1 遺産分割における代償分割の履行確保措置
2 遺産分割の履行確保措置の条文規定
3 遺産分割における履行確保措置の採否の傾向
4 代償金,利息,損害金の給付(債務名義化)
5 担保提供(抵当権設定)
6 代償金支払の先履行
7 代償金不払時の換価分割
8 引換給付(同時履行の確保)
9 支払能力と履行確保措置の関係(概要)
10 共有物分割(全面的価格賠償)との比較(参考)

1 遺産分割における代償分割の履行確保措置

遺産分割における相続財産の分割の方法(承継する相続人を決める方法)の1つに,相続人の1人が承継し,代わりに対価(代償金)を支払う,という代償分割があります。
詳しくはこちら|遺産分割における代償分割の基本(規定と要件)
裁判所が代償分割を定めた場合に,その後,代償金が支払われないということがあったら困るので,代償金の支払を確実にするような工夫が講じられることもあります。本記事ではこのような,代償分割における履行を確保する措置について説明します。

2 遺産分割の履行確保措置の条文規定

代償分割の審判で定めた義務の履行を,当該審判の中で裁判所が命じることができる,ということを定める明文規定(条文)があります。条文上は給付を命じるとだけ規定されています。

<遺産分割の履行確保措置の条文規定>

あ 代償分割の規定(前提)

家庭裁判所は,遺産の分割の審判をする場合において,特別の事情があると認めるときは,遺産の分割の方法として,共同相続人の一人又は数人に他の共同相続人に対する債務を負担させて,現物の分割に代えることができる。
※家事事件手続法195条

い 給付命令(履行確保措置)の規定

家庭裁判所は,遺産の分割の審判において,当事者に対し,金銭の支払,物の引渡し,登記義務の履行その他の給付を命ずることができる。
※家事事件手続法196条

3 遺産分割における履行確保措置の採否の傾向

前述のように,遺産分割の審判で裁判所が給付その他の履行確保措置をとることは可能なのですが,実際には,審判(決定)の中で履行確保措置が講じない,という傾向があります。
正確には,(代償分割に相当する)共有物分割における全面的価格賠償では履行確保措置を取るほうが普通なのですが,それと比べると圧倒的に少ない,という意味です。

<遺産分割における履行確保措置の採否の傾向>

実際にも,全面的価格賠償の範となるべき実務経験の蓄積された遺産分割審判においては,(対価取得者の負担するリスクに関しては共有物分割の場合と大差がないと思われるのに)代償分割を命ずる場合でも特に引換給付等の履行確保の措置を講じていないのが一般的な取扱いであり,家裁サイドから,この取扱いを改める必要があるとの声は聞かれない
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p893〜895,905,906

4 代償金,利息,損害金の給付(債務名義化)

履行確保措置の代表的なものは,代償金の支払を債務名義にする,というものです。家事事件手続法196条の「金銭の支払」の給付を命じる,ということになります。

<代償金,利息,損害金の給付(債務名義化)>

(家事審判による遺産分割において,代償分割の方法を採用した場合には)金銭債務についての債務名義を形成すること,利息,遅延損害金を付することが考案され,実行されている
※最高裁平成11年4月22日・遠藤光男・藤井正雄裁判官共同補足意見
※『注解家事審判規則』p315,316参照(利息を肯定)

5 担保提供(抵当権設定)

代償金の支払債務につき,給付(請求権)を認めた上で,この請求権を担保する抵当権の設定を審判の中で行う方法もあります。実際にこの方法がとられることもありますが,レアケースといえます。

<担保提供(抵当権設定)>

あ 担保提供の採否の傾向

担保提供を認めない裁判例が多い
実務的な観点からも,当事者間の対立が激しく審判により結論が出されるような事案について,”抵当権を設定してまで(それだけ債務負担能力に不安のある)代償分割を採る必要があるのはごく例外的な場合に限られる
※副田隆重稿/潮見佳男編『新注釈民法(19)相続(1)』有斐閣2019年p396

い 抵当権設定を認めた裁判例

遺産分割においては原則として現物分割をなすべきである
現物分割の結果は,相続人間の価値の過不足が生じるものであった
裁判所は,調整金(代償金)の支払を命じ,その支払の猶予を認めるとともに,支払確保のために抵当権の設定をも認めた
※家事事件手続法196条(付随処分)
※旧家事審判規則110条,49条
※東京家審昭和50年3月10日
※松江家審平成3年5月20日

う 共有物分割の判例の補足意見(参考)

(家事審判による遺産分割において,代償分割の方法を採用した場合には)担保権を設定することが考案され,実行されている
※最高裁平成11年4月22日・遠藤光男・藤井正雄裁判官共同補足意見

え 共有物分割の判例解説

(遺産分割の代償分割において)
抵当権設定の実例も,全くといってよいほどないようである
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p893〜895,905,906

6 代償金支払の先履行

代償金の支払がなされた後に現物を給付することにすれば,代償金支払の履行がされるかどうかの不安は一切なくなります。しかしこの方法だと,現物取得者が,現物の給付を受けられるかどうかのリスクを負担します。
結局,発想としてはありますが実際にはこの手法がとられることはほぼ考えられません。

<代償金支払の先履行>

代償金支払を先履行とすることなどは検討の対象とされていない
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p893〜895,905,906

7 代償金不払時の換価分割

代償金が支払われるかどうかの不安を払拭する方法として,代償金支払が履行されない場合は競売(換価分割)とするという審判内容にする,という発想があります。このような2段階の(条件つきの)審判がなされるということも考えられません。

<代償金不払時の換価分割>

家裁の遺産分割では,代償分割を命じ,その不奏功を条件に換価分割を命ずるという取扱いは行われていない
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p893〜895,905,906

8 引換給付(同時履行の確保)

代償分割において,代償金の支払現物の給付の両方のリスクを回避する方法として,引換給付にする(同時履行とする)という発想があります。なお,共有物分割においては引換給付の判決はむしろ一般的です。しかし,遺産分割の実務では引換給付の審判とすることはほとんどありません。
なお,被相続人登記名義となっている不動産については,登記の仕組み上,遺産分割の内容を引換給付とすることはできません。

<引換給付(同時履行の確保)>

あ 代償金・移転登記の引換給付の採否の傾向

代償分割の事案については,司法研修所『遺産分割審判書作成の手引』p39には,代償金支払と移転登記手続とを引換給付とする主文例が紹介されている
しかし,最近の遺産分割審判の実務においては,代償金支払と移転登記手続との引換給付を命ずる例はほとんどないようである(東京家裁と大阪家裁の遺産分割専門部に問い合わせたところでは,現構成の家事審判官に関しては引換給付を命じた事例は皆無とのことである)
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p893〜895,905,906

い 被相続人の登記名義と引換給付の可否

なお,不動産が登記上被相続人の所有名義のままである場合には,不動産取得者が単独で所有権移転登記を申請できるため,遺産分割審判の主文に他の相続人の登記手続義務を定めておく必要はない→引換給付とすることができない
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p893〜895,905,906

9 支払能力と履行確保措置の関係(概要)

ところで,代償分割の要件の(重要な)1つとして,代償金支払債務を負う相続人が支払能力を有する,ということがあります。
詳しくはこちら|遺産分割における代償分割の基本(規定と要件)
この点,代償金の支払能力が不足していたとしても,不足分を履行確保措置で補うことができるという発想もあります。
一方,支払能力が不足している時点で代償分割の要件を欠くので代償分割を選択することはできないという考えもあります。
このような,支払能力と履行確保措置の関係については,共有物分割において議論が進んでいます。
詳しくはこちら|全面的価格賠償における賠償金支払に関するリスク(履行確保措置の必要性)

10 共有物分割(全面的価格賠償)との比較(参考)

以上では,遺産分割の代償分割について説明しましたが,これは”共有物分割における(全面的)価格賠償に相当します。そこで,(遺産分割の)代償分割と,(共有物分割の)全面的価格賠償とで,履行確保措置の採否の実情は同じなのだろう,という発想が浮かびますが,そうではありません。共有物分割では履行確保措置を採用する傾向が強いです。全面的価格賠償の履行確保措置の種類や採否の傾向については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の判決における履行確保措置の内容(全体)と実務における採否

本記事では,遺産分割における代償分割の履行確保措置の種類や採否の傾向を説明しました。
実際には,個別的な事情によって,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に遺産分割(相続)に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。