【2重譲渡や2重抵当による刑事責任(横領罪・背任罪の成立)】

1 2重譲渡や2重抵当による刑事責任(横領罪・背任罪の成立)

不動産やその他の権利を2人に重複して譲渡することや、2人に重複して担保権を設定するということがあります。実際に民法では正面からこのような行為を想定していて、その場合の扱いを規定しています(対抗関係・後記)。
一方、このような行為は刑法上の犯罪となることがあります。
本記事では、2重譲渡や2重抵当による横領罪や背任罪について説明します。

2 不動産の2重譲渡による横領罪

不動産を別の2人に重複して譲渡することは、民法上は認められています。しかし刑法では、原則的に、自己の占有する他人の所有物を処分したものとして、横領罪が成立します。

不動産の2重譲渡による横領罪

あ 不動産の2重譲渡

不動産の所有者XがAに譲渡した
その後、XはBに譲渡し、移転登記を申請(完了)した

い 横領罪の成立(基本)

移転登記未了の不動産について
登記上の所有者に法律上の占有がある
自己(X)の占有する他人(A)の物にあたる
→XがBに譲渡したことは、横領(罪)に該当する
※大判明治44年2月3日
※大判昭和7年3月11日
※最高裁昭和30年12月26日
※最高裁昭和31年6月26日
※最高裁昭和30年10月8日
※最高裁昭和34年3月13日
※東京高裁昭和32年8月15日
※福岡高裁昭和47年11月22日
※東京高裁昭和48年11月20日

う 刑法上の他人性(理論)

刑法上の他人性の解釈について
民法上の所有権の解釈とは異なるところがある
刑罰を用いるだけの要保護性の視点も考慮される
領得することが所有者に一定程度以上の事実的・経済的マイナスを与えるものであることを要する

え 代金未授受の際の不成立

代金の授受、登記に必要な書類の授受もない状況下で、売主が第三者に不動産を売却し、登記が完了した場合には横領罪の成立を認めない見解が有力である
※刑法252条
※大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法 第13巻 第3版』青林書院2018年p607、608
※前田雅英著『刑法各論講義 第6版』東京大学出版会2015年p265、279

お 第2売買の移転登記未了の際の不成立

横領行為となる第2売買に関し、売却の意思表示をしたにとどまる場合には、いまだ横領罪は成立せず、登記を経ることに至るか、これに準じる行為に及んだ段階で不法領得の意思が外部的に発現したと認めるのが相当である
※大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法 第13巻 第3版』青林書院2018年p608

か 横領罪の基本事項(参考)

詳しくはこちら|横領罪の基本(条文と占有・他人性の解釈・判断基準)

3 共有持分の2重譲渡による横領罪→否定(概要)

前述のように、不動産(そのもの)の2重譲渡については横領罪が成立しますが、不動産の共有持分の2重譲渡については、横領罪は成立しません。
横領罪(刑法252条)では、「物」が対象(客体)となっています。この点、共有持分は(権利ではあっても)「物」(有体物)にはあたりません。そこで横領罪に該当しないのです。
なお、背任罪の方は「物」が対象となっているわけではないので、成立する可能性が一応あります。
詳しくはこちら|共有持分の無断処分(二重譲渡)と横領罪・背任罪
ただし、一般論として、2重譲渡の譲渡人について背任罪が成立するわけではないと思われます(後述)。

4 電話加入権の2重譲渡による背任罪

以上のように、横領罪の対象は「物」ですので、(所有権以外の)権利を2重譲渡しても横領罪は成立しません。権利の2重譲渡の具体例として、前述の共有持分(権)以外に、電話加入権についての古い判例があります。
この判例では、2重譲渡の譲渡人自体について、ではなく、名義変更手続を受任した者について、委任契約に背いたということで背任(未遂)罪が成立しました。
この点、「背任罪は2項横領罪である」という見解をとれば譲渡人も背任罪になったはずです。譲渡人については責任を問われていないのは、この見解がとられなかったからである、という読み取り方もできます。

電話加入権の2重譲渡による背任罪

あ 電話加入権の2重譲渡

Aが電話加入権をBに譲渡した
AからBへの名義変更手続をXが受任した
その後、Aは電話加入権をCに譲渡した
Xは、Bへの名義変更手続を行わず、Cへの名義変更手続を申請した(名義変更請求書を郵便局に提出した)
しかし、名義変更はなされなかった

い 背任罪の成立

ア 名義変更手続を受任した者→成立 Xについて背任罪が成立する
(第三者対抗要件を備えるに至らなかったため未遂罪となった)
※大判昭和7年10月31日
イ (2重)譲渡人→処罰なし 電話加入権の二重譲渡人であるAは背任罪としては処罰されていない
それは二重譲渡自体は背任罪にはならないと考えたからであろう。
※平野龍一著『刑事法研究 最終巻』有斐閣2005年p44、45

う 横領罪の不成立(参考)

横領罪の客体はである(刑法252条)
電話加入権は(有体物)ではない
詳しくはこちら|刑法の『財物』『物』の意味(有体性説・(物理的)管理可能性説)
→横領罪は成立しない

5 2重抵当による背任罪

不動産の所有者Aが、Bに抵当権を設定した後に、Cにも抵当権を設定し、Bの抵当権登記よりも先にCの抵当権登記をしてしまった、というケースを想定してみます。1番目のBの抵当権を設定した後も、Aが所有者であることに変わりはありません。2番目のCへの抵当権設定は、(刑法252条の)他人の物の処分ではないので横領罪にはあたりません。
ただ、Bの立場では、本来1番抵当権(Cよりも優先)のはずなのに、2番抵当権(Cよりも劣後)という状態になっています。ここで、Aは、Bに対して1番目の抵当権登記をするという任務があったと捉えます。そうするとAは、この任務に背いて、その結果Bに損害が生じた、ということになります。そこで背任罪が成立します。

2重抵当による背任罪

あ 不動産への2重の抵当権設定

Xが債権者AのためにX所有の不動産に抵当権を設定した
その後、債権者Bのために抵当権を設定し、登記を申請(完了)した

い 登記への協力義務

不動産に抵当権を設定した者(X)が抵当権設定登記に協力する行為について
一面では、自己(X)の財産処理を完成する事務である
しかし、主としてAの財産権保全のための事務(協力義務)である
※最高裁昭和38年7月9日
※最高裁平成15年3月18日
※東京高裁平成13年9月11日

う 『他人の事務』

Xが抵当権設定登記に協力する行為は
他人の事務(Aの事務)にあたる

え 結論(背任罪の成立)

Aが、Bに抵当権を設定し登記を完了した行為について
→背任罪が成立する
※最高裁昭和31年12月7日

お 古い判例(参考)

古い判例では、Bに対する詐欺罪としていた
※大判大正元年11月28日

6 譲渡担保権者が抵当権を設定したことによる背任罪

譲渡担保権者は、形式的に所有権を得ますが、あくまでも担保目的という制限があります。
詳しくはこちら|譲渡担保権の設定方法と実行方式(処分清算方式と帰属清算方式)
そこで、譲渡担保権者が担保不動産に抵当権を設定することは権限外の行為となります。そのため、背任罪が成立します。
実質的に対立する権利の状態が生じるので、2重抵当と同質のものといえるでしょう。

譲渡担保権者が抵当権を設定したことによる背任罪

あ 譲渡担保の設定(前提)

不動産の所有者Aが債権者Xに譲渡担保を設定した
=形式的にXへの所有権移転登記を申請(完了)した

い 譲渡担保権者による抵当権設定

Xが自己の債務の担保のため不動産に抵当権を設定した

う 背任罪の成立

XはAのために担保不動産を保全する義務がある
→背任罪にあたる
※大阪高裁昭和55年7月29日

7 虚偽申請としての公正証書原本不実記載等罪(否定・概要)

以上のような2重の譲渡や担保設定が虚偽の登記申請による不実の記載(登記)として公正証書原本不実記載等罪に該当するという発想もあり得ます。
しかし、結果的には先になされた登記が優先となる、つまり真実の権利を示すものになります。不実の登記ではなくなります。
そこで、公正証書原本不実記載等罪は成立しません。
詳しくはこちら|公正証書原本不実記載等罪の成立を認めなかった判例の集約

8 2重譲渡・2重抵当の民事的な扱い(対抗関係・参考)

以上のように、2重譲渡や2重抵当は刑法上、横領罪や背任罪が成立します。
一方、民法上は、対抗関係として、対抗要件の状況によって権利の帰属が決まることになっています。
要するに、民事と刑事で完全に別の扱いとなるということです。

2重譲渡・2重抵当の民事的な扱い(対抗関係・参考)

あ 前提事情

権利者Xが権利をAとBに重複して譲渡or担保権設定をした

い 民事的な扱い(対抗関係)

A・Bのうち、先に登記(対抗要件)を得た者が優先される
※民法177条
詳しくはこちら|対抗要件の制度(対抗関係における登記による優劣)の基本

本記事では、2重譲渡や2重抵当による刑事責任(横領罪・背任罪)について説明しました。
2重譲渡などのケースでは、民法上の解釈が複雑な上に、刑事責任の問題も別に生じるのです。
実際に2重譲渡や2重抵当などの問題に直面されている方はみずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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