【審判前の保全処分の基本(家事調停・審判の前に行う仮差押や仮処分)】

1 審判前の保全処分の基本(家事調停・審判の前に行う仮差押や仮処分)

家事審判の確定まで至れば、差押などの強制的な手段が可能となります。
詳しくはこちら|債務名義の種類は確定判決・和解調書・公正証書(執行証書)などがある
しかし、それまでの間に財産逃しをされてしまうと、対応は難しくなってしまいます。
そこで、審判前の保全処分として仮差押や仮処分の申立をすることができます(家事事件手続法105条、106条)。
これにより、審判に先行して仮に財産をロックしておくことが可能となります。
子供の引渡のような金銭請求以外の内容については、仮に子供を引き渡してもらうということになります。
本記事では、このような審判前の保全処分の基本的事項を説明します。

2 保全処分の内容と利用する状況(類型)の組み合わせ

家事事件において、審判前の保全処分、を利用できる類型を説明します。
家事審判の対象事件のうち、別表第2事件については、適用対象とされています。
詳しくはこちら|家事事件(案件)の種類の分類(別表第1/2事件・一般/特殊調停)
具体的な保全処分の内容と、利用できるシチュエーションを説明します。

<保全処分の内容と利用する状況(類型)の組み合わせ>

あ 保全処分の内容(種類)

a 財産の管理者の選任
b 財産の管理又は本人の監護に関する指示
c 後見(保佐、補助)命令
d 本人の職務の執行停止又は職務代行者の選任
e 仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分
 →仮地位仮処分については、生活費の仮払い、日用品の引渡し、物の利用関係の設定など
 →事情変更により、既に確定した扶養等審判に基づく強制執行を停止する仮処分もなしうる
f 養子となる者の監護者選任
g 児童の保護者に対する児童との面会、通信の制限

い 利用する状況と保全処分の種類の組み合わせ
後見開始 a、b、c
保佐開始 a、b、c
補助開始 a、b、c
財産の管理者の変更、共有財産の分割 a、bの前者
遺産の分割 a、bの前者
特別養子縁組の成立、離縁
親権、管理件喪失宣言
未成年後見人、未成年後見監督人の解任
成年後見人、保佐人、補助人、これらの監督人、任意後見監督人の解任
遺言執行者の解任
親権者の指定、変更
任意後見人の監督 dの一部(職務停止のみ)
夫婦の同居、協力、扶助
財産の管理者の変更、共有財産の分割
婚姻費用の分担
子の監護
財産分与(離婚成立後(後述)) a、e
親権者の指定、変更
扶養(順位・程度・方法)
遺産の分割

※記号(アルファベット)は、各手続において利用できる上記の保全処分の記号と対応する
※『月報司法書士2013年3月』日本司法書士会連合会p59

3 審判と同時に行う保全処分の申立

家事審判の申立があった場合に、審判前の保全処分の申立ができます。
具体的には本案の家事審判事件が係属することが前提となっているのです(家事事件手続法105条1項)。
通常の申立タイミングは、条文の文字どおり、本体(本案)である家事審判の申立と同時、となります。
一方、家事審判の申立後に、追加的に保全を申し立てる、ということも可能です。
あくまでも、本案が係属していることだけが前提条件なのです。

4 調停と同時に行う保全処分の申立

以前は、条文の文言上、調停の係属だけでは審判前の保全処分は申し立てられませんでした。
しかし、法改正により調停の申立と同時に審判前の保全処分を申し立てることができるようになりました。

家事事件手続法105条の条文

本案の家事審判事件(家事審判事件に係る事項について家事調停の申立てがあった場合にあっては、その家事調停事件)が係属する家庭裁判所は、この法律の定めるところにより、仮差押え、仮処分、財産の管理者の選任その他の必要な保全処分を命ずる審判をすることができる。
※家事事件手続法105条1項

この条文では、家事調停のうち、審判対象事件だけが対象となっています。
家事調停のうち訴訟対象事件審判前の保全処分はできないのです。
しかし、訴訟対象事件の場合は、民事保全法により、調停・訴訟の申立よりも前に(同時でなくても)、保全申立が可能です。
もともと、審判前の保全処分を用いる必要がないといえます。
詳しくはこちら|民事保全(仮差押・仮処分)の基本|種類と要件|保全の必要性

5 家事事件における保全手続の種類とタイミングのまとめ

家事事件の種類によって『保全手続』の種類とタイミングが違ってきます。
これをまとめておきます。

<家事事件における保全手続のまとめ>

分類 保全手続 調停申立前 調停申立と同時 審判・訴訟申立と同時
審判対象事件 審判前の保全処分
訴訟対象事件 民事保全手続

6 審判前の保全処分の実質的な要件

審判前の保全処分にはいろいろありますが、共通する実質的な要件は、本案審判認容の蓋然性(申立人の主張が裁判所に認められる可能性が高い)と保全の必要性です。民事保全処分(家事ではない一般的な民事の請求に関する保全手続)と本質的には同じです。ただし、細かい違いもあります。

審判前の保全処分の実質的な要件

あ 本案審判認容の蓋然性

本案審理において、一定の具体的な権利義務の形成がなされることについての蓋然性
民事保全処分における被保全権利の存在と対応する

い 保全の必要性

民事保全処分における保全の必要性と本質的には変わらない
保全処分の各類型ごとに具体的に定められている
※宮地英雄ほか稿『審判前の保全処分』/野田愛子ほか編『判例タイムズ688号 遺産分割・遺言215題』1989年4月10日p181
※岡口基一著『要件事実マニュアル 第5版 第5巻』ぎょうせい2017年p377(遺産分割について)

う 民事保全処分の要件(参考)

民事保全処分の要件は被保全権利の存在保全の必要性である
詳しくはこちら|民事保全(仮差押・仮処分)の基本|種類と要件|保全の必要性

7 保全命令における担保金額の相場(概要)

一般的に、保全処分では、発令の際、引き換えとして担保の提供が必要とされています。
※家事事件手続法115条、民事保全法14条
担保金額の相場(担保基準)については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|保全の担保金額算定の基本(担保基準の利用・担保なしの事例)

8 審判前の保全処分の効力(概要)

裁判所が保全処分を命じるとその内容(保全命令)はすぐに(告知の時に)効力が生じます。つまり、執行できる状態になるのです。確定するまでは執行できないということはありません。
また、保全命令の告知から2週間の期間だけしか執行できません。
一方、保全命令に不服がある当事者は即時抗告ができますが、それだけでは執行の効力が解消されるわけではありません。別に執行停止の申立を行い、裁判所がこれを認めて初めて執行停止などとして執行の効力が解消されるのです。
このような、保全処分の効力については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|審判前の保全処分の効力(発生時期・執行期限・執行停止)

9 審判前の保全処分を活用する典型的状況

前述のように、審判前の保全処分が使えるシーンは多いです。
その中でも利用する状況として典型的なものをまとめておきます。

<審判前の保全処分を活用する典型的状況>

あ 遺産分割

相続人の1人が遺産の不動産(の共有持分)を売却しようとしている
遺産分割が完了する前に、相続人の1人の生活が困窮しているので現金や預金の仮払をする
詳しくはこちら|遺産分割に関する審判前の保全処分(仮差押・仮処分・仮払い・仮分割)

い 婚姻費用

婚姻費用を請求する側(妻)の生活が困窮しているので、請求される側(夫)に仮払を命じる

う 財産分与

遺産を相手が処分した・預貯金を引き出した、またはそのような行為が予想される
離婚成立後審判前の保全処分だが、離婚成立は手続が異なる(後述)

10 財産分与の保全の手続(離婚前後による違い)(概要)

財産分与請求権を保全するための手続の種類は、離婚が成立する前と後で異なります。
離婚成立は、財産分与請求権が発生しています。財産分与の審判を行うことを前提として、審判前の仮処分を行うことができます。
一方、離婚成立は、財産分与請求権は発生していません。そこで、離婚請求(の訴訟申立)とセットで、その附帯処分としての財産分与を申し立てる、ことを前提として、離婚訴訟に伴う保全処分を申し立てることになります。適用する法律は人事訴訟法となりますが、家庭裁判所に申し立てるということは審判前の保全処分と同じです。このことについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|財産分与の保全や仮登記(譲渡・差押との優劣

本記事では、審判前の保全処分の基本的事項を説明しました。
実際には、個別的な事情によって最適な手段は異なりますし、やり方次第で結論が違ってくることもあります。
実際に審判前の保全処分の活用をお考えの方や、保全処分に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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