【相続人による被相続人の預金取引履歴の開示請求(通常・解約済)】

1 相続人による被相続人の預金取引履歴の開示請求(通常・解約済)

相続に関して被相続人(故人)名義の預貯金の調査を行うことはよくあります。具体的には,相続人の1人が,被相続人の残高証明や過去の取引履歴を請求することは認められるかどうか,ということになります。
実は,判例である程度解釈が示されてきましたが,まだ統一的見解がないところもあります。
本記事では被相続人の預金の調査について説明します。

2 被相続人の預金の取引履歴を調査する典型的状況

まずは,相続人の1人が,被相続人名義の預貯金の過去の取引内容(履歴)を把握する必要が出てくる状況を整理します。
とてもよくあるのは,被相続人以外の者が預貯金を無断で引き出していた,つまり使い込んでいた可能性がある,という状況です。

被相続人の預金の取引履歴を調査する典型的状況(※1)

あ 親族による使い込み

父Aが長男Bと同居していた
Aは自身の預金の通帳・印鑑・カードをBに預けていた
Bは日頃からAに無断で預金を引き出していた
Aはほとんど自己のために資金を使っていた

い 相続後の情報収集

Aが亡くなった
相続人=長男B・次男C
CはBによる使い込みに感づいていた
しかし具体的な情報・証拠を持っていなかった
Cは,銀行から預金の取引履歴を取得したい

3 預金者による取引履歴開示請求(前提)

被相続人名義の預貯金の調査の説明に入る前に,預金者(口座の名義人)自身による(自分自身の)預貯金の取引履歴の開示請求の理論を先に押さえておきます。
いろいろな見解がありましたが,平成21年判例が,明確に金融機関は取引履歴を開示する義務があるということを示しました。

預金者による取引履歴開示請求(前提)(※2)

金融機関は,預金契約に基づき,預金者の求めに応じて預金口座の取引経過を開示すべき義務を負うと解するのが相当である。
※最高裁平成21年1月22日

4 共同相続人による被相続人の預金の取引履歴開示請求

被相続人の預金の取引履歴を,相続人の1人が単独で開示請求することについても,いろいろな見解がありましたが,平成21年判例がしっかりと認めました。
もともと,前述のように,預金者(生前)は開示請求をすることができます。そして相続によって複数人の相続人は預金者の地位をそれぞれが持つことになります。ここで共有物の保存行為という理論を使って,結果的に各相続人が(1人で)開示請求をすることを認めるということになっています。

共同相続人による被相続人の預金の取引履歴開示請求

あ 判決文引用

預金者が死亡した場合,その共同相続人の一人は,預金債権の一部を相続により取得するにとどまるが,これとは別に,共同相続人全員に帰属する預金契約上の地位に基づき,被相続人名義の預金口座についてその取引経過の開示を求める権利を単独で行使することができる同法(民法)264条,252条ただし書)というべきであり,他の共同相続人全員の同意がないことは上記権利行使を妨げる理由となるものではない。
※最判平成21年1月22日

い 理論部分の説明(判例解説)

本判決が,原判決と異なり,預金債権の帰属とは別に,共同相続人全員における預金契約上の地位の準共有をわざわざ観念した上,その保存行為として取引経過開示請求権の単独行使を肯定するという理論構成を採用したのは,相続紛争の実情に鑑みると,共同相続人の一人による取引経過開示請求権の単独行使を預金債権の帰属をめぐる紛争と切り離して認めることが妥当であり,かつ,開示の相手方が預金契約上の地位の準共有者である共同相続人にとどまる限りにおいては,プライバシー侵害や守秘義務違反の問題を容易に回避し得ると考えたためではないかと思われる。
※田中秀幸稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成21年度』法曹会2012年p65,66

5 平成17年判例と平成21年判例の関係

平成21年判例より前の見解のひとつとして,平成17年判例があります。平成17年判例は,形式的には開示請求を否定していますが,理論的には肯定も否定もしていません。「平成21年判例が平成17年判例の内容を変更した」というわけではありません。

平成17年判例と平成21年判例の関係

あ 請求内容

平成17年判例の事案では,預金者の共同相続人の1人が,被相続人名義の預金口座の取引経過明細開示請求をした

い 原審の判断

開示請求を否定した

う 平成17年判例の結論

最高裁は,上告を棄却,上告受理申立を不受理とした
※最高裁平成17年5月20日

え 平成17年判例の読み取り

上告受理の申立の理由は法令の解釈に関する重要な事項が含まれていないというものである
法律解釈についての判断を示したものではない
判例としての意義・効力を有するものではない
※『判例タイムズ1290号』p133

6 被相続人の預金の取引履歴開示請求の派生問題

平成21年判例で,被相続人の預金の取引履歴の開示請求が認められたのですが,この判例では,特殊事情がある場合については判断していません。たとえば,預金が差押えられているケース,解約済のケース,遺言によって預金が遺贈されているケース,複数の相続人が開示を請求したケース,すでに預金通帳への記帳が済んでいるケースなどです。
この点,平成21年判例の理論は,預金債権の帰属開示請求権を別々に捉えています。このほかの平成21年判例が採用する理論を前提とすると,いずれのケースでも原則として開示請求は認められることになるはずです。

被相続人の預金の取引履歴開示請求の派生問題(※3)

あ 預金の差押との関係

預金債権の差押えがあった場合であっても,預金者は取引経過開示請求権を行使することができるか,
・・・預金債権の差押えがあっても,預金契約上の地位の差押えまで当然に含意するものではない以上,預金者は預金契約上の地位に基づきなお取引経過開示請求権を行使し得る(と考えられる)

い 解約との関係

預金の解約があった場合であっても,預金者は取引経過開示請求権を行使することができるか,
・・・委任契約の終了によっても,民法645条後段の顛末報告義務として取引経過開示請求権をなお観念し得る

う 遺言との関係

遺言により特定の共同相続人に預金債権の全部を相続させることとされた場合であっても,他の共同相続人は取引経過開示請求権を行使することができるか,
・・・遺言により特定の共同相続人に預金債権の全部を相続させることとされても,預金契約上の地位まで当然に相続させるものでない以上,他の共同相続人は取引経過開示請求権を行使し得る

え 重複する開示請求

共同相続人の一人が取引経過開示請求権を行使した場合であっても,他の共同相続人は取引経過開示請求権を行使することができるか,
・・・共同相続人の全員が預金契約上の地位を有しており,また,取引経過開示請求権はその一回的行使により将来にわたって消滅する性質のものではない以上,共同相続人の一人が取引経過開示請求権を行使した場合であっても,他の共同相続人は取引経過開示請求権を行使し得なくなるとはいえない

お 預金通帳の記帳との関係

金融機関は,預金通帳への記帳を理由に取引経過開示請求を拒否することができるか,
・・・記帳の内容と開示を求める内容とが相違するか否かにもよるが,少なくともまとめ記帳では「取引結果」の開示にとどまり「取引経過」の開示ではなく,債務の本旨に従った履行とはいえないから,金融機関がそのような記帳を理由に開示請求を拒否し得るとは当然にはいえない

か まとめ

ただし,上記1~5(「あ」〜「お」)のいずれについても,さしたる必要もなく開示を求める請求であり,金融機関の負担も著しいなどと評価される場合には権利の濫用に当たるとの帰結が一応考えられようが,本判決(平成21年判例)は,これらの問題について直接判示するものではなく,いずれも本判決後の残された問題である。
※田中秀幸稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成21年度』法曹会2012年p66,67

7 預金債権の遺産性(平成28年判例)との関係

平成21年判例の後(平成28年)に,相続における預金債権の性質について,従前の解釈を変更する判例が出されています。預金債権を遺産分割の対象とするという内容の判例です。
ただ,平成28年判例の理論は,平成21年判例の理論に影響を与えないと思われます。現在でも,平成21年判例の理論は生きているといえます。

預金債権の遺産性(平成28年判例)との関係

あ 要点

平成28年判例は,従前の解釈を変更し,預金債権の遺産性を認めた(遺産分割の対象であると判断した)
詳しくはこちら|相続財産の預貯金は平成28年判例で遺産共有=遺産分割必要となった
被相続人名義の預金の取引履歴開示請求(平成21年判例)は,平成28年判例の影響を受けない

い 見解引用

(共同相続人の一部からの相続預金の取引履歴開示請求)
前述の平成21年最判当時は,相続預金は可分債権であることを前提に理解されてきたように思われる。
そこで,平成28年最大決の,この整理への影響を検討する。
平成28年最大決は,従前の最判を覆したものではなく,そもそも相続財産を可分債権とする前提が,実は適切でなかったということを明らかにしたものと考えられる。
それは措くとして,平成21年最判は,預金契約上の地位が共同相続され,その地位に基づく権利行使としての取引履歴開示請求が可能と判示したもので,かかる契約上の地位の相続については,平成28年最大決で明らかにされたところとは直接に関係しないから,平成21年最判のとおり,今後も一部の共同相続人からの開示請求に応じることは可能と考える
(なお,取引履歴だけでなく,払戻請求書などの伝票類まで開示できるかは,引続き別途の検討を必要とする)。
※宇多川真帆稿『相続人から相続預金の取引履歴開示請求等を受けた場合の対応』/『金融法務事情2166号』2021年7月p42

8 遺留分の金銭債権化(平成30年民法改正)との関係

平成21年判例の後の動きの中に,平成30年の民法改正で遺留分の権利が,金銭債権に変更された,というものがあります。たとえば,遺言で相続人Aに承継された預金については,遺留分権行使があっても,相続人Aに帰属したままという扱いになったのです。この場合,相続人Bが預金の取引履歴の開示を請求する必要はないという発想も出てきます。しかし前述のように平成21年判例は,預金債権の帰属は開示請求とは別である,という理論を採用しています。そこで結局,平成21年判例は,遺留分の金銭債権化の影響も受けないと思われます。

遺留分の金銭債権化(平成30年民法改正)との関係

あ 要点

民法の平成30年改正によって,遺留分権が,従前の物権的効力から債権的効力に変更された(金銭債権化した)
詳しくはこちら|遺留分の権利・効果の法的性質(平成30年改正による金銭債権化)
被相続人名義の預金の取引履歴開示請求(平成21年判例)は,遺留分権の金銭債権化の影響を受けない

い 見解引用

(「すべてを相続させる」遺言がある場合の取引履歴開示請求)
従前は,相続財産の「すべてを相続させる」旨の遺言があった場合には,(相続開始の時点で)相続預金はすべて当該遺言で指定された受益相続人に帰属する(その他の相続人が銀行預金を取得することがない)ものの,遺留分減殺請求権を行使したその他の相続人は直ちに預金債権を分割取得するため,取引履歴の開示請求権も有すると考えられていた(東京地判平15.8.29本誌1697号52頁)。
この考え方につき,相続法改正により遺留分減殺請求が債権的効力となったことの影響を検討する。
確かに,前記の考え方が,遺留分減殺請求権の行使により相続預金の一部が相続人に帰属する結果,当該相続人は預金契約上の地位も取得することから開示請求可能であるとのものであるならば,まさしく相続法改正により,遺留分侵害請求権(債権的権利)にとどまり,遺産の帰属の変動は生じなくなるので,当該考え方は再整理すべきとなろう。
しかしながら,平成21年最判の調査官解説では,「遺言により特定の共同相続人に預金債権の全部を相続させることとされても,預金契約上の地位まで当然に相続させるものではない」との見解が示されている(最高裁判所判例解説民事篇平成21年度上67頁)。((前記※3)の「う」)
この見解によれば,預金債権と契約上の地位が分属することを前提に,遺言においても,預金債権の帰属とは別に預金契約上の地位を観念し得る。
すなわち,遺言の受遺者でない共同相続人による開示請求は,遺留分減殺請求権を行使したから,ということではなく,端的に預金契約上の地位が共同相続人に帰属しているからこれに応じることができると整理することも可能であり,これは妥当な整理ともいえる
(なお,相続法改正前後により従前開示し得たものができなくなるというのは,実務上中々説明が付かず,実態判断あるいは評価として,そもそも受益相続人は他の相続人に対しての守秘の権利がないという考え方もあり得ると思われる)。
※宇多川真帆稿『相続人から相続預金の取引履歴開示請求等を受けた場合の対応』/『金融法務事情2166号』2021年7月p42,43

う 全部包括遺贈への遺留分減殺の効果(参考)

全部包括遺贈に対する遺留分減殺により,遺贈の目的物(遺産)は遺産性を失う(遺産共有でなくなり,物権共有となる)
詳しくはこちら|遺留分減殺請求(平成30年改正前)の後の共有の性質と分割手続

9 被相続人の解約済預金の開示を求める典型的状況

以上の説明は,被相続人名義の預貯金が解約されていないことが前提となっています。では,被相続人名義の預貯金が既に解約されていた場合はどうでしょうか。
実際には,誰に解約された(払い戻された)か分からないという状況はとても多いです。典型的な状況を挙げておきます。

被相続人の解約済預金の開示を求める典型的状況

あ 前提事情

親族による使い込みが疑われる状況であった((前記※1)と同様)

い 解約準備

父Aの生前において
長男Bは,Aから『預金解約』の委任状を預かっていた
Aがサインをした状態であった
Aの印鑑登録カードも預かっていた

う 解約代行

Aが危篤に陥った
Bは,急いで預金の解約し払戻を受けた

え 相続後の調査

Aが死亡した
Cは,銀行から預金の取引履歴を取得したい

10 被相続人の解約済預金の取引履歴開示請求の可否

前述のように,現実に,解約済の預貯金の調査をする強いニーズがあります。では解釈はどうなっているのか,というと,最高裁判例がありません。
下級審裁判例としては,地裁(第1審)で開示請求が認められ,高裁(第2審)で否定する結論がとられた,というものがあります。ただ,高裁の判決では,一般的に否定したというわけではありません。また,判決は確定していません。一般論として肯定または否定する,確定的な判断はない状態といえます。
実務では,金融機関は開示に応じる傾向があります。

被相続人の解約済預金の取引履歴開示請求の可否

あ 要点

被相続人が生前に預金契約を解約した
相続人(の1人)が金融機関に対し,取引履歴の開示を請求する
開示請求を認めた地裁の裁判例と,否定した高裁の裁判例(控訴審)がある
高裁の裁判例は,信義則による開示請求が認められる可能性を示した(「仮に」という前置きがある)
その上で,権利の濫用として開示請求を否定した
いずにしても,確定判決ではない(確定的な判断はない)
実務では開示に応じる対応も多い

い 地裁の裁判例(原審)の要旨

弁護士会照会・原告(代理人)からの照会に対する回答拒否という被告(銀行)の対応は,違法なものとして不法行為を構成する
※東京地判平成22年9月16日

う 高裁の裁判例(控訴審)の引用

ア 預金者の地位に基づく開示請求 ・・・亡Bは,第1審被告のa支店(店番号〈省略〉)に本件総合口座(パワーフレックス・口座番号〈省略〉)を開設し,本件預金等取引を行っていたが,生前である平成17年4月18日,本件解約により同口座を解約したこと,第1審被告と顧客と間の預金等取引は,顧客が総合口座を開設し,総合口座の取引として預金や債券の保護預かりなど各種の預金等取引を行い,総合口座の解約により全ての預金等取引が終了する仕組みであることが認められ,本件解約により,亡Bと第1審被告との間の本件総合口座に基づく預金等取引は,全て終了したと認められる。
そして,第1審被告に他にも亡B名義の総合口座があったことは主張,立証されていないから,本件開示請求1には理由がない
イ 信義則による開示請求 仮に,銀行が,信義則上,預金等契約終了後,契約期間中の取引経過の開示に応ずべき義務を負う場合があるとしても,本件開示請求2は,開示請求の目的からもその義務を超えるものというべきであり,仮に超えないとしても,第1審被告に著しく過大な負担を生じさせるものとして,権利の濫用というべきであるから,これを認めることはできない。
※東京高判平成23年8月3日

え 実務の傾向

・・・開示義務はないものの,実際には開示に応じる金融機関も多い,と論じられていたものと思われる。
※宇多川真帆稿『相続人から相続預金の取引履歴開示請求等を受けた場合の対応』/『金融法務事情2166号』2021年7月p43

11 弁護士会照会による預貯金情報の開示請求(参考)

以上の説明は,相続人の1人が,被相続人の預貯金の調査をする,ということの理論・解釈でした。
実務での調査では,単純に相続人(代理人)として開示請求をする,という方法以外に,弁護士会を通した照会という方法もあります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|弁護士会照会による預貯金に関する情報開示(対応の傾向・実情)

12 信用情報機関による被相続人の信用情報取得(参考)

被相続人の金融資産の調査方法は金融機関への照会だけではありません。信用情報機関への照会という方法もあります。
この方法によって,被相続人の財産が発覚する,ということもあります。遺産調査の1つと言えます。

信用情報機関による被相続人の信用情報取得(参考)

あ 信用情報機関の種類
信用情報機関 登録内容
日本信用情報機構=JICC 貸金業者(消費者金融等)に関する情報
CCB (平成21年にJICCと合併済)
CIC 割賦販売等のクレジット事業(流通系)に関する情報
全国銀行個人信用情報センター 銀行・信用金庫等に関する情報
い JICCの開示手続の説明

次のサイトの中の「亡くなられた方の開示手続き」で説明されている
JICC|信用情報の確認>窓口での開示手続き

本記事では,相続人による被相続人名義の預貯金の調査について説明しました。
実際には,個別的事情によって,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
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