【共有者による共有物全体の売却(処分)と横領罪】

1 共有者による共有物全体の売却(処分)と横領罪

他人所有の物を預かった者が、その物を処分(領得)すると横領罪が成立します。では、AB共有のケースで、共有者A(だけ)が(Aの共有持分ではなく)共有物全体を売却した場合はどうでしょうか。理論的にはA自身の所有ともいえますし、Bの所有でもあるので問題となります。本記事では、このような、共有物に関する横領罪について説明します。

2 横領罪の条文(刑法252条1項)

最初に、解釈の大前提となる条文を押さえておきます。自己の占有他人の物という2箇所が重要になってきます。他人の物とは、他人が所有する物という意味です。

横領罪の条文(刑法252条1項)

自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の懲役に処する。
※刑法252条1項

横領罪の基本的な解釈については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|横領罪の基本(条文と占有・他人性の解釈・判断基準)

3 共有者の1人による横領(基本)

AB共有の動産をAが持っている(保管している)状況を想定します。共有ということはAもBも所有権を持っていることになります。
前述のように、Aの所有物でもあるので他人の物ではないと思えます。ただ、売却した結果、Bの所有権の部分が(現実的に)侵害されました。
なお、Bは売却していないので、Bの持分は買主に移転しません。即時取得が成立すればBの関与なくB持分も移転します。ただ、刑法の判断ではここまで厳密に「侵害」を考えず、売却したことで現実に、そう簡単に戻ってこない状態になったという意味で「侵害」されたと考えます。
Bの所有権が「侵害」されている構造は、通常の横領と同じです。そこで判例は、横領罪を認めます。
たとえばBの持分割合を50%である場合、横領罪が成立して、被害額は財産価値の50%相当額にとどまる、という結果になります。

共有者の1人による横領(基本)

共有物の共有者はそれぞれの持分の限度で共同して権利を有しており、その一人が共有物全体を横領した場合には他人の権利を侵害するという点において他人の所有物を横領したものと変わりはない
「他人の物」には共有物も含まれる
※大判明治44年4月17日(金銭・動産について)
※大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法 第13巻 第3版』青林書院2018年p568
※前田雅英著『刑法各論講義 第6版』東京大学出版会2015年p264

以下、実際に共有物についての横領罪が認められた判例を紹介します。

4 漁業組合の真珠貝の横領

漁業組合の真珠貝の横領のケースです。所有権は、組合員全員にあります。つまり組合員全員が共有者です。組合員の1人(共有者の1人)が領得したことで横領罪が成立します。

漁業組合の真珠貝の横領

漁業組合の共有に属する養殖の真珠貝を組合員の一人が不正に領得して自己の単独占有に移した
横領罪が成立する
※大判昭和元年12月25日

5 未登記の不動産の横領

未登記の不動産についても、前述の動産のケースと同じ考え方があてはまります。たとえば共有者ABCのケースで、共有者ABが(ABだけが共有者であるという前提で)不動産全体を売却した場合は、Cを除外しているという意味で他人の物といえます。そこで横領罪が成立します。

未登記の不動産の横領

・・・数名の共有に属する未登記建物について、そのうちの一部の者が他の者の合意の下に、その全部を現実に使用支配している場合に、右の一部の者が他の持分権利者を無視排除して、自己等のみで設立した有限会社に、自己等のみの共有建物としてこれを現物出資し、同会社のため会社名義を以って所有権の保存登記を為し、もって不正領得の意思を表現する行為に出た以上、該登記の効力の如何に拘らず、横領罪を構成すること勿論であって、原判決が本件被告人等の所為を横領罪に処断したことは固より正当である。
※最判昭和30年4月5日

6 登記済不動産(組合財産)の無断売却による横領

実際には、不動産は所有者が登記されていることがほとんどです。登記されている不動産については、横領罪(刑法252条)における「占有」は、現実の占有ではなく登記名義(登記上の所有者)にある、という扱いになります。
詳しくはこちら|横領罪の基本(条文と占有・他人性の解釈・判断基準)
そこでたとえば、実際にはABC共有であるけれど登記上の所有者はAだけ、となっているケースでは、BC持分に着目すると、Aに預けられたのと同じことになります。Aが共有不動産全体を売却すると横領罪にあたります。
このように、実際には所有者(共有者)が複数人いるけれど登記上の所有者は1人、という状況は起きる典型例は民法上の組合(組合財産)です。組合財産である工場について、登記名義を持っていた代表者が無断で売却したケースについて、横領罪の成立を認めた判例があります。

登記済不動産(組合財産)の無断売却による横領

あ 事案

個人商店の経営者が株式会社を設立するために出資された資金等によって工場を建設し、創立総会が開かれ出資者らも定款に発起人として署名捺印して公証人の認証を受けるなどした上で株式会社の商号を用いて事業が行われていた
株式会社の設立に至らない時点で、当該工場(建物)について、代表者(事業を委ねられている者)が自己(個人)名義で保存登記をした上で、自己の私的債務の弁済のため第三者に売却した

い 権利の帰属

ア 裁判所の判断 民法上の組合関係である
組合財産は組合員の共有(合有)となる
※民法668条
詳しくはこちら|民法上の組合の財産の扱い(所有形態・管理・意思決定・共有の規定との優劣)
イ 匿名組合の財産の帰属(参考) 商法上の匿名組合であれば、匿名組合員の出資は営業者の財産に属する
※商法536条1項

う 横領罪の成否

共有財産であるその工場の売却は横領に当たる
※最決昭和32年12月19日

7 登記済の共有不動産の共有者の1人による売却(参考)

前述の組合財産や、法人格なき社団の財産では、実際には共有(合有)であるけれど、代表者の単独所有の登記になっていることがよくあります。
しかし、そのような特殊な状況でなければ、共有であるけれど登記上は(その1人による)単独所有となっている、という状況はあまりありません。
たとえばABが土地を共有しているケースでは通常、AB共有の登記がなされています。
このケースで、AがBに無断で売却しようとしたら、偽造書類を使って買主への持分移転登記をすることになります。この場合、Aは「Bの登記」に関しては(法律上の)占有をしていません。そこで横領罪には当たらないことになるでしょう。
なお、不正手段による登記申請という行為について公正証書原本不実記載等罪が成立します。また、売却代金をAが使った行為が(金銭の)横領罪にあたることはあります(後述)。

8 刑法における現金の占有・所有の特殊性(概要)

次に、共有の現金(金銭)の横領について説明します。この点、共有とは関係なく、現金の横領ということ自体について解釈の問題があります。
というのは、一般的には、現金については占有と所有が一致するのです。これを前提とすると自己の占有する他人の物(占有者は自己・所有者は他人)ということが生じないのです。しかし、刑法(特に横領罪)では、独自の解釈が採用されています。現金を預けた場合に、預けた者(占有していない者)所有すると考えるのです。
その結果、預けた関係がある場合には現金について横領罪が成立することがあるのです。なお、講学上は委託信任関係に基づく占有という言い方をします。

刑法における現金の占有・所有の特殊性(概要)

あ 原則(民事)

一般的に(民事では)現金の占有と所有は一致する
→「自己の占有する他人の物」にはあたらない

い 刑事独自の解釈

現金を預けた場合、預け主所有預かった者(管理する者)占有として扱う
詳しくはこちら|現金(金銭)についての横領罪(占有・所有の解釈・一時流用)

9 共有不動産の売却代金の横領

共有者の1人が共有不動産を売却したケースについてのふたつの判例があります。いずれも無断で売却したわけではなく、共有者全員が同意(関与)しており、売却やその登記は不正なものではありませんでした。
売却代金を共有者の1人Aが保管していて、これを無断で使ってしまった(領得した)のです。この行為が横領罪として認められました。金銭のうち一部はA以外の共有者から預かっている状態なので、他人の物となるのです。

共有不動産の売却代金の横領

あ 昭和43年判例

共有者の依頼により売却した共有不動産の売却代金は、特約又は特殊の事情がない限り不動産の共有者との共有になる
その領得行為は横領となる
※最決昭和43年5月23日

い 昭和6年判例

自己他数十名が共有する土地の売却代金を、共有者Aが共有財産管理委員として保管していた
Aが当該金銭を自己の用途に費消した
横領罪が成立する
※大判昭和6年12月10日

10 共同で拠出した金銭の横領

いろいろな場面で、複数人が金銭を出し合って、共同してなにかを行う(金銭を使う)ということがあります。要するに共同事業です。
株式会社など、法人にした場合は、法人に帰属する(法人が所有者となる)ことになりますが、それ以外の場合は、複数人の共有となることが多いです。
匿名組合の出資金、無尽講の出資金(講金)が、出資者(構成員)の共有として認められた判例があります。
また、株式会社設立のための払込金は、会社の設立(成立)後は、会社の所有となりますが、設立前は発起人の共有となります。
いずれの共有となった金銭についても、共有者の1人が使ってしまうと横領罪が成立します。

共同で拠出した金銭の横領

あ 匿名組合の出資金

他の者との共同営業のため匿名組合員から出資を受けて交付された金銭共同営業者との共有となる
これを自己の用途に費消することは横領罪となる
※大判大正13年2月13日

い 株式会社設立における払込金

株式会社設立のために株式引受人が払い込んだ証拠金及び払込金発起人団体の共有となる
発起人の一部が自己のためにこれを処分することは横領罪となる
※大判大正12年8月1日

う 無尽講の出資金

頼母子講(無尽講)の講金につき会主(頭取)が講員の委任を受けて業務を処理するにすぎない場合
講金は講員らの共有に属する
これを着服することは横領罪となる
※大判大正2年10月11日
※大判大正3年6月19日

11 共同経営における債券を換金した金銭の横領

前述のように、複数人が出資した金銭は、刑法上は出資者の共有となります。その金銭で購入した債券(国債)も出資者の共有のままです。さらに、その債券を換金して金銭にした場合でも、引き続き出資者の共有が維持されます。
そこで、その金銭を共有者の1人が無断で使ってしまうと横領罪が成立します。

共同経営における債券を換金した金銭の横領

あ 事案

地方新聞紙の発行人が、他の共同経営者らとの共有に属する国庫債券を、その新聞紙に関する保証金に充てて所轄地方官庁に納付した
発行人が、還付を受けてこれを費消した

い 権利の帰属

保証金の納付義務を負うと共に納付した国庫債券の還付請求権を有するのが発行人であるにしても、当該国庫債券の帰属に関しては、発行人の単独所有になるのではなく共同経営者らとの共有に属したままである

う 横領罪の成否

横領罪が成立する
※大判大正13年2月4日

本記事では、共有物に関する横領罪について説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に、共有物(共有不動産)や共同事業のための財産に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【「共有持分権」「準共有持分権」という用語の意味や適否】
【民法709条の「権利」「利益」侵害の要件(判例の変遷と条文化)】

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