【共有物分割訴訟における給付命令の条文化(令和3年改正民法258条4項)】
1 共有物分割訴訟における給付命令の条文化(令和3年改正民法258条4項)
令和3年の民法改正で、共有物分割訴訟の判決で、裁判所が給付命令を出せるという条文が新たに作られました。改正前には条文はなくても実務では給付命令を出していたので、現実の訴訟への影響は実質的にはないといえます。
本記事では、この法改正について説明します。
2 民法258条4項(令和3年改正)
共有物分割訴訟の判決の給付命令は、民法258条4項に定められました。最初に条文をみておきます。ところで、遺産分割では以前から給付命令の条文があり、それと同じ文言が採用されています(後述)。
例示として金銭支払、物の引渡、登記義務の履行の3つが書いてあり、これらを含めた給付命令を裁判所が出せる(判決の中に書ける)と書いてあります。
ところで、当事者が給付を請求(提訴や反訴)していれば、裁判所が給付命令を出せるのは当たり前です。条文が意味を持つのは、当事者が請求していないのに(=職権で)裁判所が給付命令を出すということです。
民法258条4項(令和3年改正)
あ 民法258条4項
裁判所は、共有物の分割の裁判において、当事者に対して、金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付を命ずることができる。
※民法258条4項
い 家事事件手続法196条(参考)
(給付命令)
第百九十六条 家庭裁判所は、遺産の分割の審判において、当事者に対し、金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付を命ずることができる。
※家事事件手続法196条
3 改正前の問題点と改正の要点
法務省の資料には、改正前の問題点として、給付命令の条文がないまま、実際の判決では(職権で)給付命令が出されているので、運用の安定性が欠けると書いてあります。共有物分割訴訟の性質を根拠(理由)とする(後述)よりは、条文を根拠とした方が運用として安定している、という意味だと思います。実務(結論)には影響がない話しだといえます。
改正前の問題点と改正の要点
あ 改正前の問題点
[問題の所在]
・・・
2.賠償分割を行う際には、実務上、現物取得者の支払を確保するために、裁判所が現物取得者に対して取得持分に相当する金銭の支払を命ずるなどの措置が講じられているが、明文の根拠規定がなく運用の安定性を欠く。
い 改正内容の要点
2.給付命令に関する規律の整備
裁判所は、共有物の分割の裁判において、当事者に対して、金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付を命ずることができることを明文化(新民法258Ⅳ)
賠償金取得者が同時履行の抗弁を主張しない場合であっても、共有物分割訴訟の非訟事件的性格(形式的形成訴訟)から、裁判所の裁量で引換給付を命ずることも可能
※「令和3年民法・不動産登記法改正、相続土地国庫帰属法のポイント(令和5年5月版)」法務省民事局2023年p36
4 令和3年改正以前の実務の運用(概要)
前述のように、改正前から実務では、(条文はなくても)共有物分割訴訟の性質(実質的な非訟手続)を根拠(理由)として、判決の中で職権で給付命令を出していました。新たな条文に明示された3つ(金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行)に限らずいろいろな種類の給付命令が実際に出されていました。判決による権利義務の形成を前提として、これに付随する履行確保を図るという位置付けで多くの議論がありました。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の判決における履行確保措置の内容(全体)と実務における採否
5 改正における家事事件手続法196条の参照
ところで、前述のように、改正で作られた条文の中身(文言)は、遺産分割の条文とそっくりです。法改正の議論の中でも、家事事件手続法196条を参考にした、という指摘がなされています。
改正における家事事件手続法196条の参照
あ 中間試案・補足説明
そこで、これに関する規律として、遺産分割の規律(家事事件手続法第196条)を参考に、試案第1の2(1)⑤の規律を設けることを提案している。
※法務省民事局参事官室・民事第二課『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案の補足説明』2020年1月p30
い 部会資料37
(1)試案第1の2(1)⑤において、価格賠償の方法による共有物分割を命ずる場合における金銭債務の履行を確保するための手続的措置等に関する規律として、遺産分割に関する規律(家事事件手続法第196条)を参考に、裁判所は、共有物の分割を命ずる場合において、当事者に対して、金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付を命ずることができるとする規律を設けることを提案していた。
※法制審議会民法・不動産登記法部会第16回会議(令和2年8月4日)『部会資料37』p5、6
6 職権での給付命令の必要性
ところで、前述のように、当事者が請求をしていれば、条文などなくても裁判所は給付命令を出せます。なぜ、職権での給付命令を認める必要があるのでしょうか。
共有物分割訴訟では、分割方法について熾烈な対立が生じることが多いです。その場合、相手の分割方法が採用されたことを前提として、その場合に生じる給付内容を請求したとすると、自分の希望をあきらめた感が出てしまいます。そこで、最後までそんな請求は出したくないのです。
仮に相手の希望を採用した判決が出てしまったとしたら、判決確定後に、改めて給付を請求する訴訟を提起すれば、「あきらめた感」問題は回避できます。しかし、(当事者にとっても裁判所にとっても)無駄に手続の負担が大きくなってしまいます。このような構造から、職権で給付命令を出せるようにしておく必要性があるのです。
職権での給付命令の必要性
あ 職権での給付命令を否定する見解(前提)
例えば、共有物分割の内容として、共有者の一人に賠償金の支払債務を負わせることと、その債務の給付命令を発することは別の問題であり、共有物の分割の訴えにおいては、裁判所はその支払債務のみを定めることができ、給付命令を発するには、原告又は被告が給付命令を求める訴えを提起していなければならないとする見解もあり得る。
い 給付命令の請求(提訴)→困難
もっとも、共有物の分割の訴えは、その本質において非訟事件であって、裁判所は、その裁量により、原告や被告が求めていない内容の分割方法を選択することも可能であると考えられている。
そのため、事案によっては、給付命令を求める訴えを予め提起することが当事者として困難であることもある。
また、例えば、原告が共有物を取得する全面的価格賠償の方法による分割を求めたのに対し、被告が現物分割を求めて強く争っている場合に、被告から予備的にでも給付命令を求める訴えを提起することは困難であるようにも思われる。
う 別訴提起が必要という結論→不合理
そうすると、前記の見解によれば、事案によっては、共有物分割請求訴訟において定められた内容が任意に実現されず、改めて給付命令を求める訴えを提起しなければならないといった事態も生じ得ることになる。
しかし、別訴の提起を要することとしても、審理すべき内容は弁済の有無程度であり、その分割の内容は既判力等によって争うことはできないことからすれば、紛争の一回的解決の見地からそのような別訴提起を求めることは妥当でないように思われる。
え 結論=職権での給付命令を肯定
そのため、共有物分割請求訴訟においては、裁判所が職権で給付命令を発することができるとの見解も有力であり、パブリック・コメントにおいて試案に賛成する意見が多く出されていることも、このような見地からであるように思われる。
以上を踏まえ、本資料では、試案と同様の提案をし、共有物分割訴訟においては、職権で給付命令を発することができることとしている。
※法制審議会民法・不動産登記法部会第16回会議(令和2年8月4日)『部会資料37』p6
7 理想=給付命令の請求・希望の明示
以上のように、(以前は解釈で、改正後は条文で)職権での給付命令が認められるのですが、あくまで理想は、当事者の請求(少なくとも希望の明示)があることです。不意打ちにならないようにする、という訴訟の基本的な要請です。
そこで、実務では、裁判所が当事者に給付の請求(や希望の明示)を求める、ということがよく行われています。
理想=給付命令の請求・希望の明示
※法制審議会民法・不動産登記法部会第16回会議(令和2年8月4日)『部会資料37』p7
8 全面的価格賠償の賠償金の給付命令を不要とする見解
以上の説明は、共有物分割訴訟の判決の一般論でしたが、給付命令が必要とされる主な状況は全面的価格賠償の判決で、賠償金の支払の給付命令(債務名義化)です。これについては、改正前から多くの議論があり、支払能力が十分にあるという認定があって初めて全面的価格賠償が採用されるので、給付命令は不要だ、という考え方もあります。
全面的価格賠償の賠償金の給付命令を不要とする見解
※法務省民事局参事官室・民事第二課『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案の補足説明』2020年1月p30
一方で、給付命令が必要なだけではとどまらず、賠償金支払を条件とする判決が妥当だ、という見解もあります。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の判決における期限や条件(賠償金支払先履行)の設定
令和3年改正は、給付命令の条文化をしたけれど、条件つき判決の条文化はしなかった、という結論なので、両極の見解の中間をとった、といえるかもしれません。
本記事では、令和3年改正で、共有物分割訴訟の給付命令の条文化について説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
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