【遺言が無効となる事情(無効事由)の総合ガイド】
1 遺言が無効となる事情(無効事由)の総合ガイド
遺言は、遺産のスムーズな承継を実現し、相続後の相続人の間の対立、トラブル(遺産分割)を回避する有用な手段です。しかし、せっかく作成した遺言が、遺言者が亡くなった後に無効であると判断されることは少なくありません。
本記事では、遺言が無効となる状況、事情(無効事由)にはどのようなものがあるか、ということを説明します。
2 民法における遺言無効の法的根拠
遺言の有効性に関する最も基本的な規定は、民法960条(遺言の方式)に定められています。この条文は、「遺言は、この法律に定める方式に従わなければ、することができない」と明記しており、遺言が法律で定められた厳格な方式に従って作成されなければならないことを示しています。この原則は、遺言の種類を問わず適用され、民法に規定された方式を一つでも欠く遺言は、原則としてその効力を失います。
3 方式の不備による遺言の無効
(1)自筆証書遺言の方式の不備
自筆証書遺言は、遺言者がその全文、日付、氏名を自書し、押印することによって成立する遺言です。平成30年の民法改正により、相続財産の目録については自書が不要となり、パソコンなどで作成したものを添付することも可能となりましたが、その目録の各ページには署名と押印が必要です。
自筆証書遺言が方式の不備により無効となる代表的な事例としては、全文の自書がない場合、日付の記載がない・不明確な場合(「〇年〇月吉日」など)、署名・押印がない場合、訂正方法を誤っている場合(修正液や修正テープの使用は認められません)、そして共同遺言の場合(2人以上の者が同一の証書で遺言をすることは、民法975条で禁止されています)があります。
詳しくはこちら|自筆証書遺言の方式(形式要件)の総合ガイド
詳しくはこちら|共同遺言の禁止(民法975条)(解釈整理ノート)
(2)公正証書遺言の方式の不備
公正証書遺言は、遺言者が証人2人以上の立会いのもと、遺言の趣旨を公証人に口授し、公証人がこれを筆記して作成する遺言です。法律の専門家である公証人が作成に関与するため、方式の不備により無効となるケースは比較的少ないですが、証人の欠格や口授の欠如といった問題が生じることがあります。
民法974条は、未成年者、推定相続人、受遺者及びこれらの配偶者・直系血族、公証人の配偶者・四親等内の親族・書記・使用人などを証人となることができない者として定めています。これらの欠格者が証人として立ち会った場合、その公正証書遺言は無効となる可能性があります。また、遺言者は遺言の趣旨を公証人に口頭で伝えなければならず(民法969条2号)、この手続きが適切に行われなかった場合も遺言が無効とされる可能性があります。
詳しくはこちら|公正証書遺言の方式(民法969条)(解釈整理ノート)
詳しくはこちら|遺言の証人・立会人の欠格事由(民法974条)(解釈整理ノート)
(3)秘密証書遺言の方式の不備
秘密証書遺言は、遺言者が署名・押印した証書を封筒に入れ封印し、公証人及び証人2人以上に提出して、自己の遺言書である旨を申述し、その旨を封筒に記載してもらう方式の遺言です。遺言の内容を秘密にできるという特徴がありますが、封印及び申述の手続きに不備があると無効となる可能性があります。また、遺言書に押された印と封筒の綴じ目に押された印が異なる場合も、遺言の真正性が疑われ、無効となる可能性があります。
4 遺言能力の欠如による遺言の無効
遺言が有効に成立するためには、遺言者が遺言作成時に遺言能力を有していることが前提となります(民法963条)。遺言能力とは、遺言の内容を理解し、その結果を判断できる精神能力を指します。
詳しくはこちら|遺言能力|基本・全体|年齢・実質的判断|精神状態・遺言の複雑性・背景
(1)年齢制限
15歳未満の者は、遺言をすることができません(民法961条)。遺言当時に14歳以下であった場合、その遺言は無効となります。
(2)意思能力の欠如
遺言作成時に、遺言者が遺言の内容やその法的効果を理解し判断する能力(意思能力)を欠いていた場合、その遺言は無効となります。認知症の進行などにより意思能力がない状態で作成された遺言書は無効となります。
(3)成年被後見人の遺言
成年被後見人が遺言をするには、一時的に事理を弁識する能力を回復した時に、医師2人以上の立会いが必要です(民法973条1項)。この要件を満たさない場合、成年被後見人が作成した遺言は無効となります。
5 遺言内容に関する無効事由
遺言書の形式的な要件を満たしていても、その内容に問題がある場合には、遺言が無効となることがあります。
(1)内容の不明確性
遺言の内容が不明確で、遺言者の真意を解釈することが困難な場合、その遺言は無効となる可能性があります。遺産の分け方や相続人を特定する記載が曖昧であると、遺言の効力が争われる原因となります。
詳しくはこちら|遺言書の内容の解釈(適法有効の方向性・判断基準・具体例)(解釈整理ノート)
(2)公序良俗違反
遺言の内容や目的が、公の秩序または善良の風俗に反する場合、その遺言は無効となります(民法90条)。例えば、不倫関係にある愛人に全財産を遺贈するような遺言が、配偶者や子どもの生活基盤を脅かすと判断された場合などです。ただし、遺贈の目的や相続人に与える影響などを考慮して、公序良俗違反とならないと判断されるケースもあります(最判昭和61年11月20日)。違法な内容の遺言(例:麻薬の譲渡)も無効です。
詳しくはこちら|遺言の実質的内容×有効性|公序良俗違反・判断要素・判例|正妻vs婚外交際
(3)処分できない財産
遺言者の所有ではない財産や、遺言者が経営する法人の所有物など、遺言者が処分権限を持たない財産については、遺言による処分は無効となります。
詳しくはこちら|遺言のイレギュラーな記載事項(処分権なし・補充遺言)
6 外部的要因による遺言の無効
遺言者の意思決定の自由が損なわれたような場合には、遺言が無効となることがあります。
(1)錯誤・詐欺・強迫による遺言
遺言者が遺言の内容や受益者の認識について重大な錯誤(勘違い)をしていた場合、その遺言は取り消すことができます。
また、遺言者が詐欺(だますこと)または強迫(脅迫すること)によって遺言を作成した場合も、その遺言は取り消すことができます(民法96条1項)。
遺言者の死後、取消権は相続人に承継されます。ただし、遺言者が死亡した後で詐欺や強迫があったことを証明するのは一般的に困難です。
詳しくはこちら|公序良俗違反・錯誤・詐欺・強迫による遺言の無効・取消(解釈整理ノート)
(2)遺言書の偽造・変造
遺言者本人以外の者が遺言書を作成した場合(偽造)や、遺言書の内容が変造された場合、その遺言書は無効となります。また、遺言書を偽造した者は、相続人となる資格を失います(民法891条5号)。
詳しくはこちら|遺言偽造の実態・法的な問題と予防策(総合ガイド)
7 遺言の撤回による無効
遺言は、遺言者の生存中にいつでも撤回することができます。また、後の遺言と前の遺言が抵触する場合、前の遺言は撤回されたものとみなされます(民法1022条)。遺言書を故意に破棄するなどの行為も、遺言の撤回とみなされることがあります。
詳しくはこちら|遺言の訂正(変更・撤回)の基本(全体・ニーズ)
8 遺言の無効を争う手続き
遺言の内容に不満がある場合や、遺言が無効となる事由が存在すると考えられる場合、相続人は遺言の有効性を争うことができます。
(1)相続人間での協議(遺産分割協議)
まず、相続人全員で遺産分割について話し合いを行います。相続人全員が遺言が無効であると合意すれば、遺言の内容によらずに遺産を分割することができます。
(2)家庭裁判所における調停(遺言無効確認調停)
相続人間での協議が整わない場合、家庭裁判所に遺言無効確認調停を申し立てます。調停では、裁判官や調停委員が仲介し、相続人間で遺言の有効性について話し合い、合意を目指します。遺言無効確認訴訟を提起する前に、原則としてこの調停を経る必要があります(調停前置主義)。
(3)地方裁判所における訴訟(遺言無効確認訴訟)
調停が不成立となった場合、地方裁判所に遺言無効確認訴訟を提起し、遺言の無効を裁判所に確認してもらうことになります。訴訟では、遺言が無効であるとする理由や証拠を提出し、裁判所の判断を仰ぎます。
詳しくはこちら|遺言無効確認訴訟の審理の実情(審理期間・主張・立証の傾向と特徴)(整理ノート)
(4)遺言無効確認の時効
遺言の無効を主張する権利には、原則として時効はありません。しかし、時間が経過すると証拠の収集が困難になる場合があるため、早期に対応することが望ましいとされています。
9 遺言の無効事由の主張傾向と実務上の特徴
実務で主張される無効事由の大きな傾向として、主張される無効事由の数が多く、実質的には重複するものが多いという特徴があります。
自筆証書遺言の無効事由として実際に主張される頻度順に整理すると、遺言能力の欠如が最も多く、次いで自書性の否定、遺言の意思表示の効力(詐欺・強迫・錯誤など)、遺言の方式違反、そして遺言の撤回が最も少ないとされています。
詳しくはこちら|遺言無効確認訴訟の審理の実情(審理期間・主張・立証の傾向と特徴)(整理ノート)
10 結論
民法においては、遺言は厳格な方式に従って作成されなければならず、方式の不備、遺言能力の欠如、遺言内容の問題、外部的要因など、様々な理由で無効となる可能性があります。
遺言を作成する際には、後から無効にならないように慎重に注意することが求められます。
詳しくはこちら|遺言作成時の注意|遺産分割を避ける|記載・特定漏れ・預け替え・価値変動
また遺言者が亡くなった後に、遺言が無効であるという疑いが生じた場合は、しっかりと証拠を確保して、適切な法的手段をとることが必要です。
本記事では、遺言が無効となる事情について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に遺言書作成や相続後の遺言の有効性に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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