【高額所得者の婚姻費用の金額の計算における特有の考慮事項】

1 高額所得者の婚姻費用の金額の計算における特有の考慮事項
2 高額所得者の基礎収入算定で考慮する事情
3 高額所得者の世帯の住居費の特殊性
4 高額所得者の世帯の社会活動費用・娯楽費用
5 高額所得者の世帯の教育費の特殊性
6 高額所得者の貯蓄率の考慮(概要)
7 意図的な収入金額の抑制と収入の擬制(概要)

1 高額所得者の婚姻費用の金額の計算における特有の考慮事項

婚姻費用の金額を計算する時に,通常は標準算定方式(を元にした簡易算定表)を使います。
詳しくはこちら|標準算定方式による養育費・婚姻費用の算定(計算式・生活費指数)
しかし,標準算定方式が想定する年収には上限(給与所得者であれば2000万円)があります。
詳しくはこちら|婚姻費用・養育費の算定で用いる基礎収入割合の表
そこで,この上限年収を超える年収があるケースでは,標準算定方式をそのまま使うことはできず,工夫した計算方法(算定方式)が必要になります。
詳しくはこちら|高額所得者の婚姻費用の金額計算の全体像(4つの算定方式と選択基準)
算定方式とは別に,高額所得者(が義務者であるケース)に特有の事情も考慮して計算に反映させる必要が出てきます。
本記事では,婚姻費用の計算において考慮する高額所得者に特有の事情を説明します。

2 高額所得者の基礎収入算定で考慮する事情

標準算定方式では,最初に総収入から確実に必要となる出費として,公租公課・職業費・特別経費を差し引きます。
標準算定方式の計算で使う公租公課・職業費・特別経費の割合のデータは,統計データを元に計算して用意されています。
詳しくはこちら|公租公課・職業費・特別経費の割合の統計データ(平成14年と平成27年)
しかし,上限年収以上のデータは用意されていません。
そこで,高額所得者が義務者となるケースではまず,公租公課については,実際にかかった費用を差し引くか,個別的に税法などから計算します。
職業費は,年収による変動は少ないので,高額所得者でも標準的算定方式の割合である19〜20%程度をそのまま使うことがよくあります。
特別経費は,統計上のデータを改めて集計する方法もありますが,生活レベルが標準的な世帯とは違うこともあるので,実際に掛かっている個々の費用(出費)を加えることもあります。

<高額所得者の基礎収入算定で考慮する事情>

あ 公租公課

実額or税法などから算出した額による

い 職業費

標準的算定方式の統計を使用しても良い
→この場合,19〜20%となる

う 特別経費

当事者による差が大きい
次の事情から適切な額を控除すべきである
考慮する事情=同居中・現在の生活レベルなど
実際に要する費用そのものである必要はない
統計資料によることも可能である
→統計資料に考慮されていないものは別途考慮する
ただし,実際に(確実に)要する費用そのものである必要はない
※松本哲泓著『婚姻費用・養育費の算定−裁判官の視点にみる算定の実務−』新日本法規出版2018年p144,145
※松本哲泓稿『婚姻費用分担事件の審理−手続と裁判例の検討』/『家庭裁判月報 平成22年11月=62巻11号』最高裁判所事務総局p84

3 高額所得者の世帯の住居費の特殊性

標準的算定方式では,住居費特別経費の中身の1つとなっています。
この点,高額所得者を含む世帯は,標準的な住居費とは大きく異なることもよくあります。
収入金額だけではなく,社会的な地位にふさわしいグレードの住居を前提として出費の金額を決める必要があります。

<高額所得者の世帯の住居費の特殊性>

あ 従前の住居の維持

従前の住居に継続して居住する・維持することについて
→不相当でなければ,その維持費を加算する

い 新たな住居の確保

権利者が新たに住居を確保する場合
→住居を確保するための費用を認める
認める範囲は,その地位に相応しい程度の住居である
基本的には賃貸費用が限度となる
※松本哲泓稿『婚姻費用分担事件の審理−手続と裁判例の検討』/『家庭裁判月報 平成22年11月=62巻11号』最高裁判所事務総局p85

なお,住宅ローンの返済の扱いについては,(高額所得者に限らない一般論として)別の記事で詳しく説明しています。
詳しくはこちら|養育費・婚姻費用の算定における住宅ローンの返済の扱い(基本)

4 高額所得者の世帯の社会活動費用・娯楽費用

標準的算定方式では,交際費は特別経費の中身の1つとなっています。
この点,高額所得者やその配偶者が必要となる交際費は,標準的な世帯とは大きく違うこともあります。社会活動の範囲が広いケースも多いですし,また,見方によっては娯楽(費)と思えることもあります。ネーミングはともかく,収入金額や社会的地位にふさわしい活動やそのために費用はどの程度か,という評価(判断)に尽きるのです。
具体的事情によっては広い範囲で必要な出費であるといえることもあります。

<高額所得者の世帯の社会活動費用・娯楽費用>

あ 社会活動費用

社会的な活動に要する費用について
→事情によっては考慮することもある

い 娯楽費用と浪費

一般的に『浪費』は婚姻費用算定では除外する
社会的地位からみておかしくない程度の娯楽費用について
→『浪費』としては扱わない
※松本哲泓著『婚姻費用・養育費の算定−裁判官の視点にみる算定の実務−』新日本法規出版2018年p145,146
※松本哲泓稿『婚姻費用分担事件の審理−手続と裁判例の検討』/『家庭裁判月報 平成22年11月=62巻11号』最高裁判所事務総局p85,86

5 高額所得者の世帯の教育費の特殊性

高額所得者の子供の教育費も,標準的な世帯とは大きく違うことが多いです。親の収入や社会的地位から,家族の一員である子供にふさわしい教育のグレードが変わってきます。
具体的には,高額所得者の子供は,家庭教師をつけることや,海外留学をすることもふさわしいといえることがあります。その場合は当然,標準的算定方式ではこれらの出費が考慮されていないので,婚姻費用分担額に加算することになります。

<高額所得者の世帯の教育費の特殊性>

あ 未成熟子の教育費

その地位に相応しい子の教育費を認める
夫婦で合意した教育方針(進学など)による子の教育費を認める

い 教育費の具体的内容

状況によっては『ア・イ』のような費用も認められる
ア 家庭教師費用イ 海外留学費用 ※松本哲泓著『婚姻費用・養育費の算定−裁判官の視点にみる算定の実務−』新日本法規出版2018年p144,145
※松本哲泓稿『婚姻費用分担事件の審理−手続と裁判例の検討』/『家庭裁判月報 平成22年11月=62巻11号』最高裁判所事務総局p84,85

なお,高額所得者に限らない一般的な世帯について,子供の大学進学がどのように婚姻費用(や養育費)に影響するのか,という問題もあります。これは別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|子供の大学進学の養育費・婚姻費用・扶養料への影響(金額加算・終期の延長)

6 高額所得者の貯蓄率の考慮(概要)

高額所得者の世帯の特徴として,標準的な世帯よりも多くの割合を貯蓄に回す傾向があります。
そこで,基礎収入の計算の段階で,貯蓄に回す分を差し引くという調整のやり方(算定方式)もあります。
詳しくはこちら|高額所得者の婚姻費用の計算方法の中の貯蓄率控除方式

7 意図的な収入金額の抑制と収入の擬制(概要)

収入が高い方が負担する養育費や婚姻費用は当然,高くなります。何らかの事情で収入が下がった場合には養育費や婚姻費用も下がることになります。
ここで,相手を不利にするために意図的に収入を下げたケースでは,下がった収入を使うと不公平です。そこで下がる前の収入金額を使う(収入を擬制する)扱いとなることもあります。
詳しくはこちら|養育費・婚姻費用の算定における潜在的稼働能力による収入の擬制
高収入の方については,退職(転職)によって収入が下がったことをどのように扱うかということが特に問題となります。
詳しくはこちら|自己都合での退職・転職による収入減(低収入を甘んじる)と収入の擬制
また,家族が経営している法人(会社)や実質的に自身が経営している法人(会社)からもらう給与や役員報酬も,意図的に金額を下げたとみられることが多いです。
詳しくはこちら|コントローラブルな低収入(減額)と潜在的稼働能力による収入の擬制
いずれにしても,転職や仕事内容の変化に伴って収入が下がった(低い)としても,仕事の選択は個人の生き方・価値観に直結するものなので,不当といえるかどうかをハッキリと判断できないことも多いです。

本記事では,義務者が高額所得者であるケースでの婚姻費用の計算で特殊事情を考慮する(反映させる)ことについて説明しました。
実際には,個別的な事情や主張・立証のやり方次第で結論が大きく違ってくることがあります。
実際に養育費や婚姻費用の金額についての問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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