【新所有者が承継する金銭に関する事項(賃料・保証金・有益費償還義務)】

1 新所有者が承継する金銭に関する事項
2 賃料に関して承継される内容
3 賃料に関する登記(公示)
4 競売における賃料の公示(物件明細書)
5 賃料債権の承継の時期と誤解への救済措置
6 敷金関係の承継(概要)
7 権利金の承継(否定)
8 有益費償還義務の承継(肯定)

1 新所有者が承継する金銭に関する事項

対抗力のある賃借権の目的物が譲渡されると,新所有者賃貸人たる地位を承継します。いわゆるオーナーチェンジのことです。
詳しくはこちら|対抗力のある賃借権の目的物の所有権移転と賃貸人たる地位の承継(基本)
この時に,基本的に従前の賃貸借契約に関する事項はほぼすべて承継されます。しかし,個々の事項によって解釈の問題があるものもあります。
本記事では,金銭に関する事項について,承継されるかどうかの問題を説明します。

2 賃料に関して承継される内容

賃貸借契約において,賃料は要素(必須の事項)です。現実的(常識的)にもとても重要なものです。
当然,賃料に関する事項は広く新所有者が承継することになります。

<賃料に関して承継される内容>

あ 賃料の金額
い 賃料の支払時期,前払(に関する特約)

例=単位期間分を前払いする特約

う 賃料の支払方法(に関する特約)

例=取立債務の約定
※最高裁昭和39年6月26日

え 増額請求に関する特約

増額請求を一定期間行わない旨の特約
※幾代通ほか篇『新版 注釈民法(15)債権(6)』有斐閣1989年p192

お 前払いしてある状態

本来は新所有者が受領すべき期間の分にまたがる具体的な一定期間の分の賃料を旧所有者へ前払いしてあるという状態
※最高裁昭和38年1月18日

3 賃料に関する登記(公示)

賃借権の登記の登記事項の中に賃料や支払時期は含まれます。前記のように,本来は承継されるのですが,登記されていない場合には対抗力がないという理由で結論としては承継されないことになります。
ただし,実際にはほとんどのケースで,賃借権登記はなく,借地上の建物の所有権登記や賃貸建物の引渡によって対抗力が生じています。
この場合には,もともと賃料や支払時期などの事項を公示することはできません。
そこで,公示がなくても対抗力がある,つまり新所有者が承継するということになります。
詳しくはこちら|賃貸人たる地位を承継した新所有者に承継される事項の全体像

<賃料に関する登記(公示)>

あ 賃料の金額

賃借権登記では,賃料は必要的記載事項である
※不動産登記法81条1号

い 支払時期

支払時期は相対的記載事項である(定めがある場合には登記する)
※不動産登記法81条2号

う 前払いの事実

賃料の前払いの特約,具体的に前払いがあったという事実
→『支払時期』に準じるものとして登記事項とされる
→登記がないと対抗できない
※大決大正3年2月10日
※大判昭和6年7月8日
※大判昭和7年4月28日

4 競売における賃料の公示(物件明細書)

なお,競売における買受(購入)も,一般的な譲渡と同様に,新所有者が賃貸人たる地位を承継することが生じます。
そこで,競売の際には物件明細書賃料が記載され(公示され),入札を検討する方が分かるようになっています。

<競売における賃料の公示(物件明細書)>

競売において,賃料は物件明細書に記載され公示される
※民事執行法57条62条,64条4項,188条

5 賃料債権の承継の時期と誤解への救済措置

新所有者が賃料債権を承継する時期が問題となります。具体的には,新所有者はいつの分の賃料から請求できるのかということです。
ところで,新所有者が賃貸人たる地位を賃借人に主張することができるのは,所有権移転登記をした時点です。
詳しくはこちら|賃貸人たる地位の承継と所有権移転登記の関係(判例=対抗要件説)
賃料を請求することは,まさに賃貸人の地位による主張です。そこで,所有権移転登記をした時点からの賃料を請求できると考えられています。
所有権移転登記がなされるより前の賃料は原則として新所有者に承継されません。
ところで,賃借人は,常に入居している建物の登記を確認しているわけではありません。新所有者に登記が移転していることに気づかずに,前所有者に賃料を支払ってしまう,ということも生じます。このようなケースでは,債権の準占有者への弁済として救済される(支払は有効となる)可能性が高いです。

<賃料債権の承継の時期と誤解への救済措置>

あ 賃料債権の承継の時期

将来の賃料債権を承継する時期は,新所有者が登記を取得した時である
※幾代通ほか篇『新版 注釈民法(15)債権(6)』有斐閣1989年p192

い 過去の発生済賃料債権

賃貸借承継前の期間の分の賃料債権は,前所有者(賃貸人)に帰属する
債権譲渡の手続をとらない限りは,新所有者に承継されることはない
※大判昭和10年12月21日

う 誤った支払の救済

賃借人が所有者が変わったことを知らずに,賃貸借関係から離脱した前所有者に賃料を支払った場合
→債権の準占有者への弁済として保護を受ける可能性がある
※民法478条
※大判昭和8年5月22日
※幾代通ほか篇『新版 注釈民法(15)債権(6)』有斐閣1989年p192

6 敷金関係の承継(概要)

建物の賃貸借では,敷金を預けるということがよく行われています。法的には敷金契約として,賃貸借契約とは別の契約ということになります。
現実には賃貸借と敷金は密接に関連しているので,解釈としても,新所有者が敷金に関する事項を承継することになっています。
詳しくはこちら|新所有者が承継する敷金(返還義務)に関する事項と売買における敷金引継

7 権利金の承継(否定)

特に土地の賃貸借(借地)のケースでは,契約開始の時点で,権利金の支払が行われることが多いです。支払時期は敷金と同様です。しかし,権利金の方は返還義務がありません。
そこで,新所有者が引き継ぐかどうかという問題自体が生じません。

<権利金の承継(否定)>

あ 権利金の性質

権利金は,賃貸借契約終了時に返還を要するものではない
※最高裁昭和29年3月11日
詳しくはこちら|借地の権利金の性格は複数あり返還義務は原則的にない

い 新所有者への承継(否定)

返還義務の承継の問題は生じない
※幾代通ほか篇『新版 注釈民法(15)債権(6)』有斐閣1989年p194

8 有益費償還義務の承継(肯定)

建物の賃貸借では,賃借人が建物の価値を高める工事を行ったような場合,賃貸人に対して有益費の償還請求をすることができます。賃貸人が負う,この有益費償還義務は,原則として新所有者に承継されます。

<有益費償還義務の承継(肯定)>

あ 有益費償還請求権の発生(前提)

建物賃借人が有益費を支出した

い 償還義務の承継(否定)

特段の事情がない限り,新所有者は償還義務を承継する
※最高裁昭和46年2月19日

本記事では,対抗力のある賃借権の目的物の譲渡によって新所有者が賃貸人たる地位を承継する場合に,新所有者に承継される事項のうち,金銭に関するものを説明しました。
実際には,細かい事情や主張・立証のやり方次第で結論が違ってきます。
実際に不動産の譲渡に伴う賃貸借契約に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【新所有者が承継する敷金(返還義務)に関する事項と売買における敷金引継】

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