1 限定責任信託の要件と効果(不法行為責任への適用除外)
2 受託者自身(固有財産)が責任を負う状況の例
3 限定責任信託の定義と責任を制限する規定
4 限定責任信託の手続(要件)
5 不法行為責任への限定責任信託の効力(否定)
6 故意過失不要の責任の具体例(前提)
7 故意過失不要の不法行為責任の分類の問題

1 限定責任信託の要件と効果(不法行為責任への適用除外)

信託の受託者は,信託財産を管理します。この管理の任務遂行の中で,責任や経済的な負担が発生することがあります。この場合,受託者は(形式的ではありますが)所有者として行動しているので,原則として受託者自身が責任を負います。受託者の自身(固有財産)が責任を負わなくて済む”のは一部の例外に限られるです。
詳しくはこちら|信託財産限定責任負担債務の意味と内容
これでは,受託者が負う責任が強いために,受託者が引き受ける時のブレーキになってしまいます。
そこで,信託法上,受託者の固有財産が責任を負うことを回避する,という方法(限定責任信託)があります。
本記事では,限定責任信託について説明します。

2 受託者自身(固有財産)が責任を負う状況の例

まず,受託者自身が責任を負う,つまり,受託者の固有財産が責任を負担することになる具体的な状況の例をまとめます。

<受託者自身(固有財産)が責任を負う状況の例>

あ 収支のマイナス

信託財産である不動産の固定資産税・管理費が高い
一方,テナントが見つからない
収支がマイナスとなっている
固定資産税・管理費(の支払請求権)は受託者の固有財産も責任を負う

い 賃貸人としての責任

受託者による信託財産であるマンションに不備があった
→マンションで水漏れのトラブルが生じた
→賃借人に対し損害賠償債務を負った
受託者の固有財産も責任を負う

う 所有者の負う土地工作物責任の具体例

信託財産である建物が倒壊した
通行人や隣人に損害が生じた
→建物の所有者が損害賠償責任を負う
※民法717条1項ただし書
詳しくはこちら|土地工作物責任の全体像(条文規定・登記との関係・共同責任)
受託者の固有財産も責任を負う

3 限定責任信託の定義と責任を制限する規定

限定責任信託では,受託者の固有財産は責任を負担しないことになります。
このことは,限定責任信託の定義として条文に規定されています。
具体的な手続としては,受託者の固有財産への強制執行がなされた場合には,これを阻止する対抗手段が条文として規定されています。

<限定責任信託の定義と責任を制限する規定>

あ 限定責任信託の定義(条文)

この法律において『限定責任信託』とは、受託者が当該信託のすべての信託財産責任負担債務について信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負う信託をいう。
※信託法2条12項

い 受託者の固有財産への強制執行

(限定責任信託においては)
受託者の固有財産に対する強制執行,仮差押,仮処分,担保権の実行,競売,国税滞納処分をすることはできない
※信託法217条1項,2条8項

う 違法な強制執行への対応手続

『い』に反する強制執行など
→第三者異議の対象となる
※信託法217条2項

え 違法な国税滞納処分への対応手続

『い』に反する国税滞納処分
→不服申立の対象となる
※信託法217条3項

4 限定責任信託の手続(要件)

限定責任信託を設定するためには,まず,信託の設定(契約)の際,限定責任信託であることを明記します。さらに,登記も行います。
信託事務処理として契約を締結する際には限定責任信託であることを示す必要があります。
これらの一部が欠けると責任を限定する効果が生じないことになります。

<限定責任信託の手続(要件)>

あ 限定責任信託の要件

限定責任信託とするためには『い・う』を行う必要がある

い 信託行為における規定

信託契約(信託行為)に限定責任信託である旨を規定する
※信託法216条1項

う 登記

限定責任信託という旨の登記を行う
※信託法216条1項,220条

え 取引の相手方への表示

受託者としての取引に関しては
取引の相手方に対して限定責任信託であることを示さない場合
→責任の限定を相手方に対して主張できない
※信託法219条

5 不法行為責任への限定責任信託の効力(否定)

限定責任信託は,責任の引当を信託財産に限定するものです(前記)。
しかし例外的に,受託者の不法行為によって生じた損害賠償責任については,責任を信託財産に限定する効果が生じません。
つまり,限定責任信託であっても,受託者の固有財産が引当となる(差押を受ける)ことになるのです。

<不法行為責任への限定責任信託の効力(否定)>

あ 規定内容

信託における不法行為によって生じた債権について
詳しくはこちら|受託者の不法行為による賠償責任は信託財産責任負担債務となり求償もある
→限定責任信託における責任財産限定の効果が及ばない
※信託法217条1項かっこ書

い 被害者から受託者への賠償請求の具体的状況

被害者において受託者の故意or過失が立証できた場合
→受託者は民法709条に基づく責任を負う
この場合に受託者の固有財産への執行も可能である
※道垣内弘人著『信託法(現代民法別巻)』有斐閣2017年p117

6 故意過失不要の責任の具体例(前提)

限定責任信託であっても,受託者の不法行為によって生じた責任についてだけは例外的に受託者の固有財産の責任の負担が回避されません(前記)。
この点,故意・過失を要件としない不法行為責任については,この例外として扱うべきかどうか,という解釈の問題があります(後記)。
その前に,故意・過失を要件としない不法行為責任の具体例をまとめておきます。実務で問題となることが多いのは工作物責任(のうち所有者が負う責任)です。

<故意過失不要の責任の具体例(前提・※1)>

責任の種類 根拠条文
工作物責任 民法717条1項ただし書
使用者責任 民法715条
自動車運行供用者責任 自賠法3条
製造物責任 製造物責任法3条
土壌汚染対策法上の責任 土壌汚染法7条

詳しくはこちら|土地工作物責任の全体像(条文規定・登記との関係・共同責任)
詳しくはこちら|使用者責任・雇用主→従業員への損害賠償請求・身元保証人|求償権の制限
詳しくはこちら|運行供用者責任の基本(運行支配・運行利益・他の制度との関係)
詳しくはこちら|土壌汚染に関する公的規制(汚染除去指示・第1〜3種特定有害物質)
※道垣内弘人著『信託法(現代民法別巻)』有斐閣2017年p118
※道垣内弘人編著『条解 信託法』弘文堂2017年p104

7 故意過失不要の不法行為責任の分類の問題

前記のような故意・過失を要件としない不法行為責任について,受託者の不法行為によって生じた責任に含める見解と含めない見解の2つがあります。
含めるか含めないかによって,限定責任信託において例外的に受託者の固有財産が責任を負担するかどうかが違ってきます。

<故意過失不要の不法行為責任の分類の問題>

あ 問題の所在

故意・過失を要件としない不法行為責任(前記※1)について
信託法上の分類について2種類の見解(い・う)がある
→これによって限定責任信託における責任が限定される効果の有無が異なる

い 不法行為による権利とする見解

無過失責任は,危険性が高く,被害者を保護する必要性が大きい
→『受託者が信託事務を処理するについてした不法行為によって生じた権利』(信託法21条1項8号)に該当する
→限定責任信託における責任が限定される効果が生じない
※信託法217条1項
※道垣内弘人著『信託法(現代民法別巻)』有斐閣2017年p117,118
※寺本昌広著『逐条解説 新しい信託法 補訂版』商事法務2008年p87
※伊藤眞ほか著『条解 破産法 第2版』弘文堂2014年p1547参照

う その他の信託事務処理による権利とする見解

『受託者が信託事務を処理するについてした不法行為によって生じた権利』(信託法21条1項8号)に該当しない
→その他の信託事務処理により生じた権利(信託法21条1項9号)に該当する
→限定責任信託における責任が限定される効果が生じる
※信託法217条1項(かっこ書の反対解釈)

本記事では,限定責任信託の要件と効果を説明しました。
個別的な事情によって,実際の法的な扱いは違ってくることもあります。
実際に信託に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。