【財産分与として利用権を設定する方法(法的問題点)】

1 財産分与として利用権を設定する方法(法的問題点)

夫婦の離婚の際の財産分与の方法として、利用権(用益権)を設定するというものがあります。よくあるのは自宅などの不動産について、賃借権や使用借権(賃貸借や使用貸借)を設定する、というものです。
本記事では、このような財産分与としての利用権の設定に関する法的な問題を説明します。

2 財産分与として利用権設定を用いる典型的状況

財産分与の原則的な方法は、夫婦共有財産を夫か妻のいずれかに給付する(取得させる)というものです。ただ、この方法ではうまく分けられないこともあります。典型例は、子を引き取った妻に住居を与えたいけれど、単純に与えてしまうと妻の取得分をオーバーしてしまうという状況です。ここで、不動産そのものを与えずに、居住する権利だけを与えれば、取得分オーバーにならないか、なっても少額で済む、というケースがあるのです。

財産分与として利用権設定を用いる典型的状況

収入の少ない配偶者は、財産分与によって多少の現金を得ても、その後の生活に困窮することが少なくない。
また、財産分与や慰謝料の額を評価しても、婚姻時の住居を配偶者の一方のみが取得するには足りない場合がある。
こうしたとき、判決や審判による賃借権や使用借権の設定によって、未成熟子の養育を従前と同じ住居で続けることが可能になる。
※二宮周平ほか著『離婚判例ガイド 第3版』有斐閣2015年p107

3 分与方法としての利用権設定の根拠

財産分与の具体的な分与方法として利用権を設定する方法は、明文の規定はないですが、現物分割の1つの形態などとして解釈上認められています。

分与方法としての利用権設定の根拠

あ 条文(前提)

(給付命令等)
第百五十四条・・・
2 家庭裁判所は、次に掲げる審判において、当事者(第二号の審判にあっては、夫又は妻)に対し、金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付を命ずることができる。
・・・
四 財産の分与に関する処分の審判
・・・
※家事事件手続法154条2項4号

い 離婚判例ガイド

(注・賃借権や使用借権の設定について)
裁判例は多くはないが、現物分与の一態様として認められている。
その性質については、所有権の一要素である利用権を分与するものとして清算の一態様であると考える説(大津194頁)や、
婚姻財産に対する夫婦の各一方の利用権消滅に伴う補償(佐藤義彦「判批」判タ558号232頁)とするものがある。
裁判例はおおむね、・・・扶養的財産分与として設定している。
※二宮周平ほか著『離婚判例ガイド 第3版』有斐閣2015年p107

う 新注釈民法

清算的財産分与の方法について、給付命令により金銭あるいは現物分与(共同形成財産を対象とした所有権の移転あるいは利用権の設定)も認められ(家事154条2項4号)、清算対象財産の種類(不動産、動産、借地権、預貯金)、状況(ローン付き不動産、経営資産、占有状況など)、名義の所在、夫婦の意向や、現物取得の必要性などを総合的に考慮して決定する(なお、扶養的要素や慰謝料的要素を合わせ考慮して、不動産を分与する場合もある)。
※犬伏由子稿/二宮周平編『新注釈民法(17)親族(1)』有斐閣2017年p416

え 大津千明氏見解

財産分与として一方の所有物に賃借権等の利用権を設定することが必要な場合がある。
例えば最近のように高齢者の離婚が増加してくると、年老いた妻に離婚後の居住用家屋や家屋の敷地の利用権を確保させる必要があるような場合である。
賃借権等の設定は、所有権の一部である利用権を分与するものであるから、清算の一態様として許されると解されている
(浦和地判昭58・1・2判夕五四八号二六〇頁等、なお佐藤義彦「財産分与としての賃借権設定」判タ五五八号二三二頁参照)。
※大津千明稿『財産分与の方法』/『判例タイムズ747号』1991年3月p139

4 財産分与により設定する利用権の種類

財産分与として利用権を設定する方法を採用する場合、設定する利用権は賃借権(賃貸借)と使用借権(使用貸借)の2つがあります。

財産分与により設定する利用権の種類

賃借権であるか使用借権であるかは、具体的事情に応じて裁判官の裁量により決められる(山本拓「清算的財産分与に関する実務上の諸問題」家月62巻3号40頁)。
※二宮周平ほか著『離婚判例ガイド 第3版』有斐閣2015年p107

5 財産分与として設定した建物賃借権→借地借家法適用なし

財産分与の中で、建物に賃借権を設定した場合、その法的性質が問題となります。一般論としては、建物の賃貸借には、借地借家法が適用されます。しかし、財産分与の中で裁判所が定めた賃貸借は、特別なものであり、原則として借地借家法の適用がないものとして扱われます。そうすると、法定更新がないので、設定された期間が満了した時点で退去することになります。
ただし、賃料の金額の程度によっては借地借家法の適用が認められることもあります。

財産分与として設定した建物賃借権→借地借家法適用なし

あ 借地借家法の適用(否定)

財産分与として設定された賃借権は、借地借家法の適用を受けない判決通りの内容の元配偶者の居住を保障する特別な賃借権と考えるべきであろう。

い 具体的扱い

ア 原則 原則、期間内に貸主である元夫から正当事由に基づく明渡請求は認められないし、(う)、逆に期間満了時には正当事由がなくても更新拒絶ができることになると解される。
イ 例外 ただし、相場通りの適切な金額の賃料による賃借権が設定された場合には、通常の賃貸借関係と同視される場合もありえよう。
※二宮周平ほか著『離婚判例ガイド 第3版』有斐閣2015年p107、108

う 期間内の明渡請求(参考)

一般的な建物賃貸借(借家)においても、期間内に解除(解約)することは、解約権留保特約がない限りできない
詳しくはこちら|期間の定めのない建物賃貸借の解約申入・解約予告期間

6 財産分与による定期借地権の設定→可能

以上は建物への利用権設定の説明でしたが、財産分与の中で、土地に利用権を設定する、ということもあり得ます。
この場合、前述のように、借地借家法の適用はないと考えられますが、逆に借地借家法の適用がある(という解釈が採用される)可能性も否定できません。そこで、裁判所の判断(審判書)の中で定期借地権であることを明確に示す、という方法があります。審判の中で定期借地権である(法定更新がない)と明記されていれば解釈が分かれるということを回避できます。

財産分与による定期借地権の設定→可能

あ 定期借地権→可能

離婚の際に、家庭裁判所が、民法768条2項の「協議に代わる処分」において定期借地権の設定を命ずることは、許される。
この処分は、当事者の協議に代わる性格のものであるから、当事者が協議で本条の特約をなしうる以上、これに代わる裁判所の処分においても、同様のことが可能であってよい。
なるほど、このような処分が借地権者となる者の意思に反して行われることが適当か、という問題はあるが、民法768条3項が掲げる一切の事情を考慮した結果として財産分与の衡平を図る上で必要な場合には、やむをえないものと考えるべきである。
※山野目章夫稿/稻本洋之助ほか編『コンメンタール借地借家法 第4版』日本評論社2019年p164

い 事業用借地権→可能

民法768条2項に基づく家庭裁判所の処分は、当事者の協議に代わるものであるから、これにより事業用借地権の設定を命ずることも可能であると解すべきである。
※山野目章夫稿/稻本洋之助ほか編『コンメンタール借地借家法 第4版』日本評論社2019年p181

7 共有建物への利用権設定の問題点

もともと夫婦の共有となっている不動産に、財産分与として利用権を設定した場合、別の問題があります。というのは、利用権はいずれは消滅(終了)します。利用権が消滅しても共有の状態は維持されています。そこで通常、共有の解消が必要になります。結局、財産分与とは別の解決が必要だということになります。
ただ、このようなケースでの利用権は、共有者間の共有物の使用に関する合意であって、賃借権(賃貸借)ではないとも考えられます。いずれにしても、共有の解消が必要な状態が残るという問題があることに変わりはありません。

共有建物への利用権設定の問題点

あ 学説(文献)

(財産分与として共有の不動産に利用権を設定することを前提として)
不動産が共有の場合には、賃貸期間終了後に、共有物分割を行って清算するか、あるいは新たに賃貸借あるいは使用貸借についての合意をするか等、再度の解決が必要になるので、ある程度の信頼関係を維持しうる元夫婦の場合に限られよう。
※二宮周平ほか著『離婚判例ガイド 第3版』有斐閣2015年p108

い 共有者間の利用権設定(参考)

共有物を対象とした賃貸借や使用貸借を否定する見解が一般的である
詳しくはこちら|共有持分権を対象とする処分(譲渡・用益権設定・使用貸借・担保設定)
共有物を共有者の1人が使用する合意は、共有物の使用(収益)方法に関する意思決定に該当すると思われる
詳しくはこちら|共有物の(狭義の)管理行為の基本的な内容

う 共有者間の合意の注意点

ア 共有持分譲渡・差押との関係 共有物の使用方法に関する意思決定は、共有持分の譲受人も拘束する
詳しくはこちら|共有持分譲渡における共有者間の権利関係の承継(民法254条)の基本
共有持分の譲渡や差押があっても利用権(合意)は維持される
イ 共有物分割請求 共有者による共有物分割請求を否定できない
審判・判決により不分割特約が設定されたとして扱うと利用権(合意)を保護できるが、理論的に無理がある
また、分割禁止特約(不分割特約)の上限期間が5年であることも障害になる
(参考)分割禁止特約について説明する記事
詳しくはこちら|共有物分割禁止特約の基本(最長5年・登記の必要性)

なお、共有の不動産について、財産分与の中で、夫の単独所有とした上で、妻の賃借権を設定する、ということにすればこの問題は回避できます。裁判所がそのような方法を採用することもあります。
共有持分に利用権を設定した実例も、一方の単独所有にした上で他方の利用権を設定した実例もあります。
詳しくはこちら|財産分与として不動産の利用権を設定した裁判例(集約)

8 財産分与として不動産に利用権を設定した裁判例(参考)

以上のように、財産分与の中で不動産に利用権を設定する方法は、状況によっては有用なものです。実際に、裁判所がこの方法を採用することもあります。別の記事でいろいろな実例を紹介しています。
詳しくはこちら|財産分与として不動産の利用権を設定した裁判例(集約)

9 遺産分割・共有物分割における利用権設定(参考)

以上のように、財産分与の方法として利用権を設定することは認められています。この点、財産分与以外の、財産を分ける手続ではどうでしょうか。
まず、遺産分割では、解釈でも、また、民法の平成30年改正の規定でも、利用権の設定は認めれています。
詳しくはこちら|遺産分割における用益権設定による分割(現物分割の一種)
この点、共有物分割では、裁判所が利用権設定の方法を実際に採用することはほとんどありません。
詳しくはこちら|共有物分割における用益権設定による分割(現物分割の一種)

本記事では、財産分与として利用権を設定する方法に関する法的な問題点を説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に自宅や事業用の不動産が関係する離婚の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【単独所有登記だが実質的な(元)夫婦共有の不動産の共有物分割】
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