【民法254条が共有物分割契約上の債権に適用されるか否かの判例・学説】

1 民法254条が分割契約上の債権に適用されるか否かの判例・学説

民法254条は条文上、共有物についての債権が、共有持分の特定承継人(譲受人)に承継される、ということになっていますが、解釈としては、債権に限らず、共有者間の権利関係に広く適用される、という傾向があります。
詳しくはこちら|共有持分譲渡における共有者間の権利関係の承継(民法254条)の基本
この点、民法254条によって承継される権利関係の中に、共有物分割契約上の債権が含まれるかどうかについて議論があります。本記事では、これに関する判例や学説を説明します。

2 大正8年大判(肯定)

まず、大正8年大判は、共有と相分離できない共有者間の権利関係という広い範囲が持分の譲受人に承継されると判断し、その中身の1つとして、共有物分割に関する特約(合意)も含まれると判断しました。

大正8年判例(肯定)

あ 持分譲受人への承継の有無

共有の持分を譲り受けた者は、譲渡人の地位を承継して共有者となり、共有物分割または共有物管理に関する特約等すべて共有と相分離できない共有者間の権利関係を当然承継する・・・
※大判大正8年12月11日

3 昭和34年最判の事案と判断の要点

昭和34年最判も、分割契約上の債権が持分の譲受人に承継されると判断しました。共有物分割の合意が成立したのですが、合意した内容どおりに履行するのは後回しになっていた、という少し特殊な事情があります。事案内容を整理しておきます。

昭和34年最判の事案と判断の要点

あ 共有者間の合意

土地がA・Bの共有となっていた
A・B間で次のような合意をした

い 合意内容

土地を甲・乙に分割する
甲土地はAが独占的に使用する
事後的に分筆登記・単独所有にする登記を行う

う 共有持分譲渡

Bが共有持分をCに譲渡した

え 裁判所の判断(要点)

Cは特定承継人に該当する
→合意の結果生じた分割契約上の債権として
→A・B間の合意はCにも承継される
分割契約上の債権が登記されていることは不要である
※最判昭和34年11月26日(後記※1

4 昭和34年最判の判断(規範)部分

昭和34年最判は重要な内容を含むので引用します。
前述のように、分割契約上の債権も承継される、という結論が採用されました。
これに関して、登記されていない権利関係が持分の譲受人に承継されるとすれば取引の安全を害するのでよくない、という主張もされていました。これに対して裁判所は登記されたものだけが承継されるとは解釈できない、つまり、取引の安全を害することになるが、結論は変わらない、という趣旨の判断を示しました。

昭和34年最判の判断(規範)部分(※1)

あ 共有物分割契約上の義務の承継

・・・上告人は民法254条にいわゆる特定承継人に該当するものであることは明らかであり、前示共有地分割契約により前主たる共有者の負担した義務を承継したものであるから、被上告人がその主張の土地につき他の共有者に対して有する前記分割契約上の債権は、上告人に対してもこれを行うことができ、上告人はこれが行使を妨害してはならないものである。

い 登記の要否→否定

このことは、分割契約につき登記を経たものであると否とにかかわらないと解すべきである。(なお、民法254条は所論のような場合にのみ関する規定と解すべき何らの根拠もない。)
※最判昭和34年11月26日

5 登記の要否に関する学説や立法論(概要)

以上のように、判例、実務では、登記されない権利関係が持分の譲受人に承継される結論となっているので取引の安全を害します。この点を考慮すると、やはり、登記されない権利関係については承継を否定すべきだ、という学説もあります。また逆に、登記制度を作って(法改正)権利関係を登記できるようにすべきだ、という意見も多いです。令和3年の民法改正の時にこの議論が出ましたが、結論としては登記制度を変更するには至りませんでした。
詳しくはこちら|民法254条の適用における登記の要否(学説と立法論)

6 昭和34年最判の射程の検討(全面的価格賠償への適用)

大正8年大判と昭和34年最判は、「分割契約により生じた義務(債権)」が、持分の譲受人に承継される、という判断を示しています。そして、昭和34年最判の事案は、現物分割の合意をしたけれど、分筆登記と持分移転登記が未了である時に持分譲渡がなされた、というものでした。
では、全面的価格賠償の合意に至った(共有物分割が成立した)ケースでも同じでしょうか。仮にこのケースも同じ(昭和34年最判の射程が及ぶ)とすると、一般的に「持分を譲り受けて登記も得たのに、後から持分の取得が否定される」リスクを負うことになります。譲渡が繰り返された場合でも、過去のいずれかの共有者の時代に全面的価格賠償の合意で持分を失っていたことが発覚したら、現在持分登記を得ていても、移転登記に応じないといけないことになります。このことは、昭和34年最判に反対する多くの学説が、取引の安全を害すると指摘していることの具体例といえます。
詳しくはこちら|民法254条の適用における登記の要否(学説と立法論)
一方、昭和34年最判は、分筆登記ができない、などにより、持分移転登記ができない場合にだけあてはまる(射程が及ぶ)と考えれば、通常の全面的価格賠償の合意にはあてはまらないことになります。結果的に、民法177条により、登記を得た方が優先(保護)される、という安心できる結果となります。
とはいっても、昭和34年最判の判決に、そのような限定的な言葉があるわけではありません。当時は全面的価格賠償という分割類型自体が認められておらず、裁判所が関与しない場合の分割類型は現物分割だけだったので、全面的価格賠償のことは想定していなかったのです。いずれにしても、判決の射程を制限する読み取り方は少し無理があるように思います。

昭和34年最判の射程の検討(全面的価格賠償への適用)

あ 昭和34年最判の事案と結論(要点・簡略化)

共有者AB(全員)で現物分割の合意が成立した
その後、現物分割による分筆や持分移転登記をする前に、Bが持分をCに譲渡し、持分移転登記をした
Aは分筆登記をした上で、Aが取得する土地(筆)について、Cに対して持分移転登記手続を請求することができる

い 全面的価格賠償のケースの検討

ア 事案 共有者AB(全員)で「B持分をAが取得する、AはBに賠償金●●円を支払う」という合意(全面的価格賠償)が成立した
その後、全面的価格賠償によるBからAへの持分移転登記をする前に、Bが持分をCに譲渡し、持分移転登記をした
イ 昭和34年最判の射程が及ぶ考え方 BからAへの「持分移転登記」は「分割契約により前主たる共有者の負担した義務」にあたる
「Bの特定承継人であるC」は、この義務を負う(承継する)
登記義務に関してACは「当事者」といえるので、AがB持分を取得する登記をしていないことについて、Cは主張できない(民法177条の第三者にあたらない)
CはAに持分移転登記をしなくてはならない
ウ 昭和34年最判の射程が及ばない考え方 昭和34年最判の事案は、分筆登記が未了であるため持分移転登記ができない状態にあった
持分移転登記ができる状態にあるケースには射程は及ばない
全面的価格賠償では通常、持分移転登記をすることができる状態にある(登記に支障はない)
民法177条が適用される(民法254条は適用されない)
「ア」の事案ではB持分の移転について先に登記を得たCが優先となる(Cが確定的に持分を取得する)

7 共有物分割訴訟の判決の効力の承継(形式)

以上のように、判例では、共有物分割の合意(契約)の効力は持分の譲受人にも及びます。では、共有物分割が、合意ではなく、裁判所の判決で実行(形成)された場合はどうでしょうか。
まず、一般論として、口頭弁論終結後の承継人にあたるので、原則として、執行力も既判力も及びます。
なお、共有物分割訴訟の実質は非訟であり、判決に形成力はあっても既判力はないはずです。

共有物分割訴訟の判決の効力の承継(形式)

あ 執行力の承継

ア 条文 (強制執行をすることができる者の範囲)
第二十三条 執行証書以外の債務名義による強制執行は、次に掲げる者に対し、又はその者のためにすることができる
・・・
三 前二号に掲げる者の債務名義成立後の承継人(前条第一号、第二号又は第六号に掲げる債務名義にあつては口頭弁論終結後の承継人、同条第三号の二に掲げる債務名義又は同条第七号に掲げる債務名義のうち損害賠償命令に係るものにあつては審理終結後の承継人)
※民事執行法23条1項3号
イ 「承継人」の解釈→持分譲受人を含む 本条1項3号の承継には、相続や会社の合併のような一般承継と、特定承継の双方が含まれる。
また、特定承継の原因としても、債権譲渡のような私法上の法律行為に限らず、転付命令のような強制的処分や、法定の原因に基づくもの
(弁済による代位に基づく権利の取得、共有持分権の譲受けに基づく義務の承継(民254))などが含まれる・・・
※伊藤眞ほか編『条解 民事執行法 第2版』弘文堂2022年p172
※鶴田滋稿/『新基本法コンメンタール 民事執行法』日本評論社2014年p58(同内容)
※『基本法コンメンタール 民事執行法 第6版』日本評論社2009年p83(同内容)

い 既判力の承継(条文)

(確定判決等の効力が及ぶ者の範囲)
第百十五条 確定判決は、次に掲げる者に対してその効力を有する。
・・・
三 前二号に掲げる者の口頭弁論終結後の承継人
※民事訴訟法115条1項3号

8 共有物分割訴訟の判決の効力の承継(固有の抗弁→否定)

口頭弁論終結後に持分を譲り受けた者に、判決の執行力(と既判力)が原則として及ぶとしても、請求異議訴訟などでこれを否定することはできないのでしょうか。つまり、実体法上、固有の抗弁が主張できるかどうか、という問題です。
典型的な状況は、全面的価格賠償と現物分割の判決の場合に、判決による持分移転登記をする前に、第三者への持分譲渡の登記が入ってしまったというものです。一見すると二重譲渡の構造なので、対抗要件取得という固有の抗弁で判決の効力を否定できるように思えます。
しかし、判決による形成力は、判決自体が取り消されない限り消えません。
実質的に考えても、私人間の権利関係を形成した点では合意と判決は同じです。そこで、判決の場合も、民法254条によって、分割の内容が持分の譲受人に及ぶと思われます。そうすると、持分の譲受人は登記義務も承継しているので、民法177条が適用されない、つまり持分の譲受人は登記を得ていても持分権を得られないことになる(固有の抗弁にならない)と思われます。
一方、換価分割の判決の場合は、持分の譲渡があっても判決による差押、競売が実務上認められています。そこで、二重譲渡の状況になることはありません。というより、持分の譲受人を当事者とする差押、競売を認めている時点で、裁判所は持分の譲受人に固有の抗弁はないということを前提にしているといえるでしょう。

共有物分割訴訟の判決の効力の承継(固有の抗弁→否定)

あ 分割合意との同質性(検討)

共有物分割訴訟の判決は、私人間の権利関係を形成(創設)するものである
私人間の共有物分割契約と同じように考えられる
昭和34年最判があてはまると思われる

い 持分移転についての民法177条の適用→否定

全面的価格賠償・現物分割では、共有持分の移転(売買・交換の性質)が含まれる
第三者への持分譲渡との間で二重譲渡の状況となることがある
その場合でも、当該第三者には民法177条が適用されないと思われる
詳しくはこちら|共有物分割の結果と抵触する処分(妨害行為)の効力

う 換価分割の判決後の持分譲渡の実務上の扱い(概要)

形式的競売の手続の実務において、換価分割の判決は、口頭弁論終結後の共有持分の譲受人にも及ぶものとして扱われている
東京地裁では、承継執行文すら不要という運用にしている
詳しくはこちら|形式的競売における差押の有無と処分制限効、差押前の持分移転の扱い
持分の譲受人の固有の抗弁はないことを前提にしていると思われる

9 共有物分割契約に伴う分割禁止特約の承継

共有物分割の合意(契約)が成立した場合、その履行が完了するまでの期間は分割禁止の合意をしたと認められることがあります。
詳しくはこちら|共有物分割禁止特約の基本(最長5年・登記の必要性)
この状況で共有持分の譲渡があった場合、持分の譲受人は、分割合意(に伴う債権債務)とともに、一定期間の分割禁止特約も承継することになります。
この点、一般論としては分割禁止特約については登記がないと承継しない(対抗されない)はずです。しかしこのような分割合意に伴う分割禁止特約は、いわば分割合意に含まれるものとして、登記がなくても承継すると思われます。

本記事では、民法254条により持分の譲受人に承継される権利関係の中に共有物分割契約上の債権が含まれるかどうか、という解釈について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や最適な対応方法が違ってきます。
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