【同時死亡の推定が適用される具体例と実務上の問題点】
1 同時死亡の推定が適用される具体例と実務上の問題点
相続において、死亡の順序は極めて重要な意味を持ちます。誰が先に亡くなったかによって、相続関係や財産の分配が大きく変わるためです。しかし、災害や事故などで複数の方が亡くなった場合、その死亡順序を確定することが困難なケースがあります。このような状況に対応するため、民法には「同時死亡の推定」という規定が設けられています。本記事では、同時死亡の推定の基本的な考え方から、具体的な事例、裁判例、そして対策までを詳しく解説します。
なお、同時死亡の推定の理論や解釈については別の記事に整理してあります。
詳しくはこちら|同時死亡の推定|死亡順序による違い・典型=災害・事故・脳死
2 同時死亡の推定の基本
(1)同時死亡の推定の基本
死亡順序が判明しない場合の救済措置として、民法32条の2に「同時死亡の推定」という規定があります。これは、複数の者が亡くなった場合で、死亡の前後が分からないときに、これらの者は「同時に死亡した」ものと推定するというものです。
(2)適用条件
同時死亡の推定が適用されるためには、次の条件を満たす必要があります。
(ア)複数の者が亡くなったこと(イ)死亡の前後が分からないこと
(3)法的効果
同時死亡と推定されると、相互間での相続は発生しません。つまり、互いに相手の相続人とはならないということです。これにより、相続関係の早期安定化が図られます。
3 ケーススタディ(死亡順序が資産分配を大きく変える事例)
同時死亡の推定が問題となる典型的な事例として、以下のようなケースを考えてみましょう。
(1)事案
夫婦が飛行機事故や大災害で両方とも亡くなったとします。この夫婦には子どもがおらず(孫以降も存在しない)、両親も既に他界しています。しかし夫婦それぞれの兄弟は健在です。財産状況としては、夫が10億円相当の資産を持っているのに対し、妻は資産を持っていません。
(2)問題の所在
このケースでは、夫と妻のどちらが先に亡くなったかによって、最終的な財産の分配先が大きく異なります。死亡順序が確定できない場合、民法の同時死亡の推定規定がどのように適用され、結果としてどのような相続が行われるのかが重要な問題となります。
4 シナリオ分析(死亡順序による相続結果の違い)
死亡順序によって相続結果がどう変わるのか、具体的に見ていきましょう。
(1)夫が死亡→妻が死亡の場合
まず夫が亡くなると、夫の遺産のうち4分の3(7億5000万円相当)を妻が相続します。次に妻が亡くなると、妻の財産すべて(夫から相続した7億5000万円相当)は妻の兄弟が相続することになります。結果として、夫の兄弟は夫の遺産の4分の1(2億5000万円相当)を相続し、妻の兄弟は7億5000万円相当を相続することになります。
(2)妻が死亡→夫が死亡の場合
妻が先に亡くなった場合、妻には資産がないため相続は発生しません。その後、夫が亡くなると、夫の遺産10億円相当はすべて夫の兄弟が相続することになります。この場合、妻の兄弟は一切財産を相続できません。
このように、死亡順序によって相続結果は大きく異なります。このような不確定な状況を解消するために、前述の同時死亡の推定のルールが作られているのです。
5 結論(同時死亡推定の結果)
同時死亡の推定を前述の事例に適用すると、以下のようになります。
(1)前提事情
夫婦が同時に死亡したと推定されます。
(2)相続の考え方
夫が死亡した時点で、妻は既に死亡していると考えます。同様に、妻が死亡した時点で、夫も既に死亡していると考えます。
(3)相続結果
夫の遺産10億円相当はすべて夫の兄弟が相続します。妻の兄弟は夫の財産を相続することはできません。なぜなら、妻は夫より先に(または同時に)亡くなっているため、夫の相続人とはならないからです。
このように、同時死亡の推定により、相続関係が明確になります。
6 同時死亡の推定の典型的な適用事例
次に、前述のケース(具体例)を離れて、同時死亡の推定に関する説明を続けます。
(1)災害・事故での適用
同時死亡の推定が適用される典型的な例としては、多くの方が近い時間帯に亡くなる災害や事故の状況が挙げられます。例えば、大地震、津波、飛行機事故、列車事故などです。これらの状況では、死亡時刻の特定の手がかりがほとんどない場合が多く、死亡時刻や死亡順序が判別不能になりやすいです。
詳しくはこちら|死亡認定・3徴候説|刑事責任との関係・臓器移植法改正
(2)脳死認定との関連
脳死の場合、特に死亡時刻が不明確になりがちです。脳死は脳機能の喪失で判断するため、外見上からは認定できず、医師が検査をするまで死亡の認定ができません。また、医師の検査のタイミングによって認定時刻が変わるという特徴があります。災害などで複数の脳死者が近いタイミングで発生した場合、医師の検査の順序によって死亡時刻の前後が変わることになり、不合理な結果を招く恐れがあります。そのため、このような状況では積極的に同時死亡の推定が適用されます。
7 同時死亡の推定の否定
同時死亡の推定は法律上の推定であるため、反対の証拠を提出することによって覆す(否定する)ことが可能です。推定を覆すためには、一方の死亡者が他方の死亡後になお生存していたことが「明らか」になる程度の証拠が必要とされます。具体的には、目撃証言、法医学的な鑑定、救助記録や搬送記録などが考えられます。
8 立証責任と証明方法
(1)立証責任の所在
民法32条の2により同時死亡と推定された場合、その推定を覆し、異なる死亡順序を主張する側が立証責任を負います。例えば、交通事故で父と子が同時に死亡したと推定された場合に、子の相続人が「父が先に死亡し、その後子も死亡した」と主張する場合、その相続人が父が先に死亡したという事実を証拠によって証明する必要があります。
(2)認められる証拠の種類
同時死亡の推定を覆すために認められる証拠としては、死亡診断書・死体検案書、目撃者の証言、救助・搬送記録、鑑識・捜査報告書、写真・映像、専門家の意見などが考えられます。
(3)実務上の困難点
死亡時刻の立証、特に同時死亡の推定を覆すための立証は、実務上多くの困難を伴います。事故や災害の状況では、客観的な証拠が散逸・消失してしまう可能性があり、また、死亡診断書に死亡時刻が「不明」と記載されることも少なくありません。さらに、法医学的な鑑定にも精度の限界があります。そのため、多くの場合、同時死亡の推定に基づいて相続手続きが進められることになります。
9 特殊な適用ケース
(1)行方不明者の認定死亡(失踪宣告)
行方不明者の認定死亡(失踪宣告)は、民法30条以下に規定されており、同時死亡の推定とは異なる制度です。
詳しくはこちら|普通失踪(失踪宣告)の基本(要件・効果・手続)
詳しくはこちら|災害×死亡認定|特別失踪・死亡届の緩和措置
しかし、死亡が確認された者と失踪宣告を受けた者との間で、相続関係が生じる可能性があります。もし、死亡が確認された者の死亡時期と、失踪宣告によって死亡とみなされる時期の前後が不明であれば、これらの者は同時に死亡したものと推定され、相互に相続は発生しない可能性があります。
(2)海外での死亡証明
海外で日本人が死亡した場合、その死亡を日本の戸籍に記載するためには、現地の死亡証明書を日本の市区町村役場または日本大使館・領事館に提出する必要があります。海外の死亡証明書に死亡時刻が詳細に記載されていない場合や、複数の死亡者の死亡時刻の先後関係が不明な場合、日本の相続手続きにおいては、民法32条の2に基づいて同時死亡の推定が適用される可能性があります。
(3)特殊災害における適用
原子力発電所の事故や、化学兵器・生物兵器による攻撃など、特殊災害においては、死亡の原因や状況が複雑であり、死亡時刻の特定が極めて困難となることが予想されます。このような状況下では、同時死亡の推定が重要な役割を果たすと考えられます。
10 実務上の対応と戸籍処理
(1)死亡届と戸籍処理の流れ
同時死亡の推定が適用される可能性がある状況では、死亡届には、死亡時刻が不明であることや、複数の者が同時に死亡した可能性がある旨が記載されることがあります。役場では、提出された死亡届と死亡診断書・死体検案書に基づいて、戸籍に死亡の事実を記載する手続きを行います。同時死亡と推定される場合、戸籍には「令和●年●月●日時刻不詳死亡」などと記載されることがあります。
(2)戸籍記載と同時死亡推定の優先順位
戸籍の死亡日時と同時死亡の推定との優先順位は、法的な解釈が分かれる場合があります。対象となる者全員の戸籍上の死亡日時が医師の診断書に基づいており、死亡時刻が具体的に記載されている場合には、戸籍の記載が優先されるという見解があります。一方、対象者のうち一人でも死亡時刻が不明な場合には、同時死亡の推定が優先されるという見解もあります。
(3)自治体での取扱いの実際
各自治体における同時死亡の推定に関する取扱いは、基本的には法令や法務省の通達に基づいて行われますが、具体的な運用においては若干の違いが見られることがあります。大規模な災害などで多数の死亡者が発生した場合、自治体は臨時の窓口を設置したり、特別な手続きを設けたりすることもあります。
11 生命保険の受取人(参考)
たとえば、Aが亡くなった時の生命保険(死亡保険金)の受取人がBとなっていて、ABがほぼ同時に亡くなったケースでは、保険金の受取人が誰なのか、が問題となります。まず、民法32条の2によって「同時死亡」の推定が働きます。同時死亡を前提とすると通常、保険の約款によって「受取人(B)の相続人」が受取人となります。ここで「受取人の相続人」が複数人である場合は、一般的な約款では、法定相続分で分けるわけではなく、人数で単純に均等に分けることになっています。
12 事前対策と専門家のアドバイス
(1)遺言書での対応可能性
同時死亡の推定が適用される可能性のある状況に備えて、遺言書を作成しておくことは有効な対策です。遺言書では、相続人や受遺者が遺言者よりも先に死亡した場合、または同時に死亡した場合の財産の承継について、明確な意思表示をしておくことができます。ただし、遺言書で指定した相続人や受遺者が遺言者と同時に死亡した場合、原則としてその遺言は効力を生じないため、予備的な条項を設けるなど慎重な検討が必要です。
詳しくはこちら|遺言作成時の注意(タイミング・変更理由の記載・過去の遺言破棄)
(2)生前にできる法的準備
遺言書以外にも、生命保険の受取人を適切に指定しておくことや、財産の共有名義を検討すること、信託を活用することなども、同時死亡推定への対策として考えられます。これらの法的準備は、個々の家族構成や財産状況によって最適な方法が異なります。
詳しくはこちら|遺言代用信託のメリット(通常の遺言や遺言信託との違い)
本記事では、同時死亡の推定が適用される具体例と実務上の問題点について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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