1 不動産登記申請を行う司法書士の事故(責任)発生予防策や心構え
2 司法書士による登記事故や責任の予防策
3 一般的な確認方法の具体例
4 虚偽・不正な登記申請の痕跡の実例
5 提供するサービス内容(範囲)の明確化
6 決済を流す可能性の指摘
7 迅速性と正確性のバランス
8 冤罪リスク(対応コスト)の認識(参考)

1 不動産登記申請を行う司法書士の事故(責任)発生予防策や心構え

不動産登記申請を行う司法書士は,なりすましなどに騙されるリスクに直面しています。なりすましを見抜けなかったことにより,司法書士の責任が発生することもあります。
詳しくはこちら|不動産登記申請を行う司法書士の確認義務の枠組み(疑念性判断モデル)
本記事では,どのようなことをすれば,司法書士が虚偽や不正な登記作出(登記事故)に加担しないで済むか,という対策の内容をまとめます。司法書士が専門家として社会的に負っている,虚偽の登記の作出を未然に防ぐ使命に関わるものです。
これは結果的に,司法書士が行うべき注意であり,また,司法書士が責任を負わないための対策ともいえます。

2 司法書士による登記事故や責任の予防策

司法書士が,登記事故を未然に防ぎ,その結果として責任が生じることがないようにするための基本的な対策は,不正や虚偽を見抜くことです。当事者の本人性や登記申請意思の確認をすることです。
ただし,不動産の取引にはいろいろな時間制限があり,迅速性が求められます。つまり,無制限に長期間をかけて確認作業をすることはできません。
そこで,司法書士が行う確認の内容や範囲を依頼者に説明し,逆に,確認がしっかりできない場合は決済できない(流す)ということも説明しておくことが望ましいです。

<司法書士による登記事故や責任の予防策>

あ 虚偽登記の作出の回避

ア 一般的な確認方法を履行する(前提・後記※1)
イ 虚偽・不正の痕跡を知る(後記※2)

い サービス内容(範囲)の明確化(後記※3)
う 決済を流す可能性の説明(後記※4)
え 迅速性と正確性のバランス(後記※5)
お 冤罪リスク(対応コスト)の認識(参考・後記※6)

予防策のうち個々の内容については以下,順に説明します。

3 一般的な確認方法の具体例

まず,登記申請を行う司法書士が行うべき一般的な確認方法があります。
当事者への面談はすべての件で必要とは言い切れませんが,最も基本的な確認方法です。
個別的事情から,より高度に調査すべき状況であれば,さらに付随的な調査も行います。

<一般的な確認方法の具体例(※1)>

あ 面談

当事者に直に面談する

い 資料の提示

印鑑・印鑑証明書・住民票・戸籍謄本・名刺などの提示を受ける
顔写真付き公的証明書(自動車運転免許証・パスポート・住基カードなど)の提示を求める
+本人の顔と照らし合わせる
健康保険証,国民年金手帳,所属団体の身分証明書などの提示を求める

う 付随的な調査方法

アルバムの提供,自宅・職場訪問をする,近所の人に聞き合わせをする
※大崎晴由著『司法書士・法務アシスト読本 第5版』民事法研究会2005年p317(旧法の保証書のケースにおいて)

4 虚偽・不正な登記申請の痕跡の実例

多くの登記事故の際の司法書士の責任の判断では,前記の一般的な確認方法は当然の前提として,それ以外の調査をしていなかったことが問題となっています。
要するに,個別的な状況に応じて,調査の精度を高めることが要求されるのです。
では精度の高い調査とはどんなことをすることなのか,ということが問題です。実は常に司法書士はこのような悩みを抱えているといえます。
一言でいえる正答はありません。
しかし,多くの司法書士の責任が追及された事例をみると,多くの虚偽や不正を見抜けた事情,つまり,不正の痕跡が明確に指摘されています。
そこで,司法書士としては,常に,過去の不正の痕跡を熟知していて,このような痕跡の有無を確認するようにすればよいのです。
逆にいえば,過去に登場した不正の痕跡が見えているのに見逃すと責任が生じることになる,ということになります。

<虚偽・不正な登記申請の痕跡の実例(※2)>

多くの司法書士が行った登記申請の事故の実例において
『これを確認しておけば見抜けた』というものがある
(=注意義務の内容といえる)
→登記事故における虚偽・不正の痕跡を把握しておくとよい
詳しくはこちら|司法書士が虚偽の登記申請を見抜くべき情報(書類・質疑の集約)

5 提供するサービス内容(範囲)の明確化

司法書士の責任が問題となるケースでは,その前提としてどの範囲で調査を引き受けたのかということが問題となります。
理想としては,個別的に依頼者との間で説明や協議をした上で,引き受ける調査の範囲を特定(合意)するとよいのです。さらにいえば,調査義務の精度(クオリティ)に応じた料金設定(報酬基準)を作り,明確にしておくことも有用です。

<提供するサービス内容(範囲)の明確化(※3)>

あ 依頼範囲の曖昧さ(2義発生)

単に『立会』と言うと,複数の意味に取れる
詳しくはこちら|弁護士の契約締結現場への立会業務の内容(不明確な場合と合意ありの場合)
詳しくはこちら|司法書士の不動産売買決済への立会の法律的な意味(義務)

い 報酬基準の作成

例えば『高度な本人確認の調査』を加える場合の料金設定を作る
→報酬基準として明示(明記)しておく
本人確認情報の作成と同じ調査精度とする前提で,同じ料金とするなど

う 受任業務内容の協議・説明・合意

ア 基本的な対応
『高度な本人確認の調査』を含む場合と含まない場合について
リスク(安心感)・料金・所要期間などの違いを顧客に説明する
個別事情から,どちらを推奨するのか,もアドバイスする
イ 注意(合意の効力の限界)
高度な本人確認の調査を合意によって除外した場合でも
疑念を生じる状況であれば,公法上は,高度な本人確認の調査が義務付けられる
=懲戒処分・刑事責任の適用が除外されるわけではない
詳しくはこちら|登記申請の依頼者による司法書士の調査義務の免除の効果(私法と公法)

6 決済を流す可能性の指摘

司法書士の責任が生じるのは,登記事故が発生した時に限りません。いわゆる決済を流した後に,登記申請に問題がなかったことが発覚した,というケースでも流した責任が生じることがあるのです(後記)。
そこで,引き受ける調査の範囲の説明(前記)にとどまらず,調査のスケジュールや,それでも予定する決済日までに確認が取れなかった場合には登記申請ができない(決済を流す)ことになることも説明しておくのが理想です。
ただし,以上の説明はあくまでも理想です。現実にはここまで理想的な説明を実行できないこともあるかもしれません。

<決済を流す可能性の指摘(※4)>

あ 確認・調査のスケジュールの説明

各種書面提出の期限・面談のスケジュールを事前に説明しておく
→依頼者や関係者から承諾を得ておく

い 確認不足の際の対応の説明

『あ』を説明した上で,確認できなかった(確証を取れなかった)場合には登記申請ができない(中止する・流す)ことを説明しておく

7 迅速性と正確性のバランス

ところで,司法書士の調査義務の精度(正確性)は,迅速性とトレードオフの関係にあります。
また,不動産の価値によっても,適切な調査義務の精度(正確性)に違いがあるといえます。
これに関して,東京などの大都市と地方のエリアでは,平均的に不動産取引の規模(取引される不動産の代金)が大きく異なります。そこで,大都市と地方とで,司法書士の調査の程度に関する感覚も大きく違っているようです。いつもとは違うエリアの不動産の取引を扱う際には,従前の感覚を切り替えることが必要となることもありましょう。

<迅速性と正確性のバランス(※5)>

あ 迅速性の要求

(人・モノ・意思の)確認は重要である
しかし,現実には『迅速性』の要求もある

い 正確性の要求

真正な当事者・登記意思・書面なのに疑って決済を流した場合
→司法書士に過失があるとして損害賠償責任が生じることもある
→迅速であり,かつ,正確であることが要求されている
迅速性と正確性の適正なバランスを取ることが必要である

う 不動産の価値によるバランス

例えば,価値(代金額)がとても高く,担保の負担がない場合
→(類型的に)不正な書類やなりすましによって虚偽の移転登記をするモチベーションが高い
→確認や注意のレベルは上がる(高い正確性が必要)

え エリアによる感覚の違い

司法書士の所在エリアによって注意の感覚に違いがある
大都市(東京)の司法書士は平均的に不正・虚偽への警戒が強い傾向がある
普段とは違うエリアの不動産の取引の決済立会を引き受ける際には注意を要する

8 冤罪リスク(対応コスト)の認識(参考)

司法書士の業務を適正に行えば,理論的に,法的責任は生じません。しかし,法的責任を追及されるかどうかは別です。
つまり,どんなにしっかりと確認を行っても,(元)依頼者が司法書士に責任追及をしてくることはあり得ます。憲法が裁判を受ける権利を保障しているので,提訴されるリスクも常に存在するといえます。
そこで,司法書士としてはこのようなリスクを常に認識して,仮に不当ないいがかりのような主張がなされても適正に,毅然と対応する,というような心構えを持っているべきなのでしょう。
なお,実際に不当ないいがかり的な責任追及を受けた司法書士が適正に反撃し,結果的にいいがかりに加担した弁護士が懲戒処分を受けるに至った実例があります。

<冤罪リスク(対応コスト)の認識(参考・※6)>

あ 冤罪リスクの認識

司法書士による登記申請に不備(確認義務違反)や責任はないとしても
当事者(元所有者)が確認義務違反を主張する実例(い)もある
司法書士が手続に対応する必要が生じるリスクは(法的責任とは別に)常に存在する
→これを認識して,不当な主張・要求があったら適正に対処する

い いいがかり的な責任追及とその対応の実例(概要)

元依頼者(所有者)が司法書士に対して不当な責任追及をしていた
この言い分を元にして弁護士Aが内容証明郵便で損害賠償請求をした
→代理人弁護士Aが調査義務の不履行となった
→弁護士Aは戒告の懲戒処分を受けた
※『自由と正義68巻5号』日本弁護士連合会2017年5月p81
詳しくはこちら|落ち度のない司法書士への賠償請求の通知書送付(弁護士の懲戒)

本記事では,不動産登記申請を行う司法書士の立場での事故防止策や責任発生の予防策について説明しました。
実際の登記事故においては,個別的な細かい状況や,その主張・立証のやり方次第で結論が違ってきます。
実際に不正や虚偽の登記申請に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。