【最判平成8年10月31日1380号(全面的価格賠償創設)の事案内容】
1 最判平成8年10月31日1380号(全面的価格賠償創設)の事案内容
2 平成8年判例の規範部分(概要)
3 平成8年判例1380号の相当性判断部分
4 平成8年判例1380号が指摘した相当性を肯定する事情
5 平成8年判例1380号の結論(差戻)部分
6 口頭弁論終結後の事情(時的限界・参考)
1 最判平成8年10月31日1380号(全面的価格賠償創設)の事案内容
最高裁として全面的価格賠償を初めて認めたのは,平成8年10月31日に出された3つの判例です。一般的には,平成8年判例が全面的価格賠償を創設したと考えられています。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の法的性質(現物分割・部分的価格賠償との比較・創設なのか)
3つの平成8年判例の事案内容はそれぞれ有用な判断が含まれています。本記事では,平成8年判例のうち1380号事件の事案を説明します。
2 平成8年判例の規範部分(概要)
平成8年判例の非常に重要な部分は,全面的価格賠償の要件を規範として明示したところです。大まかにいうと,相当性と実質的公平性の2つが認められる場合に,特段の事情があるといえる,その場合に全面的価格賠償を選択する,というものです。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|共有物分割における全面的価格賠償の要件(全体)
3 平成8年判例1380号の相当性判断部分
ある事案について,全面的価格賠償を選択できるかどうかの判断の中ではっきりしないことが多いのは相当性です。
平成8年判例1380号は,判決の中で,相当性を認めるという判断を示しています。判決文の中で相当性を認めた部分を引用します。
<平成8年判例1380号の相当性判断部分>
次に,本件について全面的価格賠償の方法により共有物を分割することの許される特段の事情が存するか否かをみるに,本件不動産は,現物分割をすることが不可能であるところ,Aにとってはこれが生活の本拠であったものであり,他方,上告人らは,それぞれ別に居住していて,必ずしも本件不動産を取得する必要はなく,本件不動産の分割方法として競売による分割を希望しているなど,前記一の事実関係等にかんがみると,本件不動産をAの取得としたことが相当でないとはいえない。
※最判平成8年10月31日・1380号
4 平成8年判例1380号が指摘した相当性を肯定する事情
判決中で指摘された,相当性を認める事情は3つです。いずれも,全面的価格賠償の相当性を認める事情の典型的なものです。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の相当性が認められる典型的な事情
<平成8年判例1380号が指摘した相当性を肯定する事情>
あ 居住維持(利用状況)
取得希望者Aは共有不動産の居住している
Aは,共有不動産(建物)に隣接する建物で薬局を経営し,その収入で生活していた
い 現物分割不可能
現物分割をすることは不可能である
う 分割方法についての共有者の希望
他の共有者(上告人ら)は換価分割を希望している
※最判平成8年10月31日・1380号
5 平成8年判例1380号の結論(差戻)部分
平成8年判例1380号は,全面的価格賠償の相当性を認めましたが,最終的に差戻にしています。というのは,次の要件である,実質的公平性を,原審が十分に判断していなかったのです。
<平成8年判例1380号の結論(差戻)部分>
あ 実質的公平性充足性判断
しかしながら,前記のとおり,全面的価格賠償の方法による共有物分割が許されるのは,これにより共有者間の実質的公平が害されない場合に限られるのであって,そのためには,賠償金の支払義務を負担する者にその支払能力があることを要するところ,原審で実施された鑑定の結果によれば,上告人らの持分の価格は合計550万円余であるが,原審は,Aにその支払能力があった事実を何ら確定していない。
い 特段の事情(結論)
したがって,原審の認定した前記一の事実関係等をもってしては,いまだ本件について前記特段の事情の存在を認めることはできない。
う 差戻
そうすると,本件について,前記特段の事情の存在を認定することなく,全面的価格賠償による共有物分割の方法を採用し,本件不動産をAの単独所有とした上,Aに対して上告人らの持分の価格の賠償を命じた原判決には,法令の解釈適用の誤り,ひいては審理不尽,理由不備の違法があるというべきであり,この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
論旨は右の趣旨をいうものとして理由があるから,原判決中,共有物分割請求に関する部分は破棄を免れず,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
※最判平成8年10月31日・1380号
6 口頭弁論終結後の事情(時的限界・参考)
この事案には特殊な事情があります。それは,共有物全体を取得する予定の共有者が,訴訟中に亡くなったのです。前記の判決文の中で共有物を取得する共有者の部分が「被上告人」ではない(Aとなっている)のはそれが理由だったのです。
つまり,原審は,Aの居住や薬局経営を保護(維持)するためにAに共有不動産全体を取得させる判決をしたのに,その後,Aの居住も薬局経営も保護する必要がなくなったのです。では次の最高裁は判断を変えるように思いますが,(相当性については)前述のように原審と同じ判断をしました。
それは,訴訟の基本的な仕組みに原因があります。事実審の口頭弁論終結時点の事実を前提として判断をする,という理論です。違和感はありますが,最高裁は理論どおりに判断したのです。
<口頭弁論終結後の事情(時的限界・参考)>
あ 口頭弁論終結後の事情
事実審(原審)の口頭弁論終結後,Aが亡くなった
Aの居住と薬局経営を維持する必要性はなくなった
い 判決の基礎とする事情の時的限界(一般論)
判決の基礎する事情の基準時は,事実審の口頭弁論終結時である
う 平成8年判例における判断の基準時
原審の口頭弁論終結時を基準とするので,Aが生存していることを前提として,相当性(その他の)判断をする
Aが亡くなったことを考慮しない
え 違和感の指摘(判例解説)
なお,原審口頭弁論終結後,薬局を経営していたYが死亡し,全面的価格賠償を命ずる基礎となる事情が大きく変化していることは,―もはや法的には斟酌すべき事情ではないといえようが―気にかかる点ではあろう。
※河邉義典稿/法曹会編『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p882,883
本記事では,平成8年判例1380号の事案内容を説明しました。
実際には,個別的な事情によって,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
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