【全面的価格賠償の法的性質(現物分割・部分的価格賠償との比較・創設なのか)】

1 全面的価格賠償の法的性質

平成8年最判が、共有物分割における全面的価格賠償を認めました。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の基本(平成8年判例で創設・令和3年改正で条文化)
全面的価格賠償という分割類型の法的性質について、現物分割や部分的価格賠償と違うのか、また、創設されたものなのか、という議論があります。このような理論は、実際の事案で、どの分割類型を選択すべきか、という主張の中で活用することがあります。
本記事では全面的価格賠償の法的性質について説明します。

2 現物分割該当性の否定(直井氏見解)

まず、全面的価格賠償現物分割の一種といえるか、ということについては、一般的に否定されています。代表的な見解のうち、直井氏の見解を紹介します。

現物分割該当性の否定(直井氏見解)

本判決(最判平成8年10月31日・1380号)において最高裁が全面的価格賠償を「現物分割」に含まれるものとするのかは不明である。
それは、「右の規定(民法二五八条二項)は、すべての場合にその分割方法を現物分割又は競売による分割のみに限定し、他の分割方法を一切否定した趣旨のものとは解されない。」とすることに起因している。
ここでは、本判決は全面的価格賠償を現物分割に含まれないものとするように見うけられるわけである。
本件での最高裁の判示は「現物分割」という言葉の意味をどのように理解するかによって、現物分割の一種として全面的価格賠償を認めたものとも、現物分割とは別個のものとして全面的価格賠償を認めたものとも取れるようになっているわけである。
※直井義典稿『いわゆる全面的価格賠償の方法による共有物分割の許否』/『法学協会雑誌115巻10号』1998年p1584

3 現物分割該当性の否定(河邉氏見解)

全面的価格賠償が現物分割に該当しないという見解のうち、平成8年最判の判例解説として示された河邉氏の見解を紹介します。

現物分割該当性の否定(河邉氏見解)

全面的価格賠償は「現物分割」に含まれるのかどうかの議論がある。
昭和六二年大法廷判決は、現物分割の過不足を金銭調整する部分的価格賠償を「現物分割の一態様」としている。
また、右大法廷判決の林藤之輔裁判官の補足意見は、全面的価格賠償を認めることに賛成されるが、これを「現物分割の一態様」と位置付けている。
本件原判決も、やはり、全面的価格賠償を「現物分割の一態様」としての価格賠償と判示している。
これらは、民法二五八条二項が、裁判上の分割方法として、現物分割と競売による分割のみを許容しているとの理解に立つことから、全面的価格賠償も「現物分割」に含まれると説明したものと考えられる。
しかし、物理的な分割を全く含まない共有物分割は、もはや「現物分割」ということは無理であろう。
これを「広義の現物分割」といってみても、民法二五八条二項の予定する「現物分割」と同一のものではない。
本判決(最判平成8年10月31日・1380号)が、「(民法二五八条二項は)すべての場合にその分割方法を現物分割又は競売による分割のみに限定し、他の分割方法を一切否定した趣旨のものとは解されない」と判示していることからすれば、本判決は、全面的価格賠償は「現物分割」に含まれないとの解釈を採っていると解するのが自然であろう。
※河邉義典稿/法曹会編『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p887

4 部分的価格賠償との比較

ところで、全面的価格賠償を認めた平成8年最判よりも前に、昭和62年最判が部分的価格賠償を認めています。
詳しくはこちら|部分的価格賠償の基本(昭和62年判例・法的性質・賠償金算定事例)
文字だけみると、部分的全面的という「きょうだい」の関係であると思えますが、法的性質(本質)は大きく違います。部分的価格賠償は現物分割(の一種)であり、全面的価格賠償は現物分割とは異質のものなのです。

部分的価格賠償との比較

あ 分割類型の分類上の違い

そこで翻って六二年判決の「現物分割」の意味を考えると、これは過不足の調整の意味での価格賠償を含んだものであった。
そして本件原判決の「現物分割」は価格賠償を含んだものとなっていることは明らかである。
そこで本判決(最判平成8年10月31日・1380号)が「現物分割」は全面的価格賠償を含んだものとして理解しているのだとすると全面的価格賠償が「過不足の調整」といえるのかが大きな問題となる。
しかしながら六二年判決が持分の価格に応じた分割をするとしても過不足を生じるのは避けがたいとしていることからすると六二年判決は物理的分割をすることを前提としており、六二年判決の「現物分割」には全面的価格賠償の方法によることは含まれていないように思われる。
そうだとすれば、本件と六二年判決を整合的に理解しようとすると、本判決の「現物分割」には全面的価格賠償は含まれないものと解するのが適当であるように思われる。
このように理解することで、「現物分割の一態様として」価格賠償を認めていた原判決と本判決との違いを説明できるように思われる。
また、六二年判決がその認める範囲での「現物分割」をするにあたって、「当該共有物の性質・形状・位置又は分割後の管理·利用の便等を考慮すべきである」とするのみであるのに対して、本判決が全面的価格賠償を認めるにあたってはさらに厳しい要件を課していることも、全面的価格賠償は「現物分割」に含まれないとしたほうがうまく説明できるだろう。
最高裁自身も「所論引用の前記大法廷判決(六二年判決)は、価格賠償をもって現物分割の場合の過不足を調整することができる旨を判示しているにとどまり、右の判断はこれに抵触するものではない。」として本件が六二年判決の射程外であることを暗黙のうちに認めているように見られる。
※直井義典稿『いわゆる全面的価格賠償の方法による共有物分割の許否』/『法学協会雑誌115巻10号』1998年p1584、1585

い 根拠についての違い

・・・六二年判決の理由付けを本判決(最判平成8年10月31日・1380号)の根拠とすることはできない。
こうしてみると、本判決で六二年判決に触れる部分にはほとんど意味はなく、本判決は実は共有物分割訴訟の本質が非訟事件である事のみから全面的価格賠償を認めているといえるのである。
しかしながら、学説上共有物分割の訴えが非訟事件であることについては見解が一致していたとはいえ、裁判所の裁量が広く認められるからといって即座に全面的価格賠償が認められるとは言えないであろう。
その点、本判決は十分な根拠を示していないといわざるをえない。
※直井義典稿『いわゆる全面的価格賠償の方法による共有物分割の許否』/『法学協会雑誌115巻10号』1998年p1585、1586

5 「第3の分割方法(類型)」という見解

結局、全面的価格賠償は、(令和3年改正前の)条文に規定されていた現物分割・換価分割とは別の分割類型である、という見解が一般的です。「第3の分割類型」であるということです。

「第3の分割方法(類型)」という見解

その点では、本判決(最判平成8年10月31日・1380号)も三〇年判決の射程を限定する近年の判例・裁判例の流れに従ったものであり、ただその方法が現物分割を広く解する近年の裁判所の手法とは異なり現物分割・競売以外の第三の分割方法を認めることによったという点で本判決は特徴的であるといえよう。
※直井義典稿『いわゆる全面的価格賠償の方法による共有物分割の許否』/『法学協会雑誌115巻10号』1998年p1584、1585

6 「創設」であるという見解

全面的価格賠償は第3の分割類型であるということは、平成8年最判が創設したものであるといえます。

「創設」であるという見解

最高裁判例が新たに容認した「全面的価格賠償」方式はどうかというと、最高裁の第一小法廷の一連の判例では、新たな共有物分割方法ということで、現物分割・金銭代価分割と別個の独立したものという理由付けをしており、しかも、このような分割方式は、判決文から明らかなように、前述したこれらの判例によって創設されたものであって、その位置付けについては、右判例上は、明確に明示されてはいなく、推測ないし想像はすることはできるが、厳密には、まだ明確ではないと評価し得よう。
※奈良次郎稿『全面的価格賠償方式・金銭代価分割方式の位置付けと審理手続への影響』/『判例タイムズ973号』1998年8月p16

なお、奈良氏はさらに、(当時の条文は)2つの分割類型しか許容していなかったという前提に立ち、第3の分割類型を裁判所が創設することは立法権の侵害(違憲)である、という見解を示しています。
詳しくはこちら|全面的価格賠償に対する否定的な見解(要件の厳格な適用)
なお、この「違憲状態」は、令和3年の民法改正で全面的価格賠償が条文化されることで、遅ればせながら解消されたことになります。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の基本(平成8年判例で創設・令和3年改正で条文化)

7 全面的価格賠償を否定した昭和30年判例(前提)

ところで、昭和30年判例は、(当時の)条文に規定されている現物分割・換価分割以外の分割類型は認めないという判断を示していました。そこで、「第3の分割類型」を創設する、ということは昭和30年判例と抵触します(後述)。

全面的価格賠償を否定した昭和30年判例(前提)

あ 昭和30年判例の要点

全面的価格賠償の分割類型は民法258条に規定されていない
民法258条2項の規定では全面的価格賠償の分割方法をとることができない
(原審の判断を維持した)
※最判昭和30年5月31日
(全面的)価格賠償の可能性を全面的に排除した
※直井義典稿『いわゆる全面的価格賠償の方法による共有物分割の許否』/『法学協会雑誌115巻10号』1998年p1580、1581

い 背景事情

旧法下の事件のため家事審判法の適用はなく、遺産分割の事件でありながら民法256条以下を適用した
※直井義典稿『いわゆる全面的価格賠償の方法による共有物分割の許否』/『法学協会雑誌115巻10号』1998年p1580

8 昭和30年判例との関係(判例変更)

昭和30年判例と平成8年最判は抵触している、ということを前提とすると、平成8年最判が昭和30年判例を判例変更したということになります。

昭和30年判例との関係(判例変更)

このように理解すると本判決(最判平成8年10月31日・1380号)と三〇年判決(最判昭和30年5月31日)との関係が問題となってくる。
全面的価格賠償が「現物分割」に含まれないと理解する以上、全面的価格賠償については六二年判決の射程に含まれずいまだに三〇年判決の判示に従うべきこととなるからである。
三〇年判決が現物分割と競売のみを二五八条の共有物分割の手段として認め、そのほかの共有物分割の手段を否定するものである以上、本判決は三〇年判決と正面から抵触するものといわざるをえないだろう。
そうだとすると、本件は三〇年判決を黙示的に変更したものと理解すべきであろう。
※直井義典稿『いわゆる全面的価格賠償の方法による共有物分割の許否』/『法学協会雑誌115巻10号』1998年p1584、1585

9 「広義の現物分割」という考え方

視点を変えて、新たな関係者(所有者)が生まれるわけではないということに着眼すると、現物を従前の共有者の範囲内で分けた、と日本語としては言えるでしょう。「現物分割」をそのような意味を含むと考えれば、全面的価格賠償も「現物分割」の一種であることになります。

「広義の現物分割」という考え方

これも目的物件の共有持分権者に限って、金銭調整を図るということであって、他の第三者を新たに加えることではないという意味で、その共有物件は、共有物分割により、もとの共有者間でのみ持分が移転するに過ぎなく、新たな関係者が加わることはないという意味において、したがって、他の第三者が法的に加わる可能性がゼロという意味において、対象当事者が本来の共有者に限定され、共有者の持分の全部又は一部が在来の共有者に分けられるという意味においては、共有持分の共有者内部の配分とも評価することができ、かつ、法的に当初から第三者の加入の可能性ゼロであって、共有持分の共有者の内部移動のみしか生じ得ないという意味において、共有者間内部の持分移動の確実性では、広義の共有物現物分割(訴訟)と考えることも過ちとは言えないのかも知れない。
※奈良次郎稿『全面的価格賠償方式・金銭代価分割方式の位置付けと審理手続への影響』/『判例タイムズ973号』1998年8月p23

10 「創設」を否定する見解

平成8年最判が全面的価格賠償という分割類型を創設した、という前述の一般的見解に対し、「創設」ではないと指摘する見解もあります。要するに、民法258条は分割類型を2種類に限定していないのであるから、創設というプロセスを踏まなくてもよい、つまり、もともと全面的価格賠償という分割類型は存在していたという考え方です。
この考え方は、昭和30年判例と抵触するとも思えます。

「創設」を否定する見解

(全面的価格賠償は現物分割でも換価分割でもないということを前提として)
従来の通説・判例は、民法二五八条二項は現物分割又は競売による分割のみを許容していると解していたが、文理上は、裁判上の分割方法を右の二つに限定する趣旨ではなく、裁判所が競売による分割を命ずる要件を定めたにすぎないと読むことも、十分に可能であるし、前記のとおり民法起草者の意思に反するものでもない。
本判決(最判平成8年10月31日・1380号)が新たな分割方法を「創設」したというのは、当たらない
したがって、全面的価格賠償が「現物分割」か否かは、もはや実益のある議論とはいえないように思われる。
※河邉義典稿/法曹会編『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p887

本記事では、全面的価格賠償という分割類型の法的性質について説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
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【全面的価格賠償に対する否定的な見解(要件の厳格な適用)】

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