1 建物賃貸借における期限付合意解除(合意解除+明渡猶予)の有効性
2 期限付合意解除を活用する状況の具体例
3 期限付合意解除の有効性判断基準
4 期限付合意解除の有効性を判断した裁判例
5 契約開始時の期限付合意解除(無効)
6 合意解除+明渡猶予の方法における対価の設定
7 訴え提起前の和解による借地借家法の潜脱(参考)
8 賃借人の建物取得を含む合意解除の合意を無効とした裁判例
9 無効リスク・トラブル予防策のポイント
10 合意解除+定期借家(定期借家への切り替え)
11 合意解除+使用貸借(使用貸借への切り替え・参考)
12 借地契約における期限付合意解除(参考)

1 建物賃貸借における期限付合意解除(合意解除+明渡猶予)の有効性

建物の賃貸借(借家)では,定められた期間が満了しても,原則として法定更新となるので,賃借人が退去を希望しない限り,契約は長期間続きます。
詳しくはこちら|建物賃貸借契約において賃貸人が更新を阻止する方法
実際には,賃貸人と賃借人が話し合って,賃借人が退去(契約終了)に応じることもあります(合意解除)。中には,賃借人が「あと1年は住みたいので,1年後でよければ退去する」と提案することもあります。
このように「1年後に退去する」と合意(約束)した場合であっても,これが無効となることもあります。
本記事では,このような合意(期限付合意解除)の有効性について説明します。

2 期限付合意解除を活用する状況の具体例

最初に,実際に期限付合意解除を活用する状況を挙げておきます。前述のように,1年後に退去する(してもらう)という状況です。
合意としては,1年後に契約が終了する,というパターンと,即時に契約は終了し,ただし1年間は明渡請求をしない(猶予する)というパターンの2つがありえます。法的な扱い(有効性判断)は実質的に違いません。以下の説明では期限付合意解除を前提として説明します。

<期限付合意解除を活用する状況の具体例>

あ 典型的な状況

現在,マンションのオーナー(賃貸人)は,マンションを賃貸している
賃貸人は,数年居住している賃借人に退去して欲しいと伝え,話し合いをした
最終的に,1年後に退去する(契約を終了させる)という結論に至った

い 合意の方式

ア 期限付合意解除とする方式 1年後に解除する(賃貸借契約を終了させる)
イ 合意解除+明渡猶予の方式 現時点で解除する(賃貸借契約を終了させる)
ただし,1年後まで明渡を猶予する(賃貸人は明渡請求をしない)

3 期限付合意解除の有効性判断基準

もともと,借地借家法(旧借家法)では,賃借人が強く保護されていて,期間満了の時に原則として更新する(法定更新)というルールがあります。期限付合意解除では,定めた期限で解除となります。つまり,(法定)更新がないということになります。借家人の保護の代表的ルールが適用されないのです。
このことだけを考えると,借家人に不利だといえるので,期限付合意解除は無効ということになります(借家法6条,借地借家法30条)。無効であれば,従前の契約がそのまま生きているので,定められていた期限が満了した時点で法定更新となる,ということになります。
一方,前述の具体例のように,1年後退去するということを賃借人の納得しているのだからあえて無効とする(1年以上居住できるようにする)必要はないとも思えます。
これについて,昭和31年に最高裁判例が有効性を判定する基準を示しました。基準とはいっても,不当とする事情がない場合には有効になる,という,抽象的なものです。
この基準の具体化をした裁判例もあります。明渡猶予期間の実質があり,一時使用目的の賃貸借といえる場合に有効になる,という基準です。これだけで確実に判定できるほどに具体化してはいないです。あえて簡単にいえば,特定の時期に退去することをハッキリと決めたということが重要な判断材料になるということになるでしょう。
また,退去の時期が1〜2年先であればありふれていますが,たとえば5年や10年先というように極端に長い場合には,これだけで明渡猶予の実質ではないということになってもおかしくありません。

期限付合意解除の有効性判断基準

あ 基本的な基準(昭和31年最判)

しかし原審は適法な証拠調を行つた後,まず本件のように従来存続している家屋賃貸借について一定の期限を設定し,その到来により賃貸借契約を解約するという期限附合意解約をすることは,他にこれを不当とする事情の認められない限り許されないものでなく,従つて右期限を設定したからといつて直ちに借家法にいう借家人に不利益な条件を設定したものということはできないと判示し,この見解は相当であつて借家法に違反するところはない。
※最判昭和31年10月9日

い 基準の具体化(昭和38年長野地判)

期限付合意解約は,合意成立後明渡期限までの間の賃貸借が明渡猶予期間の実質を有し,借家法八条の一時使用のための賃貸借と認められる場合に限って,同法六条に該当しないものと解さなければならない
※長野地判昭和38年5月8日

う 昭和31年最判と昭和38年長野地判の関係

・・・結局のところ,この判決(昭和38年長野地判)は,前掲昭和三一年最高裁判決が示した「期限付合意解約を不当とする事情」という抽象的な判断基準に対し,より具体的な「明渡猶予期間の実質」とか「一時使用のための賃貸借」といった判断基準を提供しようとしたものにすぎず,その実質的な解釈,判断において,右最高裁判決と何ら異なるものではないといってよいであろう。
※石黒清子稿『判例タイムズ913号 臨時増刊 主要民事判例解説』p80〜

4 期限付合意解除の有効性を判断した裁判例

建物賃貸借の期限付合意解除は,前述のように,個々の事案の細かい事情によって有効性が判定されます。当然,事案によって有効と判定されることもあれば,無効と判定されることもあります。ここでは,多くの裁判例を判定結果ごとに分類して整理しておきます。

期限付合意解除の有効性を判断した裁判例

あ 有効とした裁判例

ア 単純な有効という判断 当該事案の期限付合意解除は有効である
※東京地裁平成5年7月28日
※東京地判昭和58年8月29日
※東京地判昭和55年8月28日
※東京高判昭和42年9月29日
※東京地判昭和41年11月11日
※福岡高判昭和39年12月22日
イ 一時使用目的賃貸借という認定 当該事案の期限付合意解除は,一時使用目的の賃貸借として有効である
※東京高裁昭和55年10月29日
※長野地裁昭和38年5月8日

い 無効とした裁判例

ア 単純な無効という判断 当該事案の期限付合意解除は無効である
※東京高裁昭和49年6月27日
※大阪地判昭和42年6月24日
※東京高裁昭和63年6月23日
※東京高裁昭和49年6月27日
※京都地裁昭和40年4月22日
イ 一時使用目的の否定 当該事案の期限付合意解除は,一時使用目的には該当しないため無効である
※東京高判昭和55年10月29日
※東京高判昭和40年7月8日

5 契約開始時の期限付合意解除(無効)

以上のように,期限付合意解除は適正に使えば有効となるので,活用する場面も多いです。これに関してひとつ注意点があります。
期限付合意解除が使える(有効となる)のは,あくまでも,賃貸借契約の期間中で使うのが前提です。契約開始時点で使ってしまうと,それは定期借家と同じことになり,もはや一般的な借家契約とはいえません。それは借地借家法の予定していないことであり,賃借人に不利なものとして無効となります。
この落とし穴は,純粋な新規契約だけではありません。従前の建物賃貸借契約が終了した時点で,次の新規契約(要するに再契約)と期限付合意解除をセットにした場合も同様です。ほぼ確実に無効となってしまいます。

契約開始時の期限付合意解除(無効)

あ 新規契約における期限付合意解除

はじめて一定期間の賃貸借を約すると同時に,期間満了時における合意解除を約定する場合
一時使用のための賃貸借であることが明らかで借家法の適用がない場合のほかは,右特約は借家法2条に違反し,これを定めるにつき相当な事由があると否とにかかわらず,それ自体賃借人に不利なものとして借家法6条によりこれを定めなかったものとみなされる

い 再契約における期限付合意解除

従前の建物賃貸借契約が終了した際に,新たに賃貸借契約を締結してその期間を定めるとともに,特約として右期間の経過によって当然に新契約は合意解除となるものとし,賃借人は建物を賃貸人に明け渡す旨の約定をした場合も,同様である(借家法6条により期限付合意解除は無効となる)
※東京高判昭和49年6月27日

6 合意解除+明渡猶予の方法における対価の設定

以上の説明は期限付合意解除についてのものでしたが,もうひとつのパターンである(即時)合意解除と明渡猶予のパターンの場合だけの注意点があります。それは明渡猶予期間中対価(金銭)支払の名目です。
すでに賃貸借契約は終了しているので賃料と呼んでいはいけません。占有権原はないので損害金ということになります。書面に定める時に「賃料(家賃)」と書いてしまうと,これだけで,賃貸借は終了していない(合意解除は無効だ)ということにはなりませんが,賃貸人に不利に働くことがあり得ます。

合意解除+明渡猶予の方法における対価の設定

あ 対価の設定

合意解除+明渡猶予の合意をする場合
通常は,明渡(退去)までの期間の対価の支払の内容を定めておく

い 対価の法的性質

解除の時点よりも後は,賃貸借契約が終了しているので,賃料ではない
占有権原がないのに占有しているため,損害金ということになる
実務では賃料相当損害金と呼んでいる
一般的に,従前の賃料と同じ金額を(賃料相当)損害金とすることが多い

7 訴え提起前の和解による借地借家法の潜脱(参考)

一般論として,借地借家法に反して無効となるかどうかの判断で,その合意が裁判所で成立した和解である場合は有効になる方向に働きます。これは,裁判所の和解では,無効であるものは成立させない運用がなされていることの裏返しです。特に,訴え提起前の和解は,1回の期日で和解が成立するという特徴があるので,借地借家法の適用を回避するために使う,という発想があります。そこで,明渡猶予の実態のない期限付合意解除のような和解の申立をした場合は却下されることもあります。

訴え提起前の和解による借地借家法の潜脱(参考)

あ 借地借家法の潜脱の例と申立却下

借地借家法の強行規定の適用を免れるために,一時使用のための賃貸借をしたことが明らかでないのに,一時使用の賃貸借であるとして和解申立てをする例,
実質的には賃貸借契約の継続であるのに,借地借家法の規定を潜脱する目的で,形式的に賃貸借契約が解除により終了し,明渡しを猶予するものであるとして和解申立てをする
などは,強行法規違反又は脱法行為として和解の申立ては却下される。
ただし,和解の対象としては適法であり,和解条項の修正で足りる場合には,修正した和解条項によって和解の成立が認められる。
※簡裁民事実務研究会編『改訂 簡易裁判所の民事実務』テイハン2005年p459

い 訴え提起前の和解(参考)

訴え提起前の和解の基本的事項は別の記事で説明している
詳しくはこちら|訴え提起前の和解の基本(債務名義機能・互譲不要・出席者)

8 賃借人の建物取得を含む合意解除の合意を無効とした裁判例

実際の事案では,賃貸人・賃借人の両方にいろいろな考え,希望があり,個別的なアレンジ・工夫を盛り込んだ合意をする,ということが多いです。
ここで,期限付合意解除をベースとしつつ,アレンジを加えた合意が問題となった裁判例を紹介します。
この事案では,賃借人が(賃貸借の対象である)建物を購入するというオプション(選択肢)を設定し,その一方で,購入できなかった場合には賃貸人が立退料を支払って賃貸借契約を解除する(賃借人は退去する)という設定にしたのです。要するに,賃借人が建物を買い取れない場合には退去する,という約束です。
最終的に裁判所は,この合意を無効と判断しました。ポイントは,建物の買取金額が定められていなかったため,賃貸人が高い代金を提示すれば容易に買取不能に持ち込めたという構造と,買取不能となった場合に賃借人が受け取る立退料の金額が低く決められていたことです。
個別的な事情が多い事案ですが,参考として紹介しました。

賃借人の建物取得を含む合意解除の合意を無効とした裁判例

あ 合意内容

3年後に賃貸人(建物所有者)が賃借人に建物を譲渡(売却)する
代金額は譲渡する際に相談して定める
3年後に賃借人が建物の買い取りをできない場合
賃借人は,立退料を受け取るのと引き換えに退去する

い その後の事情

賃借人は建物を買い取ることができなかった
賃貸人は明渡(退去)を請求した

う 裁判所の判断

ア 契約の性質 賃貸借契約の条件付き合意解除である
停止条件=賃借人が対象建物を買い取らないこと
イ 契約の有効性 特別の事情がない限り賃借人に不利である
→合意は無効となる
ウ 結論 買い取り金額が定められていない
予定された立退料は低額であった
特別の事情はない
→合意は無効である
※京都地裁昭和46年1月28日

9 無効リスク・トラブル予防策のポイント

期限付合意解除は活用できる場面も多いですが,有効性について対立が生じるなど,トラブル発生の原因になることもあります。
そこで,期限付合意解除を活用する場合は,特定の時期に契約が終了するということをハッキリと条項として記載した書面に調印することが望ましいです。また,書面化してあっても,しっかり理解していなかったということを避けるためにも,全文を読み合わせて,少しでも疑問があったら解消しておく,という地道な対策もしておいた方がよいです。

無効リスク・トラブル予防策のポイント

あ トラブル回避策の基本

賃貸人・賃借人で誤解がないようにしっかりと確認する
書面(合意書)の調印を行う
書面の内容の読み合わせを行う

い 書面上に定める事項

ア 契約終了(解除)時点 即時,または,特定の時期に賃貸借契約が終了する(合意解除)
過去に債務不履行解除がなされており,そのことを確認する方法もある
イ 明渡猶予期間 退去までの期間を長くしない
1〜2年程度を超えると無効となるリスクが高まってくる

10 合意解除+定期借家(定期借家への切り替え)

以上のように,期限付合意解除の方法を有効に行うにはいろいろと配慮する必要があります。この点,平成12年に作られた定期借家を使って,同じ結果を実現する方法もあります。従前の普通借家を合意解除(や期間満了による終了)として,その上で,新たに定期借家契約を締結するということです。定期借家の場合の細かいルールが適用されることになりますが,これをクリアすれば法定更新は適用されないので,定めた期限に契約は終了することになります。ただし,古い契約で,居住用建物である場合にはこの定期借家への切り替えができないこともあるので注意が必要です。
詳しくはこちら|平成12年3月1日以前の居住用建物の普通借家は定期借家への切替ができない

11 合意解除+使用貸借(使用貸借への切り替え・参考)

ところで,特定の時期に退去することとして,それまでの間は無償で建物に住んで良い,という結論に至ることもあります。この場合は,無償で済む期間を,単なる明渡猶予とする方法もありますし,使用貸借とする方法もあります。賃貸借から使用貸借に切り替えたことになります。この方式の場合は,使用対価(賃料)は発生しない代わりに,無効となるリスクはとても小さくなります。

12 借地契約における期限付合意解除(参考)

以上の説明は,建物賃貸借(借家)を前提としています。この点,土地賃貸借(借地)でも理論的には同じ構造です。ただし,借地の場合は,契約終了(解除)の時に建物をどうするのか,という問題が出てきます。経済的な利害の規模が(借家と比べて)とても大きいので,たとえば建物を賃貸人(地主)が買い取るというような建物への手当がないと無効となる方向に働きます。

本記事では,建物賃貸借における期限付合意解除や,合意解除と明渡猶予の合意の有効性について説明しました。
実際には,個別的な事情によって,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に建物賃貸借の解除や明渡に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。