【処分権限のない者による短期賃貸借(長期賃貸借との判別・民法602条)】

1 処分権限のない者による短期賃貸借(長期賃貸借との判別・民法602条)

民法602条は「短期賃貸借」というタイトルがついていて、対象物ごとに一定の上限期間が定められています。この条文そのものは、処分の権限を有しない者が締結できる賃貸借の範囲を定めています。
しかし、この上限期間は別の局面でも使われることが多いです。実務では、短期賃貸借にあたるかどうか(この範囲を超えた長期賃貸借という扱いになるか)が問題となることがとても多いです。
本記事ではこのような民法602条の解釈について説明します。

2 民法602条の条文

最初に、民法602条の条文自体を確認しておきます。

民法602条の条文

(短期賃貸借)
第六百二条 処分の権限を有しない者が賃貸借をする場合には、次の各号に掲げる賃貸借は、それぞれ当該各号に定める期間を超えることができない。契約でこれより長い期間を定めたときであっても、その期間は、当該各号に定める期間とする。
一 樹木の栽植又は伐採を目的とする山林の賃貸借 十年
二 前号に掲げる賃貸借以外の土地の賃貸借 五年
三 建物の賃貸借 三年
四 動産の賃貸借 六箇月

3 民法602条の趣旨→長期賃貸借は処分に近い

(1)長期賃貸借の評価→管理よりも処分に近い

民法602条が対象とする者は処分の権限を有しない者です。(狭義の)管理行為だけの権限を有する者、ともいえます。ところで賃貸借をすることは処分にはあたりません(一般論としては管理行為といえます)。そこで、処分の権限を有しない者賃貸借をすることは、原則論から考えると可能となります。しかし、実質的には処分に近い効果があるので、原則論を修正して、一定の範囲(期間)の制限を設定したのです。

長期賃貸借の評価→管理よりも処分に近い

あ 新版注釈民法

賃貸借はいわゆる処分行為ではない(処分行為の意義について、→第1巻§5I〔高梨公之〕)。
しかし、賃貸借関係の当事者は賃貸借の期間中目的物たる財産の利用についていろいろの拘束をうけることになるから、長い期間の賃貸借契約は、実際上処分行為に近い効果をもつこととなる。したがって、民法は、処分の能力または権限をもたない者が単なる管理行為としてなしうる賃貸借契約を、一定年月以下の比較的短い期間のものに限定した。
※望月礼二郎・水本浩稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2010年p174

い 平野裕之氏見解

なお、「処分の権限を有しない者が賃貸借をする場合」には、・・・を超えて賃貸借契約をすることはできない(602条)。
この期間を超えない賃借権を短期賃貸借という。この期間を超える賃貸行為は、賃貸借を名乗ってはいても、もはや管理行為を超えて処分行為に準ずるという考えが根底にある。
※平野裕之著『債権各論Ⅰ 契約法』日本評論社2018年p260

(2)「処分(行為)」の意味(概要)

ところで「処分(行為)」の意味は簡単ではありません。少なくとも地上権などの物権の設定は「処分行為」にあたります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|「処分(行為)」の意味や具体例(事実的処分・法的処分)

4 「処分の権限を有しない者」の内容(具体例)

(1)「処分の権限を有しない者」の意味

民法602条の「処分の権限を有しない者」という表現はとてもシンプルです。解釈としては、「処分」は禁止されているけれどそれ未満の行為(狭義の管理行為)はできる者、ということになります。

「処分の権限を有しない」の意味→「管理」権限のみある

あ 新版注釈民法

・・・ここで処分の・・・権限を有しない者とは、管理の・・・権限はある処分については・・・権限を有しない者である。
※望月礼二郎・水本浩稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2010年p175

い コンメンタール民法

「処分の・・・・・・権限」を有しない者とは、他人の財産に対して管理権限だけを有し処分権限を有しない者である。
※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p1296

(2)「処分の権限を有しない者」の典型例

処分は禁止されているけれど管理の権限を持つ者、という概念は抽象的です。
具体的には、任意代理のケースでは代理権を授与されたけれど代理権の範囲が指定されていない者がこれにあたります。
法定代理のケースでは、不在者財産管理人、相続財産清算人や後見監督人がいる場合の後見人がこれにあたります。

「処分の権限を有しない者」の典型例(※1)

あ コンメンタール民法

「処分の・・・・・・権限」を有しない者とは、他人の財産に対して管理権限だけを有し処分権限を有しない者である。
権限の定めのない代理人(§103)、不在者の財産管理人(§28)、相続財産の管理人(§953)(注・現在の相続財産清算人)、後見人(§864が適用される場合)などがこれに属する。
※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p1296

い 平野裕之氏見解

①不在者管財人(28条)、②権限の定めなき代理人(103条)、③相続財産の分割があるまでの相続財産の管理人(918条1項)、④財産分離後の管財人(943条2項)、⑤相続人不在の場合の管理人(953条)(注・現在の相続財産清算人)が、処分権限を有しない者の例である。
※平野裕之著『債権各論Ⅰ 契約法』日本評論社2018年p260

(3)「処分の権限を有しない者」の特殊な例=宗教団体関連

「処分の権限を有しない者」のやや特殊な例として、宗教法人の、境内の土地や建物、宝物に関する権限があります。たとえば宗教法人が境内の建物を売却(処分)する場合、事前に公告することが必要です。これをしていないと処分権限がないことになるのです。
逆に、公告をしなくても境内の建物や土地を賃貸することは(処分ではないので)できますが、民法602条によって、所定の期間を超える賃貸借はできない、ということになります。

「処分の権限を有しない者」の特殊な例=宗教団体関連

あ 宗教団体の処分の制限の制度

神社、寺院、教会などの宗教団体は一定の手続を経なければその所有する一定の財産を処分することができない
(一定の手続とは、戦前においては監督官庁の許可であり〔明6太政官布告249、明9教部省達3、明36内務省令12〕、戦後宗教法人令〔昭20勅719〕の下では総代の同意およびもし社寺などが教派・教団などに属するときはさらに教派などの主管者の同意であり〔同令11〕、昭和26年宗教法人法施行以後は処分前少なくとも1カ月前に信者その他の利害関係人に公告することである〔宗法23〕。
一定の財産とは、宗教法人令では不動産または登記された財産であったが、宗教法人法では「宗教法人の境内建物若しくは境内地である不動産又は財産目録に掲げる宝物」〔同24〕とされた)。

い 手続を経ない場合の処分の制限

したがって、上記の手続を経なければ寺社等は上記の物件について処分の権限を有しないものであり、本条(注・民法602条)所定の期間を超える賃貸借をなし得ないものである(大判昭7・4・12民集11・645、同昭13・5・12民集17・916、最判昭37・7・20民集16・8・1632―宗教法人令11条に関するもの)。
※望月礼二郎・水本浩稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2010年p175、176

(4)制限行為能力者の削除(平成27年改正)

ところで、民法602条の条文には、以前は、「処分につき行為能力の制限を受けた者」という記述がありました。しかしこのような者(制限行為能力者)が行った賃貸借契約の扱いについてはそれぞれ別に規定があります。
詳しくはこちら|被保佐人が不動産の賃貸借をする場合の制限(保佐人の同意の要否・民法13条)
そこで平成27年改正でこの文言は削除されました。当然の前提として、制限行為能力者は行為能力に制限を受けているのであって、処分権限を有しないという概念にはあてはまらないはずです。

制限行為能力者の削除(平成27年改正)

「処分につき行為能力の制限を受けた者」とは、未成年者・成年被後見人・被保佐・被補助人が該当するが、
未成年者または成年被後見人が行った短期賃貸借は取り消すことができる行為であり、
被補助人は、家庭裁判所の審判がない限りは補助人の同意がなくても自ら単独で短期を超える期間の賃貸借を行うことができる。
しかも、被保佐人については13条1項9号が適用される。
このように、制限行為能力者が行う賃貸借については各類型に応じて制限が異なるが、改正前602条の規定があることにより、短期賃貸借だけは自ら単独で有効に行うことができるのではないかという誤解が生じかねない
そこで、新法は改正前602条柱書のうち「処分につき行為能力の制限を受けた者」との文言を削除した。
※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p1296

5 賃貸借の短期と長期の判別が登場する他の状況(参考)

ところで、賃貸借の長期、短期の判別で、借地借家法の適用がどう影響するか、という問題は民法602条とは別の規定でも登場します。
過半数の共有持分をもつ共有者に関する民法252条4項、強制管理の管理人に関する民事執行法95条、以前の短期賃貸借保護制度に関する平成15年改正前民法395条、被保佐人に関する民法13条などです。
これらでは、前述の共有とは別の解釈がとられるものもあります。たとえば、民法252条4項に関しては、借地契約の最低期間30年のルールが適用されて、その結果、長期扱いとする、などです。別の記事で、他の規定も含めて横断的に比較しつつ説明しています。
詳しくはこちら|「管理」権限者による賃貸借・用益物権設定の範囲(共有者・各種管理人・被保佐人など横断的まとめ)

6 制限期間を超える合意の扱い→超過部分のみ無効

民法602条は「処分の権限を有しない者」が締結することができる賃貸借の期間の上限を定めています。では、これに違反した、つまり、この上限よりも長い期間の賃貸借契約を締結してしまった場合はどうなるでしょうか。
かつては超過部分だけが無効という通説に対して、全体が無効になるという見解もありました。しかし、平成29年改正で、超過部分だけが無効ということが条文に明記されました。つまり現在ではこの扱いに統一されているのです。

制限期間を超える合意の扱い→超過部分のみ無効

(注・平成29年改正について)
[2]制限期間を超えた賃貸借契約がなされた場合には、通説は、制限期間を超える部分が無効となり、制限期間内の範囲で、短期賃貸借として契約は有効となると解している。・・・新法は、このような通説的な見解を明文化した。
※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p1296

7 借地の法定期間(最低30年)の適用の有無→否定(期間5年)

民法602条は、「処分の権限を有しない者」が締結できる賃貸借の範囲を期間でくっきりと定めているので、文言上は不明確なところはありません。しかし、借地借家法(旧借地法、旧借家法)との関係で解釈の問題があります。
まず、借地(建物所有目的の土地の賃貸借)については、最低年数が30年(旧借地法適用の借地では20年)と定められています。
詳しくはこちら|借地借家法の借地期間の基本(法定期間は30年→20年→10年)
詳しくはこちら|旧借地法における期間に関する規定と基本的解釈
一方、民法602条ではこの場合の上限は5年となっています。両方をクリアすることはできないのです。
これについていろいろな判例や学説がありますが、結論としては借地借家法の最低20年というルールは適用しないことになっています。つまり、「処分の権限を有しない者」であれば5年(以下)の借地契約を締結することができるのです。

(1)昭和9年大判→期間5年

まず、昭和9年大判は、「処分の権限を有しない者」が締結した借地契約には借地法の最低期間の規定の適用はないと判断し、期間5年の契約を認めています。

昭和9年大判→期間5年

(注・現代語化した)
借地権の存続期間を20年以上と定めたる借地法の賃貸存続期間に付ての規定は当該官庁の認可を受けずして寺有地に付締結せられたる建物の所有を目的とする賃貸借には其の適用なきものと解するを相当とす・・・
本件賃貸借の存続期間が5年なりしことを認め得べく・・・
※大判昭和9年12月28日

(2)昭和29年1月東京高判→期間5年+法定更新適用なし

昭和29年1月東京高判も、期間5年の借地契約を認めています。この裁判例では、期間が満了した時に法定更新の適用はないと判断しているように読めます。法定更新の適用がないという部分は一般的な見解とはなっていません(後述)。

昭和29年1月東京高判→期間5年+法定更新適用なし

あ 借地法の法定期間の適用→否定

民法第六〇二条にいわゆる「処分の権限を有しない者」の中には、右太政官布告及び教部省達による所定の手続を経ない場合における寺院の住職が包含せられることは一般に承認せられるところである。
この民法の規定が借地法の規定によつて修正又は変更せられたものかどうかが問題であるが、借地法上借地権者の保護も無能力又は無権限を理由とする取消又は無効の主張の前には敗れざるを得ないのであるから、右民法第六〇二条の処分の無能力又は無権限についても、その範囲において同様に解する外はない。
従つて同条の制限内での宅地の賃貸借はもちろん許されるのであつて、これは当然有効とせらるべきものであることについては異論をきかない。

い 長期賃貸借の合意の効力→短期賃貸借の範囲内で有効

問題はむしろ処分の権限のない者がした同条の制限外の期間を定めてした長期賃貸借の効力について争われているに過ぎない。
これについても、無能力者無権限者の規定が借地権者保護の規定より優先するとの立場からすれば、かかる賃貸借も当然無効とすることなく、右六〇二条の制限範囲の五年の期間内について有効とすべきものである。・・・

う 法定更新の適用→否定(と読める)(参考)

従つて被控訴人先代及びこれを相続した被控訴人の借地権は借地法上の借地権ではなく、従つてまた戦時罹災土地物件令にいわゆる借地権でもないというべきであるから、同令第三条にいう借地期間の進行停止はなく、その賃貸借契約は最後の期間の満了する昭和二十一年二月二日の経過とともに終了したものといわなければならない。
※東京高判昭和29年1月21日

(3)昭和29年9月東京高判→期間5年+法定更新適用あり+正当事由で考慮

昭和29年9月東京高判は、期間5年の借地契約を認めた上で、期間が満了した時に法定更新の適用があると判断しています。法定更新の一般論として、実際には更新拒絶が認められることはほとんどないので、結局、延々と更新が続くことになります。
詳しくはこちら|借地の更新拒絶・終了における『正当事由』・4つの判断要素の整理
借地契約が半永久的に続くようだと、処分の権限を有しない者が締結できる賃貸借を短い期間に制限するという民法602条のルールが破られたのと同じことになります。そこで、当該裁判例は、処分の権限を有しない者が賃貸したという事情が、更新拒絶(の正当事由)を認める方向に働く、ということも判示しています。

昭和29年9月東京高判→期間5年+法定更新適用あり+正当事由で考慮

あ 法定存続期間(最低20年)→適用なし

もつとも、民法第六〇二条は、管理能力はあるが処分能力のない準禁治産者とか、他人の財産について管理権限はあるが、処分権限のない者が賃貸借を締結するものである特殊性と、長期の賃貸借は賃貸人の利害に影響するところが大である点を考慮し、賃貸借の期間の最長期に制限を加えたものに外ならないから、右制限は借地法第二条の規定にかかわらずなお存在理由があるもの、すなわち民法第六〇二条の賃貸借には借地法第二条の規定の適用は事の性質上排除されるものと解するのが相当であろう。・・・

い 法定更新の適用→肯定

しかしながら民法第六〇二条に規定する短期賃貸借であつても、建物所有を目的とする土地の賃貸借である限り、借地法第四条第一項の適用を免れるものではないと解すべきであつて、処分の能力または権限のない者が締結した賃貸借であるからとて、これを消極に解すべきものではない。・・・

う 「正当事由」肯定方向への考慮あり

賃貸人が「正当の事由」を有するときは賃貸借は期限の到来によつて消滅するのであつて、いわんや民法第六〇二条の賃貸借であることの特殊性は、「正当性」の一つの事情としての考慮の対象になり得るのであるから、借地法第四条第一項の適用を認めたとしても、賃貸人の正当な利益を抑圧する不都合な事態は全然生ずる余地はないものといわなければならない。

え 法定更新後の期間→上限5年

なお更新された賃貸借の期間は一般の場合には借地法第四条第三項第五条によつて、三〇年もしくは二〇年であるが、短期賃貸借の更新の場合は民法第六〇二条の制限が働き、長期は五年に短縮されるものと解するのが相当である。
※大阪高判昭和29年9月3日

(4)新版注釈民法→期間5年+法定更新適用あり

新版注釈民法も、期間5年の借地契約を認め、法定更新が適用されるという見解をとっています。

新版注釈民法→期間5年+法定更新適用あり

あ 5年という期間の合意→有効

(注・民法602条について)
本条所定の期間を超えない部分について有効とすると、借地法2条・11条との関係でやや問題となることがある。借地法は30年ないし20年未満の借地権を認めないが、本条によってそれより短期の借地権が成立することになるからである。学説はこの結果を是認する。「借地権者の保護も完全な無能力又は無権限を理由とする取消又は無効の主張の前には敗れざるを得ない」(我妻=有泉72)。
その結果、一応期間5年の借地権が成立し、それが消滅したのちは、更新請求、法定更新等について借地法4条以下の問題となる(なお、→借地§1)。

い 期間の定めなし→5年となる

借地契約の場合、期間の定めのないものは存在し得ない―借地上に所有すべき建物の種類によって30年または60年になる(借地2)。
処分の能力または権限を有しない者が期間を定めずに土地を貸す時は、「602条の趣旨を害しない範囲で……借地法の適用がある」として、期間5年の賃貸借が成立することになろう(東京高判昭29・1・21下民集5・1・38、および、→借地§1)。
※望月礼二郎・水本浩稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2010年p177

う 法定更新の適用→肯定

(本法4条・6条の更新については前掲大阪高判昭29・9・3を支持する)。
※望月礼二郎・水本浩稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2010年p374

(5)コンメンタール民法→期間5年+法定更新適用あり+正当事由で考慮

コンメンタール民法も、期間5年の借地契約を認め、法定更新の適用がある、かつ、更新拒絶(正当事由)を認める方向に働く、という見解をとっています。

コンメンタール民法→期間5年+法定更新適用あり+正当事由で考慮

あ 借地法の法定期間の適用→否定

したがって、いちおう期間5年の借地権が成立し、

い 法定更新の適用→肯定

それが消滅した後は更新請求・法定更新などの問題となり、賃貸人がこれを拒絶しようとするときは、「正当の事由」があるかどうかの問題となるとみるのが妥当であろう。

う 「正当事由」肯定方向への考慮あり

そして、「正当の事由」の有無は、賃貸人が被保佐人等であるか、成年被後見人であるか、不在者の財産管理人であるか、当該の土地が元来の宅地、ことにもともと貸地用として取得したものであるかどうか、などの諸般の事情をも考慮して判定するべきであろう。
※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p1297

(6)期間5年の借地契約の活用の発想(参考)

借地契約(建物所有目的の土地の賃貸借)の期間を5年間をすることができるという結論は非常に特殊です。最低限の年数(法定存続期間)を30年(または20年)とする規定の例外は、事業用借地や一時使用目的の借地として認められますが、ハードルは高いです。
詳しくはこちら|事業用定期借地は10〜30年・30〜50年の2タイプがある
詳しくはこちら|一時使用目的の借地の基本(30年未満可能・法定更新なし)
この点たとえば、土地所有者が「土地甲の管理」だけを内容とする委任状を作成し(権限の範囲は記載しない)、管理人Aに管理を委任すれば、期間5年の借地契約が実現可能となります。定期借地や一時使用目的の借地のような高いハードルを超えなくてもよい、という寸法になっています。
もちろん実際には具体的状況によって、所有者が30年間の賃貸借をAに委任した、と認定されるなど、期間5年の借地契約として認められないこともあり得ます。

8 借家の長短期分類→長期化傾向考慮不要+正当事由で考慮

民法602条と借地借家法の抵触の問題には、借家(建物賃貸借)に関するものもあります。民法602条では3年以下の期間の建物賃貸借が可能となっていますが、一般論として、法定更新をとめることはそう簡単に認められません。
詳しくはこちら|建物賃貸借終了の正当事由の内容|基本|必要な場面・各要素の比重
たとえば期間を2年と定めたケースや、期間の定めがないケースでは、形式的に期間が3年を超えないといえますが、現実には3年で賃貸借契約を終了させられることはめったにないことになります。そこで実質的には3年を超えた期間(長期賃貸借)として扱うべきではないか、という発想が出てきます。
これについても結論としては、単純に期間が3年を超えていない限りは短期賃貸借として扱い、更新拒絶(の正当事由)を認める方向に考慮する、という解釈が一般的です。

(1)大正3年大判→期間の定めなしは短期分類+正当事由で考慮

まず、大正3年大判は、期間の定めがない建物賃貸借について、短期賃貸借であると判断し、処分の権限を有しない者によって賃貸されたという事情を更新拒絶の正当事由の判断で考慮する、と判示しました。

大正3年大判→期間の定めなしは短期分類+正当事由で考慮

(注・期間の定めのない建物賃貸借について)
斯クノ如キ賃貸借契約ハ各當事者ニ於テ解約申入ヲ爲ササルトキハ事實上永久ニ存續スルコトアリ得ヘシト雖モ法律上各當事者ノ義務トシテ必ラス存續セシメサルヘカラサルモノニアラス寧ロ各當事者ハ何時ニテモ解約ノ申入ヲ爲シ之ヲ終了セシムルコトヲ得ヘキ權利ヲ有スルモノナレハ本件賃貸借ヲ以テ民法第六百二條ニ定メタル期間ヲ超ユル賃貸借ト謂フヘカラス
※大判大正3年7月13日

(2)新版注釈民法→期間の定めなしは短期分類+正当事由で考慮

新版注釈民法も期間の定めがない建物賃貸借は短期賃貸借に該当する、そして正当事由を認める方向に考慮する、という見解をとっています。

新版注釈民法→期間の定めなしは短期分類+正当事由で考慮

あ 期間の定めなし→短期扱い(ただしやや弱い)

(3)期間の定めなき賃貸借は本条所定の制限を超えるものとはいえない(大判大3・7・13民録20・607)。
その根拠は、いつでも解約申入をして終了せしめ得るという点にある。
この根拠は、建物賃貸借の場合やや弱い。けだし、借家法の昭和16年改正によって、期間の定めなき家屋賃貸借の解約申入が大幅に制限されることになったからである(借家1ノ2)

い 「正当事由」肯定方向への考慮あり

なお、処分の能力または権限を有しない者が期間の定めなく家屋を賃貸した場合には、その後の解約申入の「正当の事由」の認定にあたり賃貸人に有利な一つの事情として考慮に入れられるであろう(我妻=有泉373)。
※望月礼二郎・水本浩稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2010年p177

(3)コンメンタール民法→正当事由で考慮

コンメンタール民法も、更新拒絶の正当事由を認める方向に考慮する、という見解をとっています。

コンメンタール民法→正当事由で考慮

この最後の点は、借家契約や農地賃貸借契約においても、解約申入れや更新拒絶の制限があるので(借地借家§28、農地§18)、同様の問題が起こる。
ここでも、「正当の事由」の有無や都道府県知事による解約の許否(農地の場合)を決めるのには、上のような事情をも考慮するべきものであろう。
※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p1297

9 民法103条の解釈としての借地借家法適用の影響(概要)

ところで前述のように、民法602条が適用される処分の権限を有しない者の1つに権限の定めのない代理人(民法103条)があります。そこで、権限の定めのない代理人が借地借家法の適用がある賃貸借を行うことができるかどうか(行った場合の効果)は、民法602条の解釈として検討するのが通常です。しかし、民法103条(の中の2号の「性質の変更」)の解釈として判断する裁判例や学説もあります。裁判例の結論は、本記事で説明した民法602条の解釈の結論と同じようにも読めます。
詳しくはこちら|借地借家法の適用がある賃貸借は「性質の変更」(民法103条)にあたるか

10 処分権限を有しない者による賃借権設定登記

以上のように、処分権限を有しない者は、一定の範囲内で賃貸借契約をすることが可能です。そこで、処分権限を有しない者賃借人の共同申請で賃借権設定登記をすることができることになります。このような登記では、処分権限を有しないものが賃貸人であることを表示する(登記事項とする)ことになっています。

処分権限を有しない者による賃借権設定登記

あ 登記事項の条文

(賃借権の登記等の登記事項)
第八十一条 賃借権の登記又は賃借物の転貸の登記の登記事項は、第五十九条各号に掲げるもののほか、次のとおりとする。
・・・
五 賃貸人が財産の処分につき行為能力の制限を受けた者又は財産の処分の権限を有しない者であるときは、その旨
※不動産登記法81条(5号)

い 登記事項記載例

(注・登記事項のうち「権利者その他の事項」欄の記載例)
権利者その他の事項
原因 平成何年何月何日設定
賃料 1月何万円
支払時期 毎月末日
存続期間 3年
管理人 何市何町何番地 何某の設定した賃借権
賃借権者 何市何町何番地 何某
※法務省民事局長平成28年6月8日『法務省民二第386号』通達p106

本記事では、処分権限のない者による短期賃貸借について説明しました。
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