【不動産登記申請を行う司法書士の確認義務の枠組み(疑念性判断モデル)】

1 不動産登記申請を行う司法書士の確認義務の枠組み
2 不動産登記申請に関する司法書士の確認義務の根拠
3 司法書士の確認義務の解釈における基礎的要素
4 確認義務の判断の枠組み(疑念性判断モデル)
5 司法書士の確認・調査義務の高度化・拡大の傾向
6 本人確認情報の作成における注意義務(概要)
7 依頼者による調査義務の免除の効果(概要)
8 注意喚起義務の判断基準(令和2年判例・参考)
9 司法書士の責任が判断された裁判例や実例(概要)

1 不動産登記申請を行う司法書士の確認義務の枠組み

不動産登記申請を司法書士が受任して行う場合に,不正や虚偽の申請をしてしまうという事故が生じています。
当然,司法書士は,このような事故が起きないように,一定の確認や注意をする義務があります。
本記事では,司法書士の実質的な確認義務の判断の枠組み,つまり,(主に民事的な)法的責任の判断基準について説明します。

2 不動産登記申請に関する司法書士の確認義務の根拠

不動産登記申請を行う司法書士が確認義務を負うことの,法律的な根拠は,司法書士の制度目的や職責という根本的で抽象的なものになります。
なお,犯罪収益移転防止法によって課せられる本人確認義務もあります。しかしこれは,民事的な責任の発生とは直接関係ありません。

<不動産登記申請に関する司法書士の確認義務の根拠>

あ 一般的な法的根拠(実質)

司法書士の制度目的・職責
※司法書士法1条,2条,司法書士倫理51条
※加藤新太郎著『司法書士の専門家責任』弘文堂2013年p183
※司法書士倫理54条1項参照(登記手続における権利関係などの把握)

い 犯罪収益移転防止法(形式)

犯罪収益移転防止法の『特定取引』に該当するものについては
犯罪収益移転防止法による本人確認や記録化が義務付けられる
※加藤新太郎著『司法書士の専門家責任』弘文堂2013年p183,184
※石谷毅ほか著『司法書士の責任と懲戒』日本加除出版2013年p361
詳しくはこちら|犯罪収益移転防止法による不動産登記申請を行う司法書士の確認の内容

3 司法書士の確認義務の解釈における基礎的要素

司法書士の確認義務の解釈によって,登記事故において司法書士が責任を負うかどうかが決まります。このように,確認義務の解釈は,司法書士にとって非常に重い責任に直結します。
解釈は簡単ではありません。というのは,確認義務の解釈の根底には,3つの要素が関係していて,そのバランスが取れた解釈をする必要があるのです。
まず,司法書士はプロとして不正な登記を回避するという期待が持たれています。とはいっても,決済と登記の申請には,通常,期限が設定されていて,十分な時間をかけて調査を行うことは現実的ではありません。
最後に,一般的な司法書士の立場は,金融機関を含めた取引の当事者で十分な交渉と契約の締結や融資の審査を経た最後の段階で登場するというものです。つまり,当事者の本人性や登記意思については当事者の間で確認(判断)済みという前提で司法書士が依頼を引き受けるのです。司法書士による確認はある程度軽減されているといえるのです。

<司法書士の確認義務の解釈における基礎的要素>

あ 基礎的要素

ア 司法書士の専門家責任イ 登記事務の迅速処理ウ 取引当事者の自己責任

い 全要素のバランス

(確認義務の解釈においては)
『あ』の3つの要素を調和させる
※加藤新太郎著『司法書士の専門家責任』弘文堂2013年p204

4 確認義務の判断の枠組み(疑念性判断モデル)

以上のような確認義務の法的根拠や判断要素を元にして,いろいろな判断をした裁判例や学説があります。実務において一般的な見解は,疑念性判断モデルです。
裁判例や学説により細かい表現は異なりますが,実質的にはある程度,判断モデルは統一されています。
まず,原則的に司法書士は書面の形式面を中心として確認する義務を負うにとどまります。
例外的に,一定の事情がある場合に,高度な判断をする義務に変わります。大まかにいうと,高度な確認を頼まれた場合と,疑念が生じる状況である場合です。

<確認義務の判断の枠組み(疑念性判断モデル)>

あ 原則と例外(※1)

当事者の本人性・登記意思の存否・書類の真否について
原則として,適宜の方法で確認すれば足りる
司法書士の確認義務は,疑念性が存する場合(い)に生じる
※さいたま地裁平成19年7月18日(書類の具備と記載内容の確認)

い 確認義務が生じる具体的内容

『ア〜エ』のいずれかに該当する場合,調査義務が生じる
ア 特に依頼者からその旨の確認を委託されたイ 依頼の経緯や業務を遂行する過程で知り得た情報から,当事者の本人性や登記意思を疑うべき相当の理由が存する(※2)ウ 司法書士が有すべき専門的知見に照らして,当事者の本人性や登記意思を疑うべき相当の理由が存するエ 書類が偽造or変造されたものであることが一見して明白である ※加藤新太郎著『司法書士の専門家責任』弘文堂2013年p204
※福岡高裁宮崎支部平成22年10月29日(本人性・登記意思について)
※東京高裁平成17年9月14日(書類の真否について)
※『月報司法書士2004年4月』日本司法書士会連合会p80(懲戒処分の『処分の理由』)

う 結果責任の否定

結果的に司法書士が虚偽や不正を見抜けなかったとしても
司法書士が責任を負うとは限らない
実際に,偽造が精巧であった事案で司法書士の責任を否定した裁判例も多い

5 司法書士の確認・調査義務の高度化・拡大の傾向

司法書士の確認・調査義務の判断の枠組みには時代の流れとともに変わってきています。前記の疑念性判断モデルは現在の主流ですが,以前は司法書士の確認義務はもっと軽かったのです。
平成16年の不動産登記法改正によって司法書士の役割が拡大したことが,司法書士が負う調査義務の拡大に大きく影響しています。

<司法書士の確認・調査義務の高度化・拡大の傾向>

あ 確認義務が生じる状況の変化

確認義務が生じる状況のうち
本人性や登記意思を疑うべき相当の理由(前記※2)は,従前はなかった
近年付け加わった
※加藤新太郎稿『司法書士の登記嘱託拒否と民事責任』/『NBL801号』2005年1月p59

い 拡大の傾向

司法書士による調査・確認義務の範囲が拡大(拡充)してきている
※加藤新太郎稿『司法書士の登記嘱託拒否と民事責任』/『NBL801号』2005年1月p59
※加藤新太郎『市民と法30号』p65

う 実務的な傾向

確認義務の枠組みについて
原則として,書面の形式面だけ確認すればよい
それ以上の確認(調査)義務が生じるのは例外的状況だけである(前記※1
しかし実際には(結果的に事故が生じた場合は)調査義務が肯定される傾向が強くなっている

え 登記の真正担保モデル・司法書士の役割論(参考)

平成16年不動産登記法改正などにより登記の真正担保モデルの考え方が変わってきている
司法書士の役割は拡大しつつある
このことが調査・確認義務の拡大(拡充)につながっている
詳しくはこちら|登記制度の真正担保モデル・司法書士の使命と平成16年不動産登記法改正による影響

6 本人確認情報の作成における注意義務(概要)

平成16年の不動産登記法改正で,本人確認情報の制度が導入されました。これは従来の保証書の制度に代わるものです。登記済証がない場合に,司法書士(資格者代理人)が本人確認をすれば,原則的な事前通知を省略するという制度です。
大雑把にいえば,登記済証がない時点で,依頼者が登記義務者(真の所有者)かどうかが疑わしい状況にあるといえるのです。
そのため司法書士は,登記済証や登記識別情報がある通常のケースよりも,慎重に本人確認をする必要があります。つまり,前記のような標準的な調査義務の枠組みは当てはまりません。
詳しくはこちら|本人確認情報による登記申請(制度内容・司法書士の調査義務・高額報酬問題)

7 依頼者による調査義務の免除の効果(概要)

ところで,依頼者が司法書士の調査(確認)義務を免除するという発想があります。
この場合の法的効果の解釈は複雑です。結論としては,民事責任(損害賠償)は免除されるが,それ以外(刑事責任・行政責任)には影響がないことになります。
詳しくはこちら|登記申請の依頼者による司法書士の調査義務の免除の効果(私法と公法)

8 注意喚起義務の判断基準(令和2年判例・参考)

不動産登記を受任した司法書士が行う調査に関して,令和2年判例が最高裁として判断基準を示しました。これは追加の調査が必要かどうかの判断基準ではなく,不正の疑いがあることを依頼者に知らせる(注意喚起する)べきかどうかの判断基準です。また,中間省略登記の中間者のような,登記申請の依頼者(当事者)以外の者に対して知らせるべきかどうかの判断基準も示しています。この判例については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|司法書士の依頼者以外への注意喚起義務(令和2年判例)

9 司法書士の責任が判断された裁判例や実例(概要)

前記のように,司法書士の確認義務の判断の枠組みは,疑念性判断モデルを使いますが,実際には,どのような状況で疑念性が生じるのかということをはっきり判断できないことが多いです。偽造された書面の誤字が明らかなのか,精巧すぎて見逃して当然なのかという判断なので,価値観(評価)によるブレがある程度大きいのです。
そこで,実際の判断の事例(裁判例など)が大変参考になります。
実例(裁判例)を分類,整理して,別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|不動産登記申請をした司法書士の責任の裁判例(なりすまし・登記済証あり)
詳しくはこちら|不動産登記申請をした司法書士の責任の裁判例(なりすまし・登記済証なし)
詳しくはこちら|不動産登記申請をした司法書士の責任の裁判例(代理人からの依頼・登記済証あり)
詳しくはこちら|不動産登記申請をした司法書士の責任の裁判例(代理人からの依頼・登記済証なし)
なお,参考として,単純ななりすましや代理人のウソとは違う形で虚偽の登記申請がされてしまうケースもあります。
詳しくはこちら|形式的に真正な登記申請によって虚偽の不動産登記が生じた実例

本記事では,不動産登記申請における司法書士の確認義務の判断の枠組みを説明しました。
実際には,個別的な事情や,その主張・立証のやり方次第で判断結果は変わります。
実際に司法書士の責任(不正な登記)に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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