【オーバーローン不動産の換価分割の現実的意義】

1 オーバーローン不動産の換価分割の現実的意義

オーバーローンの不動産の形式的競売では、無剰余取消が適用され、結果的に売却が実施されないことになる傾向があります。
詳しくはこちら|形式的競売における無剰余取消の適用の有無(オーバーローン不動産売却の可否)
そうすると、そもそもオーバーローンの不動産について換価分割の判決を出すこと自体が無意味なのではないか、という疑問が出てきます。本記事では、このことについて説明します。

2 オーバーローン不動産の引受主義による入札の実情

まず、形式的競売で引受主義が採用された場合、無剰余取消の適用はないので、オーバーローンの不動産でも競売手続で売却することが実現します。ただ、この場合でも、実際に入札する者が現れないか、あっても低い入札金額にとどまるということが考えられます。
視点をかえると、共有者自身が低い金額で入札し、共有不動産全体を取得するチャンスともいえます。

オーバーローン不動産の引受主義による入札の実情

あ 引受主義採用の可能性(前提)

執行裁判所は原則として消除主義を採用する
ただし、担保権者や共有者が消除主義を承服(希望)しているなどの場合に、引受主義を採用する可能性がある
詳しくはこちら|形式的競売の担保権処理は引受主義より消除主義が主流である

い 引受主義における入札リスク

オーバーローンの不動産の形式的競売において引受主義が採用された場合
→買受人(落札者)は担保権の負担がついたまま入手する
担保権が実行されると買受人は所有権を失い、また、剰余が生じないため剰余金の交付を受けられないと予想される
債務者に対する求償権を取得し、抵当権者への代位ができるが実効性に乏しい可能性が高い
結局、買受人には実質的なメリットがほとんどない

う 引受主義における入札見込み

一般的には入札する人はいないと思われる
ただし、共有者の1人が入札することはあり得る
この場合、ほぼゼロの負担(入札額)で落札する(単独所有にする)ことができる
ただし、担保権実行のリスクは継続する

3 担保権者の無剰余状態の売却の同意に関する現実的傾向

実際には、形式的競売で消除主義が採用される方が一般的です。
詳しくはこちら|形式的競売の担保権処理は引受主義より消除主義が主流である
消除主義の場合は無剰余取消が適用されます。
詳しくはこちら|形式的競売における無剰余取消の適用の有無(オーバーローン不動産売却の可否)
この場合でも、担保権者の同意があれば取消にはならず、売却は実施されます。では、担保権者は同意してくれるのでしょうか。担保権者としては売却による不利益が大きいので同意することは少ないです。
なお、担保権者が、競売手続の初期段階から、担保を存続させることを希望した場合には、執行裁判所が引受主義を採用する(無剰余取消を適用しない)方向に働きますが、確実というわけではありません。

担保権者の無剰余状態の売却の同意に関する現実的傾向

あ 担保権者の一般的傾向

もともと、担保権実行のタイミングは担保権者が自由に選べる
→担保権者が(消除主義採用を前提とする)競売に同意することは少ない

い 担保権者が同意しない主な理由

ア 担保割れ確定回避 担保割れ確定(担保なしの一般債権として残ることが確定すること)の不利益を避けたい
イ 約定弁済への期待 それまで債務者が当該不動産に居住していて、ローン返済に滞納がないケースにおいて
そのままの状態であれば、約定弁済が継続する可能性が高い
しかし、競売による売却が行われると、債務者が転居を余儀なくされ、住居費を要することになり、ローン返済に支障が生じることが予想される

4 オーバーローン不動産の換価分割判決の現実的な意義

オーバーローン不動産の形式的競売は以上のように実現できないか、できたとしてもまともな金額で売却されないという傾向があります。そこで、オーバーローンの共有不動産について共有物分割を請求すること自体を躊躇するという傾向もあります。
この点、現時点での競売申立の実効性がないとしても、将来、競売申立をして配当を受けられる状態になる可能性はあります。換価分割の判決が無駄であるとは言い切れません。

オーバーローン不動産の換価分割判決の現実的な意義

あ 前提事情

オーバーローンの不動産について換価分割の判決を得た

い 原則

担保権者が同意しない場合
→結果的に競売手続が完結することはない
換価分割の判決自体がほぼ意味のないものになる
過去には、共有物分割請求自体が権利の濫用となるという発想もあった(後記※1

う 例外

将来、被担保債権の弁済が進む、または、不動産の価値が上がる
→残債務額が不動産の価値を下回る
=オーバーローンの状態を脱した状態となる
この時点での形式的競売について
→無剰余取消は適用されない=競売による売却が実現する
(ただし剰余部分が少ないと配当も少ない)
※京都地裁平成22年3月31日(後記※2

え まとめ

判決には有効期限はない
換価分割の判決後に共有者に変更(持分譲渡や相続)があっても判決の効力は及ぶ
詳しくはこちら|形式的競売における差押の有無と処分制限効、差押前の持分移転の扱い
確定判決を得ておけば、将来、形式的競売を申し立てる準備にはなる

5 共有物分割請求の権利濫用の試論(参考)

オーバーローン不動産を対象とする共有物分割請求は、仮に換価分割となった場合に、その後の形式的競売が実現しない可能性があります。そこで、共有物分割請求自体が権利の濫用となるという発想がありました。過去に試論として指摘されたものであり、現在では権利の濫用とすることは一般的ではありません(後述)。

共有物分割請求の権利濫用の試論(参考)(※1)

共有物分割請求自体が権利濫用又は不適法な競売申立として、排斥される場合があるということは、共有関係性悪説であるかつての通説的考えからすれば、全く驚くべき結論であるともいえる。
※奈良次郎稿『全面的価格賠償方式・金銭代価分割方式の位置付けと審理手続への影響』/『判例タイムズ973号』1998年8月p13

6 将来の競売申立の意義を指摘し権利濫用を否定した裁判例

以上の説明の中で指摘した裁判例の内容を紹介します。この裁判例は、形式的競売において無剰余取消の適用を肯定するとともに、オーバーローンの不動産の換価分割の判決は無駄ではないということを指摘した上、権利の濫用を否定しています。

将来の競売申立の意義を指摘し権利濫用を否定した裁判例(※2)

あ 事案

不動産をA・Bが共有していた
不動産には担保権が設定されていた
被担保債権の残額が不動産評価額を超えていた(オーバーローンであった)

い 裁判所の指摘

本件土地のみについて共有物分割のための競売を申し立てたとしても、現時点の価格からすれば、競売手続が無剰余取消となる可能性がある(民事執行法195条、188条、63条1項2号、2項本文)
しかし、優先債権者である根抵当権者が同意をすれば手続は取り消されない(同法63条2項ただし書)し、原告らは本訴において本件土地について競売を命ずる判決を得たとしても、直ちにこれに基づく競売の申立をすべき義務を負うものではなく、将来的には、被担保債権が債務者の弁済により減少し、あるいは不動産市況の変化により、剰余金を受け取る可能性が残されているのであるから、近時の状況からすれば前記の取消しの可能性があるからといって、本訴請求が権利の濫用に当たる、あるいは訴えの利益を欠くということはできない
※京都地裁平成22年3月31日

7 オーバーローン・使用借権でも権利濫用を否定した裁判例

オーバーローンの建物を競売にすることについて、明確な理由を示さずに権利の濫用ではないと判断した裁判例もあります。
なお、このケースでは、敷地利用権が使用借権(使用貸借)でした。そこで、建物(だけ)を競売にすると、土地利用権原がないことになり、収去(解体)せざるを得なくなるという大きな障害もありました。
それにも関わらず、裁判所は権利の濫用を否定し、換価分割の判決としました。判決文には、権利の濫用を否定する明確な理由は示されず、他の分割類型を選択できなかったので消去法で換価分割を選んだという趣旨の指摘がされています。競売となった場合に現実的な支障が生じることについての配慮(記述)はありません。
実は、現物分割を選択できなかった原因は、(権利の濫用を主張した)被告の非協力的な態度がありました。そのことが判断に影響しているとも思えます。

オーバーローン・使用借権でも権利濫用を否定した裁判例

あ 競売の不都合性の指摘(権利濫用の主張)

被告らは、この点について、①本件建物にはその価値を大幅に上回る担保権が設定されており、実質的な価値はマイナスであること、②本件建物の敷地利用権は使用借権にすぎず、本件建物が競売された場合は使用借権は消滅し、本件建物は敷地利用権を有しないものとなること、③本件建物が競売されれば、被告らは本件建物による不動産賃貸事業を失う一方、その事業のための多額の借入金は残ることとなるから、賃借人からの預かり金も全額返還しなければならなくなり、経済的破綻を免れず、回復不能の損害を被ることになること等を指摘して、原告らが形式的競売を求めるのは権利の濫用であると主張する。

い 裁判所の判断(権利濫用否定)

しかしながら、本件建物の共有物分割を求めること自体が権利の濫用に当たるものでなく、本件建物は現物分割ができず、全面的価格賠償の方法による分割も相当でないから、競売の方法による共有物分割をするほかないのであって、競売の方法による共有物分割は原告らの正当な権利の行使そのものである。
被告らが挙げる上記①ないし③の各点によっても、本件建物につき競売の方法による分割をすることが権利の濫用に当たるということもできない
※東京地判平成20年5月27日

う 背景事情(参考)

権利の濫用を主張していた被告は、当該訴訟の中で建物図面の提出を拒否したため、原告が(区分所有にすることを伴う)現物分割の希望を断念せざるを得なかった
詳しくはこちら|区分所有とすることを伴う現物分割
このような事情も、権利の濫用を否定する判断に影響しているとも思われる

8 無剰余見込みと権利の濫用(概要)

前述のように、オーバーローンの不動産の形式的競売の申立は無剰余取消となる傾向がありますが、だからといって換価分割判決(共有物分割訴訟)が無駄だというわけではありません。そこで通常、共有物分割訴訟が権利の濫用にあたることにはなりません。これに関して、形式的競売の申立の権利濫用という発想もあります。実務ではあまり考慮する必要はないと思いますが、別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|換価分割判決による形式的競売の申立の権利濫用

9 形式的競売が実現しない悲劇の憂鬱

ところで、民法上、共有の解消(分割請求権)は強く保障されています。
詳しくはこちら|共有の本質論(トラブル発生傾向・暫定性・分割請求権の保障)
この点、無剰余取消により形式的競売が実現しない、という現象を別の角度でみると、共有物分割の最終手段である換価分割が機能しない状態、といえます。共有の解消の保障を台無しにするものであり、その悲しさを表明した論文もあります。

形式的競売が実現しない悲劇の憂鬱

あ 討ち死にに値する無剰余取消

更に、陰鬱にさせることは、金銭代価分割方式による共有物分割訴訟における、前述のように、競売手続の実現にも大きなハードルがある。
金銭代価分割方式による場合においても、民事執行手続の原則である、いわゆる無剰余主義が適用される(多数説)とするから、優先する担保権者等がおり、目的物件の価格がこれをカバーしきれないようなときは、競売申立は却下されるということになる。
この考えによると、共有物件に対する不動産競売手続が、申立段階で哀れ「討ち死」にということになり、共有物分割という目的を到底達することができないままに、終わるということになる。
このことは、仮に、折角、「共有物件を売却し、換価代金を共有持分の割合に応じて、分割支払い」という判決主文を得た場合においても、これに基づく申立というか、共有物手続の分割の申立が、実際上排斥されたままに、終わってしまうという、従来あまり予想されていなかった事態も、十分考えられるのである。
※奈良次郎稿『全面的価格賠償方式・金銭代価分割方式の位置付けと審理手続への影響』/『判例タイムズ973号』1998年8月p12

い 骨折り損の無剰余取消

この考え方によれば、この金銭代価分割方式による共有物分割訴訟は、たとえ当事者が、判決による競売申立が可能のような判決主文を獲得しても、その競売申立によって、競売目的である共有物件の売却・現金化という目的を達することはできなく、したがって、実際には、共有物分割という目的を達することのないままに、当該競売申立手続は、申立却下により一段落となり、結局は、最終的な目的を達しないままに、長い苦労の手続が終わるということも十分考えられる。
※奈良次郎稿『全面的価格賠償方式・金銭代価分割方式の位置付けと審理手続への影響』/『判例タイムズ973号』1998年8月p12

本記事では、オーバーローン不動産の換価分割の現実的な意義について説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に担保の負担のある共有不動産の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【遺産共有と物権共有の混在における分割手続(まとめ・令和3年改正前)】
【換価分割の補充性・分割請求権の保障との関係】

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