1 共有物分割における全面的価格賠償の要件(全体)
2 全面的価格賠償の要件の簡略版
3 全面的価格賠償が選択される典型的状況
4 平成8年判例の規範部分の引用
5 全面的価格賠償の要件の機械的分解
6 相当性の内容
7 共有物の価格の適正評価(概要)
8 現物取得者の支払能力
9 価格賠償と現物分割の優劣関係(概要)
10 全面的価格賠償における弁論主義・主張責任

1 共有物分割における全面的価格賠償の要件(全体)

共有物分割の分割類型の中で,活用されることが多いものは全面的価格賠償です。
詳しくはこちら|価格賠償|基本|判例による創設|部分的→全面的|典型的争点
本記事では,全面的価格賠償が認められるための要件を説明します。

2 全面的価格賠償の要件の簡略版

全面的価格賠償の要件の詳しい内容はとても複雑です。そこで最初に,大幅に簡略化した要件をまとめます。
実際の案件において全面的価格賠償が認められるかどうかの大雑把な判断をする時に役立ちます。

<全面的価格賠償の要件の簡略版>

あ 取得の希望

共有者の1人A(現物取得者)が共有物を取得する(単独所有にする)ことを希望している

い 相当性

Aが共有物を取得することが合理的である
対象不動産を使用する必要性の高さで判断される

う 賠償金額の妥当性

Aが他の共有者(対価取得者)に支払う金銭(賠償金)の金額が客観的な評価額と整合している

え 資力

Aが,賠償金(う)を実際に支払うことが可能である

3 全面的価格賠償が選択される典型的状況

さらに,大まかに実際の状況をイメージするために,全面的価格賠償が選択される状況の典型例をまとめます。
共有持分比率が大きい共有者が,持分比率が小さい共有者から持分を取得する,というものや,長期間占有(居住)してきた共有者が他の共有者から持分を取得するというケースが典型です。

<全面的価格賠償が選択される典型的状況>

あ 持分比率が大きい共有者による取得

共有者間の持分比率に極端な差がある事案は,全面的価格賠償の方法による共有物分割に親しむ事案の典型例といえるであろう
※『判例タイムズ931号』p144〜
全面的価格賠償の方法による分割の適用場面の1つとして,対価取得者の有する持分の割合が僅少である場合が考えられる
※『判例タイムズ1002号』p114〜(三1(1))

い 占有する共有者による取得

対象不動産を長期間占有していた(現在も占有している)共有者が取得すること
→全面的価格賠償が選択される典型例である

4 平成8年判例の規範部分の引用

ここから,全面的価格賠償の要件の詳細な内容に入ってゆきます。
まず,要件を定立した平成8年判例の中の要件が示されている部分を引用します。

<平成8年判例の規範部分の引用>

当該共有物の性質及び形状,共有関係の発生原因,共有者の数及び持分の割合,共有物の利用状況及び分割された場合の経済的価値,分割方法についての共有者の希望及びその合理性の有無等の事情を総合的に考慮し,当該共有物を共有者のうちの特定の者に取得させるのが相当であると認められ,かつ,その価格が適正に評価され,当該共有物を取得する者に支払能力があって,他の共有者にはその持分の価格を取得させることとしても共有者間の実質的公平を害しないと認められる特段の事情が存するときは,共有物を共有者のうちの1人の単独所有又は数人の共有とし,これらの者から他の共有者に対して持分の価格を賠償させる方法,すなわち全面的価格賠償の方法による分割をすることも許されるものというべきである。
※最高裁平成8年10月31日・1380号事件

5 全面的価格賠償の要件の機械的分解

前記の判例の要件は読み取りにくいので,機械的(形式的)に分解します。

<全面的価格賠償の要件の機械的分解>

あ 全面的価格賠償を認める要件

特段の事情が存するときは,全面的価格賠償の方法による分割をすることができる
※最高裁平成8年10月31日・1380号事件

い 『特段の事情』の内容

『ア・イ』の両方が認められる場合に,『特段の事情』ありとなる
ア 相当性
当該共有物の性質 ・形状,共有関係の発生原因等の事情を総合的に考慮し,当該共有物を共有者のうちの特定の者に取得させるのが相当であると認められる
イ 実質的公平
他の共有者にはその持分の価格を取得させることとしても共有者間の実質的公平を害しないと認められる

う 『実質的公平』の内容

『ア・イ』の両方が認められる場合に,実質的公平を害しないことになる
ア 共有物の価格が適正に評価されている(後記※1)
イ 当該共有物を取得する者に賠償金の支払能力がある(後記※2)
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p866

6 相当性の内容

全面的価格賠償の要件の中に相当性があります(前記)。この相当性の内容を整理します。

<相当性の内容>

あ 共有物の性質・形状

現物分割の可否
分割された場合の経済的価値
共有者の数・持分割合
共有物の利用状況

い 共有関係の発生原因

遺産流れの場合
→全面的価格賠償の相当性が肯定される傾向がある
※『最高裁判所判例解説平成8年度(下)民事篇』財団法人法曹会p889

う 共有者の希望・合理性の有無

分割方法についての共有者の希望について
→合理性を有する限りにおいて実体要件の1つとして考慮する
※最高裁平成8年10月31日
※『最高裁判所判例解説平成8年度(下)民事篇』財団法人法曹会p890

7 共有物の価格の適正評価(概要)

全面的価格賠償の要件の中に実質的公平性があり,この実質的公平性の中に(共有物の)適性評価があります(前記)。要するに,現物取得者が他の共有者に支払う賠償金の金額の算定ということです。実際に当事者の間で意見が対立しやすい点です。詳しい内容は別の記事で説明しています。

<共有物の価格の適正評価(概要・※1)>

実質的公平性の中の共有物の価格の適性評価について
共有物の価格は,卸売価格(競売を前提とした価格)ではなく,取引価格ないし時価そのものである
詳しくはこちら|全面的価格賠償の賠償金の算定(共有物の価格の適性評価・共有減価・競売減価)
原則として裁判所の鑑定によって評価する
詳しくはこちら|全面的価格賠償における共有物の価格の評価プロセス(鑑定)

8 現物取得者の支払能力

全面的価格賠償の要件の中に実質的公平性があり,この実質的公平性の中に(現物取得者の)支払能力があります(前記)。
支払能力をさらに分解すると,賠償金を払ってでも現物を取得したいという意味での支払意思と,実際に支払える資力ということになります。
現実には,支払能力の認定には一定のハードルがあります。このハードルを下げるような工夫もあります。

<現物取得者の支払能力(※2)>

あ 2要素への分解

実質的公平性の中の)支払能力については,支払意思現実の資力の2要素に分解して考えることができる
※『判例タイムズ1002号』p114〜(三1(1))

い 支払能力の認定の困難性(概要)

家事審判と異なり,共有物分割訴訟では支払能力の認定に一定の困難性・リスクがある
詳しくはこちら|全面的価格賠償における賠償金支払に関するリスク(履行確保措置の必要性)

う 履行確保措置と支払能力認定の関係(参考)

判決に履行確保措置(賠償金支払による発効)を取り入れると支払能力の認定を緩和することにつながる
詳しくはこちら|全面的価格賠償の判決における期限や条件(賠償金支払先履行)の設定

え 融資による資金調達(概要)

対象不動産を担保とした融資によって賠償金の支払原資を調達する方法について
→否定される方向性である
詳しくはこちら|全面的価格賠償の判決における期限や条件(賠償金支払先履行)の設定

9 価格賠償と現物分割の優劣関係(概要)

全面的価格賠償の要件の主要な説明は以上のとおりです。これとは別に現物分割と全面的価格賠償との優劣関係という問題もあります。
平成8年判例の示す内容からは,現物分割の方が優先というわけではない,つまり,全面的価格賠償の方が優先(要件が充足されていればこれを選択する)ということがいえます。

<価格賠償と現物分割の優劣関係(概要・※1)>

あ 従来の要件

現物分割が可能または著しく価値を減少させない場合には現物分割を選択する
※最高裁昭和57年3月9日
→現物分割が最優先であった

い 平成8年判例の基準

全面的価格賠償の要件の中に,現物分割の可能性は含まれていな
※最高裁平成8年10月31日
→全面的価格賠償が最優先である
※『最高裁判所判例解説平成8年度(下)民事篇』財団法人法曹会p888
詳しくはこちら|分割類型|選択基準=優先順序|全体

10 全面的価格賠償における弁論主義・主張責任

全面的価格賠償はちょっと複雑な要件がありました(前記)。実際の訴訟では,当事者が主張・立証することになります。この点,主張・立証に関しては,(一般の訴訟と比べると)特殊な扱いがなされています。
なお,このような扱いは共有物分割訴訟の性質(形式的形成訴訟)によるものであり,他の分割類型も含めて共通しています。
詳しくはこちら|共有物分割訴訟|形式的形成訴訟|当事者の主張の位置付け

<全面的価格賠償における弁論主義・当事者主義>

あ 弁論主義→適用なし

『共有者の希望』の扱い
→裁判所を拘束しない
※『最高裁判所判例解説平成8年度(下)民事篇』財団法人法曹会p892〜894

い 主張立証責任→適用なし

全面的価格賠償の要件について
→当事者が主張立証責任を負う事実ではない
※岡口基一『要件事実マニュアル 第1巻第4版』ぎょうせいp310

本記事では,全面的価格賠償の要件について全体的に説明しました。
実際には,個別的な事情によって法的扱いが違ってきます。
実際に共有物(共有不動産)の問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。