【民事保全(仮差押・仮処分)の基本|種類と要件|保全の必要性】

1 民事保全(仮差押・仮処分)の基本
2 民事保全の種類|仮差押
3 仮差押の要件=被保全権利+仮差押の必要性
4 仮差押の発令|具体的な『リスクが高い状態』は『詐害行為』と同様
5 民事保全の種類|係争物に関する仮処分
6 係争物に関する仮処分の要件=被保全権利+保全の必要性
7 民事保全の種類|仮の地位を定める仮処分|典型例
8 仮の地位を定める仮処分の要件=被保全権利+保全の必要性
9 民事保全の組み合わせの実例|法定地上権に関するケース
10 家事事件に関する審判前の保全処分(参考)
11 違法な保全の申立や執行による責任(概要)

1 民事保全(仮差押・仮処分)の基本

一般的な民事的な請求をする場合には,訴訟などで結論が出るまでに一定の時間がかかるので,先に暫定措置をとっておく方法があります。これを民事保全(処分)といい,その内容は仮差押と仮処分です。さらに仮処分の内容には多くの種類のものがあります。
本記事では民事保全の種類やこれが使える(認められる)要件などの基本的事項について説明します。

(1)通常の権利実行フロー

一般的には,裁判を起こし,最終的に判決や和解といった形で結論が決まります。
そして,例えば判決どおりに賠償金を支払うなど,その結論どおりに当事者が行動するのです。
仮に一方が判決の内容に応じない場合は,強制執行ができます。

(2)通常のフローによる欠点

ところが,裁判→任意の履行や強制執行,というプロセスには一定の時間がかかります。
その間に,『判決を取ったけどもう遅い』ということが起きえます。

(3)仮差押,仮処分

これに対抗する手段が『仮差押』や『仮処分』です。
民事保全法による手続きです。
典型例は『金銭の請求の訴訟提起前に,相手に知らせずに,不意打ち的に財産をロックする』というものです。
スムーズに準備・実行をすれば,数日〜1週間程度で完了します。
これは仮差押ですが,ほかに仮処分という種類もあります。
このような暫定処分を総称して(民事)保全と言います
家事事件では『審判前の保全処分』という,家事事件手続法に基づく手続となります。
詳しくはこちら|審判前の保全処分の基本(家事調停・審判の前に行う仮差押や仮処分)

2 民事保全の種類|仮差押

金銭債権を保全するものです。
相手が財産を流出させた場合,後から差押ができなくなります。
そこで,先に仮差押により,財産に『ロック』をかける方法です。

仮差押は特に種類はありませんが,仮処分はいくつかの種類があります。
以下仮処分の種類を説明します。

3 仮差押の要件=被保全権利+仮差押の必要性

『仮差押』が認められるための要件をまとめます。

<仮差押|保全命令の要件>

あ 被保全権利

金銭の支払を目的とする債権
《対象に含まれる債権》
ア 『条件』付き債権イ 『期限』付き債権=『期限未到来の債権』ウ 同時履行の抗弁権の付着している債権

い 仮差押の必要性|基準

次のいずれか
ア 強制執行をすることができなくなるおそれがあるイ 強制執行をするのに著しい困難を生じるおそれがある ※民事保全法20条

う 仮差押の必要性|判断方法

客観的に上記『リスク』が認められる場合に発令する
《考慮要素》
債務者の財産状態・職業・地位など

要するに『相手=債務者』が財産を逃してしまうリスクが高い状態,というものです。

4 仮差押の発令|具体的な『リスクが高い状態』は『詐害行為』と同様

仮差押の必要性が認めるようなリスクが高い状態の具体例をまとめます。

<仮差押の発令|典型例>

あ 責任財産の量的・質的な減少リスク

債務者の責任財産の毀滅・浪費・廉売・隠匿・権利の放棄など

い 換価による捕捉困難リスク

例;不動産の処分

う 責任財産の『把握』困難リスク

例;債務者の逃亡・転居の繰り返し

仮差押の必要性(リスクが高い状態)の判断は,詐害行為の要件(詐害性)と重複する部分が多いです。
詳しくはこちら|詐害行為取消権(破産法の否認権)の基本(要件・判断基準・典型例)

5 民事保全の種類|係争物に関する仮処分

金銭債権以外の権利執行を保全するために,現状維持を命ずるものです。

<係争物に関する仮処分の種類>

あ 処分禁止の仮処分

※民事保全法53条1項,58条2項,不動産登記法111条

い 占有移転禁止の仮処分

不動産の明渡請求に伴い,占有の移転を防止するものです。
※民事保全法62条,民事保全規則44条1項

占有移転禁止の仮処分については,土地・建物について別記事で説明しています。
詳しくはこちら|建物明渡|法的手続|基本・流れ|占有移転禁止/断行の仮処分
詳しくはこちら|借地の明渡請求の手続の流れ;仮処分,合意の項目,強制執行

6 係争物に関する仮処分の要件=被保全権利+保全の必要性

『係争物に関する仮処分』の要件をまとめます。

<係争物に関する仮処分|保全命令の要件>

あ 被保全権利

金銭以外の物=係争物,の給付を目的とする請求権
《対象に含まれる債権》
ア 『条件』付き債権イ 『期限』付き債権=『期限未到来の債権』ウ 同時履行の抗弁権の付着している債権

い 仮処分の必要性|基準

次のいずれか
ア 権利を実行をすることができなくなるおそれがあるイ 権利を実行をするのに著しい困難を生じるおそれがある ※民事保全法23条

う 保全の必要性|判断方法

客観的に上記『リスク』が認められる場合に発令する
《考慮要素》
債務者の財産状態・職業・地位など

基本的に『仮差押』と同様です。

7 民事保全の種類|仮の地位を定める仮処分|典型例

『仮の地位を定める仮処分』という種類の保全処分があります。

<『仮の地位を定める仮処分』とは>

係争中に生じている損害から債権者を保護するための手続

『仮の地位を定める仮処分』というのはネーミングが分かりにくいです。
簡単に言えば,仮差押と係争物の仮処分以外,ということです。
限定がなく,適用範囲が広いです。

<仮の地位を定める仮処分の例>

あ 金員仮払の仮処分の例

ア 労働者が不当解雇を主張するケース 本案訴訟の判決までの期間中,生活費に窮するとして,給料の仮払を求めるものです。
イ 交通事故の被害者が加害者に損害賠償請求を行うケース 本案訴訟の判決までの期間中,生活費に窮するとして,賠償金の仮払を求めるものです。

い 建築工事禁止の仮処分の例

ア 土地の利用権原がない者が建築を行うことを阻止するケースイ 日照権侵害の建物建築を阻止するケース

う 明渡断行の仮処分の例

営業用店舗の駐車場に不法に放置された自動車を撤去するケース

え 通行妨害禁止の仮処分の例

私道の通行権の争いにおいて,隣接地所有者が私道上に柵を設けて通行妨害→撤去するケース

お 騒音禁止の仮処分
か 原発の運転禁止の仮処分
き 面会強要禁止の仮処分

ア 暴力団による激しい債権回収(取立)を阻止するケースイ 恋愛感情によるつきまといを抑止するケース

く 出版差止の仮処分

名誉棄損,プライバシー侵害の記事の流布を阻止するケース

明渡断行の仮処分については別記事で典型例などを説明しています。
詳しくはこちら|建物明渡|法的手続|基本・流れ|占有移転禁止/断行の仮処分

詳しくはこちら|借地の明渡請求の手続の流れ;仮処分,合意の項目,強制執行

8 仮の地位を定める仮処分の要件=被保全権利+保全の必要性

仮の地位を定める仮処分の要件をまとめます。

<仮の地位を定める仮処分|保全命令の要件>

あ 被保全権利

権利関係について争い
『身分法上の権利』も含む
『条件』『期限』付きの権利も含む

い 仮処分の必要性

債権者に生じる『著しい損害or急迫の危険』を避けるために必要である
※民事保全法23条

対象となる『被保全権利』は広いです。

9 民事保全の組み合わせの実例|法定地上権に関するケース

不動産競売事件による売却の結果,法定地上権が生じることがあります。
事案によっては見解の熾烈な対立が生じます。
予め対象の土地に対して『暫定処置』を行った実例を紹介します。

<保全(仮差押,仮処分)の種類(例)>

あ 金銭の請求

→相手方が財産を流出させると,後から差押ができなくなる
対抗手段=仮差押

い 建物の明渡請求

→相手方が別の第三者(A)に建物を引き渡すと,改めてAに対して提訴し直す必要がある
対抗手段=占有移転禁止の仮処分

う 違法建築を差し止める請求

→建物が完成してしまうと『差止』は意味がなくなる
対抗手段=建築禁止の仮処分

10 家事事件に関する審判前の保全処分(参考)

以上の説明は,一般的な民事的請求を保全するための手続でした。この点,相続の遺産分割や離婚に伴う財産分与などの家事事件に関するものは,別の法的な扱いとなります。審判前の保全処分という手続です。ただし,具体的な保全処分の内容(種類)や要件などについては一般的な民事保全処分と共通しているところが多いです。家事事件に関する審判前の保全処分については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|審判前の保全処分の基本(家事調停・審判の前に行う仮差押や仮処分)

11 違法な保全の申立や執行による責任(概要)

民事保全の申立や執行が違法となることもあります。その場合は,申立人(債権者)は賠償責任を負うこともあります。
これについては別の記事で詳しく説明しています。
詳しくはこちら|違法な保全の申立や執行による賠償責任の基本(違法性・過失の枠組み)

本記事では民事保全の基本的事項を説明しました。
実際には個別的な事情や主張・立証のやり方次第で結論が違ってきます。
実際に民事保全の活用をお考えの方や民事保全に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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