【被相続人と同居していた相続人に対する他の共有者の明渡・金銭請求(平成8年判例)】

1 被相続人と同居していた相続人に対する他の共有者の明渡・金銭請求(平成8年判例)

共有者の1人が共有不動産を使用しているケースはよくあります。その中でも典型的なものは、親子が、親の所有する建物に同居していて、親が亡くなったことにより、相続人の共有となった、というものです。このような状況では、一定の範囲で明渡請求や金銭の請求が否定されます。
本記事では、このような解釈(判例の理論)について説明します。

2 共有者の1人による使用の原則論(概要)

一般論として、共有者の1人が共有不動産を使用(占有)している場合、他の共有者からの明渡請求は認められず、金銭の請求だけ認められるのが原則です。
詳しくはこちら|共有物を使用する共有者に対する明渡請求(昭和41年最判)
詳しくはこちら|単独で使用する共有者に対する償還請求(民法249条2項)
この点、平成8年判例は、被相続人の生前から相続人の1人が被相続人と同居していたケースでは、明渡・金銭の請求も認められないという理論を確立しました。これは、原則論に対する例外の中の1つの類型であると位置づけることができます。
平成8年判例はその1つであるといえます。

3 相続前から居住していた相続人を保護した古い裁判例

平成8年判例の前から、被相続人の生前から同居していた相続人の居住(占有)を保護して、他の共有者からの金銭請求を否定する解釈はあり、下級審裁判例で採用されていました。解釈の1つは、遺産共有には浮動性があるから不当利得や不法行為にはあたらないというものです。

相続前から居住していた相続人を保護した古い裁判例

あ 遺産共有の浮動性

思うに相続が開始し数人の共同相続人があるときは、相続財産はそれら相続人の共有に属し、各自の相続分に応じて右財産上の権利を承継する
各相続人の相続財産に対する相続分(共有持分)は、通常の確定的な権利とはその意義を異にする
後に行なわれる遺産分割の結果、共同相続人中の何びとがどの程度の割合で具体的な相続財産を取得するか不明である
その意味において権利性は極めて浮動的潜在的である

い 単独使用収益の扱い

共同相続人中の1人が相続開始前より引き続き相続財産に属する建物の全部を使用収益しているとしても、それによつて直ちに相続開始時より遺産分割時までの間使用収益しない相続人の右建物に対してもつ相続分(共有持分権)を故なく侵害し不法行為を構成するものと解することはできない

う 結論

使用方法が決定されていない場合、特定の相続人による占有について
不当利得返還請求や不法行為による損害賠償請求は認められない
※東京高裁昭和45年3月30日

4 相続前から居住していた相続人を保護する古い見解(参考)

前記の裁判例以外にも、被相続人の生前から同居していた相続人の居住(占有)を保護する解釈は提唱されていました。その1つは、このような共有者(相続人)の占有を変更するような共有物の使用方法の意思決定変更行為にあたるというものです。結果的に他の共有者による明渡請求を否定するものです。金銭請求について言及するものではなく、また、使用方法の意思決定を否定するものにとどまります。参考として紹介しておきます。

相続前から居住していた相続人を保護する古い見解(参考)

遺産共有の時に、一部の相続人が相続開始前から被相続人によって承認された占有を継続している場合に、占有者を変更することは変更行為に該当する
(遺産共有でも相続開始前には占有がない時や通常の共有の場合には原則として管理事項に該当すると解してはどうかと思う)
※青木敏文稿『判例タイムズ706号 昭和63年度主要民事判例解説』1989年10月p37

5 平成8年判例の引用

前述のように、相続人の居住を保護する解釈は以前からありましたが、平成8年判例が理論を統一しました。最初に、平成8年判例の判断の根幹部分を引用します。

平成8年判例の引用

共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認されるのであって、被相続人が死亡した場合は、この時から少なくとも遺産分割終了までの間は、被相続人の地位を承継した他の相続人等が貸主となり、右同居の相続人を借主とする右建物の使用貸借契約関係が存続することになるものというべきである。
※最判平成8年12月17日

6 事実推定の内容

判決文からも分かるように、平成8年判例が確立した理論は、事実を推定するという枠組みになっています。
一定の条件にあてはまる場合に、使用貸借契約の締結を推定するというものです。

事実推定の内容

最判平成8年12月17日は、事実推定に関する法則を明らかにしたものである
右事実推定法則の内容は、「被相続人の許諾を受けて同居してきた相続人は、被相続人との間で同居家屋の(始期付)使用貸借契約(契約締結時は相続開始前、始期は相続開始時、終期は遺産分割時)を締結したものと推認される」というものである
※野山宏稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度』法曹会1999年p997、1003

7 当てはまる範囲(平成8年判例の射程)

では、どのような条件にあてはまると使用貸借の推定がなされるのでしょうか。判決文に明記されているとおりですが、居住用建物被相続人の承諾遺産共有の3点が要点といえます。

当てはまる範囲(平成8年判例の射程)

あ 不動産の種類(居住建物限定)

最判平成8年12月17日は「居住用として利用可能な建物」について判断したものであって、土地や非居住用建物に本判決の直接の射程が及ぶものではない

い 被相続人の承諾

同居相続人が被相続人の承諾を得ないで遺産である建物に同居していたにすぎない場合にも本判決の直接の射程が及ぶものではない

う 遺産共有

ア 未分割 本判決の判示は、対象となる建物が遺産分割により共有関係が解消されるべき遺産共有状態にあることを前提とするものである
建物が相続人や第三者に特定遺贈された場合やいわゆる相続させる遺言(特定財産承継遺言)により特定の相続人が相続した場合には、本判決の直接の射程は及ばない
イ 遺留分減殺 (平成30年改正前民法を前提として)
相続人に対する特定遺贈や相続が遺留分権利者により減殺された結果として建物が共有になった場合についても、右の共有の性質は遺産共有ではなく物権法上の共有であるから、本判決の直接の射程が及ぶものではないであろう
(参考)遺留分減殺後の共有の性質
詳しくはこちら|遺留分減殺請求(平成30年改正前)の後の共有の性質と分割手続
※野山宏稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度』法曹会1999年p1004

8 推定という構造

平成8年判例が示した理論は、あくまでも推定です。みなすわけではありません。
判決文の言葉でいうと特段の事情がある場合には推定が成り立たないということになります。

推定という構造

最判平成8年12月17日は事実上の推定法則を示したものにすぎない
反証があれば、使用貸借契約が成立していた旨の推定が破られる
※野山宏稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度』法曹会1999年p1004

9 使用貸借の債務不履行解除

平成8年判例の条件にあてはまり、使用貸借契約が成り立ったことを前提としましょう。そうすると、終期である遺産分割時までは当該相続人は建物に無償で居住できることになります。
ただし、それまでの間に使用貸借契約が終了することもあり得ます。債務不履行による解除がなされた場合、ということになります。

使用貸借の債務不履行解除

あ 債務不履行

最判平成8年12月17日のいう使用貸借は、債務不履行による解除事由が生じない限り、終期(遺産分割時)まで存続することが保障されている
終期前においても債務不履行により解除することは可能であるが、どのような場合が債務不履行に当たるかについては本判決は判示しておらず、残された問題である

い 解除の意思決定

なお、解除をするには、持分の過半数による相続人の決議を要することになろう
(参考)使用貸借の解除の分類
詳しくはこちら|共有物の使用貸借の契約締結・解除(解約)の管理・処分の分類
※野山宏稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度』法曹会1999年p1005

う 決定した用法違反への差止・明渡請求(参考・概要)

協議・決定した用法に反した使用がなされた場合
差止請求が認められる
明渡請求は認められるとは限らない
詳しくはこちら|共有物を使用する共有者に対する明渡請求(昭和41年最判)

10 使用貸借における使用方法(用法)

前述の債務不履行について、どのような行為がこれに該当するのかははっきりしていません。この点、少なくとも、建物に変更を加える行為は債務不履行にあたると考えられます。

使用貸借における使用方法(用法)

あ 使用方法

最判平成8年12月17日のいう使用貸借においては、特段の事情のない限り、相続開始前と同一態様の使用を続けることを借主の義務とする約定が付されているものと解すべきであろう
そうすると、借主たる相続人が不当な現状変更をすることは債務不履行となり、持分の過半数を有する相続人の決議により使用貸借契約の解除をすることができることになる
もっとも、借主は、現状変更に当たらない維持管理行為はすることができるであろう

い 相続人の管理義務

借主も相続人であるから民法918条による管理義務を負うべきこともあろう
※野山宏稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度』法曹会1999年p1005

11 貸主の相続と債権の混同との関係(参考)

平成8年判例の内容は、使用貸借の貸主が亡くなって、相続人が貸主の地位を承継したとも読めます。仮にこれを前提とすると、居住している相続人は、貸主でも借主でもあることになります。そこで、債権の混同にあたり、使用貸借契約は終了するのではないか、という発想もあります。これについては全面的に貸主と借主が一致しているわけではないのであるから混同にはあたらない(使用貸借は終了しない)という見解も優勢です。
詳しくはこちら|近親者間の賃貸借・使用貸借における貸主の死亡による混同(契約終了)
実際に平成8年判例は相続後も使用貸借が存続すると判断しています。

本記事では、相続人の1人が被相続人と同居していたケースで、使用貸借が認められるという平成8年判例の理論を説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法が違ってきます。
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