【『遺留分権利者に損害を加えることを知って』の解釈(平成30年改正前後)】

1 『遺留分権利者に損害を加えることを知って』の解釈
2 『損害を加えることを知って』による影響(前提・改正前後共通)
3 『損害を加えることを知って』の主体(改正前後共通)
4 特定の相手方のない無償行為の扱い(概要・改正前後共通)
5 認識の内容(改正前後共通)
6 客観的な損害の認識の内容(改正前後共通)
7 損害の認識の認定の傾向(具体例・改正前後共通)
8 認識に関する立証責任の分配(改正前後共通)

1 『遺留分権利者に損害を加えることを知って』の解釈

<民法改正による遺留分の規定の変更(注意)>

平成30年改正民法により,遺留分の規定(制度)の内容が大きく変更されました。
令和元年6月30日までに開始した相続については,改正前の規定が適用されます。
令和元年7月1日以降に開始した相続については,改正後の規定が適用されます。

遺留分算定基礎財産の計算では贈与した財産の金額を含めます(加算します)。ここで,含める贈与は,原則として相続開始前1年間のものだけですが,当事者の両方が遺留分権利者に損害を加えることを知っていた場合にはそれ以前の贈与も無制限に含めることになります。
詳しくはこちら|遺留分算定基礎財産に含める生前贈与(平成30年改正による変更)
このように,損害発生の認識の有無で結果が大きく違ってくるのです。本記事では,『遺留分権利者に損害を加えることを知って』の解釈について説明します。

2 『損害を加えることを知って』による影響(前提・改正前後共通)

前述のように,『損害を加えることを知って』いたかどうかでどのような違いが生じるか,というところを最初に押さえておきます。

<『損害を加えることを知って』による影響(前提・改正前後共通)>

あ 損害を知っていた場合

遺留分権利者に損害を加えることを知って行った贈与については,1年より前になされたものでも遺留分算定の基礎財産に算入される
※民法1044条1項

い 損害を知らなかった場合(概要)

遺留分権利者に損害を加えることを知らないで行った贈与については,相続人への贈与は(相続開始前)10年,相続人以外への贈与は1年のものに限定される
詳しくはこちら|遺留分算定基礎財産に含める生前贈与(平成30年改正による変更)

3 『損害を加えることを知って』の主体(改正前後共通)

誰が『損害を加えることを知って』いたかで判定するのか,については,贈与の当事者の両方ということになっています。

<『損害を加えることを知って』の主体(改正前後共通)>

あ 条文の文言

『当事者双方が』と規定されている
※民法1044条1項(改正前1030条1項)

い 結論

贈与者・受贈者の両方が知っていたことを要する(意味する)
※能見善久ほか編『論点体系 判例民法11相続 第3版』第一法規2019年p491

4 特定の相手方のない無償行為の扱い(概要・改正前後共通)

ところで,遺留分算定基礎財産に含む『贈与』は拡張的に解釈されています。無償の財産移転も,この『贈与』に含むと一般的に解釈されています。無償の財産移転としては,たとえば財団設立行為のように契約(取引)ではなく,2者の当事者が存在しないものもあります。この場合,当事者の両方が損害の発生を知っていたということは生じないという発想もあります。しかしそのような解釈は一般的ではありません。このことについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺留分算定基礎財産に含める生前贈与(平成30年改正による変更)

5 認識の内容(改正前後共通)

条文上は『損害を加えることを知って』と規定されていますが,その内容,つまり具体的な認識については解釈の幅があります。以前は加害の意思という解釈もありましたが,現在では,客観的に損害の認識をもっている”だけで足りるという解釈が一般的になっています。

<認識の内容(改正前後共通)>

あ 過去の判例

『損害を加えることを知って』の意味は,加害の意思である
※大決大正6年7月18日

い その後(現在)の判例

『損害を加えることを知って』とは,客観的に損害の認識をもっているという意味である
※大判昭和4年6月22日
※大判昭和5年6月18日
※大判昭和9年9月15日

う 遺留分権利者の認識の抽象性

誰が遺留分権利者であるかについての認識までは必要ではない
※大判昭和4年6月22日

6 客観的な損害の認識の内容(改正前後共通)

実際には,客観的に損害の認識をもっているといえるかどうかについて熾烈な対立が生じることがあります。これについてはまず,贈与の時点で認識できたかどうかで判定します。次に,金額(財産の規模)としては,当該贈与によって贈与者(被相続人)の財産が半分以下になることが遺留分権利者に損害が加わることになります。原則的な遺留分割合の2分の1を割り込むことになるという趣旨です。
ただし,贈与の時点で贈与者の財産が半分以下になったとしても,その後,財産が増える可能性があるのであれば損害が発生する認識はないということになります。

<客観的な損害の認識の内容(改正前後共通)>

あ 損害の認識の基準時

損害の認識は,贈与当時を基準として判断する
※大判昭和5年6月18日

い 将来の変化の認識

ア 判例・多数説 客観的に損害の認識をもっていると認定するためには,遺留分を侵害する事実関係を知っているだけではなく,将来において被相続人の財産が増加することはないとの認識をもっている必要がある
※大判昭和11年6月17日
※大判昭和12年12月21日
※中川善之助『親族相続判例総評(3)』岩波書店1940年p299
※近藤英吉『相続法論(下)』弘文堂1938年p1119
※民事法判例研究会編『判例民事法(16)昭和11年度(83事件)』有斐閣1937年p314
イ 反対説 『ア』のように厳格に解すると,1年前より前の贈与を加算することが実際には不可能となる
※柚木馨『判例民法論(3)判例相続法論』有斐閣1953年p420

う 遺留分を侵害する事実関係の内容

遺留分を侵害する事実関係とは,『ア』が『イ』を超えることである
ア 贈与対象財産の評価額イ 残余財産

え 将来的な変動可能性の内容

将来において被相続人の財産が増加することはない認識とは,将来相続開始までの間において贈与者の財産に大きな増加がないという予見のことである(後記※1
※大判昭和11年6月17日

7 損害の認識の認定の傾向(具体例・改正前後共通)

以上のように,損害発生の認識の判断の枠組みは確立しているのですが,実際の認定(判断)は簡単ではありません。そこで具体例を紹介します。贈与から相続(死亡)までの期間が長い場合は,減った贈与者の財産が将来回復する可能性があった,といえる傾向があります。しかし,贈与の時点で贈与者が高齢や病気であった場合にはその後,贈与者の財産が回復する可能性はなかった判断される傾向があります。

<損害の認識の認定の傾向(具体例・改正前後共通・※1)>

あ 認識を否定する方向となる状況

贈与から相続開始までに長期間が経過していた場合
→将来において財産が増加することはないとの認識をもっていなかったという評価がされやすい
※大判昭和11年6月17日(19年が経過していたケース)

い 認識を肯定する方向となる状況

被相続人が高齢または病気などにより活動力が低下していて,将来財産が増加する見込みがない場合
→損害の認識があったと評価されやすい
※大判昭和19年7月31日
※能見善久ほか編『論点体系 判例民法11相続 第3版』第一法規2019年p490

8 認識に関する立証責任の分配(改正前後共通)

以上のように,損害を加えることを知っていたかどうかについて熾烈な対立が生じることがよくあるのですが,その立証責任は遺留分権利者が負担します。つまり,相続開始前1年より過去の贈与を遺留分算定基礎財産に算入することを主張する遺留分権利者が当該贈与の当事者が損害を加えることを知っていたんだ,ということを主張・立証する必要があるということです。

<認識に関する立証責任の分配(改正前後共通)>

損害の認識の立証責任は遺留分権利者が負担する
※大判大正10年11月29日

本記事では,遺留分算定基礎財産に含める贈与の期間制限がなくなるための『損害を加えることを知っていた』という要件の解釈を説明しました。
実際には,個別的な事情により,法的扱いや最適な対応が違ってきます。
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【遺留分の権利行使の時効・取得時効との関係(平成30年改正前・後)】

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