【全面的価格賠償と換価分割の優先順序(令和3年改正・従前の学説)】

1 全面的価格賠償と換価分割の優先順序

共有物分割の主な分割類型は3つあり、選択の優先順序(選択基準)には一定のルール(規範)があります。
詳しくはこちら|共有物分割の分割類型の選択基準(優先順序)の全体像
本記事では、分割類型の優先順序のうち、全面的価格賠償と換価分割の関係(優劣)について、説明します。

2 令和3年改正による優先順序の明文化(概要)

令和3年の民法改正で、(現物分割と)全面的価格賠償が優先、換価分割は劣後、ということが明確になりました。具体的には、全面的価格賠償が不能ということが換価分割の要件となったのです。
詳しくはこちら|共有物分割の分割類型の明確化・全面的価格賠償の条文化(令和3年改正民法258条2・3項)
これについて、令和3年改正前にはいろいろな解釈がありました。ただ、条文化された解釈が優勢(一般的)であったといえます。以下、改正前の解釈について紹介、説明します。

3 直井義典氏見解(令和3年改正以前)

令和3年改正より前は、全面的価格賠償と換価分割の優先順序についていろいろな見解がありました。結論として、換価分割よりも全面的価格賠償が優先されるという見解はほぼ統一的ではありました。ただ、学説(学者)によって細かい指摘(理由、検討事項)が異なっていました。令和3年改正後の実務でも主張の中で使えることもある理論です。主要な学説を以下、順に紹介します。
直井氏は、全面的価格賠償を認めた平成8年判例には明言がないことを指摘した上、換価分割よりも全面的価格賠償の方が優先である趣旨の見解を示しています。

直井義典氏見解(令和3年改正以前)

最判平成8年10月31日・1380号で最高裁のあげた要件をすべて満たす場合であっても裁判所が競売による分割を命ずることができるかは不明である。
最判平成8年10月31日・677号が全面的価格賠償の許される特段の事情の存否について判断しなかった原判決を破棄していることからすると、特段の事情ある場合に競売による分割を命ずることは許されないというべきであろうか。
※直井義典稿『いわゆる全面的価格賠償の方法による共有物分割の許否』/『法学協会雑誌115巻10号』1998年p1590

4 山田誠一氏見解(令和3年改正以前)

山田氏は、平成8年判例と、その後に全面的価格賠償を認めた2つの判例のいずれも、全面的価格賠償と換価分割の優劣を明言していないことを指摘した上で、換価分割よりも全面的価格賠償の方が優先である趣旨の見解を示しています。
ところで、時代とともに分割類型の自由化が進み、現在では細かいものを含めると分割類型には多くのバリエーション(亜種)があります。これを前提として、全面的価格賠償と現物分割を中心とするいろいろなバリエーションを含めた分割類型は、すべて換価分割よりも優先であるということも指摘しています。

山田誠一氏見解(令和3年改正以前)

あ 換価分割よりも全面的価格賠償が優先

(注・最判平成8年10月31日(3つ)、最判平成9年4月25日、最判平成10年2月27日について)
また、全面的価格賠償の方法による分割、または、全面的価格賠償の方法による分割を用いた一部分割と、競売による分割との関係について、本5判決は具体的には言及していない。
しかし、これらの方法による分割が認められる要件に該当し、また、これらの方法による分割が不可能でなく、しかも、経済的に著しく不利でないときは、これらの方法による分割をすべきであり、競売による分割をすることはできないという考え方に立っていると考えてよいように思われる(分割方法の選択順序)。
※山田誠一稿『民法256条・258条(共有物の分割)』/広中俊雄ほか編『民法典の百年Ⅱ』有斐閣1998年p531

い 亜種含めた分割方法の中で換価分割が最劣後

価格賠償による調整を伴う現物分割、全面的価格賠償の方法による分割、一括の現物分割、価格賠償による調整を伴う一括の現物分割、現物分割を用いた一部分割、および、全面的価格賠償の方法による分割を用いた一部分割・・・
また、右の方法による分割が許される場合には、競売による分割をすることはできないと解するべきであろう。
※山田誠一稿『民法256条・258条(共有物の分割)』/広中俊雄ほか編『民法典の百年Ⅱ』有斐閣1998年p536

5 河邉義典氏見解(令和3年改正以前)

河邉氏は、平成8年判例とその後の全面的価格賠償を認めた判例について、換価分割は全面的価格賠償よりも劣後(補充的)であると読めると指摘しています。

河邉義典氏見解(令和3年改正以前)

(最判平成8年10月31日(3つ)・最判平成9年4月25日・最判平成10年2月27日について)
これに対し、競売による分割は、5事件の判決上、全面的価格賠償との関係で明らかに補充的なものとされている。
共有者の中に全面的価格賠償を希望する者がいるときは、特段の事情の存否を審理判断することなく、競売による分割を命ずることは許されない
※河邉義典稿/法曹会編『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p889

6 奈良次郎氏見解・換価分割激減予測(令和3年改正前)

奈良氏も、平成8年判例を、換価分割よりも全面的価格賠償を優先していると読みとっています。結果的に、換価分割が選択されることはほとんどなくなる、という指摘(予想)もしています。
なお、実際には、建物や小規模な土地の共有物分割では、現物分割はできず、また、いずれの共有者も全体を取得できる程度の(借入に頼らないキャッシュとしての)資力を有しない、というケースも多いです。結果的に換価分割が選択される事例は心配するほどには減っていません。むしろ、別の要因で換価分割は(以前よりは)増えています。

奈良次郎氏見解・換価分割激減予測(令和3年改正前)

あ 奈良氏見解(予測)

この判例理論(注・最判平成8年10月31日(3つ))によると、判決のいう要件さえ満たしていれば、むしろ、恐らくは、全面的価額賠償方式が優先的に適用されるべきであり、金銭代価分割方式は全面的価格賠償方式が容認されない場合に限られることになるから、金銭代価分割(いわゆる競売方式)が行われる可能性は「非常に」というより、「極度に」減少することが予測される。
いや、単に非常な減少に止まらず、現実にはいわば半分死に体にもなる程に著しくないし極度に減少すると想像される。
とはいっても、絶無になるということではない。
理論的には、非常に例外的な場合に限って、金銭代価分割が命じられ得る可能性があるに過ぎなくなり、かつてと異なり、いわば、細々と、あえぐ状態での事件数の激減下での生存ということになろうか。
それでも、少しでも、利用される可能性があるのならば、やはり、理論的には、検討する必要はある。
※奈良次郎稿『全面的価格賠償方式・金銭代価分割方式の位置付けと審理手続への影響』/『判例タイムズ973号』1998年8月p19

い 実際の状況

しかし、筆者の印象では、現実には競売分割の件数は減少しておらず、むしろ、最判平成八年による潜在的な共有物分割事件の掘り起こしやとくに東京圏を中心とした地価の緩やかな上昇を背景にして、競売分割が命じられるケースは大きく増加したように思われる。
前述した約一八〇件では、最終的に競売分割が命じられたケースが一〇〇件を超えており、半数以上のケースで競売分割が命じられていることになる。
※秦公正稿『共有物分割の訴えに関する近時の裁判例の動向』/『法学新報123巻3・4号』中央大学法学会2016年8月p110

7 換価分割の補充性(概要)

ところで、換価分割は、すべての分割類型のうち最も劣後である(補充性)ことは統一的な解釈となっています。
詳しくはこちら|換価分割の補充性・分割請求権の保障との関係
そこで、以上で説明した、換価分割よりも全面的価格賠償(や現物分割)が優先である、という結論自体について、これが問題となることはほとんどありません。

本記事では、全面的価格賠償と価格賠償の優先順序(選択における優劣)を説明しました。
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【現物分割(部分的価格賠償)と換価分割の優先順序】
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