1 相続放棄・限定承認の熟慮期間の起算点
2 熟慮期間の基本的内容(概要)
3 熟慮期間の起算点の原則的解釈
4 熟慮期間の起算点の繰り下げの要件
5 熟慮期間の起算点の繰り下げによる新起算点
6 相続財産がまったく存在しない誤信の内容
7 誤信についての非限定説の理由と裁判例
8 非限定説で熟慮期間を繰り下げて救済した裁判例(概要)

1 相続放棄・限定承認の熟慮期間の起算点

被相続人が亡くなった後に,相続人が相続放棄と限定承認を選択する際には期限があります。
民法上は『相続開始を知ってから3か月』と規定されています。
詳しくはこちら|相続放棄により相続人ではない扱いとなる(相続放棄の全体像)
しかし,状況によってはこの期間では相続放棄などの選択をする機会が十分にはない,ということもあります。
そこで,判例の解釈で,熟慮期間はある程度柔軟な扱いが認められています。
本記事では,熟慮期間の起算点を繰り下げるなどの解釈について説明します。

2 熟慮期間の基本的内容(概要)

まず最初に,熟慮期間のルールの基本的な内容をまとめておきます。

<熟慮期間の基本的内容(概要)>

あ 相続放棄・限定承認の期間制限

相続放棄・限定承認をせずに熟慮期間(い)が満了した場合
→単純承認をしたとみなされる
※民法921条2号;法定単純承認

い 熟慮期間の条文規定

自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月
※民法915条1項本文,938条,939条
詳しくはこちら|相続放棄により相続人ではない扱いとなる(相続放棄の全体像)

3 熟慮期間の起算点の原則的解釈

熟慮期間は,条文上相続の開始があったことを知った時からカウントする(起算点)ことになっています。
しかし,古い判例で解釈によって起算点には自己が相続人となったという要件が追加されています。

<熟慮期間の起算点の原則的解釈>

あ 原則的解釈

相続人が『い・う』の両方を知った時から起算する

い 相続開始の原因たる事実

被相続人が亡くなったという事実のことである

う 自己が法律上相続人となった事実

※大決大正15年8月3日;相続人覚知時説

4 熟慮期間の起算点の繰り下げの要件

熟慮期間の起算点について,前記の判例の基準でも,救済として不十分といえる状況があります。
そこで,昭和59年の最高裁判例で,熟慮期間の起算点を繰り下げる解釈が出されました。
現在ではこれが統一的な基準として使われています。
まずは熟慮期間の起算点を繰り下げることになる要件だけをまとめます。

<熟慮期間の起算点の繰り下げの要件(※1)>

あ 起算点の繰り下げの要件

『い・う』の両方に該当する場合
→熟慮期間の起算点を繰り下げる(後記※3)

い 相続財産が存在しないという誤信(※2)

相続人が熟慮期間内に限定承認・相続放棄をしなかった
その理由は被相続人に相続財産がまったく存在しないと信じたためである

う 誤信した相当な理由=調査の困難性

当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情がある
相続人において『い』のように信ずるについて相当な理由がある

え 相当な理由の判断材料

ア 被相続人の生活歴
イ 被相続人と相続人との間の交際状況
ウ その他諸般の事情(から判断する)
※最高裁昭和59年4月27日

5 熟慮期間の起算点の繰り下げによる新起算点

前記の要件に該当すると熟慮期間の起算点を繰り下げることになります。
具体的に,新たな起算点となるのは,実際に相続人が相続財産の存在を認識したか,認識すべき時です。

<熟慮期間の起算点の繰り下げによる新起算点(※3)>

あ 繰り下げの要件(概要)

熟慮期間の繰り下げの要件(前記※1)に該当する場合
→熟慮期間の新たな起算点は『い』とする

い 熟慮期間の新たな起算点

『ア・イ』のいずれか(から起算する)
ア 相続人が相続財産の全部or一部の存在を認識した時
イ 相続人が通常『ア』を認識しうべき時
※最高裁昭和59年4月27日
※最高裁平成13年10月30日;踏襲
※最高裁平成14年4月26日;踏襲
※遠藤賢治『最高裁判所裁判例解説民事篇 昭和59年度』法曹会p207

6 相続財産がまったく存在しない誤信の内容

熟慮期間の繰り下げの要件の中の相続財産がまったく存在しない誤信の解釈については,主に2つの見解があります。
判例の文言どおりに考えると限定説となりますが,不合理なところがあります。
そこで,非限定説を採用する裁判例が多くあります。非限定説の見解の理由

<相続財産がまったく存在しない誤信の内容>

あ 相続財産の誤信の解釈の全体像

起算点の繰り下げの要件の1つに
相続財産がまったく存在しないという誤信がある(前記※2)
この意味の解釈について2つの見解がある
2つの見解の支持は拮抗している
裁判例も分かれている
※遠藤隆幸『相続放棄申述受理審判における熟慮期間の審査とその程度』/『金融・商事判例1436号』2014年3月p78

い 限定説

判例の文言どおりに解釈する
→相続財産がまったく存在しないと認識していた場合に限る

う 非限定説

積極財産は知っていたがそれを超える消極財産は存在しないと認識していた場合を含む
※大阪弁護士会研修センター運営委員会編『家庭裁判所別表第一審判事件の実務』新日本法規出版2013年p335

7 誤信についての非限定説の理由と裁判例

熟慮期間の繰り下げの要件の中の誤信に関する解釈は2つのものがあります(前記)。
そのうち非限定説は,多くの裁判例が採用しています。
非限定説の見解の理由についてまとめます。

<誤信についての非限定説の理由と裁判例>

あ 限定説の理論的不合理性(ノミナル批判)

『積極財産がまったく存在しない』ということは常識的にあり得ない
限定説はあり得ないことを要件としている
→不合理である
※大阪弁護士会研修センター運営委員会編『家庭裁判所別表第一審判事件の実務』新日本法規出版2013年p336

い 限定説の現実的不合理性(救済不十分)

相続財産の一部を認識していても
相続債務はないものと誤信してた相続人について
→限定説だと保護されない
→救済として不十分(不合理)である

う 非限定説を採用した裁判例

相続人は積極財産の認識はあった
相続債務はないと誤信していた
→相続人を救済した
=熟慮期間の起算点の繰り下げを適用した
※仙台高裁平成7年4月26日
※大阪高裁平成10年2月9日
※名古屋高裁平成11年3月31日
※東京高裁平成12年12月7日
※東京高裁平成26年3月27日

8 非限定説で熟慮期間を繰り下げて救済した裁判例(概要)

前記の解釈について非限定説を使って熟慮期間の繰り下げを認めた裁判例は多くあります。
実際には,非限定説の解釈だけではなく,審査の程度(精度)を下げるという方法(明白性基準)も使って,より救済できる運用が多いのです。
実際に,いろいろな事案について,熟慮期間の繰り下げを認めた裁判例があります。
いくつかの裁判例の内容については,別の記事で紹介しています。
詳しくはこちら|明白性基準と熟慮期間繰り下げ非限定説による相続放棄申述の裁判例集約