【遺留分侵害額の計算(改正前・後)】

1 遺留分侵害額の計算(改正前・後)

民法改正による遺留分の規定の変更(注意)

平成30年改正民法により、遺留分の規定(制度)の内容が大きく変更されました。
令和元年6月30日までに開始した相続については、改正前の規定が適用されます。
令和元年7月1日以降に開始した相続については、改正後の規定が適用されます。

遺留分権の行使の際は、遺留分算定基礎財産を計算した上で、遺留分額を計算して、次に遺留分侵害額を計算する必要があります。このプロセスは平成30年改正の前後で違いはありません。
詳しくはこちら|遺留分算定基礎財産の計算の基本部分(基礎的計算式・改正前後)
詳しくはこちら|遺留分権利者・遺留分割合と遺留分額の計算(改正前後)
本記事では、遺留分侵害額の計算について説明します。

2 遺留分侵害額の計算方法(改正前・後)

遺留分侵害額の計算の基礎部分は、平成30年改正の前後で変わりません。改正前の判例の内容が、改正後は条文として明文化されています。判例や条文の表現(言葉)だと分かりにくいので計算式も含めてまとめました。

遺留分侵害額の計算方法(改正前・後)

あ 判例(改正前)

ア 遺留分額の計算 各遺留分権利者の遺留分額(個別的遺留分額)は、遺留分算定基礎財産を確定し、それに遺留分の割合を乗じ、複数の遺留分権利者がいる場合は更に遺留分権利者それぞれの法定相続持分の割合を乗じ、遺留分権利者がいわゆる特別受益財産を得ているときはその価額を控除して算定する
イ 遺留分侵害額の計算 遺留分の侵害額は、遺留分額から、遺留分権利者が相続によって得た財産がある場合はその額を控除し、遺留分権利者が負担すべき相続債務がある場合はその額を加算して算定する
※最判平成8年11月26日
ウ 遺留分算定基礎財産の計算(参考) 詳しくはこちら|遺留分算定基礎財産の計算の基本部分(基礎的計算式)

い 改正後の民法1046条2項

遺留分侵害額は、第千四十二条の規定による遺留分から第一号及び第二号に掲げる額を控除し、これに第三号に掲げる額を加算して算定する。
一 遺留分権利者が受けた遺贈又は第九百三条第一項に規定する贈与の価額
二 第九百条から第九百二条まで、第九百三条及び第九百四条の規定により算定した相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額
三 被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第八百九十九条の規定により遺留分権利者が承継する債務(次条第三項において『遺留分権利者承継債務』という。)の額
※民法1046条2項

う 平成30年改正による変更

ア 要点 『い』の条文は、『あ』の判例の内容を明文化したものである
※中込一洋著『実務解説 改正相続法』弘文堂2019年p178
イ 正確な比較 民法1042条(改正後)、1028条(改正前)は、遺留分額の計算において特別受益の控除はしていない
詳しくはこちら|遺留分権利者・遺留分割合と遺留分額の計算(改正前後)
一方、民法1046条2項1号(改正後)は、遺留分侵害額の計算の中で特別受益の加算をしている
結果(遺留分侵害額)としては、『い』の条文と『あ』の判例の内容は一致する

え 計算式

個別的遺留分額 = 遺留分算定基礎財産 × 総体的遺留分(割合) × 各遺留分権利者の相続分(割合)
遺留分侵害額 = 個別的遺留分額 − 遺留分権利者が得た特別受益の額 − 遺留分権利者が相続によって得た(積極)財産の額(後記※1) + 遺留分権利者が負担すべき相続債務の額(後記※2
※能見善久ほか編『論点体系 判例民法11相続 第3版』第一法規2019年p482、483
※『中間試案後に追加された民法(相続関係)等の改正に関する試案(追加試案)の補足説明』2017年7月18日p70〜71

3 遺留分権利者の取得分の計算(改正前・後)

(個別的)遺留分額の計算の中で、遺留分権利者が相続によって得た(積極)財産の額を差し引きます(前記)。この具体的な計算方法について、改正前は2つの見解が対立していました。平成30年改正で、条文として具体的相続分説が採用されました。改正後は見解の対立は解消されたのです。

遺留分権利者の取得分の計算(改正前・後)(※1)

あ 改正前の解釈

遺留分権利者が相続によって得た(積極)財産の額については、『ア・イ』の見解の対立があった
ア 法定相続分説 法定相続分を前提に算定すべきである=特別受益を反映しない
イ 具体的相続分説 寄与分による修正を考慮しない具体的相続分を前提に算定すべきという見解=特別受益を反映する

い 改正後の民法1046条2項2号

遺留分侵害額は、第千四十二条の規定による遺留分から第一号及び第二号に掲げる額を控除し、これに第三号に掲げる額を加算して算定する。
二 第九百条から第九百二条まで、第九百三条及び第九百四条の規定により算定した相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額
※民法1046条2項(2号のみ)

う 引用する条文の内容(参考)

民法900、901条→法定相続分
民法902条→遺言による相続分の指定
民法903、904条→特別受益者の相続分

え 平成30年改正による変更

改正法では、特別受益を考慮した具体的相続分に従った額とすることとされている
具体的相続分説を採用したことを意味する
※『中間試案後に追加された民法(相続関係)等の改正に関する試案(追加試案)の補足説明』2017年7月18日p71、72
※中込一洋著『実務解説 改正相続法』弘文堂2019年p178

お 遺産分割の終了との関係

遺産分割が終了しているか否かによる区別をしていない
※中込一洋著『実務解説 改正相続法』弘文堂2019年p178

4 遺留分権利者承継債務の基本的解釈(改正前後)

遺留分侵害額の計算では、遺留分権利者が負担する債務を加算します(前記)。平成30年前は判例がこのことを示していましたが、改正により条文に明文化されました。実際の扱いは改正前後で違いはありません。なお、改正法では遺留分権利者承継債務というネーミングが明記されています。

遺留分権利者承継債務の基本的解釈(改正前後)(※2)

あ 判例(改正前)

遺留分侵害額には各遺留分権利者が負担する債務(遺留分権利者承継債務)の額を加算する
※最高裁平成8年11月26日

い 改正後の民法1046条2項3号

遺留分侵害額は、第千四十二条の規定による遺留分から第一号及び第二号に掲げる額を控除し、これに第三号に掲げる額を加算して算定する。
三 被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第八百九十九条の規定により遺留分権利者が承継する債務(次条第三項において『遺留分権利者承継債務』という。)の額
※民法1046条2項(3号のみ)

う 平成30年改正による変更

『あ』の判例が明文化された
※能見善久ほか編『論点体系 判例民法11相続 第3版』第一法規2019年p484

5 遺留分侵害額の計算における債務の相続分指定の扱い(改正前後)

前述のように、遺留分侵害額の計算の中で、遺留分権利者承継債務が加算されます。これに関して、遺言によって相続分の指定があった場合にも、指定相続分を使わず法定相続分を使って計算するという発想もあります。しかし平成21年の最高裁判例が指定相続分を使って計算することを示しました。平成30年改正後も、この計算方法は条文に定められていません。結局、改正前と同じ解釈が改正後も生きているといえるでしょう。

遺留分侵害額の計算における債務の相続分指定の扱い(改正前後)

あ 債権者との関係→原則として法定相続を適用(前提)

債務を含む相続財産についての相続分の指定について
相続分指定による債務の承継は、債権者には主張できない
債権者は、法定相続による債務の承継を前提として請求できる
詳しくはこちら|相続債務の当然分割と遺言による相続分指定の効力

い 判例(平成30年改正前)

ア 債務についての相続分の指定(前提) ・・・相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされ、当該相続人が相続債務もすべて承継したと解される場合、
イ 遺留分侵害額算定における法定相続分による債務の算入→否定 遺留分の侵害額の算定においては、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されないものと解するのが相当である。
ウ 実際に弁済した場合でも否定 遺留分権利者が相続債権者から相続債務について法定相続分に応じた履行を求められ、これに応じた場合も、履行した相続債務の額を遺留分の額に加算することはできず
エ 求償は別問題(参考) 相続債務をすべて承継した相続人に対して求償し得るにとどまるものというべきである。
※最判平成21年3月24日

う 改正による変更

平成21年最判の規律(い)は条文に規定されなかった
改正後もこの解釈があてはまると思われる

え 相続人内部の求償(参考)

債権者が法定相続を前提とした請求をして、相続人(指定相続分はゼロ)が、指定相続分による債務(ゼロ)を超えて弁済するということが生じる
しかしこのことは、遺留分の制度の中では反映されない
(『あ』の規定と『い』の判例の組み合わせの結果といえる)
この場合、相続分指定による債務を超えて弁済した相続人は、相続分指定による債務を免れた相続人に対して求償できる(にとどまる)
※能見善久ほか編『論点体系 判例民法11相続 第3版』第一法規2019年p484、485

6 受遺者・受贈者による債務弁済の際の消滅請求(改正後・概要)

前述のように、遺留分侵害額の計算の中で、遺留分権利者承継債務が加算されるのは、遺留分権利者が承継した債務を弁済することを前提としています。ところがそうではなく、遺留分権行使の相手方(受遺者や受贈者)が相続債務を弁済することもあります。この場合、遺留分侵害額の計算の前提が崩れます。この食い違い(不公平)は求償権によって解消されることになります。
この点、平成30年改正によって消滅請求の制度が創設されました。求償権による相殺という従来の処理よりも強化されています。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|受遺者・受贈者の債務弁済などによる消滅請求(改正後)

本記事では、遺留分侵害額の計算について説明しました。
実際には、個別的な事情により、法的扱いや最適な対応が違ってきます。
実際に遺留分や相続に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【負担付贈与・不相当対価による有償行為の遺留分に関する扱い(改正前・後)】
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