【遺留分の権利行使の時効・取得時効との関係(平成30年改正前・後)】

1 遺留分の権利行使の時効・取得時効との関係
2 民法1048条(改正後)・改正前1042条の条文
3 民法1048条(改正前1042条)の期間制限の対象
4 民法1048条(改正前1042条)の対象とならない行為
5 遺留分減殺請求の流れと期間制限(改正前)
6 遺留分侵害額請求の流れと期間制限(改正後)
7 遺留分の権利行使(通知)の工夫(概要)
8 遺留分減殺と取得時効の関係(改正前)
9 遺留分侵害額請求と取得時効(平成30年改正による変更)

1 遺留分の権利行使の時効・取得時効との関係

<民法改正による遺留分の規定の変更(注意)>

平成30年改正民法により,遺留分の規定(制度)の内容が大きく変更されました。
令和元年6月30日までに開始した相続については,改正前の規定が適用されます。
令和元年7月1日以降に開始した相続については,改正後の規定が適用されます。

遺留分権利者が行使できる権利の内容は,平成30年改正の前後で違っています。
詳しくはこちら|遺留分の権利・効果の法的性質(平成30年改正による金銭債権化)
いずれにしても,1年という短期間の制限があります。この制限(規定)以外にも遺留分に関係する期間制限があります。
本記事では,遺留分に関する期間の制限について説明します。

2 民法1048条(改正後)・改正前1042条の条文

遺留分権の行使の期間を直接的に制限しているのは民法1048条です。改正前の1042条と実質的に同じ内容です。最初に条文を押さえておきます。
権利行使ができる期間について,遺留分が侵害されていることを知ってから1年,相続の開始から10年という2つの制限が定められています。

<民法1048条(改正後)・改正前1042条の条文>

あ 民法1048条(改正後)の条文

(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
第千四十八条 遺留分侵害額の請求権は,遺留分権利者が,相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは,時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも,同様とする。
※民法1048条(改正後)

い 民法1042条(改正前)の条文

減殺の請求権は,遺留分権利者が,相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは,時効によって消滅する。相続開始の時から10年を経過したときも,同様とする。
※民法1042条(改正前)

3 民法1048条(改正前1042条)の期間制限の対象

民法1048条で期間が制限されるのは,遺留分そのものの権利行使です。この権利行使の後の(別の)権利行使については民法1048条の制限は適用されません。

<民法1048条(改正前1042条)の期間制限の対象>

あ 改正前

遺留分減殺請求権の行使(意思表示)について,民法1042条(改正前)が適用される

い 改正後

ア 結論 遺留分侵害額請求権の行使(意思表示)について,民法108条(改正後)が適用される
イ 解釈 民法1048条の『遺留分侵害額の請求権』は,改正前民法1042条の『減殺の請求権』に相当するものである
短期間の権利行使制限に服する
※中込一洋著『実務解説 改正相続法』弘文堂2019年p202

4 民法1048条(改正前1042条)の対象とならない行為

前述のように,遺留分そのものの権利行使の後の権利行使(行為)については,民法1048条の期間制限は適用されません。
具体的には,平成30年改正前であれば登記手続請求や目的物返還(引渡)請求,改正後であれば金銭請求ということになります。
ただし,金銭請求はもともと一般的に10年間の期間制限があります。この制限(消滅時効)は適用されます。

<民法1048条(改正前1042条)の対象とならない行為>

あ 改正前

ア 基本的事項 遺留分減殺請求権を行使した後の目的物(現物)返還請求権の行使には,民法1042条(改正前)の適用はない
イ 登記手続請求 (共有)持分移転登記手続請求について
→遺留分に関する時間制限(民法1042条(改正前))は適用されない
※最高裁平成7年6月9日
ウ 目的物返還請求 遺留分減殺請求の目的物の返還請求について
→遺留分に関する時間制限(民法1042条(改正前))は適用されない
※最高裁昭和57年3月4日

い 改正後

遺留分侵害額の請求権を行使することにより生じた金銭債権には,民法1048条の適用はない
民法の一般の債権と同様の消滅時効の規定(民法166条1項)が適用される
※中込一洋著『実務解説 改正相続法』弘文堂2019年p202
(参考)債権の消滅時効の期間を説明している記事
詳しくはこちら|債権の消滅時効の期間(原則(民法)と商事債権・商人性の判断)

5 遺留分減殺請求の流れと期間制限(改正前)

以上のように,実際の遺留分の権利行使は,理論的に2段階の権利行使に分けられます。少し複雑なので具体的な権利行使の流れに沿って期間制限を整理します。
まずは,平成30年改正前の制度,つまり遺留分減殺請求の流れです。

<遺留分減殺請求の流れと期間制限(改正前)>

あ 遺留分減殺請求権の行使

遺留分減殺請求の意思表示(通知)を行う
この意思表示は民法1042条(改正前)の期間内に行う必要がある

い 通知の効果

『あ』の通知が相手方に到達した時点(民法97条1項)で,権利移転(共有持分移転など)の効果が確定的に生じる
詳しくはこちら|遺留分の権利・効果の法的性質(平成30年改正による金銭債権化)

う 目的物返還請求

(『い』による権利移転の効果が生じた後に)
遺留分権利者は相手方(受贈者や受遺者)に対して現物返還請求をする
具体例=(共有)持分移転登記手続請求
→この請求は民法1042条(改正前)の期間を超えていてもよい

6 遺留分侵害額請求の流れと期間制限(改正後)

次に,平成30年改正後の制度,つまり遺留分侵害額請求の流れに沿って期間制限を整理します。

<遺留分侵害額請求の流れと期間制限(改正後)>

あ 遺留分侵害額請求権の行使

遺留分侵害額請求の意思表示(通知)を行う
この意思表示は民法1048条の期間内に行う必要がある

い 通知の効果

『あ』の通知が相手方に到達した時点(民法97条1項)で,金銭債権が発生するという効果が確定的に生じる
詳しくはこちら|遺留分の権利・効果の法的性質(平成30年改正による金銭債権化)

う 金銭請求

(『い』による金銭債権発生の効果が生じた後に)
遺留分権利者は相手方(受贈者や受遺者)に対して金銭請求をする
→この請求は民法1048条(改正後)の期間を超えていてもよい
ただし一般的な債権の消滅時効(民法166条1項)は適用される

7 遺留分の権利行使(通知)の工夫(概要)

実際に遺留分減殺請求を行う時には,通知を証拠にしておかないと,後から期間内に行使したことを証明できなくなります。そこで,通知は内容証明郵便で行うというような工夫が求められます。具体的な通知の方法については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|実務における遺留分権行使の方法(通知の工夫や仮差押・仮処分)

8 遺留分減殺と取得時効の関係(改正前)

平成30年改正前の遺留分減殺請求に対して,生前贈与を受けた者(相手方)が,既に長期間目的物を占有していた場合に,取得時効が適用されるのではないかという問題があります。取得時効が適用されるなら結論として遺留分権利者に返還しなくてよいということになります。
結論としては,現在の判例は取得時効を否定しています。遺留分を優先するという判断です。

<遺留分減殺と取得時効の関係(改正前)>

あ 前提事情

遺留分減殺の対象となる贈与を受けた者が,贈与の目的物を10年または20年にわたって占有した
贈与の目的物について取得時効が成立するかどうか

い 古い判例

受贈者は他人の物を占有しているとはいえない
取得時効の成立を否定した
※大判昭和9年9月15日

う 自己物と取得時効(前提)

自己の物について取得時効の成立は認められるようになった
※最高裁昭和42年7月21日
※最高裁昭和44年12月18日

え 取得時効よりも遺留分を優先する判例

当事者が遺留分権利者を害することを認識して不動産を贈与したときは,減殺請求により受遺者が取得した権利は遺留分侵害の限度で遺留分権利者に帰属するのであり,受贈者が,民法162条に規定する方法で当該不動産の占有を継続していたとしても,そのことは,遺留分権利者への権利の帰属を妨げる理由とはならない
→時効による権利取得に,遺留分減殺請求による制限が加えられる
※最高裁平成9年3月14日
※最高裁平成11年6月24日

9 遺留分侵害額請求と取得時効(平成30年改正による変更)

前述のような,遺留分と受贈者の取得時効の対立は,平成30年改正後は生じません。もともと遺留分を侵害しても金銭請求権しか生じないので,目的物の所有権の変動は生じないからです。
取得時効よりも遺留分を優先するという結果は改正前後で変わっていない,といえます。

<遺留分侵害額請求と取得時効(平成30年改正による変更)>

あ 平成30年改正による権利の性質の変更(前提)

改正法では,遺留分権は物権的な効果をもたらさず,単なる金銭請求権を発生させるのみである
詳しくはこちら|遺留分の権利・効果の法的性質(平成30年改正による金銭債権化)

い 取得時効との関係への影響

贈与の目的物について民法162条を満たす占有がされた場合でも,受贈者が取得時効を援用することにより当該贈与を遺留分の対象外とすることはできない
遺留分算定基礎財産に算入されることになる(ことに変わりはない)
受贈者は,遺留分侵害額請求に服する
※能見善久ほか編『論点体系 判例民法11相続 第3版』第一法規2019年p494,495

本記事では,遺留分に関する権利行使の期間制限について説明しました。
実際には,個別的な事情により,法的扱いや最適な対応が違ってきます。
実際に遺留分や相続に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【『遺留分権利者に損害を加えることを知って』の解釈(平成30年改正前後)】
【遺留分減殺前の受贈者・受遺者による譲渡(第三者保護・価額賠償)(平成30年改正前)】

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