【借地上建物の「通常の修繕」「大規模修繕」の意味と修繕禁止特約の有効性】

1 借地上建物の「通常の修繕」「大規模修繕」の意味と修繕禁止特約の有効性

借地においては、建物の「修繕」といえるかどうかで、解除が有効かどうか、また、期間の延長となるかどうかが違ってくることがあります。実務ではこの判定が問題となることが多いです。
本記事では修繕の意味や大規模修繕として増改築として扱われる基準、また、修繕を禁止する特約の有効性について説明します。

2 「修繕」の意味が問題となる状況(前提)

借地上の建物の修繕は、規模が大きいと、増改築と同じ扱いとなります。そこで、大規模な修繕工事は、増改築禁止特約があるケースでは違反行為になり、解除が認められることがあります。
詳しくはこちら|増改築禁止特約における『増改築』の意味と解釈
一方、修繕工事の規模が小さい場合は増改築ではないので、このようなことにはなりません。
このように、(通常の)修繕なのかそれを超える、つまり大規模なので増改築にあたるか、ということで結果が大きく違ってくる状況で、このことが問題となるのです。地主と借地人で見解が対立して紛争に発展するのです。

3 通常の「修繕」の意味と具体例

一般的な「修繕」の意味は、(建物の)維持、保存を目的とする工事です。要するに現状維持です。このような工事が増改築にあたることはありません。ただし、具体的な工事の規模によっては(大規模な場合は)増改築にあたることもあります(後述)。

通常の「修繕」の意味と具体例

あ 新基本法コンメンタール

「修繕」は、目的物の使用を妨げる物理的な障碍(欠陥)を除去して従前の状況に修復することであって、「増改築」とは異なる概念である(破損した屋根瓦や窓ガラスを取り替える場合などがこれに当たる)。
※荒木新五稿/『新基本法コンメンタール 借地借家法 第2版』日本評論社2019年p105、106

い 実務解説借地借家法

ア 修繕の意味 「修繕」という用語の一般的な意味について
→目的物の完全な使用収益を妨げる障害を除去し、完全な使用収益ができるように従前の状態とほぼ同じ状態に修復すること
イ 修繕の具体例 屋根瓦が破損し雨漏りが生じている状況において
従前の瓦を破損していない瓦に取り替える行為
※澤野順彦『実務解説 借地借家法 改訂版』青林書院2013年p223、224
ウ 増改築との関係 修繕は、増改築とは別の概念である
しかし、実際には区別は明確ではない
※澤野順彦『実務解説 借地借家法 改訂版』青林書院2013年p224

う 修繕禁止特約の有効性における「通常の修繕」(概要)

「通常の修繕」とは、建物の維持・保存を目的とする工事である(後記※2

4 大規模修繕の意味→増改築と同じ

(1)学説・大規模修繕の意味→増改築と同じ

修繕、つまり破損や老朽化した部分を修復する工事は通常、増改築にはあたりません(前述)。しかし、実際には、以前よりもグレードの高い部材を使用する、工事の範囲が建物の大部分に及んでいる、など規模が大きい工事をするケースもあります。修繕の目的の工事でも、規模が大きいと、増改築にあたることもあります。

学説・大規模修繕の意味→増改築と同じ

あ 新基本法コンメンタール

しかし、通常の修繕を超える「大修繕」(大規模の修繕建基2条14号(後記※1)は、その意義を、「建築物の主要構造部の一種以上について行う過半の修繕をいう」としている)の場合には、通常は前述の「改築」を伴うものであり、(「大修繕」の内容、程度によりけりではあるが)裁判実務上、「増改築」に当たるものとされることが多い(植垣編・借地非訟261頁)。
※荒木新五稿/『新基本法コンメンタール 借地借家法 第2版』日本評論社2019年p106

い 実務解説借地借家法

ア 大修繕→増改築と同じ 借地関係では大修繕増改築そのものである
「大修繕」という概念は不要である
※澤野順彦『実務解説 借地借家法 改訂版』青林書院2013年p224
イ 建築基準法の「大規模の修繕」→ほとんど増改築にあたる 建築基準法の「大規模の修繕」(後記※1)について
そのほとんどは借地借家法の増改築(一部改築)に該当する
※澤野順彦『実務解説 借地借家法 改訂版』青林書院2013年p224

(2)建築基準法の大規模修繕の意味

どこまでが通常の修繕で、どのような工事だと大規模修繕、つまり増改築にあたるのか、という判定が問題となります。
まず、建築基準法では条文上、「大規模の修繕」という用語が定義されています。この定義によると、5種類の主要構造部のうち少なくとも1つについて過半(51%以上)を対象とした工事、ということになります。
これはあくまでも建築基準法ではこの定義を用いる、というもので、借地借家法の解釈とイコールというわけではありません。ただ、この規模に至っていれば、借地借家法でも大規模修繕、つまり増改築にあたる、ということが多いです(前述)。

建築基準法の大規模修繕の意味(※1)

あ 建築基準法の「大規模の修繕」の意味

建築物の主要構造部1種以上について行う過半の修繕をいう
※建築基準法2条14号

い 建築基準法の「主要構造部」の意味

壁、柱、床、はり、屋根、階段
建築物の構造上重要でない間仕切壁、間柱、局部的な小階段等は除く
※建築基準法2条5号

(3)借地借家法における「増改築」の意味(概要)

前述のように、大規模修繕とは、借地借家法上の増改築のことです。借地借家法上の増改築については、これも画一的な判断基準があるわけではありませんが、要するに、床面積が増える工事や建物の一部や全部を解体した上で従前同様の建物を造る工事という意味です。この意味も、建築基準法が参考にされています。
詳しくはこちら|増改築禁止特約における『増改築』の意味と解釈

(4)民法13条・大修繕→増改築と同じ扱い(参考)

大規模修繕の解釈と直接関係ありませんが、民法13条は保佐人の同意を要する行為のリストですが、その中で「大修繕」が登場します。「新築、改築、増築」と同じ扱い(要同意)となっています。

民法13条・大修繕→増改築と同じ扱い(参考)

第十三条 被保佐人が次に掲げる行為をするには、その保佐人の同意を得なければならない。ただし、第九条ただし書に規定する行為については、この限りでない。
・・・
八 新築、改築、増築又は大修繕をすること。
※民法13条1項(8号)

(5)共有物の軽微変更→大規模修繕を含む傾向(参考)

令和3年の民法改正で、共有物の軽微変更の規定ができました。(従来の)変更行為ではなく管理行為として扱う、というものです。ここで共有建物の軽微変更の例として大規模修繕工事が挙げられています。
詳しくはこちら|共有物の「軽微変更」の意味や具体例(令和3年改正による新設)
一見すると、共有の分野では純粋な増改築大規模修繕は違う、とも思えます。しかし、単に例として挙げただけで実際の工事の規模で判断する(それを「大規模修繕」と呼ぶか「増改築」と呼ぶかは別問題)ということだと思います。

5 通常の修繕と大規模修繕(増改築)の判定の特徴

以上のように、通常の修繕と大規模修繕(=増改築)は、文字にすると違いがありますが、具体的な工事についてハッキリ判定できないことが多いです(そのため対立、紛争に発展しやすいのです)。視点をかえて、建物の寿命(耐用年数)への影響の程度に着目してみましょう。寿命が大きく伸びる場合は、地主が不利な方向に働くので、増改築にあたることにして地主を保護する方向に働く、といえます。このように判定した結果(効果)からの逆算も、判断に影響します。

通常の修繕と大規模修繕(増改築)の判定の特徴

あ 判定の方向性

建物の耐用年数への影響 借地借家法における扱い 大きく影響を及ぼす 改築(増改築)に該当する 大きく影響を及ぼさない 通常の修繕である

い 判定の困難性

大修繕(増改築)(あ)と通常の修繕(い)の区別について
→実際には困難な場合が多い
※澤野順彦『実務解説 借地借家法 改訂版』青林書院2013年p208

6 修繕を禁止する特約の有効性

通常の修繕大規模修繕(増改築)の判定で結論が違う場面の1つに、特約違反になるかどうかという問題があります。順に説明します。

(1)通常の修繕を禁止する特約→無効

借地人は建物を所有してこれを使用(居住など)します。借地人が建物を維持することは当然です。建物の維持レベルの工事まで特約で禁止することはできません。たとえば、地主の承諾がなければ釘1本打ってはならない、床板1枚取り替えてはならない、というような特約があったとしても無効となります。
建物の機能や美観を維持・保存(保全)する目的の範囲内の補修工事については、特約で禁止することはできないのです。

通常の修繕を禁止する特約→無効(※2)

あ 新基本法コンメンタール

建物の維持、保存を図るための通常の修繕は、建物所有者である借地権者(ないし転借地権者)の権利であって、「一切の修繕を禁止する」ような特約は無効というべきである(大判昭13・6・21民集17巻1263、東京地判昭47・5・31判時681号55頁)。
※荒木新五稿/『新基本法コンメンタール 借地借家法 第2版』日本評論社2019年p106

い 昭和47年東京地判

借地人が借地上に一旦建物を建築した以上、当該建物が朽廃してその使命を全うするに至るまでは、可及的にその機能ならびに美観を維持保存すべきことは当然のことであってそのためになされる合理的な範囲内の補修工事(必然的に大なり小なり当該箇所の改良を伴なう。)はたとえその規模が大であったとしても許されるべきであり、これを特約によって禁ずることは借地法一一条の趣旨に反し許されないというべきである。
※東京地判昭和47年5月31日

(2)大規模修繕を禁止する特約→有効(概要)

次に、増改築を禁止する特約は有効です。前述のように、大規模修繕も増改築に含まれます。実際には「大規模修繕・増改築を禁止する」という特約(条項)になっていることが多いです。
結局、増改築(や大規模修繕)を禁止する特約があるケースで借地人が行った工事が通常の修繕か大規模修繕のどちらにあたるのかによって借地契約の解除が認められるかどうかが違ってくる、という構造があるのです。
詳しくはこちら|借地契約の増改築禁止特約の有効性と違反への解除の効力

7 通常の修繕と大規模修繕(増改築)の判定をした裁判例(概要)

前述のように実際には、通常の修繕か大規模な修繕か、という判定が難しいことが多いです。具体的な工事内容から判断をした裁判例について、別の記事で紹介しています。
詳しくはこちら|通常の修繕と大規模修繕(特約違反)のどちらかを判断した裁判例(集約)

8 関連テーマ

(1)大規模修繕が「再築」にあたるかどうか(概要)

本記事では、大規模修繕が増改築にあたるかどうか(増改築禁止特約の違反になるかどうか)を説明しましたが、これとは別に、大規模修繕が、借地借家法の再築にあたるかどうか、という問題があります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|借地上の建物の大規模修繕は再築(滅失・築造)にあたるかどうか

(2)大修繕と『朽廃』の関係(概要)

大規模修繕は、増改築禁止特約に違反したかどうかで問題となることが多いですが、それ以外のところで問題になることもあります。
旧法時代の借地における建物の朽廃の判断で、施工された大規模修繕を差し引くような扱いがあるのです。

朽廃の判断における大規模修繕の影響(参考)

あ 大修繕後の朽廃の判断(判例・概要)

法定期間が適用される旧法時代の借地について
建物の朽廃に近い時期に大修繕を行った場合
→従来の建物が朽廃したであろう時期に借地が終了する
増改築や修繕を禁止する特約とは関係ない
※最高裁昭和42年9月21日

い 反対説

別の見解もある
詳しくはこちら|建物の大規模な修繕と朽廃時期の推定による借地権の消滅(判例)

本記事では、借地上の建物の「修繕」の意味や修繕禁止特約の有効性について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に借地上の建物の修繕や増改築などの工事に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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