1 共有物分割における処分禁止の仮処分
2 登記請求権の有無からの理論的解釈
3 実務的な見解や実務
4 共有物分割訴訟提起後の持分譲渡への対応(参考)

1 共有物分割における処分禁止の仮処分

共有物分割請求を実際に行った後,手続が完了する前に相手の共有者が持分を譲渡するというリスクが考えられます。
このようなリスクは,一般的には処分禁止の仮処分で予防できます。仮に持分譲渡自体は(実体上)行われてしまったとしても,持分移転登記がないと他の共有者に対抗できないので,移転登記の効力さえ否定しておけば足りるのです。
詳しくはこちら|共有物分割(訴訟)の当事者(共同訴訟形態)と持分割合の特定
そこで,共有物分割請求の前の段階で対象の不動産について,処分禁止の仮処分を申し立てるという発想があります。
本記事では,このような処分禁止の仮処分について説明します。

2 登記請求権の有無からの理論的解釈

処分禁止の仮処分の登記を行うという方法は,登記請求権を保全するケースで適用されます。共有物分割請求自体は,登記請求権とは異なります。
そこで,形式論としては処分禁止の仮処分は認められません。
しかし,共有物分割訴訟の判決の中で持分移転登記(の給付)を認める見解,実務もあります。この解釈を前提とすると処分禁止の仮処分を認める方向性になります。

<登記請求権の有無からの理論的解釈>

あ 形式論(原則論)(※1)

共有物分割請求権について
登記請求にかかるものではない
→処分禁止の仮処分の対象ではない
※民事保全法53条1項

い 共有物分割請求と移転登記請求との関係(※2)

(少なくとも)全面的価格賠償の分割類型については
別途の申立がなくても,持分移転登記手続の給付判決をすることを認める見解もある
登記請求も共有物分割請求権の範囲内ということになる

う 平成10年最高裁の補足意見(※3)

ア 補足意見の引用(保全肯定) 現物取得者の共有持分取得は対抗要件を備えなければ完全なものとはならないが,それについては,民事保全手続をしたうえ訴訟を提起すること等によって,ほぼ確実にこれを完全なものとすることができる
※最高裁平成10年2月27日・河合裁判官補足意見
イ 注記 『ア』は,全面的価格賠償の履行保全措置(持分移転登記手続の給付判決)の検討におけるコメントである
=積極的に保全処分の可否を検討しているわけではない
詳しくはこちら|全面的価格賠償における現物取得者保護の履行確保措置(移転登記・引渡)

3 実務的な見解や実務

以上のように,理論的な解釈としては,処分禁止の仮処分を認めるか認めないか,ハッキリと判断することはできません。
そこで,学説や実務としても肯定する見解と否定する見解の両方があります。

<実務的な見解や実務>

あ 原則

共有物分割請求権は登記請求権ではないので,処分禁止の仮処分を行うことはできない(前記※1

い 例外の可能性

ア 見解 債権者(共有者の1人)が不動産の所有権を取得する可能性が高い場合(全面的価格賠償)
実質的に登記請求権にかかる権利と同一視することができる余地もある((前記※2),(前記※3)参照)
=処分禁止の仮処分が認められる可能性がある
遺産分割における処分禁止の仮処分(イ)の実務の運用を共有物分割にもあてはめた考え方である
イ 遺産分割に関する審判前の保全処分(参考) 遺産分割おいて,本案審判で当該不動産を取得する蓋然性のある相続人は,処分禁止の仮処分をすることができる
詳しくはこちら|遺産分割に関する審判前の保全処分(要件・具体例)

う 学説の分布

学説は肯定・否定・折衷的なものに分かれている

え 実情

現実には『い』のような申立はほとんどない
※瀬木比呂志著『民事保全法 新訂版』日本評論社2014年p496
※梶村太市ほか編『プラクティス 民事保全法』青林書院2014年p303

4 共有物分割訴訟提起後の持分譲渡への対応(参考)

以上で説明した保全(処分禁止の仮処分)は,共有物分割請求(訴訟提起)をした後に,共有者(被告)が共有持分を譲渡した場合に困るので,これを防ぐという手段です。
この『困る』の内容ですが,義務承継者の訴訟引受をしなくてはならなくなる,というものです。この規定ができる前には,形式的に新たに訴訟を提起し,従前の訴訟(審理)と併合するという,さらに手間のかかる方法をとる必要がありました。
詳しくはこちら|共有物分割訴訟の当事者(共同訴訟形態・持分移転の際の手続)

本記事では,共有物分割における処分禁止の仮処分について説明しました。
実際には,具体的な状況によって,法的扱いや最適なアクションは違ってきます。
実際に共有物(不動産)に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。