1 受託者の不法行為の責任と求償
2 受託者の不法行為による賠償責任の負担
3 固有財産に責任を限定する発想と条文の趣旨
4 『信託事務を処理するについてした』の意味
5 信託における不法行為責任の求償
6 不法行為責任と責任限定信託との関係(概要)

1 受託者の不法行為の責任と求償

信託の受託者が,信託事務の処理に伴って不法行為を行った場合,被害者は,損害賠償を請求できます。
本記事では,受託者の不法行為による責任の負担と,その後の,受託者と信託財産の間の求償の問題について説明します。

2 受託者の不法行為による賠償責任の負担

受託者の不法行為による賠償責任は,信託財産責任負担債務の中の1つです。そこで,信託財産が責任を負担します。
一方,信託財産限定責任負担債務には該当しません。そこで,責任の負担は信託財産に限定されません。つまり,受託者の固有財産も責任を負担するのです。

<受託者の不法行為による賠償責任の負担(※1)>

あ 信託財産責任負担債務の規定

受託者が信託事務を処理するについてした(※2)不法行為によって生じた権利
信託財産責任負担債務となる
※信託法21条1項8号
詳しくはこちら|信託財産責任負担債務の意味と内容の具体例

い 信託財産限定責任負担債務の規定

『あ』の内容(権利)は信託財産限定責任負担債務(信託法21条2項)には該当しない
→責任は信託財産に限定されない

う 結論

受託者の不法行為による責任は
信託財産受託者の固有財産の両方が責任を負担する
詳しくはこちら|信託財産限定責任負担債務の意味と内容

3 固有財産に責任を限定する発想と条文の趣旨

不法行為は,文字どおり違法性のある行為なので,受託者の固有財産だけが責任を負担すべきであるという見解もあります。
一方で受託者は受益者の利益のために任務を遂行する立場です。そこで信託財産が責任を負担することも合理性があります。
そこで,立法として,責任は受託者の固有財産に限定されないことになったのです。

<固有財産に責任を限定する発想と条文の趣旨>

あ 受託者の固有財産で負担する発想

不法行為による債務は,すべて受託者の固有財産によって負担すべきである(信託財産責任負担債務ではない)

い 信託法の条文規定

信託法では信託財産固有財産の両方が責任を負担する(前記※1)
=『あ』の発想は採用されていない

う 信託財産も負担する趣旨

信託事務を処理するについてした行為による損害は,信託事務処理から生じる利益を取得する受益者が負担するのが公平である
→不法行為責任も信託財産責任負担債務とする(信託法21項1項8号)
債務不履行責任に類似する不法行為責任もこれに含まれる
例=取引的不法行為による損害賠償債務
※道垣内弘人編著『条解 信託法』弘文堂2017年p103,104
※道垣内弘人著『信託法(現代民法別巻)』有斐閣2017年p116,117

4 『信託事務を処理するについてした』の意味

受託者による不法行為の責任を信託財産が負担する前提は,『信託事務を処理するについてした』ものであることです(前記)。
この判定(解釈)は,民法の使用者責任に準じます。
なお,使用者責任では,指揮監督職務関連性の両方で判断します。
しかし,信託の場合受益者による監督というものはありません。
そこで,職務関連性だけで判断することになります。

<『信託事務を処理するについてした』の意味>

あ 使用者責任との同一性

『信託事務を処理するについてした』(前記※2)の解釈について
使用者責任(民法715条)の解釈が参考にされるべきである

い 使用者責任との違い

ただし,受益者に監督義務はない
→もっぱら職務関連性を基準にして判断されるべきである
※道垣内弘人著『信託法(現代民法別巻)』有斐閣2017年p117

5 信託における不法行為責任の求償

信託の受託者が不法行為を行った場合の責任は信託財産と受託者の固有財産の両方が負担します(前記)。
ただし,これは被害者が請求する場面についていえることです。
逆に,信託財産と受託者の間では,どのように負担を分担するのか,という問題があります。実質的に責任(の割合)を判断することになります。

<信託における不法行為責任の求償>

あ 実態としての解釈

不法行為による損害賠償債務が信託財産責任負担債務となった場合
→最終的負担が信託財産に帰するとは限らない
使用者責任における求償と逆求償と同様に考えるべきである
詳しくはこちら|使用者責任・雇用主→従業員への損害賠償請求・身元保証人|求償権の制限

い 信託財産から受託者への求償の可能性

信託財産から支出された後に
受託者(固有財産)に求償できることがある

う 受託者から信託財産への求償の可能性

受託者の固有財産から支出された後に
信託財産から償還を受けられることもある
※道垣内弘人著『信託法(現代民法別巻)』有斐閣2017年p118

6 不法行為責任と責任限定信託との関係(概要)

以上の説明は,一般的な信託を前提としています。
ところで,信託の設定の中には,限定責任信託というものもあり,この場合,受託者の責任の負担が回避されることになります。
この点,限定責任信託であっても例外的に,受託者の不法行為による責任だけは責任の回避の効果が生じません。つまり,受託者の固有財産が責任を負担するのです。

<不法行為責任と責任限定信託との関係(概要)>

あ 限定責任信託の基本(前提)

限定責任信託において
信託債権に係る債務の責任の負担は信託財産に限定される

い 不法行為責任の特別扱い

受託者の不法行為によって生じた損害賠償責任は責任の限定”は適用されない
信託財産固有財産の両方が責任を負担する

う 故意過失不要の責任の扱い

工作物責任など故意・過失がなくても生じる責任がある
不法行為により生じた権利(信託法21条1項8号)に該当するかどうかについて両方の見解がある
これによって限定責任信託における扱いに違いが出る
詳しくはこちら|限定責任信託の要件(手続)と効果(不法行為責任への適用除外)

本記事では,受託者の不法行為による責任の法的な扱いについて説明しました。
個別的な事情によって,実際の法的な扱いは違ってくることもあります。
実際に信託に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。