【賃貸人たる地位を承継した新所有者に承継される事項の全体像】

1 賃貸人たる地位を承継した新所有者に承継される事項の全体像

対抗力のある賃借権の目的物が譲渡されると、新所有者賃貸人たる地位を承継します。いわゆるオーナーチェンジのことです。
詳しくはこちら|対抗力のある賃借権の目的物の所有権移転と賃貸人たる地位の承継(基本)
この時に、従来の事情のうちどのようなものを新所有者が承継するのか、ということが問題となります。基本的に従前の賃貸借契約に関する事項はほぼすべて承継されますが、承継されないものもあります。
本記事では、賃貸人の地位を承継した新所有者が承継する事項に関して、全体的に説明します。

2 賃貸借の目的物の譲渡による賃貸人の地位承継

基本的に、新所有者は、従来の賃貸借契約をそのまま引き継ぎます。つまり、従来の契約内容を全部承継します。

賃貸借の目的物の譲渡による賃貸人の地位承継

あ 賃貸人たる地位の承継(前提)

対抗要件を備えた賃借権の目的物が譲渡された場合
→原則として新所有者は賃貸人たる地位を承継する
詳しくはこちら|対抗力のある賃借権の目的物の所有権移転と賃貸人たる地位の承継(基本)

い 承継される内容(基本)

従来の賃貸借契約の内容は新所有者に承継される
※幾代通ほか篇『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣1989年p191

3 新所有者が承継する金銭に関する事項(概要)

(1)賃料・保証金・有益費償還義務→承継する

新所有者が承継する賃貸借契約に関する事項のうち、解釈の問題があるものもあります。
まず、賃料に関する事項は承継します。他方、保証金はもともと返還義務がないので、承継するかしないか、という問題自体が生じません。
また、賃借人が支出した有益費についての償還義務も原則として承継します。
詳しくはこちら|新所有者が承継する金銭に関する事項(賃料・保証金・有益費償還義務)

(2)敷金返還義務→承継する

敷金契約は、賃貸借契約とは別個の契約ですが、賃貸借の関係には含まれるので、新所有者に承継します。ただし、旧所有者が離脱する段階で清算します。つまり、未払賃料などがあればその分を控除した残額が承継される、ということになります。
詳しくはこちら|新所有者が承継する敷金(返還義務)に関する事項と売買における敷金引継

4 新所有者が承継する期間と契約終了に関する事項(概要)

前記の事項以外にも、解釈の問題があるものがあります。
存続期間(残存期間)はそのまま承継されます。
賃料の滞納があれば解除することができますが、賃料債権の譲渡がなければ新所有者は賃料滞納を理由とした解除をすることはできません。
前所有者が解約申入を(通知)したという状態は、新所有者は原則として引き継ぎません。
また、転貸や賃借権譲渡を許可する特約は新所有者が引き継ぎます。
このような、期間や契約終了に関する事項については、まとめて別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|新所有者が承継する期間と契約終了に関する事項(存続期間・解除関連・転貸譲渡承諾)

5 登記義務の承継

(1)地上権設定登記請求権(地上権)→承継する

賃貸借ではなく地上権のケースでは、登記義務を新所有者が承継します。つまり、地上権設定登記はないけれど、代用対抗要件(建物の所有登記)によって対抗力がある地上権が設定された土地が譲渡されたケースで、土地の譲受人(新所有者)は地上権設定者の立場を承継します。その結果、「地上権設定登記」の登記義務も承継する、ということになります。代用対抗要件で正式な対抗要件を得る行為を対抗できる、という構造なので変な感じはしますが、理論的には成り立ちますし、これを認める裁判例もあります。

地上権設定登記請求権(地上権)→承継する

あ 結論→承継する

借地権が地上権であり、建物保護法(借地借家法)によって新地主に対抗しうる場合、借地権者は新地主に対し地上権そのものの登記につき登記請求権を有する
※東京控判昭和9年10月5日

い メカニズム

対抗力のある地上権が設定された土地を譲り受けた新所有者は、地上権関係における当事者(地上権設定者の立場)となる
地上権者は地上権設定者に対して登記請求権を有する

(2)合意による賃借権登記請求権→議論あり

「賃借権設定登記」については、物権ではないため、原則として登記請求権はありません。登記するという合意がある場合にだけ登記請求権(登記義務)が生じます。では登記する合意がある場合に、賃貸借の対象不動産が譲渡された場合、新所有者は登記義務を承継するのでしょうか。登記義務(登記請求権)も賃貸借の関係に含まれると考えれば、肯定することになります。ただ、これについて画一的な見解はありません。

合意による賃借権登記請求権→議論あり

賃借権登記をなすべき特約がありながら登記は未了の賃借権が、建物保護法または借家法によって新所有者に対抗しうる場合には、賃借権登記請求権があるという特約も新所有者を拘束するであろうか。
次項で述べる譲渡・転貸の許可特約とともに、若干問題である。
しかし、譲渡・転貸許容特約については、新所有者を拘束しないと解する立場をかりに採るとしても、登記請求権特約は(原則としては、譲渡・転貸を許さない賃借権としての登記についてであるから)、新所有者を拘束すると解する余地があろう
※幾代通稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p196

6 「賃借権譲渡・転貸可能特約」の承継→代用対抗要件だと両説あり(概要)

賃借権譲渡や転貸について、これを可能とする特約(承諾)そのものが、新所有者に承継されるかどうか、という問題があります。
「賃借権登記」があるケースでは、特約の登記の有無で決まります。代用対抗要件のケースでは、承継しないと読める判例もありますが、承継を認める学説や下級審裁判例もあります。
詳しくはこちら|賃貸借の目的物の譲渡における賃借権譲渡・転貸可能特約の承継

7 承継される事項についての対抗要件の要否

ところで、賃借権登記の登記事項にはいろいろなものがあります。登記事項なのに登記されていないものは、対抗力がありません。結局、理論的に新所有者が承継するものであったとしても、対抗力を有しないために承継しないという結果になります。
この点、実際には賃借権登記をしてあるケースはほとんどありません。借地借家法の規定により、借地上の建物の所有権登記や賃貸建物の引渡(入居)が賃借権の対抗要件となっているケースがほとんどです。これらの借地借家法による対抗要件は、賃貸借契約の内容を登記しておくことはできません。
そうすると、登記していなくても対抗力があるということになります。結局、登記(公示)なしでも新所有者が引き継ぐということになります。

承継される事項についての対抗要件の要否

あ 個々の事項の対抗要件の要否

ア 賃借権登記のケース 賃借権登記において登記される事項について
→登記された範囲においてのみ新所有者を拘束する
※民法177条
イ 代用対抗要件ケース 借地借家法によって賃借権の対抗力を取得する場合
→登記事項(あ)は、特段の公示方法なしで新所有者に当然承継される
※幾代通ほか篇『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣1989年p194(敷金に関して)

い 不合理性の許容→賃借人保護優先

賃借権の対抗力が本条に準拠して登記によるのであれば(不登§81旧§132参照)、承継人が不測の損害をこうむることは比較的少ないであろう。
しかし、特別法により対抗を受ける場合は、承継人は借地権などの存在は知りうるが、その契約の内容を確実に知ることは困難である。
したがって、契約内容が賃貸人に不利のものであれば、不測の損害を受ける(ただし、改正前§566[6]参照)。
しかし、これらの立法は、賃貸人のこのような不利益を犠牲にしても、賃借人を保護しようとしたものなのである。
※我妻榮ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p1303

8 参考情報

参考情報

※幾代通稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p196

本記事では、対抗力のある賃借権の目的物の譲渡によって新所有者が賃貸人たる地位を承継する場合に、新所有者に承継される事項の全体像を説明しました。
実際には、細かい事情や主張・立証のやり方次第で結論が違ってきます。
実際に不動産の譲渡に伴う賃貸借契約に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【賃貸人たる地位の承継と所有権移転登記の関係(判例=対抗要件説)】
【新所有者が承継する金銭に関する事項(賃料・保証金・有益費償還義務)】

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