【建物賃貸借の賃貸人からの中途解約(解約権留保特約)の有効性】
1 建物賃貸借の賃貸人からの中途解約(解約権留保特約)の有効性
建物賃貸借では通常、2年や3年といった期間が設定されています。当然、その期間は契約が継続します。賃貸人や賃借人が途中で自由に解約することはできないのが原則です。
この点、中途解約できるという特約(解約権留保特約)があれば別です。実際の建物賃貸借ではこのような特約がついているのが通常です。
詳しくはこちら|建物賃貸借の中途解約と解約予告期間(解約権留保特約)
ここで賃借人が解約できるという特約は問題なく有効ですが、賃貸人が解約できるという特約は無条件に有効とはいえません。正当事由が必要、つまり、契約を終了させる必要性や明渡料の支払が必要となります。
本記事では、賃貸人が中途解約できる特約の有効性について説明します。
2 賃貸人の解約権留保特約の有効性→有効+正当事由必要
(1)無効とする見解(古い裁判例)
賃貸人が中途解約できるという特約は、賃借人の保護に反するので、有効性が問題となります。
昔は無効とする見解をとる裁判例もありました。
無効とする見解(古い裁判例)
※東京地判平成26年8月5日
※東京地判昭和27年2月13日
※東京地判昭和45年2月10日
(2)有効・正当事由が必要とする見解(裁判例)
現在の実務では、有効だけど、解約するには正当事由が必要とする傾向が強いです。
有効・正当事由が必要とする見解(裁判例)
あ 裁判例
ア 規範を示した裁判例
賃貸人の解約申入を認める解約権留保特約は有効である
解約のためには正当事由(借地借家法28条)を要する
※東京地判平成26年3月25日
※東京地判昭和36年5月10日(傍論)
※東京地判昭和55年2月12日
※東京地判平成20年8月29日
※東京地判平成23年1月28日
※東京地判平成28年3月11日
イ 結論として解約を認めた裁判例
(賃貸人の解約申入を認める解約権留保特約は有効であることを前提として)
賃貸人からの期間内解約に正当事由があり、予告期間経過によって契約が終了した
※東京地判平成19年6月26日
※東京地判平成22年9月29日
(3)コンメンタール借地借家法→有効・正当事由が必要
学説でも、有効だけど、解約するには正当事由が必要という見解が一般的になっています。コンメンタール借地借家法はこの見解をとった裁判例を支持しているように読めます。
コンメンタール借地借家法→有効・正当事由が必要
※藤井俊二稿/稲本洋之助ほか編『コンメンタール 借地借家法 第4版』日本評論社2019年p328
(4)新基本法コンメンタール借地借家法→有効・正当事由が必要
新基本法コンメンタールも、有効であり、解約には正当事由が必要、という見解が一般的である、と指摘しています。
新基本法コンメンタール借地借家法→有効・正当事由が必要
貸借人からの解約申入れによる契約の終了は、解約権の留保(民618)として有効であることに問題はない。
しかし、賃貸人からの中途解約の申入れによる契約の終了を無制限に認めることは、正当事由制度との関連で問題を生じる。
この点につき、期間の定めがある普通借家において賃貸人に中途解約権を認める特約が存在する場合、通説によれば、解約申入れにより終了する賃貸借(民618)にも正当事由の存在が必要になるので(法27・28)必ずしも賃借人に不利益にならないことを理由として、当該特約の有効性を肯定する立場が一般的である(星野493頁、稲本澤野・コンメンタール209頁[石川信]。東京地判昭36・5・10下民集12巻5号1065頁東京地判昭55・2・12判時965巻85頁参照)。
※吉田修平稿『新基本法コンメンタール 借地借家法 第2版』日本評論社2019年p243
3 広瀬武文氏見解→有効・正当事由が必要
広瀬氏の見解は、解約権留保特約について、旧借家法1条の2が適用されると読めます。つまり、解約のためには正当事由が必要という見解です。
広瀬武文氏見解→有効・正当事由が必要
(ii)當事者が解約留保を特約しているとき(民法六一八條)、
(iii)借家人が破産したとき(民法六二一條)
には、同様に解約の申入によつて消滅する。
しかし、最後の場合には、本條(注・借家法1条の2)の制限を受けないと解すべきこと前述のとおりである(一條ノ二[6]イ参照)。
※広瀬武文著『法律学体系コンメンタール篇 借地借家法』日本評論新社1957年p223
4 星野英一氏見解→有効・正当事由が必要
星野氏は、無効と有効の2つの解釈の可能性を示しつつ、最終的には有効であり、解約には正当事由が必要、という見解をとっています。
星野英一氏見解→有効・正当事由が必要
あ 無効という発想(前提)
形式的には、借家法が、期間の定めのある賃貸借の終了原因(更新拒絶)と、期間の定めのないものの終了原因(解約申入)とだけを規定していることからは、右の特約付の期間ある賃貸借を否定しているとも認めているともいえない。
期間を定めたという点に重点をおくか、解約申入で終了させうるという点に重点をおくかの違いである。
い 有効+正当事由必要という発想(前提)
実質論としては、右の特約を認めるとしても、一条ノ二の適用は否定できないから、借家法の趣旨から、期間を定めた以上は、期間中には正当事由があっても借家関係を終了させることができないと解するべきか否かにかかっている。
結局は、とにかく、借家人に少しでも長い期間を保護するのがよいとの立場に立てば、特約の効力を否定することになろうし、正当の事由があるならば、借家関係の終了を認めてもよいとの立場に立てば、特約を認めることになろう。
う 有効+正当事由必要という見解の採用
実質的に考えれば後者でよいと思われる。
※星野英一著『法律学全集26 借地・借家法』有斐閣1977年p493
5 Q&A借地借家の法律と実務→有効・正当事由が必要
「Q&A借地借家の法律と実務」は有効であり、正当事由を必要とする見解が、近時の判例であり通説である、と指摘しています。
Q&A借地借家の法律と実務→有効・正当事由が必要
しかし、近時の判例や通説は、賃貸人からの解約の申入れの場合には、正当の事由の存在が必要とされる(借地借家法28条)ことから、必ずしも賃借人の保護には欠けないとして、この中途解約条項を有効と解しています(東京地判昭和36年5月10日判時262号22頁、東京地判昭和55年2月12日判時965号85頁、稻本・澤野『コンメンタール借地借家法』209頁)。
※安達敏男監『Q&A 借地借家の法律と実務 第3版』日本加除出版2017年p128
6 有効・やむを得ない事情が必要とする見解(平成27年東京地判)
以上のように、賃貸人の解約を認める特約は、現在では有効となり、解約するためには正当事由が必要、という見解が採用される傾向が強いです。
ただ、解約のためには、「正当事由」ではなく「やむを得ない事情」が必要、という見解をとった裁判例もあります。「正当事由」よりも解約が認められるためのハードルを高く設定したように読めます。
有効・やむを得ない事情が必要とする見解(平成27年東京地判)
したがって、本件解約条項の「止むを得ぬ事情」の有無についてはある程度厳格に判断すべきであり、期間の定めのない賃貸借契約の解約申入れに要求される正当事由(借地借家法28条)に加え、当該契約における賃借人(転借人の事情も含む。)の上記期待が不当に害されないといえるだけの事情が必要となる
※東京地判平成27年9月18日
7 建物賃貸借契約終了の正当事由の内容(概要)
前述のように、賃貸人の中途解約は正当事由がある場合にだけ可能(有効)という解釈が一般的ですが、この正当事由とは、もともと、更新拒絶などの際に使われる概念です。中身は、賃貸人と賃借人が当該建物を使用する必要性や明渡料の支払(提供)などです。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|建物賃貸借終了の正当事由の内容|基本|必要な場面・各要素の比重
8 関連テーマ
(1)サブリースにおける正当事由の判定の傾向(参考)
前述のように、賃貸人が特約により解約する場合には正当事由が必要であるということを前提とします。このことはサブリース(におけるマスターリース契約)であっても同じです。ただし、一定の明渡料の支払があれば正当事由は認められやすい、という傾向があります。このことは別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|サブリースの終了(更新拒絶)における正当事由の判断と明渡(占有移転)の方式
(2)賃貸人の解約申入期間(解約予告期間)(概要)
賃貸人による中途解約ができるとしても、タイミングについての制限もあります。解約申入(解約告知)から契約終了(解約)まで、最低6か月が必要となります。
詳しくはこちら|建物賃貸借の中途解約と解約予告期間(解約権留保特約)
(3)定期借家における中途解約権・解約権留保特約(参考)
以上の説明は、一般的な建物賃貸借(普通借家)についてのものでした。
一方、定期借家の場合には、中途解約について特有のルールや解釈があります。まず、特約がなくても一定の状況があれば中途解約が認められます。
また、特約によって賃貸人が解約する場合にも、正当事由は不要という見解があります。また解約申入期間の制限もないという見解が一般的です。
詳しくはこちら|定期借家における解約権留保特約(普通借家との比較)
本記事では、建物賃貸借契約(普通借家)における賃貸人の中途解約を認める特約(解約権留保特約)について説明しました。
実際には、細かい事情や主張・立証のやり方次第で結論が違ってくることがあります。
実際に建物賃貸借の解約に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。