1 退職・転職による収入減(低収入を甘んじる)と収入の擬制
2 低収入を甘んじるケースの扱い(基本)
3 養育費回避目的で退職したケース
4 医師が自ら退職しアルバイトに転じたケース
5 家業承継のために退職・転職したケース(実収入採用)
6 歯科医師が退職しアルバイトに転じたケース
7 看護学校への入学により収入が減ったケース(実収入採用)

1 退職・転職による収入減(低収入を甘んじる)と収入の擬制

養育費や婚姻費用の金額を算定する際,(元)夫と妻の両方の収入を使います。しかし,現実の収入(実収入)が不当に低い(またはゼロ)場合には,潜在的稼働能力による収入を推定して,その金額を収入として用いることがあります。
詳しくはこちら|養育費・婚姻費用の算定における潜在的稼働能力による収入の擬制
実際に問題となる事情の1つに,自ら退職や転職をして収入が下がったというケースがあります。低い収入に甘んじているといえる状況です。
本記事では,自己都合での退職や転職で収入が下がった場合の(養育費・婚姻費用の計算上の)扱いについて説明します。
なお,定年や整理解雇などのように自己都合ではない退職の場合の扱いについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|自己都合ではない退職(定年・整理解雇・会社の倒産)による無収入と収入の擬制

2 低収入を甘んじるケースの扱い(基本)

収入が下がったとしても,不当に(意図的に)相手を困らせるためにやったことだといえるとは限りません。もともと仕事(職業)自体が,金銭を稼ぐためだけのものではありません。自己実現そのものであるともいえるのです。
結局,一律の判断基準があるわけではなく,個別的な事情から,相手に対する配慮がどの程度あるのか,ということをポイントにして不当かどうかを判断することになります。

<低収入を甘んじるケースの扱い(基本)>

あ 一般的な就労の位置づけ

低い収入しか得られない職に就くこと自体は非難されるものではない
職業選択の自由もある
スキルアップのために,一時研究生活や研修生活に戻ることも自由である

い 家族の存在との関係

婚姻し,家族,特に未成熟の子がいる場合,その家族を飢えるままにして,自分だけが好き勝手をして良いというものではない
退職(転職)の事情によっては,これに伴う収入の変動を婚姻費用や養育費の額に直ちに反映させないこともある

う 潜在的稼働能力の判断の要点

被扶養者に対する配慮をどのようにしているかを考慮する
潜在的稼働能力による収入の擬制をするかどうかを判断する

え 意図的な減収の扱い

婚姻費用・養育費の額を抑えるために退職するケースもある
→退職後も従前の収入と同程度の収入を推計する
※松本哲泓著『婚姻費用・養育費の算定−裁判官の視点にみる算定の実務−』新日本法規出版2018年p87
※松本哲泓稿『婚姻費用分担事件の審理−手続と裁判例の検討』/『家庭裁判月報 平成22年11月=62巻11号』最高裁判所事務総局p52

以下,自ら退職や転職をしたことについて裁判所が判断を示した実例を紹介します。

3 養育費回避目的で退職したケース

まず,退職の目的が養育費の支払を回避することであることが分かりやすかったケースです。裁判所は,退職前の収入を元にして養育費を算定しました。

<養育費回避目的で退職したケース>

あ 退職による収入喪失

先行する審判で養育費の金額が定められた
父は支払を1度もしないまま,強制執行を免れるために勤務先を退職した

い 退職の経緯(目的)

父は,先行する審判の時から,『強制執行を受けた場合には勤務先を退職して抵抗する』という意向を有していた
実際に強制執行を受けた後に退職した
稼働能力を喪失したわけではない

う 収入の擬制

父が潜在的稼働能力を有していることを前提として,勤務を続けていれば得られたはずの収入に基づき,養育費を算定する
退職前の収入年額約467万円を基礎とした
※福岡家裁平成18年1月18日(養育費)

4 医師が自ら退職しアルバイトに転じたケース

前記のように,収入が下がる事情によって不当な退職(転職)であるかどうかが判断されます。
以下,いくつかの実例を紹介します。
まずは,医師が,自ら就労先の病院を退職してアルバイトをすることになったケースです。
この退職(転職)に合理的な理由がなかったので,裁判所は,統計上の医師の収入を計算で使うことにしました。

<医師が自ら退職しアルバイトに転じたケース>

あ 事案

夫は医師である
それまでは勤務医として稼働し,約1674万円の年収を得ていた
その後,夫は病院を退職して複数の病院でアルバイトをするようになった

い 裁判所の判断

夫は,現在,自己の本来の稼働能力に応じた収入を自らの意思により得ようとしていない
経験年数10〜14年,46歳の男性医師の平均年収1427万3900円の収入を得ることができるだけの潜在的稼働能力がある
これを夫の総収入として婚姻費用分担額の計算をする
※大阪高裁平成18年4月21日

5 家業承継のために退職・転職したケース(実収入採用)

自主的に退職して家業を継いだ(転職した)ケースです。収入が下がってしまったので,意図的で不当な減収だという主張がなされました。
しかし,家業を継ぐという目的自体は常識に反するものではありません。そこで裁判所は減額後の実際の収入金額を元にして婚姻費用を算定しました。

<家業承継のために退職・転職したケース(実収入採用)>

あ 退職(転職)の経緯

夫が電気工事店に勤務して月額約46万円の収入を得ていた
一方,父が経営する電気店が経営困難になった
夫は家業を継いで立て直すために,勤務先を退職した

い 収入の低下

夫の収入は月額約46万円から月額15万円に下がった

う 収入の認定

この転職(退職)を責めることはできない
月額15万円を婚姻費用計算のための総収入とした
※大阪高裁平成21年10月29日

6 歯科医師が退職しアルバイトに転じたケース

歯科医師が勤務先を退職し,アルバイトをすることになったケースです。
前記の医師のケースと実質的に同様の事案であり,裁判所の判断も同様です。正確には,裁判所が判断したのは,収入が下がったことを理由として婚姻費用の金額を下げることはしないという内容です。

<歯科医師が退職しアルバイトに転じたケース>

あ 事案

夫は歯科医師として勤務して月額約50万円の収入を得ていた
婚姻費用についての調停成立後,人事の都合で退職した
夫は大学の研究生となった
収入は,アルバイト料を含めて月額30万円程度に減少した

い 裁判所の判断

年齢,資格,経験などからみて以前と同程度の収入を得る稼働能力がある
減少後の収入を婚姻費用分担額算定のための基礎とすることはできない
→婚姻費用分担額の変更(減額)を認めない
※大阪高裁平成22年3月3日

7 看護学校への入学により収入が減ったケース(実収入採用)

看護学校に入学したため,就労する時間が大幅に減り,収入が下がったというケースです。
入学したのは,試験に合格したプロセスがあるので,純粋に本人の判断ひとつで退職(転職)したわけではありません。また,在学期間も限られており,卒業後はむしろ以前よりも収入が上がることが想定されます。
そこで,裁判所は,不当な退職ではないと判断しました。

<看護学校への入学により収入が減ったケース(実収入採用)>

あ 事案

Xは,2か所の勤務先から給料賞与として合計199万6113円の収入を得ていた
准看護学校の入学試験に合格した
看護助手として稼働することとなった
Xの総収入は110万円となった

い 裁判所の判断

Xは不当な意図をもって准看護学校に入学したわけではない
→実収入を基礎とする
※東京家裁平成27年6月17日

本記事では,養育費や婚姻費用の金額の算定において,自ら退職や転職をして収入が下がったことをどのように扱うかという問題を説明しました。
実際には,個別的な事情や主張・立証のやり方次第で結論が違ってくることもあります。
実際に養育費や婚姻費用の金額の計算に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。