【違法な保全による賠償の範囲(賠償額算定における通常損害と特別損害)】

1 違法な保全による賠償の範囲(賠償額算定における通常損害と特別損害)
2 違法な保全に対応する手続の弁護士費用相当額の賠償責任
3 本案訴訟の応訴・起訴命令の弁護士費用
4 違法な保全への損害賠償請求訴訟の弁護士費用
5 違法な保全による慰謝料や信用の毀損
6 違法な保全による解放金の金利相当額の賠償(全体)
7 不動産への違法な保全における通常損害
8 不動産への違法な保全における特別損害
9 違法な建築工事禁止仮処分の工事代金相当額の賠償責任
10 違法な保全における営業上の逸失利益の賠償責任
11 営業上の逸失利益の賠償金の上限の有無
12 違法な保全による賃料相当額の賠償責任
13 違法な仮払仮処分における仮払金相当額の賠償責任
14 保全発令の際の担保の金額と賠償額のバランス

1 違法な保全による賠償の範囲(賠償額算定における通常損害と特別損害)

民事保全(仮差押・仮処分)が違法であった場合,原則として過失が認められ,損害賠償責任が生じます。
詳しくはこちら|違法な保全の申立や執行による賠償責任の基本(違法性・過失の枠組み)
損害賠償責任が生じた場合には,どの範囲の損害について賠償するかという問題があります。
本記事では,賠償すべき損害について,通常損害と特別損害に分けつつ説明します。

2 違法な保全に対応する手続の弁護士費用相当額の賠償責任

違法な保全の執行により,相手方(債務者)は,これに対応する法的手続を行う必要が生じます。
そこで,一定の裁判所の手続を遂行するために必要となる弁護士費用が,賠償すべき損害となります。対象となる裁判手続は,保全手続に関するものと,(違法な保全についての)損害賠償請求に関するものが広く含まれます。
一方,本案訴訟と起訴命令に関するものは性質的に否定されます(後述)。

<違法な保全に対応する手続の弁護士費用相当額の賠償責任>

弁護士に依頼した手続 賠償責任の判断
異議訴訟 通常損害となる
執行取消 通常損害となる
事情変更による取消申立 通常損害となる
本案訴訟の応訴 通常損害とならない(後記※1
起訴命令 (本案訴訟の応訴と同じ)
(違法な保全についての)損害賠償請求訴訟 通常損害となる(後記※2

※原田保孝稿『違法な保全処分による損害賠償責任』/『判例タイムズ710号』1989年12月p33,34
※西山俊彦著『新版 保全処分概論』一粒社1985年p113参照

3 本案訴訟の応訴・起訴命令の弁護士費用

一般的に訴訟を提起することは,違法とはなりません。結果的に請求が棄却されても,裁判を受ける権利が憲法32条で保障されているので,提訴が違法となるわけではないのです。
そのため,保全が違法であったとしても,本案訴訟の提起は原則として違法とはなりません。本案訴訟のために必要となった弁護士費用は,違法な保全による賠償責任の対象には含まれません。
起訴命令も,本案訴訟を行う方向のものであるため同様です。

<本案訴訟の応訴・起訴命令の弁護士費用(※1)

あ 本案訴訟の応訴(原則)

本案訴訟の応訴の弁護士費用について
→通常損害とならない

い 本案訴訟の応訴(特別損害)

予見可能な損害が生じた場合
特別損害として認められることはある
※東京地裁昭和54年7月17日
※東京地裁昭和56年5月8日
※原田保孝稿『違法な保全処分による損害賠償責任』/『判例タイムズ710号』1989年12月p33,34

う 起訴命令

起訴命令は,本案訴訟を遂行することと同じ方向の手続である
本案訴訟の応訴の弁護士費用と同じ判断となる
※原田保孝稿『違法な保全処分による損害賠償責任』/『判例タイムズ710号』1989年12月p34

4 違法な保全への損害賠償請求訴訟の弁護士費用

違法な保全手続への反撃として,債務者は損害賠償を請求できます。通常,そのために弁護士に依頼することになるので,損害賠償請求訴訟の依頼に要した弁護士費用も賠償する損害に含まれます。
これは,不法行為による損害賠償について,一般的に認めている判例の理論によるものです。

<違法な保全への損害賠償請求訴訟の弁護士費用(※2)

不法行為一般に関して
弁護士費用は通常損害として認められる
※最高裁昭和44年2月27日
詳しくはこちら|損害賠償として弁護士費用を請求することの可否(責任の種類による分類)

5 違法な保全による慰謝料や信用の毀損

違法な保全の執行により債務者が精神的苦痛を感じたとしても,原則としてこれは賠償責任の対象に含まれません。つまり,慰謝料は生じないのです。
一方,債務者と取引をしている関係者は,たとえ不当・違法な保全であっても,(債務者には)経済的な問題があるという印象を持ちます。そして,現実的に期限の利益喪失などが適用されて債務者に悪影響が生じることもあります。このような実害があれば,賠償責任が認められます。

<違法な保全による慰謝料や信用の毀損>

あ 慰謝料(原則)

違法な保全によって受けた精神的苦痛について
→通常損害ではない(賠償責任はない)
※最高裁判所事務総局民事局監『条解民事保全規則 改訂版』司法協会1999年p107

い 慰謝料(例外)

特殊な事情がある場合,特別損害として認められることもある
※原田保孝稿『違法な保全処分による損害賠償責任』/『判例タイムズ710号』1989年12月p34

う 信用の毀損の賠償責任(基本)

保全処分によって債務者の信用が害された場合
→信用の毀損について賠償責任が認められる(特別損害or通常損害)

え 信用の毀損の発生の具体例

継続的取引において,債務者が保全処分を受けたことが期限の利益の喪失の事由とされている
※西山俊彦著『新版 保全処分概論』一粒社1985年p113

お 信用の毀損の発生の特殊性

仮差押に係る債権は存在しなかった(いわゆる空振り)の場合にも
仮差押命令の第三債務者への送達により,債務者の信用が害され,債務者に損害が生じることがあり得る
※最高裁判所事務総局民事局監『条解民事保全規則 改訂版』司法協会1999年p107

6 違法な保全による解放金の金利相当額の賠償(全体)

違法な保全の執行によって認められる賠償金の典型の1つが,解放金の金利相当額です。
認められる前提は,解放金の提供による保全執行の取消をすることが通常であるとうものです。
例えば,販売する商品や日常生活に用いる家財道具は,使えない状態を解消する必要性がとても高いです。解放金を提供してでも保全を解消する(使える状態にする)のが通常といえます。
一方,不動産については,保全の仮登記があっても使用すること自体は可能です。そこで一般的に解放金の提供をすることが通常とはいえません。解放金相当額は原則的に賠償する損害には含まれません。

<違法な保全による解放金の金利相当額の賠償(全体)>

あ 賠償責任が認められる条件

債務者が解放金の供託による保全執行の取消を行うことを余儀なくされた場合
供託期間中における『ア・イ』の金額は通常損害にあたる
ア 資金調達のための借入金に対する通常予測しうる範囲内の利息イ 負担した自己資金に対する法定利率の割合に相当する金銭 ※最高裁平成8年5月28日

い 商品・家財道具

商品や家財道具である動産に対する執行について
→債務者において保全執行を取り消すことを余儀なくされる(通常である)
→通常損害となる
※原田保孝稿『違法な保全処分による損害賠償責任』/『判例タイムズ710号』1989年12月p35

う 不動産

原則として通常損害にはならない(後記※3
特別損害として認められることもある(後記※4

7 不動産への違法な保全における通常損害

不動産に保全の仮登記がなされて,この保全が違法であったとしても,裁判例は,解放金の解放金の金利相当額は通常損害(原則的に賠償する損害)に含めない傾向です。
ただし,原則的に賠償する損害に含めるべきだ,という見解もあります。

<不動産への違法な保全における通常損害(※3)

あ 実務的な見解

不動産に対する保全執行について
原則として執行を取り消さなければならない理由はない
→通常損害にはならない
※仙台高裁昭和59年11月19日

い 他の見解

違法な仮差押の執行がされていることによって
融資が受けられないことや精神的苦痛が生じることが考えられる
→解放金の供託による執行取消は債務者の通常の行為である
→通常損害といえる
※原田保孝稿『違法な保全処分による損害賠償責任』/『判例タイムズ710号』1989年12月p36

8 不動産への違法な保全における特別損害

不動産に違法な保全の執行がなされた場合に,一般的な見解では,解放金の金利相当額は通常損害に含めません(前記)。
ただし,個別的な特殊事情がある場合には別です。例えば,債務者の属性から目的不動産を売却することが予見される場合には,解放金の金利相当額特別損害として,賠償責任の対象に含めることになります。さらに状況によっては,転売利益や違約金に相当する金額の賠償責任が認められることもあります。

<不動産への違法な保全における特別損害(※4)

あ 解放金の金利相当額の特別損害の発生

転売する場合には保全執行の取消が現実的に必要となる
→解放金の金利相当額が特別損害となることもある
※原田保孝稿『違法な保全処分による損害賠償責任』/『判例タイムズ710号』1989年12月p35,36

い 解放金の金利相当額の特別損害を認めた実例

保全の相手方は,競売などによる不動産の取得と売却を業としていた
目的不動産を転売することは予見可能であった
→解放金の金利相当額を特別損害として認めた
なお,金利は,実際の借入に係る金利(年12%)ではなく商事法定利率(年6%)の範囲にとどめた
※東京地裁昭和61年10月29日

う 転売利益と違約金相当額の特別損害を認めた実例

債務者が,建物の売買契約を締結後,当該建物に対する仮差押がなされて契約の履行ができなくなった
買主に違約金を支払った
転売利益および違約金相当額は,いずれも特別損害にあたる
※最高裁平成8年5月28日

9 違法な建築工事禁止仮処分の工事代金相当額の賠償責任

違法な保全の内容が,建設工事禁止の仮処分であった場合に賠償責任の対象となる特有のコストがあります。それは,工事に要したコストです。
工事の中断期間が長期化すると,途中までの工事が無駄になるので,それまでに要した工事費用の相当額が賠償金されるのです。

<違法な建築工事禁止仮処分の工事代金相当額の賠償責任>

あ 仮処分の影響

違法な建物建築工事禁止仮処分の執行がなされた
→建物の建築が遅延する
→工事中止が長期に及ぶと木材などが朽廃する

い 賠償額の算定

工事代金相当額が通常損害となる
※東京地裁昭和48年2月26日

10 違法な保全における営業上の逸失利益の賠償責任

保全の執行の対象物が営業に用いるものであるケースでは,この保全が違法となった場合に逸失利益の賠償責任が生じます。本来であれば収益をあげられたのに,不当な保全の執行でこの利益が生じなくなったという考え方です。

<違法な保全における営業上の逸失利益の賠償責任>

あ 違法な保全の実例

建築機械につき執行官保管の断行仮処分の執行がなされた
保全は違法であった

い 逸失利益の発生

債務者は川砂利の採取,販売を業としていた
建築機械を使用できないことによる逸失利益が生じた
→逸失利益相当額の賠償責任が認められた
※広島地裁呉支部昭和47年11月27日

11 営業上の逸失利益の賠償金の上限の有無

得られたはずの営業利益を逸失利益として賠償金とする場合には,別の問題が生じます。対象物そのものの価値を賠償金の上限とするかどうかという解釈論です。
一般的な損害論としてもいろいろな解釈のある論点です。
違法な保全の賠償金としては,実務において上限なしの見解の方がとられる傾向にあります。ただし,この場合は,保全の発令の際,目的物の価値を上回る担保金額を定めていないという現実の運用が不合理であることになります。
そこで,対象物そのものの価値賠償する逸失利益の上限とする見解もあります。

<営業上の逸失利益の賠償金の上限の有無>

あ 上限なしの見解

ア 見解の内容 賠償額が目的物(機械)そのものの価値よりも高額となることも許容する
※広島地裁呉支部昭和47年11月27日
イ 批判 保全の発令の際,目的物の価値を超える担保の金額は決定されていない
詳しくはこちら|仮差押の担保基準(担保の金額の相場の表と実務の傾向)
→整合しない

い 目的物の価値を上限とする見解

目的物(機械)の価値を上限とする
※原田保孝稿『違法な保全処分による損害賠償責任』/『判例タイムズ710号』1989年12月p36,37

12 違法な保全による賃料相当額の賠償責任

建物について,占有移転の仮処分がなされると,執行官が占有した上で債務者に使用を許すという方式がとられることが多いです。
そこで,第三者に賃貸をして賃料収入を得られなくなったということで,賃料に相当する金額の損失が生じたという発想もあります。
しかし,債務者自身(やその家族)が居住している建物については,第三者に賃貸することは想定されていません。賃料相当額の賠償責任は認められません。
一方,もともと賃貸用の建物で,実際に第三者への賃貸ができなくなったというようなケースでは,(特別損害として)賃料の相当額の賠償責任が認められます。

<違法な保全による賃料相当額の賠償責任>

あ 賃貸ができない状況

建物に対する占有移転禁止の仮処分(債務者使用)の執行がなされた
保全の相手方は建物を賃貸することができなくなった
保全は違法であった

い 通常損害(原則)

債務者が建物を使用している場合には
賃貸できないことによる損失は生じない
賃料相当額は通常損害ではない
※東京地裁昭和51年10月25日

う 特別損害(例外)

保全の相手方が賃貸することを業としている場合
→賃貸による収益が予見できる
賃料相当額が特別損害となることもある
※東京地裁昭和52年8月25日

13 違法な仮払仮処分における仮払金相当額の賠償責任

雇用における賃金(給料)について仮払いを実現する断行の仮処分があります。
この仮処分が違法であった場合,仮払いによって支払った金銭は,払わなくてよかったことになります。
そこで,賠償すべき損害となります。
ただし,現在の民事保全法では仮処分を取り消す決定の中で仮払いの金銭の返還も命じられます。独立した損害賠償請求の手続(訴訟)を利用する必要はありません。

<違法な仮払仮処分における仮払金相当額の賠償責任>

あ 理論的な構造

労働賃金の仮払いの断行仮処分の執行がなされた
仮処分が違法であった
仮払金相当額通常損害である
※東京地裁昭和51年7月21日(法改正前)

い 原状回復の裁判(改正法)

仮払いの断行仮処分について
仮処分を取り消す決定において,原状回復の裁判をしなければならない
※民事保全法33条
→別途,損害賠償請求訴訟をする必要はない

14 保全発令の際の担保の金額と賠償額のバランス

保全(仮差押・仮処分)の発令の時点で,裁判所は通常,担保(金)を定めます。その後,債権者がこの金額を供託してはじめて保全の執行が実行されます。担保の金額の算定には一定の相場(担保基準)があります。
詳しくはこちら|保全の担保金額算定の基本(担保基準の利用・担保なしの事例)
ところで担保の意義には,仮に保全の執行が違法であった場合の賠償金を確保するというものがあります。そこで,想定される賠償金の金額担保の金額として定めることが理論的に求められるのです。

<保全発令の際の担保の金額と賠償額のバランス>

あ 基本的事項

賠償額(い)と担保の金額(う)はバランスが取れている必要がある

い 賠償額

仮に保全が違法であった場合に想定される賠償額(賠償すべき損害の金額)

う 担保の金額

保全の発令の際に定められる担保の金額
※原田保孝稿『違法な保全処分による損害賠償責任』/『判例タイムズ710号』1989年12月p37

本記事では,違法な保全による賠償責任の範囲(賠償金の算定)について説明しました。
実際には,個別的な事情や主張・立証のやり方次第で判断(算定)は違ってきます。
実際に違法な保全についての賠償の問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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