1 高額所得者の婚姻費用の計算方法の中の貯蓄率控除方式
2 貯蓄率控除方式の基本
3 貯蓄率として使うデータ
4 個別的事情の考慮
5 貯蓄率控除方式を採用した裁判例(概要)
6 年収3940万円→貯蓄率7%
7 年収3900万円→貯蓄率18.8%
8 年収4850万円→貯蓄率21.2%
9 平均貯蓄率のピックアップ方法・ソース

1 高額所得者の婚姻費用の計算方法の中の貯蓄率控除方式

婚姻費用の義務者(支払う側)が高額所得者である場合には,標準的算定方式をそのまま使って金額を計算することはできません。
高額所得者の婚姻費用の金額を計算する方法(算定方式)は4つに分けられます。
詳しくはこちら|高額所得者の婚姻費用の金額計算の全体像(4つの算定方式と選択基準)
本記事では,高額所得者の婚姻費用の計算方法の1つである貯蓄率控除方式について説明します。

2 貯蓄率控除方式の基本

高額所得者が,標準的算定方式が想定する年収の方と異なる特徴として,貯蓄に回す部分が多いということがあります。
そこで,基礎収入(自由に使える金額)を出す時に,貯蓄に回す金額を差し引くことで,それ以降の計算は標準的算定方式をそのまま使えるようになります。これが貯蓄率控除方式の考え方です。

<貯蓄率控除方式の基本>

あ 前提事情

収入が標準的算定方式の上限を超える

い 貯蓄の存在

貯蓄・資産形成に回る部分が生じる
=消費に充てられない部分が存在する
基礎収入(=消費に充てる部分)の割合が低下する

う 貯蓄率の控除

(標準的算定方式の枠組みを用いることは維持する)
基礎収入の算定において貯蓄率を控除する
※松本哲泓著『婚姻費用・養育費の算定−裁判官の視点にみる算定の実務−』新日本法規出版2018年p139
※松本哲泓稿『婚姻費用分担事件の審理−手続と裁判例の検討』/『家庭裁判月報 平成22年11月=62巻11号』最高裁判所事務総局p80〜

3 貯蓄率として使うデータ

貯蓄する金額は,貯蓄率によって計算します。この点,標準的算定方式の上限年収以下の世帯でも貯蓄は行われています。そこで,高額所得者のケースで控除するのは,標準的算定方式の範囲内の世帯を超える貯蓄金額(割合)ということになります。
とはいっても,収入の超過金額が小さい場合には貯蓄率の超過も少ないので考慮しない(差し引かない)こともあります。
ところで,貯蓄率としてそのまま使える統計データはありません。統計データを元に調整するなどの工夫をして貯蓄率を出します。

<貯蓄率として使うデータ>

あ 一般的な貯蓄の実情(前提)

貯蓄は高額所得者以外の世帯でも行われている

い 高額所得者の貯蓄率算定

貯蓄率の算定について
標準的算定方式を超過する部分だけを算定(控除)する
『う』のような事情によっては,必ず考慮する(貯蓄率を控除する)べきというわけではない

う 考慮する事情の例

ア 世帯構成
イ その他の具体的な事情

え 貯蓄率の参照データ

貯蓄率を考慮する場合
→家計調査年報などの統計による
そのままで利用できる統計はない
※松本哲泓著『婚姻費用・養育費の算定−裁判官の視点にみる算定の実務−』新日本法規出版2018年p145
※松本哲泓稿『婚姻費用分担事件の審理−手続と裁判例の検討』/『家庭裁判月報 平成22年11月=62巻11号』最高裁判所事務総局p84,85

4 個別的事情の考慮

貯蓄率控除方式は,標準的算定方式の枠組みをそのまま使っています(前記)。そこで,標準的な生活状況がベースになっています。
ところが,高額所得者を含む家族(夫婦)では,生活実態・生活水準には強く個性が現れていて,標準的な状況とは大きく離れていることもあります。そこで,単に標準的算定方式の中の係数をわずかに修正するだけでは生活の現実的な状況に合わなくなることもあります。生活の実態も含めて考慮する必要があります。

<個別的事情の考慮>

あ 個別的事情の考慮の必要性

貯蓄率控除方式を採用する場合でも
個別的事情(い)も併せて考慮する

い 考慮すべき事情の例

ア 同居中の生活レベル・生活費の支出状況
イ 現在の生活費支出状況
※松本哲泓著『婚姻費用・養育費の算定−裁判官の視点にみる算定の実務−』新日本法規出版2018年p146
※松本哲泓稿『婚姻費用分担事件の審理−手続と裁判例の検討』/『家庭裁判月報 平成22年11月=62巻11号』最高裁判所事務総局p86

5 貯蓄率控除方式を採用した裁判例(概要)

貯蓄率控除方式の具体的な計算方法は,実例を見た方が理解しやすいです。以下,裁判例をいくつか紹介します。最初に裁判例の全体をまとめます。

<貯蓄率控除方式を採用した裁判例(概要)>

あ 年収3940万円→貯蓄率7%

※東京高裁平成28年9月14日(後記※1)

い 年収3900万円→貯蓄率18.8%

※大阪高裁平成20年1月23日(後記※2)

う 年収4850万円→貯蓄率21.2%

※大阪高裁平成20年6月9日(後記※3)

6 年収3940万円→貯蓄率7%

義務者の総収入が3940万円であったケースです。
基礎収入を算出するプロセスで,公租公課・職業費・特別経費を差し引き,ここからさらに貯蓄率で計算した貯蓄金額を差し引きました。
貯蓄率としては,標準的算定方式の範囲内の世帯の貯蓄率との差額(割合)を使いました。

<年収3940万円→貯蓄率7%(※1)>

あ 収入の状況

給与収入2050万円
不動産収入約474万円(経費控除後)
配当収入1038万円(経費控除後)
→総合すると給与収入として総収入約3940万円となる

い 公租公課

税金・社会保険料については実額で計算した

う 職業費の計算

職業費について
年収2000万円の割合(18.92%)を用いた

え 特別経費の計算

特別経費について
年収1500万円以上の割合(16.40%)を用いた

お 貯蓄率の計算

年収2000万円の(平均)貯蓄額との差額を考慮する

年収1018万円以上の貯蓄率 27.3%
全収入平均の貯蓄率 19.8%
差額(割合の差) 7.5%

→用いる貯蓄率は(総収入から税金・社会保険料を控除した金額の)7%とした

か 基礎収入の算定

総収入から公租公課・職業費・特別経費を差し引き,さらに貯蓄金額を差し引いた
→これを基礎収入とした
※東京高裁平成28年9月14日

7 年収3900万円→貯蓄率18.8%

義務者の総収入が3900万円であったケースです。貯蓄金額を,可処分所得の18.8%として計算しました。標準的算定方式の範囲内の世帯の貯蓄率の控除は行いませんでした。

<年収3900万円→貯蓄率18.8%(※2)>

あ 義務者=夫の経済的状況

給与収入 1410万円
不動産所得など 約2500万円
合計 約3900万円

い 可処分所得の算定(前提)

可処分所得=総収入−公租公課

う 貯蓄金額の算定

貯蓄金額(相当分)=可処分所得(い)×18.8%
=約542万円

え 基礎収入額の算定

標準的算定方式による基礎収入額について
→さらに貯蓄相当分(『う』)を控除した
→残額=約1045万円
→これを基礎収入とした
※神戸家裁尼崎支部平成19年10月5日;原審
※大阪高裁平成20年1月23日;抗告棄却

8 年収4850万円→貯蓄率21.2%

義務者の総収入が4850万円であったケースです。貯蓄率としては統計データから21.2%を使いました。標準的算定方式の範囲内の世帯の貯蓄率の控除は行いませんでした。

<年収4850万円→貯蓄率21.2%(※3)>

あ 義務者(夫)の収入状況

医師・医院経営
事業収入 約4719万円
給与収入 150万円
給与収入を事業収入に換算して合計すると
→約4855万円

い 権利者(妻)の収入状況

看護師・勤務
年収 約250万円

う 貯蓄分を控除する方針

可処分所得の一定割合を貯蓄に回すことが考えられる
その割合は『え』の資料(データ)を用いる

え 貯蓄率の資料

家計調査年報
平成18年家計収支編
総務省統計局
総世帯の第3表の中の『平均貯蓄率』(後記※3)
→21.2%

お 貯蓄額の計算

貯蓄額
=可処分所得×21.2%
=約641万円

か 基礎収入額の算定

標準的算定方式による基礎収入額について
→さらに貯蓄額(お)を控除した
基礎収入額は約1268万円となった
※大阪高裁平成20年6月9日

9 平均貯蓄率のピックアップ方法・ソース

平均貯蓄率は総務省統計局のデータが中立性・信頼性が高いです。実務ではこれが使われることが多いです。ところで,この統計局のデータは非常に多いです。慣れていないと,実際にピックアップする時に時間がかかったり間違えたりすることが多いです。具体的な数値のピックアップの方法をまとめておきます。

<平均貯蓄率のピックアップ方法・ソース(※3)>

あ オンライン資料の場所

総務省統計局のウェブサイト
家計調査>家計収支編>総世帯>年報>年次>2006年
外部サイト|総務省統計局|家計調査

い エクセルファイルの場所

ア 表番号『3』
イ 統計表(名称)
年間収入五分位・十分位階級別/総世帯・勤労者世帯
ウ タイトル(ファイルの中に表示)
第3表 年間収入五分位・十分位階級別1世帯当たり1か月間の収入と支出(勤労者世帯)

う 平均貯蓄率の表示場所

ア タブ『勤』
イ 縦軸『貯蓄純増(平均貯蓄率)(%)』
ウ 横軸『平均』
エ エクセル上の位置表示『243行目Q列』
オ 表示数値=21.2%

本記事では,高額所得者の婚姻費用の金額の計算方法のうち貯蓄率控除方式について説明しました。
実際には,個別的な事情や主張・立証のやり方次第で結論は違ってきます。
実際に高額所得者が関わる夫婦の問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。