1 通常の修繕への該当性を判断した裁判例
借地上の建物の修繕を禁止する特約は無効となることもあります。
大修繕の禁止は有効となりますが、通常の修繕は禁止されないのです。
詳しくはこちら|借地上の建物の『修繕』の意味と修繕禁止特約の有効性
実際には、具体的に行った工事の内容が通常の修繕といえるかどうかがハッキリ区別できないことも多いです。
本記事では、通常の修繕に該当するかどうかを判断した裁判例を紹介します。
2 建物の維持・保存目的の修繕を禁止する特約の効力(否定)
借地人は建物を所有してこれを使用(居住など)します。借地人が建物を維持することは当然です。建物の維持レベルの工事まで特約で禁止することはできません。
たとえば、地主の承諾がなければ釘1本打ってはならない、床板1枚取り替えてはならない、というような特約があったとしても無効となります。
建物の機能や美観を維持・保存(保全)する目的の範囲内の補修工事については、特約で禁止することはできない、と判断した裁判例があります。
建物の維持・保存目的の修繕を禁止する特約の効力(否定)
※東京地判昭和47年5月31日
3 維持保全目的の大規模修繕による解除を無効とした裁判例
前記の裁判例の事案で行われた建物の補修工事は、規模の大きいものでした。長期間手入れ(補修)をしてこなかったので、補修が必要な箇所が多かったのです。要するに、結果的に大規模ではあったけれど、あくまでも建物の本来の機能や美観を維持(回復)する範囲内であったのです。
そこで、裁判所は、建物の維持保存(保全)の範囲内であると判断し、大修繕禁止特約を理由とする解除を無効としました。
維持保全目的の大規模修繕による解除を無効とした裁判例
あ 修繕を禁止する特約の有効性
借地人は建物の機能と美観を維持保存するのは当然である
そのための合理的な範囲内の補修工事は許される
補修工事には一定の範囲で改良を伴う
以上の範囲であれば規模が大きくても許される
このような工事を禁止する特約は借地法11条の趣旨に反する
→無効である
い 補修工事の要点
建物の維持保全の見地から
特に損傷の激しい箇所(う)についてのみ補修・改善を行なった
土台・柱・梁などの大部分は従来のものをそのままとした
建物の床面積・構造には何ら変更を加えていない
総工費は約70万円であった
う 補修工事の具体的内容
ア 屋根
雨もりがひどかったため屋根瓦の一部を取替える必要があったが、本件建物の瓦は昔のサイズであったので全面的にセメント瓦に取替えた。
なおその際屋根の野地板(南側は全部、その他は損傷箇所のみ)および垂木の一部を取替えた。
イ 外壁
周囲の下見板を全部はがし、南、北、西側をモルタル塗とし、南側の力板を新しくし、庇三ヶ所を取替えた。
ウ 土台
周囲の土台はかなり腐蝕していたが、そのうち南側、西側の土台(長さ約六メートル)を取替えた。
エ 柱
外周の柱はいずれもその根元の部分が腐蝕していたが、そのうち西側四畳半の南西角の柱を一本取替えた外に東西四畳半の境辺に新しい柱を一本入れ、本件建物の北東角の柱は周りから板をかぶせてモルタルを塗った。
オ 床
四畳半二間の床板、大引、根太、床束を取替えた。
カ 天井
玄関、四畳半の天井を新しく取替え、台所に天井を新設した。
キ 内壁
所々に下地工事を施したうえ、既存の壁の表面に全面的に漆喰を塗った。
ク 建具
襖一部、畳全部を新しく取替えた。
え 裁判所の判断
前記認定のような補修改良工事を加えることは建物の機能・美観を維持保存するために必要な合理的範囲内の工事というべきであり、これをもって増改築禁止の特約に反するものとして賃貸借の解除をすることは許されず、したがって本件賃貸借の解除は無効というべきである。
※東京地判昭和47年5月31日
4 まとめ
以上のように、建物の補修・修繕工事が増改築禁止特約に違反するかどうかは、単に規模だけでは判定できず、具体的な工事内容、本来(従前)の建物の状態との比較によって判定されます。また、どうしても1つの基準ではっきり判断できるというものでもありません。裁判官による判断のブレがあるのです。
本記事では、大規模な建物の補修工事が増改築禁止特約違反になるかどうかを判断した裁判例を紹介しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に借地上の建物のメンテナンス(修繕・増改築)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。