【遺留分減殺前の受贈者・受遺者による譲渡(第三者保護・価額賠償)(平成30年改正前)】

1 遺留分減殺前の受贈者・受遺者による譲渡(第三者保護・価額賠償)(平成30年改正前)

民法改正による遺留分の規定の変更(注意)

平成30年改正民法により、遺留分の規定(制度)の内容が大きく変更されました。
令和元年6月30日までに開始した相続については、改正前の規定が適用されます。
令和元年7月1日以降に開始した相続については、改正後の規定が適用されます。

本記事では、令和元年6月30日までに開始した相続(平成30年改正前の民法)を前提として説明します。
遺留分を侵害された者は遺留分減殺請求をすることができ、これによって所有権(共有持分権)が移転します。
詳しくはこちら|遺留分の権利・効果の法的性質(平成30年改正による金銭債権化)
そうすると、受遺者や受贈者から当該財産を譲り受けた者(第三者)が不意打ちを受けることになります。そこで、(遺留分減殺前の)第三者を保護する規定がありました。
本記事では、遺留分減殺請求から第三者を保護する規定について説明します。

2 平成30年改正前の民法1040条の条文

最初に、遺留分減殺請求から第三者を保護する条文を押さえておきます。

平成30年改正前の民法1040条の条文

(受贈者が贈与の目的を譲渡した場合等)
第1040条 減殺を受けるべき受贈者が贈与の目的を他人に譲り渡したときは、遺留分権利者にその価額を弁償しなければならない。ただし、譲受人が譲渡の時において遺留分権利者に損害を加えることを知っていたときは、遺留分権利者は、これに対しても減殺を請求することができる。
2 前項の規定は、受贈者が贈与の目的につき権利を設定した場合について準用する。

3 遺留分権利者による価額賠償(弁償)請求

遺留分権利者が遺留分減殺請求をしたら、既に相手方(受贈者や受遺者)が対象財産を第三者に譲渡してしまっていた場合、遺留分権利者は相手方に金銭の支払を請求できます。とは言っても、譲受人(第三者)に対象財産を戻すように請求することができるかどうかは別問題です。第三者との関係については後述します。

遺留分権利者による価額賠償(弁償)請求

受贈者・受遺者が遺留分減殺請求の対象物を第三者に譲渡した場合
遺留分権利者は受贈者・受遺者に価額賠償(弁償)を請求できる
※民法1040条1項(改正前)
第三者が保護されるかどうかとは関係ない

4 遺留分減殺請求に対する第三者保護という趣旨

遺留分減殺請求権の法的性質から単純に考えると、減殺請求の時点ですでに譲渡がされていても遺留分権利者に物権が戻ってくることになります。しかしこれだと譲り受けた者(買った者)を裏切ることになります。
そこで、第三者に対しては現物返還を請求できないことを原則としつつ、第三者が悪意である場合に限って現物返還を請求できることになっています。

遺留分減殺請求に対する第三者保護という趣旨

あ 遺留分減殺請求の法的性質

遺留分減殺請求により確定的に物権が移転する
詳しくはこちら|遺留分の権利・効果の法的性質(平成30年改正による金銭債権化)

い 第三者保護の趣旨

遺留分減殺請求の効果(あ)を貫くと取引の安全を害する
原則として第三者には減殺請求することができないものとした
この場合、受贈者・受遺者は価額を弁償すべきものとした
ただし、第三者が悪意の場合には取引の安全を害することにはならないので、第三者に減殺請求し得ることとした
※能見善久ほか編『論点体系 判例民法10 相続』第一法規2009年p461

5 減殺請求後の譲渡(第三者)への適用の有無

前述の規定で救済される第三者の範囲については複数の解釈があります。一般的な解釈は、遺留分減殺(の意思表示)の前に譲り受けた者に限定されるというものです。

減殺請求後の譲渡(第三者)への適用の有無

あ 判例

民法1040条(改正前)は、減殺の遡及効により取引の安全が害されるのを防ぐ趣旨である
減殺請求の意思表示に贈与の目的が第三者に譲渡された場合についてのみ適用される
受贈者・受遺者に対して減殺請求をしたに、受贈者・受遺者が目的物を第三者に譲渡した場合には、民法1040条(改正前)は適用されない
※最判昭和35年7月19日

い 有力説

減殺の意思表示の後に贈与の目的を譲渡した場合でも、民法1040条(改正前)を類推適用する
※中川善之助ほか『新版注釈民法(28)相続(3)補訂版』有斐閣p517
※能見善久ほか編『論点体系 判例民法10 相続』第一法規2009年p463参照

6 減殺請求後の譲渡(第三者)の扱い

前述のように、一般的には、遺留分減殺の第三者だけが民法1040条(改正前)で救済されます。では、遺留分減殺請求の後に対象財産を譲り受けた者はどうなるかという問題が残りますが、これについては対抗関係として扱うことになります。
詳しくはこちら|遺留分減殺後の受贈者・受遺者による譲渡(第三者保護)(平成30年改正前)

7 『受贈者』以外の者による遺留分減殺目的物の移転と第三者保護

ところで、民法1040条(改正前)の条文には、『受贈者』(が譲渡した)と記載されています。この点、受遺者や相続させる遺言によって取得した者も『受贈者』と同じ扱いとするのが一般的です。

『受贈者』以外の者による遺留分減殺目的物の移転と第三者保護

あ 遺贈

ア 類推適用 民法1040条(改正前)は『受贈者』と定められている
しかし、遺贈についても贈与と異なる扱いをする合理的理由はない
→類推適用をする
※最判昭和57年3月4日
イ 受遺者に対する価額賠償請求を認めた判例 遺留分権利者が減殺請求をするよりも前に受遺者が遺贈の目的を他人に譲り渡した
遺留分権利者は受遺者に対してその価額の弁償を請求することができる
※最判平成10年3月10日

い 相続させる遺言

『相続させる遺言』(改正後の特定財産承継遺言)により遺産を承継した相続人が、遺留分減殺請求前に、目的物を第三者に譲渡した
→民法1040条(改正前)が類推適用される
※最判平成11年12月16日

8 取引行為に基づかない移転と第三者保護

以上のように、民法1040条(改正前)で救済されるのは受贈者や受遺者から対象財産を譲り受けた者です。具体的には売買、贈与や交換という契約(取引)による権利の移転のことです。
これに関して、取引以外によって権利が移転した場合はどうなるか、という問題があります。一般的には取引以外には適用されないと解釈されています。

取引行為に基づかない移転と第三者保護

あ 取引行為以外の権利変動と第三者保護

・・・減殺の目的物(その共有持分の場合も含む)が受贈者又は受遺者等から第三者に移転した場合でも、それが法律の規定による移転等の如く取引行為に基づかない場合においては、遺留分権利者より右第三者への取戻請求を認めても、これによって取引の安全が害せられることはないのであるからこれを制限すべき実質上の理由はない。そして斯る場合は民法一〇四〇条一項但書の場合に準じ遺留分権利者より右の第三者に対して直接減殺の意思表示をなし得るものと解するのが相当である。
※高松高判昭和45年3月24日

い 具体例

共有持分放棄は、相手方のない単独行為であり、取引(契約)ではない
詳しくはこちら|共有持分放棄の基本(法的性質・通知方法など)
受贈者・受遺者が目的物(共有持分)について共有持分放棄をした場合に、民法1040条(改正前)は適用されない
→遺留分権利者は他の共有者(共有持分放棄により持分が帰属した者)に対して現物返還を請求できる

9 悪意の譲受人に対する請求

民法1040条(改正前)のただし書には、(受遺者や受贈者からの)譲受人が悪意である場合には適用しないと規定されています。具体的には、譲受人が、遺留分権利者に損害を加えるということを知っていた、という意味です。
この点、仮に譲渡人(受遺者や受贈者)の資力が十分であれば遺留分権利者は譲渡人への価額賠償請求で金銭として回収できるので、譲受人を保護してもよいという発想もありますが、条文には譲渡人の資力についての記載はないので、そのような解釈にはなりません。

悪意の譲受人に対する請求

あ 悪意の譲受人に対する現物返還請求

受贈者・受遺者からの譲受人が悪意である場合
遺留分利者は、譲受人に対して現物返還請求をすることができる
※民法1040条1項ただし書(改正前)

い 『悪意』の意味

ア 解釈 (譲受人の)『悪意』とは、民法1030条(改正前)の『悪意』と同じ意味である
イ 法1030条(改正前)の『悪意』の意味(概要) 遺留分権利者に損害を加えることを知っていたという意味である
詳しくはこちら|『遺留分権利者に損害を加えることを知って』の解釈(平成30年改正前後)

う 受贈者・受遺者の無資力の要否

条文上、受贈者・受遺者の無資力は要件とされていない
→不要である
※中川=加藤編『補新版注釈民法』p515参照
※中川編『註釈相続法(下)』p271
※能見善久ほか編『論点体系 判例民法10 相続』第一法規2009年p463

10 悪意の譲受人による価額弁償の抗弁

前述のように、受遺者・受贈者からの譲受人が悪意である場合、遺留分権利者は当該譲受人に対して遺留分減殺請求をすることができます(否定されないで済みます)。それに対して譲受人は価額弁償の抗弁を主張することができます。もともと受遺者・受贈者も使うことのできる対抗策なので、(悪意の)受贈者も同じ扱いになるという趣旨です。

悪意の譲受人による価額弁償の抗弁

あ 価額弁償の抗弁の主張

悪意の譲受人は、価額弁償の抗弁を主張することにより、現物の返還義務を免れることができる
※民法1041条2項(改正前)
(参考)価額弁償の抗弁について説明している記事
詳しくはこちら|遺留分減殺請求(平成30年改正前)に対する価額弁償の抗弁の基本(行使方法・時期)

い 弁償金算定の基準時(概要)

弁償金の計算における財産評価の基準時(時点)について
悪意の譲受人による価額弁償の抗弁(改正前民法1041条2項)は、受遺者・受贈者による価額弁償の抗弁(改正前民法1041条1項)と同じ扱いだと思われる
→事実審の口頭弁論終結時である
詳しくはこちら|遺留分に関する財産評価の基準時(基礎財産・価額弁償)(改正前・後)

11 譲受人からの転得者に対する請求(概要)

実際には、遺留分減殺請求をした時点には、既に受遺者や受贈者が第三者に譲渡し、さらにその譲受人がまた別の者(転得者)に譲渡している、ということも生じます。この場合の法的な扱いについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺留分減殺請求前の譲渡・再譲渡(転得者)と遺留分の扱い(平成30年改正前)

12 平成30年改正による変更

平成30年改正後の民法では、遺留分権は単なる金銭債権に変更されています。
詳しくはこちら|遺留分の権利・効果の法的性質(平成30年改正による金銭債権化)
そこで、遺留分権利者が特定の財産に対する権利(所有権・共有持分権)を取得することはなく、第三者との間に対立(どちらを優先するか)という問題自体が生じないようになっています。

本記事では、受贈者や受遺者が、遺留分減殺請求前に目的物を譲渡した場合に、譲受人(第三者)を保護する規定について説明しました。
実際には、個別的な事情により、法的扱いや最適な対応が違ってきます。
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【遺留分の権利行使の時効・取得時効との関係(平成30年改正前・後)】
【遺留分減殺請求前の譲渡・再譲渡(転得者)と遺留分の扱い(平成30年改正前)】

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