【明白性基準と熟慮期間繰り下げ非限定説による相続放棄申述の裁判例集約】

1 明白性基準・非限定説により相続放棄を審理した裁判例
2 不動産の存在により要件欠缺明白性を肯定した裁判例
3 不動産が存在しても要件欠缺明白性を否定した裁判例
4 債務完済の誤信により要件欠缺明白性を否定した裁判例
5 借地権相続の誤認により要件欠缺明白性を否定した裁判例
6 非限定説と明白性原則を採用した最近の裁判例

1 明白性基準・非限定説により相続放棄を審理した裁判例

相続放棄の申述は家庭裁判所の審判で受理するかどうかを判断します。
詳しくはこちら|相続放棄により相続人ではない扱いとなる(相続放棄の全体像)
裁判所の審査は,最小限だけの証拠で,明白に要件を欠くもの以外は受理します。
詳しくはこちら|相続放棄申述の審理での家裁の審査の程度は低い(明白性基準)
問題となる要件は,主に熟慮期間の経過です。
熟慮期間の扱いとしては,積極財産があることを知っていても,消極財産(マイナス)が大きいことを知らなかった場合に,救済的に熟慮期間の繰り下げ(延長)を認める傾向があります。
つまり,救済的に相続放棄の申述の受理を認めるというものです。
詳しくはこちら|相続放棄の熟慮期間の起算点とその繰り下げ(限定説と非限定説)
実際に多くの裁判例で明白性基準や非限定説を使って,受理を認める方向性で判断がなされています。
本記事では,明白性基準や非限定説を採用した裁判例の具体的内容を紹介します。
なお,家庭裁判所が相続放棄の申述を認めても,相続放棄の効果が確定するというわけではありません。
別の民事訴訟で相続放棄の効果が認められるかどうか,はまた別問題なのです。
詳しくはこちら|相続放棄の申述の家庭裁判所の手続と受理する審判の効果

2 不動産の存在により要件欠缺明白性を肯定した裁判例

相続人が相続財産に不動産が含まれていることを認識していたケースです。
不動産は一般的に高額な財産です。
そこで裁判所は,このことを主な理由として,相続財産が存在するという認識は明白であると判断しました。
緩い基準を使っているのですが,それでも熟慮期間の延長を認めませんでした。
結果的に相続放棄の受理を認めませんでした。

<不動産の存在により要件欠缺明白性を肯定した裁判例>

あ 明白性基準の採用

明白性基準によって判断する

い 不動産の存在

相続財産に不動産が含まれていた

う 明白か否かの判断

相続人が相続財産が存在すると認識していたことは明白である
→熟慮期間の繰り下げは適用されない
→熟慮期間を経過していることが明白である
→相続放棄の申述を認めなかった
※仙台高裁平成4年6月8日

3 不動産が存在しても要件欠缺明白性を否定した裁判例

不動産が相続財産に含まれることを相続人が知っていても,熟慮期間の繰り下げを認めるケースもあります。
この裁判例では,明白性基準自体をより強めた(保護されやすくした)基準を設定しています。

<不動産が存在しても要件欠缺明白性を否定した裁判例>

あ 強度の明白性基準の採用

相続放棄の申述の実質的要件を欠いていることが極めて明白である場合に限り
申述を却下する
一般的な明白性基準を強度にしたものである

い 不動産の存在とこれに関する認識

相続人Aは相続財産に不動産が含まれることを認識していた
不動産を長男Bが取得するもので,自己Aが取得することはないと信じていた
Aは,被相続人には債務がないと信じていた

う 明白か否かの判断

『い』のような認識がうかがわれる
Aが『い』のように信じたとしても無理からぬ事情がうかがわれる
→債権者から請求を受けて初めて債務の存在を知った可能性がある
→熟慮期間の繰り下げが認められる可能性がある
→熟慮期間を経過していることが明白であるとはいえない
→相続放棄の申述を認めた
※仙台高裁平成元年9月1日

4 債務完済の誤信により要件欠缺明白性を否定した裁判例

相続人が,相続財産として債務(マイナス財産)が存在することを知っていたケースです。
一般的には熟慮期間の繰り下げは適用されない傾向があります。
しかし,被相続人や他の関係者から受けた説明が原因で誤解したような状況でした。
そこで,裁判所は救済的に熟慮期間の繰り下げが認められる可能性があると判断しました。
結果的に,相続放棄の申述を受理しました。

<債務完済の誤信により要件欠缺明白性を否定した裁判例>

あ 明白性基準の採用

明白性基準によって判断する

い 『債務返済不要』という説明を信じた

C銀行に対する債務について
相続人Aは,被相続人が債務を負担していたことは知っていた
被相続人から債務額を聞いていなかった
被相続人から,『債務を返済する必要がない』旨聞いていた
被相続人の死後,債務が残っているとは考えていなかった

う 抵当不動産売却による完済という誤信

相続人A・Bは,被相続人が漁協に債務を負担していたことは知っていた
被相続人の廃業時の減船の補償金が返済に充てられたと聞いていた
残債務はBの夫が不動産甲を担保に提供して負担することになったと理解していた
不動産甲が処分されて返済に充てられた
被相続人の債務が残っているものとは考えていなかった

え 明白か否かの判断

C銀行・漁協から連絡を受けて調査するまで
A・Bは債務が債務が完済されたものとは理解していなかった
残債務については,Bの夫が一切を負担することになったものと理解していたため
被相続人の死亡当時,被相続人の債務として残っているものとは考えていなかった
→熟慮期間の繰り下げが認められる可能性がある
→熟慮期間を経過していることが明白であるとはいえない
→相続放棄の申述を認めた
※仙台高裁平成8年12月4日

5 借地権相続の誤認により要件欠缺明白性を否定した裁判例

相続にが借地権の相続を認識していなかったと主張していたケースです。
地主は通知や会話で借地権の相続を相続人に伝えたと主張していました。
裁判所は,通知の方法や供述の信用性から地主の主張を受け入れませんでした。
つまり,相続人が借地権の相続を知っていたことが明白とはいえないと判断したのです。
そのため,熟慮期間の繰り下げの可能性があると判断しました。
結果的に相続放棄の申述を認めました。

<借地権相続の誤認により要件欠缺明白性を否定した裁判例>

あ 明白性基準の採用

明白性基準によって判断する

い 客観的な借地権の相続の状況

被相続人Aは借地人であった
B(+他の相続人)は借地権を相続した

う 借地権相続に関する認識の状況

地主は特定記録郵便でBに『Bが借地権を相続した』ことを通知した
地主とBとの会話の中で借地権の相続が話題になった(と地主が供述した)

え 通知による認識の明白性の判断

特定記録郵便は配達証明書がない
投函されたことだけが明確になっている
また,複数人で居住していた
Aへの配達の記録が不十分である

お 地主の供述による明白性の判断

地主は相続人(借地人)と利害関係がある
→供述が真実かどうかは慎重に判断すべきである
→Bの発言内容自体は他の事情を明らかにした上で判断すべきである
→A・Bの会話によりAが借地権の相続を認識したことが明白とはいえない

か 明白かどうかの判断の結論

熟慮期間の繰り下げが認められる可能性がある
→熟慮期間を経過していることが明白であるとはいえない
→相続放棄の申述を認めた
※東京高裁平成22年8月10日

6 非限定説と明白性原則を採用した最近の裁判例

以上の裁判例のように,明白性原則や非限定説によって相続人を保護する傾向は多くの裁判例に共通しています。
その具体例の中から,比較的最近の裁判例も紹介しておきます。

<非限定説と明白性原則を採用した最近の裁判例>

あ 明白性基準の採用

明白性基準によって判断する

い 相続財産の認識の程度

相続人Aは相続開始時に相続財産(特に積極財産)について認識していた
しかし『自分自身には相続するべき財産はない』と考えていた
実際に積極財産の取得をしていない

う 明白かどうかの判断の結論

Aは,相続財産が存在しないと信じていた
Aが消極財産について積極的な調査をする期待可能性に欠ける
→熟慮期間の繰り下げが認められる可能性がある
→熟慮期間を経過していることが明白であるとはいえない
→相続放棄の申述を認めた
※東京高裁平成26年3月27日

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