価分割)
イ 遺産分割の分割類型
詳しくはこちら|遺産分割の分割方法の基本(分割類型と優先順序)
5 用益権設定により分割する方法
分割方法として、用益権(利用権)を設定するというものがあります。遺産分割では使われることが比較的よくありますが、共有物分割では一般的ではありません。
用益権設定により分割する方法(※7)
あ 共有物分割(概要)
実務では、裁判所が用益権設定の方法を採用することはほとんどない
ただし、理論的に否定されているとは言い切れない
詳しくはこちら|共有物分割における用益権設定による分割(現物分割の一種)
い 遺産分割(概要)
実務で一般的に用益権設定の方法が採用されている
詳しくはこちら|遺産分割における用益権設定による分割(現物分割の一種)
う 財産分与(参考)
離婚に伴う財産分与では、裁判所が、用益権(利用権)設定の方法をとることがある
詳しくはこちら|財産分与として利用権を設定する方法(法的問題点)
詳しくはこちら|財産分与として不動産の利用権を設定した裁判例(集約)
6 民法906条に着目した遺産分割と共有物分割の違い
前述のように、裁判所による遺産分割と共有物分割の直接の根拠は民法258条で共通しており、判断の枠組みは同じです。
一方、遺産共有にだけ適用される条文として民法906条があります。
このことから、遺産分割において裁判所が判断する際の判断材料(考慮事情)は、(共有物分割よりも)広い範囲に及ぶ、ということがいえます。
民法906条に着目した遺産分割と共有物分割の違い
あ 民法906条の条文(前提)
遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。
※民法906条
い 遺産分割と共有物分割の違い(見解)
・・・遺産の分割には、遺産の分割について、「遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮して」行なう旨を定める規定がある(民法906条)が、現物分割や競売による分割という分割方法について定める民法258条2項のような規定はない。
そのため、一定の方法による分割の可否および分割方法の選択順序について、本稿で明らかにされた内容(注・共有物分割)の規律は、さしあたり、裁判による共有物分割についてのものであり、家庭裁判所の審判による遺産分割についてのものではないといわなければならない。
※山田誠一稿『民法256条・258条(共有物の分割)』/広中俊雄ほか編『民法典の百年Ⅱ』有斐閣1998年p532
7 遺産分割と共有物分割の目的の違い
以上では、2つの分割手続における分割類型に着目して違いを説明してきました。この点、もっと広い意味で(より抽象的に)、裁判所が決定する具体的な分割の方法としては、遺産分割の方が柔軟性が高いといえます。
共有物分割についても判例によって柔軟化・自由化が大きく進んでいますが、それでも遺産分割の方が柔軟性が高いのです。この柔軟性の違いの1つとして、(代償分割・価格賠償における)履行確保措置の内容や採否の傾向が挙げられます。
詳しくはこちら|遺産分割における代償分割の履行確保措置
詳しくはこちら|全面的価格賠償の判決における履行確保措置の内容(全体)と実務における採否
遺産分割と共有物分割の目的の違い
したがって、遺産分割の場合は財産の社会的機能や経済的価値が最大限に発揮されるように適切な分配を期するものとされている。
そのため、裁判所は遺産分割の場合には民法258条の共有物分割の場合に比べて柔軟な分割方法を認めているといえる。
※直井義典稿『いわゆる全面的価格賠償の方法による共有物分割の許否』/『法学協会雑誌115巻10号』1998年p1583
8 価格賠償・代償分割の明文規定の有無の違い
形式的な規定の違いとしては、民法906条以外にもあります。遺産分割については、家事事件手続法に代償分割を定める規定があります。共有物分割でこれに相当するのは(全面的)価格賠償ですが、この分割類型は条文上の規定がありません。ただし、全面的価格賠償は判例で確立しているので、結果的には同じようなことになっています。
なお、ネーミングについて、判例が「代償」ではなく「賠償」の語を使った経緯についてはちょっとしたうんちくがあります。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の「賠償金」の用語と性質
価格賠償・代償分割の明文規定の有無の違い
あ 代償分割の規定(遺産分割)
遺産分割には代償分割を定める規定が以前から存在した(家事事件手続法195条、旧家事審判規則109条)
詳しくはこちら|遺産分割における代償分割の基本(規定と要件)
代償分割(価格賠償に相当する)分割類型の存在(可能性自体)は、以前から否定されることはなかった
※直井義典稿『いわゆる全面的価格賠償の方法による共有物分割の許否』/『法学協会雑誌115巻10号』1998年p1583
い 判例による価格賠償(共有物分割)
ア 令和3年改正前
共有物分割には全面的価格賠償を定める規定はないが、平成8年判例が認めた(基準を立てた)
詳しくはこちら|共有物分割における全面的価格賠償の要件(全体)
イ 令和3年改正後
令和3年改正により、全面的価格賠償が条文上の規定として追加された
詳しくはこちら|令和3年改正民法258条〜264条(共有物分割・持分取得・譲渡)の新旧条文と要点
本記事では、遺産分割と共有物分割という2種類の分割手続の違いを説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に共有不動産や相続(遺産分割)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。