【賃借権の譲渡では特別の合意がないと敷金は承継されない】

1 賃借権の譲渡における敷金の承継

賃貸借契約で、賃貸人の承諾があれば、賃借権を譲渡することができます。たとえば、Aが賃借権をBに譲渡した場合、賃借人がAからBに変わったことになります。
この時に、敷金もAからBに移るように思えますが、原則としてそのようにはなりません。
本記事では、賃借権譲渡の際に敷金がどうなるか、ということを説明します。

2 賃借権の譲渡と賃貸人の承諾(前提)

敷金の話しに入る前に、賃借権の譲渡の基本ルールを押さえておきます。それは、賃貸人の承諾が必要ということです。賃貸人の承諾なしで賃借権の譲渡をしてしまうと、賃貸借契約を解除される”ことになります。

賃借権の譲渡と賃貸人の承諾(前提)

あ 賃貸人の承諾の必要性

賃借権の譲渡について
賃貸人の承諾が必要である

い 無断譲渡に対する解除

賃貸人の承諾がなく賃借権の譲渡がなされた場合
→賃貸人は契約を解除できることがある
※民法612条
詳しくはこちら|賃借権の譲渡・転貸と賃貸人の承諾と無断譲渡・転貸に対する解除

3 賃借権の譲渡と敷金の承継(昭和53年判例)

賃貸人の承諾を得て、(AからBに)賃借権の譲渡が行われた場合(適法な賃借権譲渡)、問題なく賃借権はAからBに移転します。つまり、賃借人はAからBに変更となります。
ここで、Aが賃貸人に預けていた敷金はどうなるでしょうか。新たな賃借人Bが承継して、Bが退去する時に賃貸人から返してもらう、という発想も浮かびます。
しかし、賃貸借契約敷金契約は別個の契約です。
詳しくはこちら|敷金の基本|法的性質・担保する負担の内容・返還のタイミング・明渡との同時履行
そこで、原則として、敷金の関係はAからBに承継されません。賃貸人とAとの間では賃貸借契約が終了したと考え、賃貸人は敷金をAに返還します。もちろん、賃料の滞納など、控除すべきものがあれば控除した残額を返還します。
例外的に、AとBが敷金の関係も承継させると合意した場合には、(合意どおりに)承継されます。
このような扱いは昭和53年判例が解釈として示しました。

賃借権の譲渡と敷金の承継(昭和53年判例)(※1)

あ 賃借権の譲渡(前提事情)

賃借人Cが賃借権をDに譲渡した
賃貸人は賃借権の譲渡を承諾している

い 敷金返還請求権の承継(否定)

敷金返還請求権はDに承継されない
Cは賃貸人に敷金の返還を請求できる

う 敷金返還請求権の承継(例外)

賃借権の譲渡人Cと譲受人Dにおいて
特別の合意をした場合
内容=敷金返還請求権の譲渡(債権譲渡)
→敷金返還請求権はDが取得する
※最判昭和53年12月22日

4 平成29年改正による明文化

前述の昭和53年判例の内容は、平成29年の民法改正で、条文に盛り込まれました。ただし、条文化されたのは原則の部分だけです。

平成29年改正による明文化

あ 条文

賃貸人は、敷金・・・を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
・・・
二 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。
※民法622条の2第1項

い 改正の趣旨

新法では、このような規範(昭和53年最判(前記※1))を明文化した。
※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第7版』日本評論社2021年p1306

5 賃借権の譲渡における実務的な敷金の対処

以上のように、賃借権の譲渡があっても、原則として敷金は承継されません。そうすると、賃貸人は元の賃借人(A)に敷金を返還することになります。
一方、新たな賃借人(B)は敷金を預ける義務はありません。賃貸人としては担保としての敷金を失った状態になってしまいます。
そこで、実務では、賃借権の譲渡の承諾とセットで新たな敷金を預かる方法が一般的です。
この点、土地の賃貸借の場合だけは、賃貸人(地主)に代わって裁判所が借地権譲渡の許可をする手続があります。この裁判でも、賃貸人が敷金を失うことへの配慮がなされます。
裁判所は許可の際、付随的裁判として新たに敷金を預託することを命じることができるのです。

賃借権の譲渡における実務的な敷金の対処

あ 新たな敷金の差入れの合意

賃借権の譲受人(新賃借人)が新たに敷金を賃貸人に預託する
これを、賃貸人が賃借権譲渡を承諾する条件とする
このような方法を用いることが多い

い 譲渡許可の付随的裁判(概要)

裁判所が借地権譲渡を許可する際に
新たに敷金を預託することを命じることがある
詳しくはこちら|借地権譲渡許可の付随的裁判の内容

6 オーナーチェンジの際の敷金関係の承継(参考)

以上で説明したのは、賃借人が変わった場合の敷金の扱いです。これとは違い、賃貸人が変わった(オーナーチェンジ)、つまり、賃貸人の地位の移転がなされた場合には、敷金関係は承継されることになります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|新所有者が承継する敷金(返還義務)に関する事項と売買における敷金引継

本記事では、賃借権譲渡の際の敷金関係の承継について説明しました。
実際には、具体的事情によって法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に賃貸借契約や敷金の承継に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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