【新所有者が承継する金銭に関する事項(賃料・保証金・有益費償還義務)】

1 新所有者が承継する金銭に関する事項

対抗力のある賃借権の目的物が譲渡されると、新所有者(譲受人)賃貸人たる地位を承継します。いわゆるオーナーチェンジのことです。
詳しくはこちら|対抗力のある賃借権の目的物の所有権移転と賃貸人たる地位の承継(基本)
この時に、基本的に従前の賃貸借契約に関する事項はほぼすべて承継されます。しかし、個々の事項によって解釈の問題があるものもあります。
詳しくはこちら|賃貸人たる地位を承継した新所有者に承継される事項の全体像
本記事では、金銭に関する事項について、承継されるかどうかの問題を説明します。

2 賃料の金額・地代確定請求権→承継する

賃貸借契約において、賃料は要素(必須の事項)です。現実的(常識的)にもとても重要なものです。
当然、賃料に関する事項は広く新所有者が承継することになります。最も基礎的なものは賃料の金額です。

賃料の金額・地代確定請求権→承継する

あ 基本→承継する

譲受人は賃料の金額を承継する

い 地代確定請求権→承継する

ア 法定地上権 (対抗力のある法定地上権の対象の土地が譲渡され、譲受人が借地権設定者の地位を承継したケース)
法定地上権の地代が未定である場合、地代確定請求権(民法第388条ただし書の地代確定訴訟)は譲受人が承継する
※東京控判昭和9年10月5日
(法定地上権の地代確定訴訟について)
詳しくはこちら|法定地上権の地代確定訴訟(民法388条・形式的形成訴訟)
イ 罹災都市借地借家臨時処理法 罹災都市借地借家臨時処理法に基づいて発生した借地権や借家権についても、賃料額が確定すべき可能性を有する状態が承継される

3 賃料に関する特約→承継する

賃貸借契約の中では通常、賃料に関する特約が入っています。この特約も、新所有者が承継します。

賃料に関する特約→承継する

あ 賃料の支払時期、前払(に関する特約)

単位期間分を前払いする特約は譲受人に承継される

い 賃料の支払方法(に関する特約)

取立債務の約定は譲受人に承継される
※最判昭和39年6月26日

う 賃料の増減に関する特約

増額請求を一定期間行わない旨の特約などは譲受人に承継される
※大判大正5年6月12日

4 賃借権登記の場合→登記できるのにしていない事項は承継しない

実際の賃貸借のケースでは通常、賃借権登記をせず、借地上の建物の所有権登記や賃貸建物の引渡によって対抗力が生じています(代用対抗要件)。
この点、正式な登記(賃借権の登記)をする場合には、登記事項の中に賃料や支払時期が含まれますので、これらも登記できます。逆に、正式な賃借権の登記をしたのに、登記できる事項を登記していない場合には、その事項については対抗力がないことになります。つまり登記が欠けている事項についてだけは承継されないことになります。

賃借権登記の場合→登記できるのにしていない事項は承継しない

あ 賃料の金額

賃借権登記では、賃料は必要的記載事項である
※不動産登記法81条1号

い 支払時期

支払時期は相対的記載事項である(定めがある場合には登記する)
※不動産登記法81条2号

う 前払いの事実

賃料の前払いの特約、具体的に前払いがあったという事実
→『支払時期』に準じるものとして登記事項とされる
→登記がないと対抗できない
※大決大正3年2月10日
※大判昭和6年7月8日
※大判昭和7年4月28日

5 競売における賃料の公示(物件明細書)(参考)

なお、競売における買受(購入)も、一般的な譲渡と同様に、新所有者が賃貸人たる地位を承継することが生じます。
そこで、競売の際には物件明細書賃料が記載され(公示され)、入札を検討する方が分かるようになっています。

競売における賃料の公示(物件明細書)(参考)

競売において、賃料は物件明細書に記載され公示される
※民事執行法57条、62条、64条4項、188条

6 賃料債権の承継

(1)既発生の賃料債権→原則として承継しない

賃貸人に対する賃料債権については、扱いが2つに分かれます。
まず、譲渡の時に既に発生している(過去分の)賃料債権は、(債権譲渡をしない限り)新所有者に承継されません。つまり、賃料債権が賃貸借の関係から分離しているという扱いになるのです。

既発生の賃料債権→原則として承継しない

賃貸借承継前の期間の分の賃料債権は、前所有者(賃貸人)に帰属する
債権譲渡の手続をとらない限りは、新所有者に承継されることはない
※大判昭和10年12月21日

(2)将来の賃料債権→所有権移転登記後に発生した賃料は承継する

次に、将来分の賃料債権については、賃貸借の関係から発生したものなので、新所有者が承継(取得)します。正確には、新所有者が所有権移転登記を得た時(登記受付日)以降に発生した賃料債権が新所有者に帰属するのです。これについて、競売のケースでは例外的に代金納付時が基準となる、という可能性も一応あります。

将来の賃料債権→所有権移転登記後に発生した賃料は承継する

あ 「賃貸人の地位」の対抗力(前提)

新所有者(譲受人)が「賃貸人の地位」を賃借人に対抗するには所有権移転登記が必要である
所有権移転登記が「賃貸人の地位」の対抗要件である
詳しくはこちら|賃貸人たる地位の承継と所有権移転登記の関係(判例=対抗要件説)

い 対抗力の発生時点(前提)

登記による対抗力の発生時期は登記が実行された時点である(登記の受付日)
詳しくはこちら|不動産登記による対抗力の発生時期(登記実行時)

う 結論

将来の賃料債権を承継する時期は、所有権移転登記の時である

え 例外→競売では対抗力の遡及を認める判例あり

競売における買受人の対抗力取得時点を(所有権移転登記の時ではなく)所有権移転の時(現在では代金納付時)とする古い判例がある(大判明治39年5月11日など)
ただし、現在ではこの解釈が適用されない可能性もある

(3)賃料前払→原則として承継するが競売は制限あり

「既に賃料を前払いしている」という状態も、賃貸借の関係の中身の1つなので、原則として新所有者が承継します。たとえば10年分の賃料前払いがなされているケースでは、新所有者は10年間賃料を得られないことになります。
ただし、競売による売却(所有権移転)については差押の効果として、差押後の賃料前払は、新所有者が承継することはありません。

賃料前払→原則として承継するが競売は制限あり

あ 基本→承継する

本来は新所有者が受領すべき期間の分にまたがる具体的な一定期間の分の賃料を旧所有者へ前払いしてあるという状態は譲受人が承継する
※最判昭和38年1月18日

い 競売における差押後の前払→承継しない(概要)

差押後になした前払は競落人(買受人)に対抗しえない
※大判昭和14年9月1日
詳しくはこちら|不動産競売における差押の処分制限効と使用制限効(民事執行法46条)

(4)将来の賃料債権の譲渡→有効(参考)

ところで、将来分の賃料債権を譲渡することは有効です。
詳しくはこちら|将来債権譲渡(集合債権譲渡)の要件・活用の例
たとえば将来10年分の賃料債権の譲渡がなされているケースでは、新所有者は10年間は賃料を得られないことになります。

(5)賃料債権の承継の時期と誤解への救済措置

新所有者が賃料債権を承継する時期が問題となります。具体的には、新所有者はいつの分の賃料から請求できるのかということです。
ところで、新所有者が賃貸人たる地位を賃借人に主張することができるのは、所有権移転登記をした時点です。
詳しくはこちら|賃貸人たる地位の承継と所有権移転登記の関係(判例=対抗要件説)
賃料を請求することは、まさに賃貸人の地位による主張です。そこで、所有権移転登記をした時点からの賃料を請求できると考えられています。
所有権移転登記がなされるより前の賃料は原則として新所有者に承継されません。
ところで、賃借人は、常に入居している建物の登記を確認しているわけではありません。新所有者に登記が移転していることに気づかずに、前所有者に賃料を支払ってしまう、ということも生じます。このようなケースでは、債権の準占有者への弁済として救済される(支払は有効となる)可能性が高いです。

賃料債権の承継の時期と誤解への救済措置

賃借人が所有者が変わったことを知らずに、賃貸借関係から離脱した前所有者に賃料を支払った場合
→債権の準占有者への弁済として保護を受ける可能性がある
※民法478条
※大判昭和8年5月20日

7 敷金関係の承継(概要)

建物の賃貸借では、敷金を預けるということがよく行われています。法的には敷金契約として、賃貸借契約とは別の契約ということになります。
現実には賃貸借と敷金は密接に関連しているので、解釈としても、新所有者が敷金に関する事項を承継することになっています。
詳しくはこちら|新所有者が承継する敷金(返還義務)に関する事項と売買における敷金引継

8 権利金→承継しない(当然)

特に土地の賃貸借(借地)のケースでは、契約開始の時点で、権利金の支払が行われることが多いです。支払時期は敷金と同様です。しかし、権利金の方は返還義務がありません。
そこで、新所有者が引き継ぐかどうかという問題自体が生じません。

権利金→承継しない(当然)

あ 権利金の性質

権利金は、賃貸借契約終了時に返還を要するものではない
※最高裁昭和29年3月11日
詳しくはこちら|借地の権利金の性格は複数あり返還義務は原則的にない

い 新所有者への承継(否定)

返還義務の承継の問題は生じない

9 有益費償還義務→承継する

建物の賃貸借では、賃借人が建物の価値を高める工事を行ったような場合、賃貸人に対して有益費の償還請求をすることができます。賃貸人が負う、この有益費償還義務は、原則として新所有者に承継されます。

有益費償還義務→承継する

建物賃借人が有益費を支出した後、賃貸人が交替したときは、特段の事情のない限り、新賃貸人がその償還義務を承継し、旧賃貸人は償還義務を負わない
※最判昭和46年2月19日

10 参考情報

参考情報

※幾代通稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p192〜194
※我妻榮ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p1302、1303

本記事では、対抗力のある賃借権の目的物の譲渡によって新所有者が賃貸人たる地位を承継する場合に、新所有者に承継される事項のうち、金銭に関するものを説明しました。
実際には、細かい事情や主張・立証のやり方次第で結論が違ってきます。
実際に不動産の譲渡に伴う賃貸借契約に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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