【民法709条の「権利」「利益」侵害の要件(判例の変遷と条文化)】

1 民法709条の「権利」「利益」侵害の要件(判例の変遷と条文化)

民法709条は不法行為による損害賠償責任を定めています。非常に多くの場面で使われるものです。
不法行為責任が発生する要件の1つとして「権利」や一定の「利益」が侵害された、というものがあります。このような「権利」や「利益」については、時代とともに解釈(判例)が変化し、また、条文も変化しています(改正されています)。本記事では、民法709条の「権利」や「利益」(の侵害)について説明します。

2 平成16年改正前の民法709条の条文

時代の流れに沿って説明します。最初に、平成16年改正前の民法709条の条文を押さえておきます。権利を侵害したことが要件として記述されています。利益という用語はありませんでした。

<平成16年改正前の民法709条の条文>

〔不法行為の要件〕
第七〇九条
故意又ハ過失因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ生ジタル損害賠償スル責ニ任ズ

3 「権利」の文言の趣旨

平成16年改正前の条文には「権利」だけが記述され、「利益」という用語がない理由について、条文の原案を作った者の説明があります。それは、侵害したものが権利未満である場合には損害賠償責任を発生させない、という説明です。不法行為による損害賠償責任が発生する範囲を限定する趣旨で、意図的に「権利」だけが記述されていたということです。

「権利」の文言の趣旨

起草者によれば、この要件は、「故意又過失ニ因ッテ他人ニ直接間接ニ損害ヲ掛ケル」場合にも、「其権利ヲ侵スト云フ程度ニ至リマセヌ時ニ於テハ〔損害賠償〕債権ヲ生ゼシメナイ」ためのものであった(法典調査会民法議事〔近代立法資料5〕299頁上段〔穂積陳重。以下も同じ])。
※橋本佳幸稿/窪田充見編『新注釈民法(15)債権(8)』有斐閣2017年p285

4 厳格に「権利」侵害を必要とした判例

民法709条が作られた後に、この条文の「権利」(侵害)についての解釈を示す判例が出ました。当初の判例は、条文が作られた時の趣旨(意図)のとおりに、権利未満のもの(利益にすぎないもの)が侵害されたにとどまる場合には不法行為にならない(損害賠償責任は発生しない)という解釈をとっていました。
2つの判例の具体的内容は、いずれも著作物の複製という行為について、著作権を侵害していないことを理由に、不法行為を否定しました。この点、現在では、著作物の複製は、(著作権の中の)複製権という権利になっています(利益から権利に格上げされています)。そこで、現在であれば権利の侵害にあたります。

厳格に「権利」侵害を必要とした判例

あ 大判大正3年7月4日・雲右衛門事件

海賊版の製造・販売について
「正義ノ観念ニスルハ論ヲタサル所ナリト雖モ」(被告の複製行為は原告の)「著作権ヲ侵害シタルモノニアラサル」から、原告の損害賠償請求は失当である。
※大判大正3年7月4日・雲右衛門事件

い 大判大正7年9月18日

複製者ノ行為ヲ目シテ・・・・・・創製者ノ人格権其他ノ権利ヲ侵害スル不法行為ナリト云フヲ得(ず)
※大判大正7年9月18日

う 補足説明

現在であれば、複製権(著作権法96条)の侵害となる
「あ・い」の判例は、複製権がなかった時期における判断である

5 「権利」の解釈を緩和した判例(大学湯事件など)

大正14年の大審院判例が、従前の解釈を大きく変えます。権利ではない利益にすぎないものでも、その侵害が不法行為になる(損害賠償責任が発生する)という解釈を採用したのです。「利益」とだけ言うととても広いので、法律上保護される利益というように一定の制限は加えられています。
その後、最高裁判例も同じ解釈を採用しています。

「権利」の解釈を緩和した判例(大学湯事件など)

あ 大学湯事件判決

第709条ハ、故意又八過失ニ因リテ法規違反行為ニ出テ以テ他人ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任スト云フカ如キ、広汎ナル意味ニ外ナラス。
其ノ侵害ノ対象ハ、或ハ夫ノ所有権地上権債権無体財産権名誉権等、所謂一ノ具体的権利ナルコトアルヘク、下同一程度ノ厳密ナル意味ニ於テハ末タ目スルニ権利ヲ以テスヘカラサルモ、而モ法律上保護セラルルーノ利益ナルコトアルヘク、否、詳ク云ハハ、吾人ノ法律観念上其ノ侵害ニ対シ不法行為ニ基ク救済ヲ与フルコトヲ必要トスト思惟スルーノ利益ナルコトアルヘシ
※大判大正14年11月18日・大学湯事件

い 最高裁判決

民法709条にいう『権利』は、厳密な意味で権利と云えなくても、法律上保護せられるべき利益があれば足りる
※最判昭和33年4月11日

6 平成16年改正による条文化

以上のように、民法709条の条文は権利の侵害としか記述されていないけれど、判例の解釈では、権利未満の利益も(一定範囲)で含む(不法行為が成立する)という状況が続いていました。
平成16年に、民法が全面的に口語に改正されました(カタカナからひらがなへの変更)。この改正の際に、民法709条に、「法律上保護される利益」が追記されました。従前の判例で確立されていた解釈を条文に反映させた、ということです。

平成16年改正による条文化

あ 平成16年改正(現行)の民法709条

(不法行為による損害賠償)
第七百九条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

い 改正の趣旨

2004年の現代語化改正に際して、709条の「権利」侵害要件に「法律上保護される利益」の文言が付加されるに至った。
この改正は、大学湯事件判決以来の確定判例の立場を条文に織り込む趣旨であった(吉田徹ニ筒井健夫・改正民法の解説〔2005]115頁)。
これにより、条文の文言上も、「権利」侵害要件は、権利・法益侵害要件に置き換えられた。
※橋本佳幸稿/窪田充見編『新注釈民法(15)債権(8)』有斐閣2017年p287

7 民法709条の「権利」と一般的な「権利」の違い

以上のように、民法709条では、「権利」には(一定範囲の)「利益」を含む(同じ扱いになる)ことになっています。
では、このことは、一般論としていえることでしょうか。そうではありません。
民法709条は、被害者に防御的保護を与えるという性質の仕組みです。
一般的な「権利」とは、実定法で、一定の利益を受ける立場を与えるというものです。積極的、政策的に利益を創設するという仕組み(法技術)なのです。
民法709条は消極的・防御的な保護という特殊性があるので、「権利」と拡げることが認められる、という構造があるのです。

民法709条の「権利」と一般的な「権利」の違い

あ 民法709条の特殊性

不法行為制度は、ある利益が侵害された場合に防御的保護を与えるにとどまり、権利の名の下に積極的な利益享受意思支配の力を付与する法技術とは性格を異にする(加藤(一)33頁参照)。
それゆえ、709条による保護は、「権利」に限らず、「法律上保護される利益」にも及ぼされてよいのである。
※橋本佳幸稿/窪田充見編『新注釈民法(15)債権(8)』有斐閣2017年p287

い 一般的な「権利」の意味(参考)

(不法行為とは別の)一般的な「権利」の意味については別の記事で説明している
詳しくはこちら|「権利」「◯◯権」の意味(実定法・立法・政策論・講学上による違い)

本記事では、民法709条の「権利」や「利益」侵害の要件について説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に、不法行為(損害賠償)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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