【単独で使用する共有者に対する金銭請求(平成12年判例)】

1 単独で使用する共有者に対する金銭請求(平成12年判例)
2 占有共有者を退去させる意思決定と金銭請求の関係
3 古い(平成8年判例以前の)判例・学説
4 平成8年判例当時の議論の状況
5 平成12年判例の引用
6 平成12年判例の位置付けと要点
7 令和3年改正による民法249条2項
8 金額算定方法の特定未了
9 金額算定方法の解釈(学説)のバリエーション
10 賃料ベースで金額を算定する見解
11 古い裁判例における金額算定方法
12 無償使用の決定とこれを変更する決定(概要)

1 単独で使用する共有者に対する金銭請求(平成12年判例)

共有不動産に共有者の1人(その家族)が居住するというケースはよくあります。この場合に,他の共有者は原則として明渡を請求できません。
詳しくはこちら|共有物を使用する共有者に対する明渡・金銭の請求(基本)
一方,(その代わり)金銭(使用の対価)を請求できるのが原則です。
本記事では,共有者間の金銭の請求についての法的解釈を説明します。

2 占有共有者を退去させる意思決定と金銭請求の関係

共有者間では原則として明渡請求ができない,ということが,金銭請求とつながっているといえます。共有者の1人による使用(占有・居住)は認めざるをえないので,最低限,金銭で利害のバランスを取らざるを得ない,というような構造です。
ここで紹介する見解は,そのまま読むと,共有者の間で,特定の共有者に無償で使用することを認める(決定する)ことはできないかのように思えます。しかし,そのような無償使用の決定が無効になるわけではないはずです。

<占有共有者を退去させる意思決定と金銭請求の関係>

あ 見解(※3)

(共有物の使用方法の決定がなく,共有者丙が共有建物に居住しているケースについて)
たとえば甲乙丙三者の持分率が平等な共有の場合には,甲乙が一致すれば,甲のみが目的物を利用しうるとか,甲乙のみで利用しうるとか,の決定もでき,丙の利用の排除も可能である(最判昭和29年3月12日)が,かかる場合には,丙には金銭による補償が与えられなければならない
※鈴木禄弥著『物権法講義 5訂版』創文社2007年p40

い 補足説明

現在では,占有を変更する内容の使用方法の決定については占有者の同意を要する変更行為とする)見解が一般的である
詳しくはこちら|協議・決定ない共有物の使用に対し協議・決定を行った上での明渡請求

3 古い(平成8年判例以前の)判例・学説

古い判例や学説には,共有者の1人が共有物を使用した場合,不当利得として金銭を他の共有者に支払うというコメントが出てきます。ただしこれは抽象的・一般的な内容にとどまり,具体的判断基準を示したものではありません(後述)。

<古い(平成8年判例以前の)判例・学説>

あ 明治41年判例(の検討)

大判明治41年1月10日は,「共有者の一人が共有物の上に権利を行使するに当たり,法律上の原因なくして利益を受け,これがために他の共有者に損失を及ぼしたときには,不当利得となるものとする」と判示するが,具体的な不当利得の成立要件利得額の算出方法については,何ら判示しておらず,あまり参考にならない。
なお,これ以外には,共有と不当利得に関する上告審判例(最高裁判例)は,ないようである。
(平成8年判例当時)
※野山宏稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度』法曹会1999年p997,998

い 末弘嚴太郎氏見解

(使用収益の範囲)
各共有者の使用及び収益は「其持分ニ応ジ」てこれを為さねばならぬ。濫りにその範囲を超えるときは因りて得たる利益を不当利得として他の共有者に返還せねばならぬ。なお使用収益の方法を誤って物を毀損した場合には他の共有者に対して不法行為の責に任ぜねばならぬこと勿論である。
※末弘嚴太郎『物権法上巻(19版)』有斐閣1929年p421

う 石田文次郎氏見解

共有者が持分の範囲を超えて使用収益したときは,其受けた利得を不當利得として他の共有者に返還せねばならぬ。
又それがために他の共有者の特分權を侵害したときには不法行為による責任を負ふべきである。
※石田文次郎著『物権法論 第3版』有斐閣1935年p487

4 平成8年判例当時の議論の状況

ところで,共有者の1人が共有不動産(建物)に居住しているケースについて,特殊な事情から,明渡も金銭の請求も否定した判例があります。
詳しくはこちら|被相続人と同居していた相続人に対する他の共有者の明渡・金銭請求(平成8年判例)
平成8年判例をきっかけとして,そのような特殊事情がない場合の一般論としての前述の解釈の議論が復活しました。その議論の中で,古い判例や学説は具体的な判断基準を示していない,ということが指摘されています。

<平成8年判例当時の議論の状況>

一般の概説書には,共有物に関する共有者間の不当利得についての記述はない。
持分の範囲を越えた使用収益の成否についての具体的判断基準や利得額の算定についての具体的判断基準を述べることが困難なことを示すものであろう。
わずかに,末弘巖太郎・物権法上巻及び石田文次郎・物権法論が,遺産共有に限らず,共有財産一般について,共有者が持分の範囲を越えて使用収益したときはその受けた利得を不当利得として他の共有者に返還せねばならないという趣旨を述べる。
しかし,これ以外の物権法教科書には,このような記述はない。
おそらく,「持分の範囲を越えた使用収益」という概念があいまいであること,利得額の算定にも困難が伴うことから,このような割り切った記述をすることをためらっているのであろう。
(平成8年判例当時)
※野山宏稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度』法曹会1999年p999

5 平成12年判例の引用

前述のような,共有者の1人が共有不動産を使用する場合の金銭請求について,平成12年判例が最高裁としては初めての判断を示しました。内容の説明に入る前に判決文を押さえておきます。

<平成12年判例の引用>

同A及び同Bが共有物である本件各土地の各一部を単独で占有することができる権原につき特段の主張,立証のない本件においては,上告人は,右占有により上告人の持分に応じた使用が妨げられているとして,右両名に対して,持分割合に応じて占有部分に係る地代相当額不当利得金ないし損害賠償金の支払を請求することはできるものと解すべきである。
・・・本件を原審に差し戻すこととする。
※最判平成12年4月7日

6 平成12年判例の位置付けと要点

平成12年判例は共有者間の金銭請求についての初めての最高裁判例でした。
結論として金銭請求を認めましたが,単独占有権原がないことが前提です。例えば共有者の間で,特定の共有者が無償で使用できる,と決定したのであれば,不当利得や不法行為には該当しないことが明らかです。しかしそれ以外のどのような事情が単独占有権原となるのか,ということは示されていません。
また,金銭請求が認められる場合の金額算定方法も明確に示されていません。

<平成12年判例の位置付けと要点>

あ 初判断

(最判平成12年4月7日について)
判旨一(金銭請求の可否)は,この問題につき,最高裁として初めて判断を示した点で先例的意義がある。

い 単独占有権原の特定未了

今後は,共有持分を超えた単独占有について一般的には不法行為ないし不当利得の可能性を肯定した上で,本判決にいう「共有物である本件各土地の各一部を単独で占有することができる権原」が認められるかどうかが問題になり,事例の集積が待たれる(本件では,XとYらの間に使用貸借契約の成立を推認させる事情は見あたらない。・・・)。
※『判例タイムズ臨時増刊 主要民事判例解説1065号』2001年p54〜

う 金額算定方法の特定未了(概要)

損害賠償・不当利得の金額の算定方法は平成12年判例では確立されていない(後記※1

7 令和3年改正による民法249条2項

令和3年改正で,民法249条2項に,共有物を使用する共有者が,自己の持分を超える使用について対価を償還する義務を負うことが明記されました。実質的には以前の判例の内容と変わっていません。

<令和3年改正による民法249条2項>

あ 条文

共有物を使用する共有者は,別段の合意がある場合を除き,他の共有者に対し,自己の持分を超える使用の対価を償還する義務を負う。
※民法249条2項

い 令和3年改正の内容(参考)

共有物の使用・管理に関する令和3年改正の内容については別の記事で説明している
詳しくはこちら|令和3年改正民法249条〜252条の2(共有物の使用・管理)の新旧条文と要点

う 従前の判例との関係

平成12年判例(やそれ以前の判例)を条文にしたものといえる
償還する対価の金額の算定方法については規定されていない
→従前の解釈があてはまると思われる

8 金額算定方法の特定未了

平成12年判例は地代相当額の金銭請求を認めるという内容が示されていますが,具体的に金額を算定したわけでなく,原審に差し戻したにとどまります。実質的には金額の算定方法は特定されていないままであるといえます。前述のように,令和3年改正の民法249条2項の対価償還義務の規定でも金額の算定方法が示されていません。

<金額算定方法の特定未了(※1)

あ 平成12年判例・主要民事判例解説

また,損害賠償ないし不当利得の金額につき,その具体的な内容・算出方法については今後の課題である
※『判例タイムズ臨時増刊 主要民事判例解説1065号』2001年p54〜

い 平成12年判例・論文

返還金ないし賠償金の算定を具体的にどのように行なうかはなお残された問題であろうか。
※田中康博著『分割前の共有遺産の使用と使用利益の返還-最高裁2000年4月7日判決を素材に-』/『商学討究』小樽商科大学2001年p122

う 学説の不存在

不当利得ないし損害賠償の金額については詳細に述べるものは少ない。
※『判例タイムズ臨時増刊 主要民事判例解説1065号』2001年p54〜

9 金額算定方法の解釈(学説)のバリエーション

では,不当利得や不法行為として金銭の請求が認められる場合にはどのように金額を算定するのでしょうか。解釈としては,相場の賃料額をベースにする見解,それよりは大幅に低い金額とするという見解があります。

<金額算定方法の解釈(学説)のバリエーション>

あ 賃料額ベース

市場家賃額から公租公課その他の管理費を控除した金額に相続分(共有持分割合)を乗じた金額とする(後記※2

い 特殊性の反映

利用・管理の方法についての協議が調う見込みがない共有物は,通常の賃料額で第三者に賃貸することは困難であるなど,単独所有物のようにその機能効用を十分に発揮した利用をすることは難しいから,損失額・利得額を賃料相当額よりも大幅に低く認定することが可能な場合も少なくない。
※野山宏稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度』法曹会1999年p1003
※『判例タイムズ臨時増刊 主要民事判例解説1065号』2001年p54〜参照

10 賃料ベースで金額を算定する見解

不当利得金や損害金の金額を,賃料をベースとして算定する具体的な見解を紹介します。基本的に,相場の賃料額から経費を控除する,という計算方法です。

<賃料ベースで金額を算定する見解(※2)

あ 川村泰啓氏の見解

但し,この場合には,利用を入手したBは,利用を閉めだされたA(およびC)に対して,この建物の利用の対価(勿論,市場家賃額である)をA(およびC)の相続分(割合)に応じて支払わねばならないことはいうまでもない(民206・246条)。
※川村泰啓稿『共有』/谷口知平ほか編『民法演習Ⅱ 物権』有斐閣1958年p119

い 東京家庭裁判所身分法研究会の見解

(民法の共有理論の適用を前提とする)
(共有者の一部(丙)が共有不動産に居住するケースについて)
そうすると,丙女およびEは当然に家屋全部の使用が許されず,従前どおりの居住を続けることは相続分の範囲を超えて使用することになるといわねばならない。
それでも,A,B,C,Dらにおいて丙女およびEだけが引続き居住することに異議がなければ,居住継続に関する限り,別に問題はない。
ただこの場合には,丙女およびEは理論上不当利得をしているわけであるから,A,B,C,Dに対し使用の対価として,市場家賃額から公租公課その他の管理費用を控除した金額(民法885条参照)に右四名の相続分の割合を乗じた金員を支払わねばならない(民法249条,206条)。
右にいう市場家賃額は,地代家賃統制令の適用によって算出した金額であり,同令の適用がない場合には借家法7条の趣旨を考慮して定めるべきであろう。
※東京家庭裁判所身分法研究会稿『相続家屋における居住の保護とその評価』/『ジュリスト346号』有斐閣1966年5月p82

11 古い裁判例における金額算定方法

下級審裁判例としては,平成12年判例よりも前から,共有者間の金銭請求を認めたものはあります。ただし,これらの裁判例の後に,平成8年判例や平成12年判例が出ていますので,これらの裁判例の解釈が現在でもそのまま適用されるとは限りません。あくまでも参考として紹介します。

<古い裁判例における金額算定方法>

あ 土地・地代相当額

(土地について)
地代相当額を不当利得と認めた
※東京地判昭和48年7月11日
※福岡地大牟田支判平成4年12月25日
※福岡高判平成6年6月30日

い 建物・従前賃料額

(建物について)
従前の賃貸借における賃料額を基準として不当利得の金額を算定した
※大阪地判昭和41年2月28日

う 建物・適正賃料

(建物について)
建物に同居する相続人が被相続人に金銭を支払っていたケースにおいて
実際に支払われていたとしても,それは被告と被相続人とが家族として同居生活していた等の事実による生活費ないしは固定資産税の一部とみるのが相当であり,そうした前提が失われた同人の死後においては,被告が他の共有者に対して支払うべき不当利得額を算出するにあたり,右金額は算出の根拠として考慮されるに値するものではないというべきである
積算法及び賃貸事例比較法の二方式を適用して求めた各試算賃料を相互に関連付けて適正賃料を算出する(1審の算出方法を肯定した)
※東京高判平成5年7月14日

12 無償使用の決定とこれを変更する決定(概要)

平成12年判例は,単独で占有することができる権原がない共有者が占有していることが前提です。この点,共有者が,共有者Aが無償で使用できると決定した場合には当然ですが,金銭の請求はできません(前述の鈴木禄弥氏の見解(前記※3)は,無償使用の決定を否定しているわけではないと思われます)。
では,後から決定済の無償で使用できるという内容を,有償で使用できると変更した場合はどうなるのか,という発想があります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|共有者が決定した共有物の使用方法(占有者)の事後的な変更

本記事では,共有者の合意などがなく,単独で共有不動産を使用する共有者に対する金銭請求について説明しました。
実際には,個別的事情により,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
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