【決済を流した司法書士の賠償責任を認めた判例(依頼拒否の正当事由を否定)】

1 決済を流した司法書士の賠償責任を認めた判例
2 不正はないのに疑惑を持って依頼を拒否した経緯(全体)
3 司法書士が疑惑を持った(依頼を拒否した)理由
4 依頼拒否の正当な事由の有無の判断
5 真正な登記名義の回復による登記の可否(前提)
6 説明の方法と時期による責任の発生の指摘
7 依頼拒否の理由の説明の違法性の判断の枠組み

1 決済を流した司法書士の賠償責任を認めた判例

司法書士は売買の決済の立会で,当事者が本人であることの確認や,意思,物件の確認を行います。確認不足であっために,司法書士が責任を負う事故もよく生じています。
詳しくはこちら|不動産登記申請を行う司法書士の確認義務の枠組み(疑念性判断モデル)
一方,なりすましなどの不正があると感じて,登記申請をしないことにしたら,実は不正はなかったため,最高裁が司法書士の責任を認めた判例があります。
本記事ではこの判例の内容を紹介します。

2 不正はないのに疑惑を持って依頼を拒否した経緯(全体)

このケースで,司法書士がこのまま登記申請をしたらまずいと思った経緯をまとめます。要するに,現在の登記名義人に至るまでの登記上の権利の移転の経緯のことです。

<不正はないのに疑惑を持って依頼を拒否した経緯(全体)>

ア 甲土地について,足利市から株式会社Bに対して払い下げがなされたイ 払下を登記原因とする所有権移転登記がなされたウ Bから有限会社Cに対し,売買を登記原因とする所有権移転登記がなされたエ 『ウ』の所有権移転登記を錯誤を登記原因として抹消した上で,『真正な登記名義の回復』を登記原因とするBからDへの所有権移転登記がなされたオ 甲土地と他の土地(D所有)が合筆された(乙土地)カ 乙土地の登記名義人の表示をDから株式会社Xに変更する登記がなされたキ E社の仲介で,XとAは,乙土地を目的とする売買契約を締結したク E社の宅建主任者Fは,XとAの了解を得て,司法書士Yに登記手続につき,両者の代理の依頼をしたケ 決済日当日に,Yは,F,X代表者,Aに対して,突然に,『乙土地については,その実体的所有関係を確定することができず,売買契約によって乙土地の所有権がAに移転するとは限らないという問題がある。登記の嘱託(依頼)を受けることはできない。』と述べた 事前にこのような予告,説明はなされていなかった
コ Yの発言を聞いて,Aは売買契約の解除を申し入れた,Xはやむなくこれに応じた,XはAに手付金を返還した ※最高裁平成16年6月8日

3 司法書士が疑惑を持った(依頼を拒否した)理由

前記の経緯のうち,司法書士が問題があると思ったのは2点です。
払下の後の真正な登記名義の回復と,商号と本店所在地が同じ会社が2つ存在したということです。

<司法書士が疑惑を持った(依頼を拒否した)理由>

あ 払下と真名移転

払下を登記原因とする所有権移転登記の後に真正な登記名義の回復を登記原因とする所有権移転登記がなされている

い 当事者の同一性

『株式会社B』という商号で本店所在地が同じである2つの会社が別の時期に存在したと思った
=『BからDへの所有権移転登記』は所有者であるB社が関与していない可能性があると思った
※最高裁平成16年6月8日

4 依頼拒否の正当な事由の有無の判断

結果的に,裁判所は,司法書士が疑惑を持った2点(前記)の両方とも,疑惑は生じないか,生じても解消できるものであると判断しました。
なお,司法書士法に,司法書士が依頼を拒否できるのは正当の事由がある場合に限られるという規定があります。
詳しくはこちら|司法書士が依頼に応じる義務の規定と正当の事由の解釈(判断基準)
最高裁は,このケースでは正当の事由はないと判断したのです。

<依頼拒否の正当な事由の有無の判断>

あ 払下と真名移転

登記原因である『払下』は,公売や競売などの公法上の処分とは異なる
払下げは私法上の行為である(後記)
→払下げにより所有権を取得した者から他の者に『真正な登記名義の回復』を登記原因とする所有権移転登記がなされていることは特段,不自然であるとはいえない

い 当事者の同一性

『BからDへの所有権移転登記』への疑問について
払下の時点から,Dに対する所有権移転登記がされた時点に至るまでの間,Bは商号変更または本店の移転の登記をしたことはない
→同一性の点は優に肯定できる
(実体法上の所有者と登記義務者との)同一性を疑うに足りる相当の理由があるとまではいえない
仮に同一性の点について懸念を持ったとしても,この点に関する説明や商業登記簿謄本の資料の提出を求めるなどの調査,確認もせずに判断したことは合理性を欠く
現に記録によればBの同一性は優に肯定できる

う まとめ

司法書士Yの懸念は容易に解消することができた
依頼拒否に正当な事由はない
→違法性がある→不法行為責任が生じる
※最高裁平成16年6月8日

5 真正な登記名義の回復による登記の可否(前提)

疑惑が生じた原因となった2点のうち1つは,払下の後の真正な登記名義でした(前記)。
確かに間違えやすいところです。誤解が生じたメカニズムをはっきりさせておきます。
まず,公売・競売の後に真正な登記名義の回復の登記をすることはできません。
一般の売買の後に真正な登記名義の回復の登記をすることはできます。
ここで,払下は,公的機関が行うので公売・競売と同じだという発想が生まれます。しかし,払下の法的性質は私法上の売買です。つまり,一般的な売買と同じなのです。
結果的に,払下の後に真正な登記名義の回復の登記をすることは可能なのです。

<真正な登記名義の回復による登記の可否(前提)>

あ 公売・競売の後の真名移転

公法上の処分を登記原因とする所有権移転登記の後,『真正な登記名義の回復』を登記原因とする所有権移転登記を任意の共同申請によりすることはできない
公法上の処分の例=公売・競売
※登研編集室編『新訂不動産登記関係質疑応答集』p2515

い 売買の後の真名移転

『売買』を登記原因とする所有権移転登記の後に,真正な登記名義の回復を登記原因とする所有権移転の登記の申請を任意の共同申請によりすることができる
※法務省昭和39年2月17日民事3発125号民事局第3課長回答

う 払下の法的性質

所有権移転登記の登記原因である『払下』は,市町村が所有する普通財産を地方自治法238条の5第1項に基づき売り払った場合の登記原因である
※登研編集室編『新訂不動産登記関係質疑応答集』p2513
『払下』は,私法上の売買である
公法上の処分(公売・競売)とは異なる
※最高裁昭和35年7月12日

え 払下の後の真名移転

官公署の払下により所有権移転の登記がされた宅地について,真正な登記名義の回復を登記原因とする所有権移転登記の申請をすることができる
※登研編集室編『新訂不動産登記関係質疑応答集』p2380

6 説明の方法と時期による責任の発生の指摘

以上のように,本来疑惑を持つべきではない(晴れたはず)なのに疑惑を持って登記申請の依頼を拒否したことで,司法書士は不法行為責任を負わされました。
このような理論的構成について,別の考え方も指摘されています。
実質的に責任が生じた原因は,依頼の拒否ではなく,依頼を拒否する説明の時期と内容であるという指摘です。決済当日に依頼の拒否を宣言したから売買契約自体が流れてしまうことにつながったという視点です。
確かに,疑惑があるから依頼を拒否するとしても,もっと早めに調査が間に合わないという理由で拒否していたら問題はなかったといえるでしょう。

<説明の方法と時期による責任の発生の指摘>

あ 依頼拒否の理由の説明の問題点

依頼から登記手続予定日まで約2週間空いていた
この間に調査,事情聴取を行えば,当日突然依頼を拒否することは避けられた
=依頼者にとって不測の事態が生じることはなかった

い 依頼拒否の理由の説明と正当の事由との関係

依頼拒否とその理由を明らかにした発言の違法性は
正当の事由の判断(合理性,正当性,相当性の評価)の内容である
※加藤新太郎稿『司法書士の登記嘱託拒否と民事責任』/『NBL801号』2005年1月p58,59

う 債務不履行責任発生の可能性

『依頼(受任)拒否の通知』を理由なく遅滞したこと,が債務不履行(損害賠償義務発生)となる可能性もある
※弁護士法29条参照
※『判例タイムズ1184号臨時増刊・平成16年度主要民事判例解説』2005年9月p53

え 弁護士法29条の規定(参考)

(依頼不承諾の通知義務)
第二十九条 弁護士は、事件の依頼を承諾しないときは、依頼者に、すみやかに、その旨を通知しなければならない。

7 依頼拒否の理由の説明の違法性の判断の枠組み

裁判所が司法書士の責任を認めた判断の枠組みを整理しておきます。
要するに,標準的(平均的)な司法書士であれば持っている知識や判断能力を基準として,判断ミスといえるかどうかを判定するということです。
これは弁護士のミスについての裁判例と実質的に同様といえます。
詳しくはこちら|弁護士の責任論|判例基準|知識レベル・費用・清算・守秘義務・去勢弁護士

<依頼拒否の理由の説明の違法性の判断の枠組み>

あ 判断の根拠とした事実

『払下と真名移転』と『当事者の同一性』の2点である(前記)

い 根拠事実から導かれる結論(論理的帰結)

物権変動のプロセスは特段不自然ではない
登記名義人の同一性も肯定することができる
→司法書士Yの判断は合理的ではなく相当でもない

う 論理的帰結の認識可能性

司法書士は登記の専門家である
標準的知見から『い』の論理的帰結を認識可能である

え 認識するための手段・方法の存在

依頼者Xに懸念を伝えて説明や資料の提出を求めるなどの調査,確認という手段・方法があった(のにしなかった)
※加藤新太郎稿『司法書士の登記嘱託拒否と民事責任』/『NBL801号』2005年1月p58,59

本記事では,司法書士が決済当日に登記申請の依頼を拒否したために賠償責任が認められた実例(最高裁判例)を紹介しました。
実際には個別的な事情や主張・立証のやり方次第で結論は違ってきます。
実際に司法書士が関与した登記に関したトラブルに直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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