1 違法な保全の申立や執行による賠償責任の基本
2 保全の申立や執行の違法性
3 違法な保全執行による責任の法的性質(過失責任)
4 違法な保全の申立の過失の判断
5 『相当な事由』(過失の推定が覆る)の分類
6 判断の困難性による過失否定事例(事案内容)
7 判断の困難性による違法仮差押の過失否定(結論)
8 債務者の落度による保全の過失の否定
9 違法な保全による賠償責任の範囲(賠償額・概要)
10 保全の債権者の賠償責任リスクと保全発令時の担保(概要)
11 実務における債務者による損害賠償請求の傾向

1 違法な保全の申立や執行による賠償責任の基本

民事保全は暫定的な措置であり,審理には迅速・密行という特徴があります。
具体的には,債務者の意見を聴かない・証明の程度が低い(疎明で足りる)ということです。
詳しくはこちら|保全命令の審理手続(債務者審尋・保全執行)と特徴(迅速性・密航性)
そこで,後から本案訴訟で債権者の請求が否定されると,保全(の執行)は間違ったものであったことになります。法的には,違法な保全の申立や執行となるので,債権者は損害賠償責任を負うことがあります。
本記事では,違法な保全の申立や執行による賠償責任に関する違法性や過失の有無の判断の枠組みについて説明します。

2 保全の申立や執行の違法性

保全の執行がなされた後に本案訴訟が進み,最終的に被保全権利がなかったと判断されることがあります。また,保全に対する異議などの手続で,保全の必要性はなかったと判断されることもあります。
いずれの場合も,保全の実体的要件が欠けていたことになりますので,既に行われた保全の申立や執行は違法性があることになります。
ただし,特殊な事情がある場合には例外的に違法性が否定されることもあります。

<保全の申立や執行の違法性>

あ 違法性の基本

被保全権利or保全の必要性が存在しない場合
→保全の実体的要件を欠く
→原則として保全の申立・執行に違法性が認められる

い 債務者の態度による違法性の否定

債務者において損害賠償請求をすることが信義則に反するような事情がある場合
→例外的に違法性が否定されることもあり得る
※東京地裁昭和45年6月12日
※原田保孝稿『違法な保全処分による損害賠償責任』/『判例タイムズ710号』1989年12月p29

3 違法な保全執行による責任の法的性質(過失責任)

保全の申立や執行に違法性があった場合に生じる債権者の責任の法的性質については,以前は無過失責任とする見解もありました。これについては判例で過失責任である,つまり,(故意または)過失があって初めて賠償責任が生じるということに見解が統一されました。

<違法な保全執行による責任の法的性質(過失責任)>

あ 不法行為責任

違法な保全執行による債権者の責任の法的性質について
不法行為に基づく損害賠償請求権である

い 過失責任

過失責任である
無過失責任説は採用されなかった
※最高裁昭和43年12月24日

4 違法な保全の申立の過失の判断

保全が違法であった場合にも,債権者に過失がある場合にだけ責任が生じます(前記)。
ここで,保全が違法と判断された時点で,債権者には過失があると推定されます。推定にすぎないので,事情によっては過失を否定できます(推定を覆す)。

<違法な保全の申立の過失の判断>

あ 前提条件

ア 保全命令が保全異議手続によって取り消され,確定した
イ 本案訴訟において原告敗訴の判決が言い渡され,確定した

い 過失の推定

『あ』のいずれかに該当する場合
他に特段の事情(う)がない限り,債権者において過失があったものと推定する
→保全の申立人において過失があったと推定する

う 特段の事情(相当な事由)による過失の否定

債権者に相当な事由があった(債権者が立証した)場合には
過失が否定される
※最高裁昭和43年12月24日
※大阪地裁平成5年9月27日(同趣旨)

え 証明責任の転換

過失の一応の推定である
事実上の証明責任の転換である
※山本和彦ほか編『新基本法コンメンタール 民事保全法』日本評論社2014p54
※中野貞一郎著『過失の推認』弘文堂1978年p7,8
※原田保孝稿『違法な保全処分による損害賠償責任』/『判例タイムズ710号』1989年12月p30

5 『相当な事由』(過失の推定が覆る)の分類

保全の申立や執行が違法であり,過失が推定されても,相当な事由(理由)があれば推定が覆ります。つまり,保全の債権者の判断は責められないといえるような事情があれば過失なしとなり,賠償責任が生じないことになるのです。
相当な事由,つまり,過失なしと判断された理由となった事情を分類すると分かりやすくなります。

<『相当な事由』(過失の推定が覆る)の分類>

あ 事実関係の複雑性

被保全権利を基礎づける事実関係が複雑である

い 事実関係の把握の困難性

被保全権利を基礎づける事実関係の主要なものが債務者と第三者の領域にあり,債権者の判断が困難である
典型例=詐害行為・通謀虚偽表示・背信的悪意の外形があるケース
詳しくはこちら|詐害行為取消権のための保全(処分禁止の仮処分や仮差押)の基本

う 事実の評価の困難性

事実の法律的評価が困難である(後記※1)

え 法的解釈の困難性

法律的解釈が困難である

お 債務者の帰責性

債務者に責められるべき事情がある(後記※2)
※原田保孝稿『違法な保全処分による損害賠償責任』/『判例タイムズ710号』1989年12月p30〜32

6 判断の困難性による過失否定事例(事案内容)

相当の事由の類型のうち,事実の法律的評価が困難であるというものの具体例を紹介します。
まず,前提となる保全(仮差押)の内容を説明します。
監査役への損害賠償請求権を被保全権利とする仮差押がなされました。その後の本案訴訟で,被保全権利の存在は認められましたが,仮差押で前提とされた賠償の範囲よりも小さい範囲(金額)しか認められませんでした。つまり,仮差押のうち過剰部分違法だということです。

<判断の困難性による過失否定事例(事案内容)>

あ 仮差押の概要

次の内容で仮差押が執行された
債権者=破産管財人
債務者=破産者(法人)の監査役
被保全債権=損害賠償請求権として2000万円
対象財産=監査役の自宅不動産

い 本案=破産手続における査定決定の判断

ア 争点
監査役の『重過失』の有無・範囲
イ 裁判所の判断|決定内容
役員報酬2年分(684万円)の限度で賠償責任を認定した

う 結果的な仮差押の不当性

仮差押のうち『684万円を超過する部分』は不当なものであった
※大阪地裁平成25年12月26日

7 判断の困難性による違法仮差押の過失否定(結論)

前記の違法な仮差押について,保全の債権者の賠償責任が問題となりました。
確かに,債権者が想定していた監査役の責任の範囲は結果的には間違っていたことになります。その間違いの内容は,監査役の重過失の判断です。法的評価で大きく判断が変わるという特徴があります。このことが決め手となり,裁判所は,過失なし(相当の事由によって過失の推定が覆る)と判断しました。

<判断の困難性による違法仮差押の過失否定(結論・※1)>

あ 債権の有無の判断に誤りなし

『監査役に善管注意義務違反があった』こと自体は事実であった
結果的な『誤り』は被担保債権の『金額』だけであった
被担保債権の『有無』には『誤り』はなかった

い 重過失の評価の困難性

重過失の判断は法的評価を含むものである
その判断を一義的に行うことは困難である

う 過失の判断(否定)

仮差押申立の際『請求権が2000万円存在する』と考えたこと
→『相当の理由(特段の事情)』に該当する
→仮差押申立に違法性はない
※大阪地裁平成25年12月26日
※『弁護士賠償責任保険の解説と事例 第5集』全国弁護士協同組合連合会『5−(3)』参照

8 債務者の落度による保全の過失の否定

違法な保全についての債権者の過失の推定が覆る相当の事由の類型の1つに,債務者の帰責性があります(前記)。その理論と実例を説明します。
もともと,過失とは非難可能性,要するに責めるような事情かという評価です。
損害賠償に関しては,被害者に過失(落度)があれば,相対的に,加害者を責める程度が下がります。程度によって,加害者の責任が否定される(過失なし)か,責任が軽減される(過失相殺)ということです。
実際に個別的な事情によって,保全の債権者の責任を否定した実例も,責任を軽減した実例もあります。

<債務者の落度による保全の過失の否定(※2)>

あ 保全の要件の否定(前提事情)

違法な保全執行がなされた
=後から,被保全権利or保全の必要性が否定された

い 債務者側の事情による責任の否定or軽減

債務者(保全の相手方)に責められるべき事情(落度)がある場合
→債権者の責任が否定(う)or軽減(え)される
※原田保孝稿『違法な保全処分による損害賠償責任』/『判例タイムズ710号』1989年12月p32

う 債権者の責任が否定された実例

相当な事由があると認められた
過失(債権者の責任)が否定された
※東京地裁昭和62年12月22日

え 過失相殺が認めれた実例

違法な保全による債権者の責任(過失)が認められた
その上で過失相殺がなされた
※東京高裁昭和47年10月20日
※東京地裁昭和51年10月25日

9 違法な保全による賠償責任の範囲(賠償額・概要)

以上の説明は,保全の申立や執行の違法性と過失に関するものでした。
違法性と過失の両方が認められると,保全の債権者は賠償責任を負います。その場合には,賠償すべき損害の範囲,つまり賠償額(の算定)が問題となります。
これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|違法な保全による賠償の範囲(賠償額算定における通常損害と特別損害)

10 保全の債権者の賠償責任リスクと保全発令時の担保(概要)

以上のように,民事保全一般について,債権者が賠償責任を負う可能性があるのです。
そこで保全の発令の際,裁判所は通常,債権者に担保を立てることを条件としています。
詳しくはこちら|民事保全の担保の基本(担保の機能・担保決定の選択肢・実務の傾向・不服申立)

11 実務における債務者による損害賠償請求の傾向

以上の説明は,違法・不当な保全手続により債権者が損害賠償責任を負うというものでした。
この点,実際に保全の債務者が損害賠償を請求すること自体の件数はとても少ないです。損害の立証など,主張や請求のハードルが高いことが理由といえます。

<実務における債務者による損害賠償請求の傾向>

あ 賠償請求のハードル

不当な保全に対する損害賠償の請求には一定のハードルがある
例=損害額の立証が難しい

い 賠償請求の実情

実際に債務者が賠償を請求する例は極めて少ない
債務者が還付請求権を実行することは少ない
※司法研修所編『民事弁護教材 改訂 民事保全 補正版』日本弁護士連合会2014年p25
※西山俊彦著『新版 保全処分概論』一粒社1985年p114

本記事では,違法な保全の申立や執行による債権者の賠償責任の判断の枠組み(違法性・過失)について説明しました。
実際には,個別的な事情や主張・立証のやり方次第で判断(算定)は違ってきます。
実際に違法な保全についての賠償の問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。