【遺留分の負担(改正前=減殺される財産,改正後=遺留分侵害額請求の相手方と金額)】

1 遺留分の負担(改正前=減殺される財産,改正後=遺留分侵害額請求の相手方と金額)
2 平成30年改正前と後の遺留分の権利(効果)の違い(前提・概要)
3 遺留分侵害額までの計算(参考・概要)
4 民法1033条〜1035条(改正前)の条文
5 民法1047条1項,2項(改正後)の条文
6 遺留分減殺請求における遺贈以外の遺言の扱い(改正前)
7 遺留分負担における遺贈以外の遺言の解釈(改正後)
8 遺留分負担の対象となる『贈与』の範囲(改正前・後)
9 遺留分減殺の順序における死因贈与の扱い(改正前)
10 遺留分負担の順序における死因贈与の扱い(改正後)
11 遺留分減殺,遺留分負担の順序の一般的見解(まとめ)
12 遺言による順序の指定(概要・改正前後)
13 遺留分の請求の相手方の遺留分の反映(改正前後)
14 一部減殺の効果(物権共有・概要・改正前)

1 遺留分の負担(改正前=減殺される財産,改正後=遺留分侵害額請求の相手方と金額)

<民法改正による遺留分の規定の変更(注意)>

平成30年改正民法により,遺留分の規定(制度)の内容が大きく変更されました。
令和元年6月30日までに開始した相続については,改正前の規定が適用されます。
令和元年7月1日以降に開始した相続については,改正後の規定が適用されます。

遺留分の権利を行使できる者は,遺留分を侵害された者です。そして,遺留分の権利を行使される者(請求の相手方)は,遺留分を侵害した者といえるのですが,実際に誰が請求の相手方になるのか,はそう簡単ではありません。
本記事では,遺留分の負担をするのは誰か(遺留分権行使の相手方)について説明します。

2 平成30年改正前と後の遺留分の権利(効果)の違い(前提・概要)

遺留分行使の相手方が誰か,ということは,平成30年改正の影響を大きく受けています。
改正前の遺留分の権利の内容(性質)は,(原則として)特定の相続財産の所有権(または共有持分権)が移転する,というものでした。遺留分の権利行使の対象は,特定のだったのです。そこで,遺留分権の行使の効果としてどの範囲の物の所有権が移転するのか,という問題がありました。
改正後の遺留分の権利の内容(性質)は,金銭債権だけです。
詳しくはこちら|遺留分の権利・効果の法的性質(平成30年改正による金銭債権化)
改正後は,遺留分の権利行使の対象はなのです。そこで,遺留分権の行使の効果として誰がいくらの金銭債務(負担)を負うか,という問題に変わったのです。
このように改正前後で遺留分権行使の効果の範囲は違っていますが,ルールの大枠に違いは有りません。本記事では便宜的に両方を合わせて遺留分の負担と表記します。

3 遺留分侵害額までの計算(参考・概要)

ところで,実際に遺留分の権利を行使する際は,遺留分を侵害された者(遺留分権利者)が,遺留分侵害額を計算した上で,誰に請求するか(遺留分負担者は誰か)を判定する,という順に作業を進めます。つまり,遺留分の負担の判断を行う時には遺留分侵害額の計算を終えている必要があります。遺留分侵害額の計算については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺留分侵害額の計算(改正前・後)

4 民法1033条〜1035条(改正前)の条文

ようやく,本記事のテーマである,遺留分の負担をする者の説明に入りたいのですが,その前に,条文を押さえておきます。
まずは改正前の遺留分減殺の対象(物)を定める条文です。

<民法1033条〜1035条(改正前)の条文>

あ 民法1031条(改正前)の条文(参考)

(遺贈又は贈与の減殺請求)
遺留分権利者及びその承継人は,遺留分を保全するのに必要な限度で,遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。
※民法1031条(改正前)

い 民法1033条(改正前)の条文

(贈与と遺贈の減殺の順序)
贈与は,遺贈を減殺した後でなければ,減殺することができない。
※民法1033条(改正前)

う 民法1034条(改正前)の条文

(遺贈の減殺の割合)
遺贈は,その目的の価額の割合に応じて減殺する。ただし,遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは,その意思に従う。
※民法1034条(改正前)

え 民法1035条(改正前)の条文

(贈与の減殺の順序)
贈与の減殺は,の贈与から順次の贈与に対してする。
※民法1035条(改正前)

5 民法1047条1項,2項(改正後)の条文

改正前の遺留分減殺の対象(物)に対応する概念は,改正後の遺留分の負担(者)です(前述)。これを定める民法1047条1項,2項の条文を示しておきます。
条文のタイトルは,受遺者又は受贈者の負担額,となっています。ここでの受遺者,受贈者とは,遺留分の権利行使の相手方のことです。
改正の前後ともに順序が定められていることが分かります。

<民法1047条1項,2項(改正後)の条文>

(受遺者又は受贈者の負担額)
第千四十七条 受遺者又は受贈者は,次の各号の定めるところに従い,遺贈(特定財産承継遺言による財産の承継又は相続分の指定による遺産の取得を含む。以下この章において同じ。)又は贈与(遺留分を算定するための財産の価額に算入されるものに限る。以下この章において同じ。)の目的の価額(受遺者又は受贈者が相続人である場合にあっては,当該価額から第千四十二条の規定による遺留分として当該相続人が受けるべき額を控除した額)を限度として,遺留分侵害額を負担する。
一 受遺者と受贈者とがあるときは,受遺者が負担する。
二 受遺者が複数あるとき,又は受贈者が複数ある場合においてその贈与が同時にされたものであるときは,受遺者又は受贈者がその目的の価額の割合に応じて負担する。ただし,遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは,その意思に従う。
三 受贈者が複数あるとき(前号に規定する場合を除く。)は,の贈与に係る受贈者から順次前の贈与に係る受贈者が負担する。
 2 第九百四条,第千四十三条第二項及び第千四十五条の規定は,前項に規定する遺贈又は贈与の目的の価額について準用する。
※民法1047条1項,2項(改正後)

6 遺留分減殺請求における遺贈以外の遺言の扱い(改正前)

改正前の条文では,遺留分減殺の対象は『遺贈』と贈与と定められていました。では遺贈以外の遺言は含まないのか,という発想が生まれますが,解釈として判例が遺言一般を含めていました。

<遺留分減殺請求における遺贈以外の遺言の扱い(改正前・※1)>

あ 『遺贈』の解釈(全体)

民法1031条(改正前)には『遺贈』以外の遺言についての規定がなかった
『遺贈』には,遺言一般が含まれるという解釈が一般的であった
※法務省民事局参事官室『民法 (相続関係)等の改正に関する中間試案の補足説明』2016年7月p59

う 相続させる遺言

『相続させる遺言』について
→遺留分減殺請求の対象となる
※最高裁昭和51年3月18日
※最高裁平成3年4月19日
※最高裁平成10年2月26日
※『新版注釈民法(28)相続(3)補訂版』有斐閣p498

え 相続分の指定

遺言による相続分の指定について
→遺留分減殺請求の対象となる
詳しくはこちら|相続分の指定に対する遺留分権の行使(改正前・後)

7 遺留分負担における遺贈以外の遺言の解釈(改正後)

平成30年改正によって作られた民法1047条1項の条文では,前記の判例の解釈(遺言一般が『遺贈』に含まれる)を明記しています。つまり実質的な法的扱いに変更はないということです。
なお,以下の説明で遺言一般のことを『遺贈』といいます。

<遺留分負担における遺贈以外の遺言の解釈(改正後)>

あ 民法1047条1項柱書の条文(改正後)

受遺者又は受贈者は,次の各号の定めるところに従い,遺贈(特定財産承継遺言による財産の承継又は相続分の指定による遺産の取得を含む。以下この章において同じ。)又は贈与(遺留分を算定するための財産の価額に算入されるものに限る。以下この章において同じ。)の目的の価額(受遺者又は受贈者が相続人である場合にあっては,当該価額から第千四十二条の規定による遺留分として当該相続人が受けるべき額を控除した額)を限度として,遺留分侵害額を負担する。
※民法1047条1項柱書

い 改正による変更

遺贈に『特定財産承継遺言による財産の承継又は相続分の指定による遺産の取得を含む』というカッコ書が定められた
改正前の解釈(前記※1)を明文化したものである

8 遺留分負担の対象となる『贈与』の範囲(改正前・後)

遺留分の負担の対象(改正前の遺留分減殺の対象)は遺贈(遺言一般)と一定範囲の生前贈与です。一定範囲の生前贈与については,遺留分算定基礎財産についての判定と同じです。大雑把にいうと,当該生前贈与の当事者の認識や贈与の時期によって,遺留分の負担の対象になるかどうかが決まるということになります。

<遺留分負担の対象となる『贈与』の範囲(改正前・後)>

あ 遺留分減殺の対象となる『贈与』の範囲

遺留分権利者が減殺を請求することができるのは,遺留分算定基礎財産に含まれる贈与(民法1030条(改正前))である
※民法1031条(改正前)

い 遺留分の負担の対象となる『贈与』の範囲

遺留分侵害額の負担(の限度額)となる贈与(の目的の価額)とは,遺留分算定基礎財産に含まれるものに限定される
※民法1047条1項柱書

う 遺留分算定基礎財産に含まれる贈与の内容(概要・改正前・後)

生前贈与の当事者が遺留分侵害となることを知っていたか,知らなかったか,生前贈与の時期によって,遺留分算定基礎財産に含まれるかどうかが決まる
相続人への生前贈与の時期については,平成30年改正前と後で異なる
詳しくはこちら|遺留分算定基礎財産に含める生前贈与(平成30年改正による変更)

9 遺留分減殺の順序における死因贈与の扱い(改正前)

改正前後の両方の条文で,遺留分の負担の順序は,遺贈が先で次が贈与,と定められています。では,死因贈与はどうなるのか,という疑問が生まれます。
これについて,改正前の解釈としては,高裁判例や大部分の学説が,死因贈与は遺贈と贈与の中間(の順序)であるという見解をとっていました。これが一般的な見解となっていました。ただし,これに反対する別の見解もありました。

<遺留分減殺の順序における死因贈与の扱い(改正前)>

あ 遺贈と贈与の中間とする見解

まずは遺贈,その次に死因贈与,その次にそのほかの生前贈与という順序で減殺する
※東京高裁平成12年3月8日
※宮井忠夫・千藤洋三/於保不二雄ほか『新版注釈民法(26)』有斐閣p463
※中川善之助・泉久雄『相続法 第3版』有斐閣p621
※加藤永一『遺留分』/『叢書民法総合判例研究6巻』有斐閣p42
※中川淳『相続法逐条解説(下巻)』日本加除出版p442
※鈴木禄弥『相続法講義 改訂版』創文社p162
※松原正明『判例先例相続法Ⅱ』日本加除出版p643
※山口純夫/『新・判例コンメンタール民法15』三省堂p453

い 遺贈と同じとする見解

死因贈与は『遺贈』に準じて扱う
※東京家裁昭和47年7月28日

う 他の見解

贈与に準じて考えるとしても行為時説,履行時説などのいろいろな見解がある

え まとめ

遺贈と贈与の中間とする見解(あ)が有力である
※『判例タイムズ1039号』p294〜

10 遺留分負担の順序における死因贈与の扱い(改正後)

平成30年改正後も,遺留分の負担の順序の中で死因贈与がどう扱われるか,ということについて条文に規定されないままとなっています。結局,改正前の解釈がそのまま引き継がれています。

<遺留分負担の順序における死因贈与の扱い(改正後)>

あ 平成30年改正による変更

死因贈与に関しての規律を定めることも検討されたが,採用されなかった

い 改正前の解釈との関係

従前と同じ解釈が引き継がれる
※『法制審議会民法(相続関係)部会第24回議事録』p27,神吉関係官発言

11 遺留分減殺,遺留分負担の順序の一般的見解(まとめ)

以上で説明したように,遺留分負担における死因贈与の扱いは少し複雑なのですが,一般的な見解を前提とするとシンプルになります。一般的な見解をとった場合の結論を整理しておきます。

<遺留分減殺,遺留分負担の順序の一般的見解(まとめ)>

あ 遺留分減殺,遺留分負担の順序

第1順位 遺贈
第2順位 死因贈与
第3順位 生前贈与

い 複数の生前贈与の扱い

複数の生前贈与がある場合
→贈与の時点が後から前へという順序とする

う 同順位の扱い

同順位内の財産移転が複数ある場合
→目的の価額の割合に応じて(按分して)負担する

え 時系列的な視点

全体として,時間的に後から前へという順序とする

12 遺言による順序の指定(概要・改正前後)

以上のように,条文や解釈で,遺留分の負担の順序が決まっているのですが,遺言に記載することで,順序を変更できるものもあります。具体的には,複数の遺贈の中での順序,と,複数の同時に行った生前贈与の中での順序,ということになります。このことについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺言による遺留分の負担(減殺される財産)の順序の指定(改正前後)

13 遺留分の請求の相手方の遺留分の反映(改正前後)

遺留分の負担の順序が分かれば,遺留分侵害額が補填されるまでの範囲内でその順序で(その順序に該当する者が,各自の上限内で)負担するという結論が出せます。
ただし単純にこのようにならないことがあります(多いです)。というのは,単純にあてはめると,遺留分の権利行使によって相手方(負担する者)が遺留分侵害となることが生じることがあるのです。Aの遺留分を確保したためにBが遺留分を確保できなくなったという状況です。これは不合理です。
このようなことを回避するため,遺留分の負担の上限は,遺留分額を超過した額ということになっています。つまり,Aが遺留分権を行使してもBの遺留分は奪われない(維持される)という設計です。平成30年改正前の平成10年判例がこれを示し,改正法では条文に規定されています。

<遺留分の請求の相手方の遺留分の反映(改正前後)>

あ 平成10年判例(遺留分超過額説・改正前)

受遺者が相続人である場合にはその遺留分額を超過した額を民法1034条(改正前)の『遺贈の目的の価額』とする
被減殺者の遺留分を超える部分だけが減殺の対象となる
※最高裁平成10年2月26日

い 民法1047条1項柱書の条文(改正後)

第千四十七条 受遺者又は受贈者は,次の各号の定めるところに従い,遺贈(特定財産承継遺言による財産の承継又は相続分の指定による遺産の取得を含む。以下この章において同じ。)又は贈与(遺留分を算定するための財産の価額に算入されるものに限る。以下この章において同じ。)の目的の価額(受遺者又は受贈者が相続人である場合にあっては,当該価額から第千四十二条の規定による遺留分として当該相続人が受けるべき額を控除した額)を限度として,遺留分侵害額を負担する。
※民法1047条1項柱書

う 改正による変更

目的の価額について『受遺者又は受贈者が相続人である場合にあっては,当該価額から1042条の規定による遺留分として当該相続人が受けるべき額を控除した額』というカッコ書を規定した
改正前の解釈(あ)を明文化したものである
※法務省民事局参事官室『民法 (相続関係)等の改正に関する中間試案の補足説明』2016年7月p62
※中込一洋著『実務解説 改正相続法』弘文堂2019年p190,191

14 一部減殺の効果(物権共有・概要・改正前)

改正前の遺留分の権利(減殺請求)の効果は(原則として)所有権(共有持分権)の移転です(前述)。たとえば甲不動産の遺贈の全体が減殺されれば,甲不動産の所有権は遺留分権利者に帰属します(単独所有となります)。しかし,甲不動産の一部の減殺で遺留分権利者の遺留分侵害額が填補されることもあります。これを一部減殺といいます。一部減殺の場合,遺留分権利者は共有持分権を取得し,相手方との共有という状態になります。この共有の性質は,遺産共有ではなく物権共有となるので,共有を解消するための手続は共有物分割ということになります。
詳しくはこちら|遺留分減殺請求(平成30年改正前)の後の共有の性質と分割手続
なお,改正後の遺留分権は金銭債権であり共有持分権の移転ということは生じません。遺留分権行使の結果,共有状態となることは生じなくなっています。
詳しくはこちら|遺留分の権利・効果の法的性質(平成30年改正による金銭債権化)

本記事では,遺留分の負担(改正前は減殺の対象)について説明しました。
実際には,個別的な事情により,法的扱いや最適な対応が違ってきます。
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