【財産分与を確実にするための保全手続:離婚時の仮差押・仮処分活用ガイド】
1 財産分与を確実にするための保全手続:離婚時の仮差押・仮処分活用ガイド
離婚問題において、財産分与は将来の生活基盤を左右する重要な問題です。
詳しくはこちら|財産分与の基本(3つの分類・典型的な対立の要因)
しかし、離婚の話し合いが始まると、中には財産を隠したり、勝手に処分したりする配偶者もいます。こうした行為により、本来受け取るべき財産分与額が減少してしまう危険性があります。
離婚を考え始めた段階や別居を開始した時点から、相手が預金を引き出したり、不動産を処分したりする可能性があります。このような財産の散逸を防ぐために、法的な保全手続きを知っておくことが重要です。
本記事では、財産分与請求権を守るための緊急対策として、様々な保全手続きの種類や具体的な流れ、注意点について解説します。
2 財産分与保全が必要なケース→財産を隠す兆候
離婚の兆候を察知した配偶者による財産隠しは、実際にしばしば発生します。離婚を考え始めた配偶者が、将来の財産分与で少しでも自分が有利になるように、あるいは相手に財産を渡したくないという理由から、様々な方法で財産を隠したり処分したりすることがあります。
代表的な財産隠しの手口としては、まず預金の引き出しが挙げられます。配偶者が突然、夫婦用の口座や自分名義の口座から大量の預金を引き出し、現金化したり別の口座に移したりするケースです。特に別居開始前後や離婚話が出始めた時期に、通常とは異なる大きな出金があった場合は注意が必要です。
また、不動産や株式等の突然の売却も見られます。婚姻中に購入した自宅や投資用不動産を、相手に知らせずに売却してしまうケースです。不動産の場合、一度売却されると取り戻すことが困難になります。
さらに、親族への名義変更や贈与という手口もあります。自分の親や兄弟、時には子どもの名義に財産を移すことで、表面上は自分の財産ではないと主張するケースです。
このような財産隠しや散逸の危険性がある場合、早期に適切な対応をすることが非常に重要です。財産が一度処分されてしまうと、取り戻すことは容易ではありません。
3 財産分与の保全手続きの種類
財産分与の保全手続きには主に3つの種類があります。それぞれの特徴と活用場面を理解しておくことで、状況に合わせた最適な対応ができるようになります。
(1)民事保全(仮差押・処分禁止の仮処分)
1つ目は「民事保全手続き」です。離婚訴訟など、訴訟とセットになる手続きです。
これには「仮差押え」と「処分禁止の仮処分」がありますが、使えるのは通常、仮差押の方です。
仮差押えは、金銭債権について将来の強制執行を保全するために債務者の財産を処分できないようにする手続きです。財産分与請求権を被保全権利として、相手方の預貯金や不動産などの財産に対して仮差押えを行うことで、相手方がそれらを処分することを防ぐことができます。これは地方裁判所に申し立てを行います。
詳しくはこちら|財産分与の保全や仮登記(譲渡・差押との優劣)
(3)審判前の保全処分
2つ目は「審判前の保全処分」(としての仮差押・処分禁止の仮処分)です。これは財産分与などの家事調停と家事審判とセットになる手続きです。文字どおり、家庭裁判所での調停や審判が申し立てられた後に、暫定的に財産を保全する処分です。
離婚前の段階では利用できず、離婚成立後の財産分与調停・審判の場面で活用します。
詳しくはこちら|審判前の保全処分の基本(家事調停・審判の前に行う仮差押や仮処分)
(3)調停前の(仮の)処分
3つ目は「調停前の(仮の)処分」です。これは家事事件手続法266条1項に基づく手続きで、家事調停の進行中に、家庭裁判所に申し立てるものです。ただし、この保全処分は執行力がないため、相手方が従わなかった場合に強制執行ができないという弱点があります。
詳しくはこちら|家事調停における「調停前の処分」(家事事件手続法266条)(理論整理ノート)
一般的に、離婚前の財産保全の場合は、1つ目の民事保全手続き(特に仮差押え)が最も適しています。
4 保全手続きの具体的流れ
財産分与の保全手続きを行う場合、まず専門家である弁護士への相談が推奨されます。弁護士は保全手続きの選択から申立書の作成、裁判所での手続きまでサポートしてくれます。特に民事保全手続きは専門的な知識が必要なため、弁護士の協力が不可欠です。
申立て準備段階では、必要書類や証拠の収集を行います。仮差押えの申立てには、「仮差押え申立書」に必要事項を記載し、管轄の裁判所に提出します。婚姻関係を証明する戸籍事項証明書、財産の所在や価値を示す資料、財産隠しの危険性を示す証拠などを準備します。
詳しくはこちら|民事保全(仮差押・仮処分)の基本|種類と要件|保全の必要性
保全の必要性の立証は非常に重要です。相手方が財産を処分しようとしている具体的な兆候や、放置すれば財産分与請求権の実現が困難になる事情を説明する必要があります。例えば、相手方が離婚を拒否し財産分与も拒否している、相手方が財産を管理していて処分できる立場にあるといった事情を示します。
申立書の提出後、裁判所の呼出しを受け、審尋(しんじん)に出席します。審尋では被保全権利と保全の必要性が判断され、担保金の額が決定されます。担保金は保全処分が間違っていた場合の相手方の損害補償のためのもので、一般的に被保全債権額の10〜20%程度とされています。
詳しくはこちら|仮差押の担保基準(担保の金額の相場の表と実務の傾向)
担保金の提供方法には、現金での供託のほか、「支払保証委託契約(ボンド)」という方法もあります。これは担保金の2〜6%程度の保証料で金融機関が保証するもので、法テラス利用者は援助を受けられる可能性があります。
審尋の結果、裁判所が保全の必要性を認めると保全命令が発令され、相手方の財産に対する保全措置が取られます。
5 財産種類別の保全方法
(1)不動産の処分禁止
不動産に対する処分禁止の仮処分は、財産分与として不動産そのものを取得したい場合に適しています。この手続きにより、不動産の登記簿に処分禁止の仮処分登記がなされ、相手方は当該不動産を売却したり、担保設定したりすることができなくなります。特に共有名義の不動産や、住宅ローンが残っている不動産を保全する場合に有効です。ただし、(仮差押と違って)処分禁止の仮処分が認められるには一定のハードルがあります。
(2)預貯金の仮差押
預貯金に対する仮差押えは、相手方が預金を引き出したり移したりするのを防ぐために行います。預金債権の仮差押えが決定されると、銀行等の金融機関は相手方に対して預金を支払うことができなくなります。これにより預金が凍結され、離婚や財産分与の手続きが完了するまで保全されます。
(3)自動車・貴金属の仮差押
自動車・貴金属等の動産に対する仮差押では、「取上げによる方法」と「登録による方法」があります。取上げによる方法では、執行官が動産を物理的に取り上げて保管します。一方、登録による方法は動産を相手方が保持したまま、処分できないようにする方法です。自動車の場合、自動車登録ファイルに仮差押えの登録をします。
(4)株式・有価証券の仮差押
株式・有価証券に対する保全も重要です。株式は容易に売却できるため、速やかな保全が必要です。株式の仮差押えでは、証券会社や発行会社に対して仮差押命令が送達され、相手方が株式を売却することを防ぎます。電子化された株式は、振替口座簿に仮差押えの記載がなされます。
(5)まとめ
それぞれの保全手続きには特徴と注意点があります。不動産の保全では担保金額が高額になることが多く、預金の仮差押えでは口座情報の事前把握が必要です。動産の保全では対象物の特定と所在確認が重要で、株式の保全では保有株式の情報収集が必要です。これらの情報を事前に集めることで、効果的な保全手続きが可能になります。
6 保全成功事例
(1)預金凍結ケース
預金引き出しを防いだケースとして、夫が突然高額な預金を引き出そうとした事例があります。
妻が離婚を考え始めたところ、夫が共同名義の預金から大部分を引き出そうとしていることを発見しました。妻は弁護士に相談し、夫名義の口座に対する仮差押えの申立てを行い、裁判所は保全の必要性を認めました。その結果、預金が凍結され、後の財産分与交渉で公平な分配が実現しました。
(2)自宅売却阻止ケース
不動産売却を阻止できたケースでは、妻が夫名義の自宅マンションを売却しようとしていた事例があります。夫は別居後、妻に知らせずに不動産業者と売却の話を進めていましたが、知人からの情報で妻がこれを知りました。妻は処分禁止の仮処分を申し立て、裁判所はこれを認めました。マンションに処分禁止の仮処分登記がなされ、売却が阻止されました。
(3)不動産の法人への移転阻止ケース
財産隠しが疑われる状況での対応事例として、会社経営者の夫が複数の不動産を所有していたケースがあります。離婚話が出ると、夫は「会社が赤字になった」と主張し、銀行残高も減少していました。妻は夫が親族名義の会社に資産を移している可能性を疑い、弁護士会照会制度を活用して調査したところ、実際に新会社への資産移動が判明しました。この証拠で不動産も法人に移すリスクがある、と判断され、その結果仮差押えが認められました。
弁護士会照会の制度については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|弁護士会照会の基本(公的性格・調査対象・手続の流れ)
以上の事例から、早期発見・早期対応の重要性、弁護士相談の価値、証拠収集の必要性が明らかです。
7 保全手続きの注意点とリスク
(1)タイミング→兆候がみえたらすぐに
申立てのタイミングは保全手続きの成否を左右する重要な要素です。財産隠しや処分の兆候を察知したらできるだけ早く行動することが望ましいです。しかし、単なる憶測だけでは保全の必要性が認められない可能性があります。相手方による財産処分のリスクを示す具体的な証拠を収集してから申立てを行うことが重要です。
(2)不当な保全による損害賠償リスク
過剰な保全による損害賠償リスクも考慮する必要があります。保全手続きは相手方の財産を凍結する強力な措置であるため、後に本案訴訟で敗訴した場合、不当な保全だったことになります。そこで、相手方に損害を与えたとして賠償責任を負う可能性があります。損害賠償が認められた場合、預けた担保から賠償金分を相手方が受け取ることになります。
詳しくはこちら|違法な保全の申立や執行による賠償責任の基本(違法性・過失の枠組み)
(3)保全が認められないリスク
保全が認められないケースとしては、財産処分の具体的危険性を立証(疎明)できない場合や、保全対象財産を特定できない場合があります。対策としては、相手方の財産状況や行動を注視し、財産処分の兆候を示す証拠を収集しておくことが重要です。
相手方からの反発への対処法も重要です。保全手続きにより強い立場で交渉が進むこともありますが、逆に関係が悪化する可能性もあります。
8 まとめ
離婚問題において、財産分与は将来の生活基盤を左右する重要な問題です。一方、相手方による財産隠しや処分が行われることも多いです。そこで、財産分与は事前の保全の重要性が非常に大きいです。
早期の専門家への相談をお勧めします。財産隠しの兆候が見られたら、速やかに弁護士に相談しましょう。保全手続きには専門知識と経験が必要で、弁護士のサポートで成功率が高まります。財産調査や証拠収集でも力になります。
本記事では、離婚に伴う財産分与の保全について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に財産分与など、離婚に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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