【相続放棄の効果と詐害行為・第三者との優劣・相続分・遺留分との関係】
1 相続放棄の効果の規定(前提)
2 相続放棄と承継しない遺産分割は債務承継の点で違う
3 相続放棄は詐害行為にならない・遺産分割は違う
4 相続放棄は登記なしで絶対的な効力が生じる
5 相続放棄の効果と第三者との優劣の具体例
6 相続放棄の影響を受けない→特定遺贈・贈与・生命保険金受取・相続税基礎控除
7 相続放棄と特別受益・寄与分・遺留分との関係
8 相続放棄をしても姻族関係は存続する|特殊な扶養義務
9 姻族関係を解消する方法|姻族関係終了届
1 相続放棄の効果の規定(前提)
相続放棄の手続をすると,相続人ではない扱いとなります。
本記事では相続放棄の細かい効果や他の手続・制度との関係について説明します。
最初に,相続放棄の効果についての規定を確認しておきます。
<相続放棄の効果の規定(前提)>
あ 条文規定
相続放棄により初めから相続人ではなかったことになる
※民法939条
い 現実的な効果
相続財産を承継することはなくなる
詳しくはこちら|相続放棄の基本|趣旨・手続・熟慮期間・起算点
2 相続放棄と承継しない遺産分割は債務承継の点で違う
遺産を承継しない,という目的の場合,通常は『相続放棄』を用います。
一方,『遺産分割』において『自分は一切承継しない』という内容にするという発想もあります。
しかし2つの方法では違いが生じることがあります。
具体的には,被相続人が負っていた債務=相続債務,の承継です。
<相続放棄と遺産分割での相続債務の扱い>
あ 相続放棄
放棄した相続人は,相続債務を承継しない
い 『承継しない』遺産分割
相続人は法定相続分の割合分だけ,相続債務を承継する
=債権者にとっては,遺産分割の効力は及ばない
例外=債権者が同意をすれば除外される
3 相続放棄は詐害行為にならない・遺産分割は違う
相続人の方が,元々債務超過になっている場合もあります。
相続により財産を承継すると,相続人の債権者に差し押さえられてしまいます。
これを回避するために『遺産を承継しない』という方法を取ることがあります。
具体的手続としては『相続放棄』と『遺産分割』があります。
これらが『詐害行為』になるかどうかは違う判断となります。
<相続放棄の詐害行為該当性>
あ 相続放棄
相続放棄は身分に関する行為という性格が強い
=財産の取引という性格ではない
→詐害行為には該当しない
※最高裁昭和49年9月20日
い 遺産分割(参考)
Aが遺産を承継しない内容の遺産分割協議が成立した
遺産分割は財産の取引という性格が強い
→Aの債権者は詐害行為取消権を行使できる
※最高裁平成11年6月11日
なお,遺産分割は詐害行為の対象となる(可能性がある)に過ぎません。
具体的事情により詐害行為となるかどうかが判断されます。
詳しくはこちら|詐害行為取消権(破産法の否認権)の基本(要件・判断基準・典型例)
4 相続放棄は登記なしで絶対的な効力が生じる
3か月の熟慮期間の間は,相続放棄か承認かが未確定という状態です。
そして,相続放棄をした場合,初めから相続人ではなかったことになります。
相続放棄をする前の段階では,暫定的な相続人とでもいうべき状態です。
この期間に,第三者の関与があると矛盾する,つまり対立する関係が生じます。
これについて,判例は相続放棄の効力は絶対的であると解釈しています。
この理論は,遺産分割のケースと比較すると特徴がよく分かります。
遺産分割による対立関係で優先されるには登記が必要なのです。
相続放棄では優劣と登記の有無は関係ないのです。
<相続放棄の効果と第三者との優劣関係>
あ 相続放棄と第三者の優劣(登記不要説)
相続放棄の効果は絶対的な効力を有する
不完全な物権変動すら生じない
登記の有無とは無関係である
※最高裁昭和42年1月20日
い 遺産分割と第三者の優劣(登記必要説・参考)
遺産分割の遡及効は第三者に対して制限される
対抗関係となる
→登記を得た方が優先される
※最高裁昭和46年1月26日
詳しくはこちら|遺産を取得した第三者と遺産分割の優劣の全体像
なお,遡及効については,相続放棄と遺産分割以外の手続でも登場します。
いろいろな手続の遡及効の比較については,別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺産分割・相続放棄・信託受益権放棄・遺留分・税務の遡及効のまとめ
5 相続放棄の効果と第三者との優劣の具体例
前記のように,相続放棄の効力は絶対的です。
具体的には,相続放棄の結果,相続(承継)することになった者の方が優先となるということです。
この理論だけだと分かりにくいので,判例における事案を使って説明します。一部簡略化してあります。
<相続放棄の効果と第三者との優劣の具体例>
あ 放棄者の債権者と他の相続人の対立
被相続人Aが亡くなった
相続人はB・Cであった
相続人Bが相続放棄をした
Bの債権者Yが,Aの遺産の不動産についてBに代位して相続登記をした
登記の状態はB・Cの法定相続割合による共有となった
YはBの持分を対象とする仮差押を行った
い B・Yの優劣関係の結論
相続人CはYによる仮差押の効力を否定できる
※最高裁昭和42年1月20日
理論的には他の相続人が優先となりますが,実務では,登記を取り戻すなどの解決のために,手間,費用,時間を要します。
相続人が債務を負っていて,相続放棄を考えている場合は,決断や相続放棄の手続を早めに行うと良いでしょう。
6 相続放棄の影響を受けない→特定遺贈・贈与・生命保険金受取・相続税基礎控除
相続放棄の結果『遺産=相続財産を承継しない』ということになります。
そのため『もともと相続財産に該当しない』ものは影響ありません。
つまり受領できます。
<相続財産ではないもの=相続放棄をしても受領できる>
あ 特定遺贈
『相続放棄』をしても『特定遺贈』による承継を受ける
『相続放棄』とは別に『特定遺贈の放棄』をした場合は別
参考;『包括遺贈』の場合『相続放棄』により『承継しない』結果となる
い 死因贈与
う 生前贈与(既になされたもの)
え 生命保険金・死亡退職金の『受取』
事情によっては『相続財産』として解釈されることもある
詳しくはこちら|相続財産の範囲|一身専属権・慰謝料請求権・損害賠償×損益相殺・継続的保証
お 相続税の『基礎控除』
恣意的な『操作』を防ぐため,算定上は『相続放棄を無視』する
『相続税』のうち『相続放棄の影響を受ける』制度もある
相続放棄と『相続税』との関係については別記事にまとめています。
詳しくはこちら|相続放棄×相続税|基礎控除その他の控除類への影響・連帯納付義務に注意
7 相続放棄と特別受益・寄与分・遺留分との関係
相続に関して不公平を是正する制度が3つあります。
『相続放棄』をした結果,これらの適用がどうなるか,についてまとめます。
<相続放棄と特別受益・寄与分・遺留分の関係>
あ 『遺産分割』修正制度=特別受益・寄与分
相続放棄により解放される(適用されなくなる)
い 遺留分
ア 『遺留分侵害者』が『相続放棄』
『侵害している状態』に変わりはない
=相続人以外の第三者への贈与・遺贈として扱う
むしろ『侵害者自身の遺留分』がなくなる→『返還額が増える』方向性
イ 『遺留分減殺請求者』が『相続放棄』
遺留分減殺請求権も失う
もともと『遺留分』はとても強く保護されている権利です。
この保護の対象外へ逃れる方法は非常に限定されています。
詳しくはこちら|将来の遺留分紛争の予防策の全体像(遺留分キャンセラー)
8 相続放棄をしても姻族関係は存続する|特殊な扶養義務
『相続放棄』は『相続=財産の承継』についての効力だけです。
『配偶者が死亡』した場合に誤解がよくあります。
<相続の承認/放棄とは関係なく存続するもの>
あ 存続する関係
『生存配偶者』と『死亡した配偶者の親族』との『姻族関係』
い 『姻族関係』の具体的効果
一定範囲で『扶養義務』がある
仮に相続放棄をしても『姻族関係』は存続するのです。
とは言っても具体的には『扶養義務』くらいです。
『姻族間』の場合は,実際にはほとんど具体化することはありません。
詳しくはこちら|一般的な扶養義務(全体・具体的義務内容の判断基準)
9 姻族関係を解消する方法|姻族関係終了届
『姻族関係』を終了する方法もあります。
<死別後に姻族関係を終了する方法>
あ 姻族関係を終了する方法
死別の後に『姻族関係終了届』を役所に提出する(裁判所ではない)
『期限』はない
い 姻族関係終了と『相続』
相続承認・相続放棄のいずれの場合でも『姻族関係終了』は可能
※民法728条
『相続放棄』をせずに『相続承継』をしつつ『姻族関係を終了する』ということも可能です。
『相続の承認/放棄』と『姻族関係の存続/終了』はまったく別の独立した問題,ということです。

2021年10月発売 / 収録時間:各巻60分
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