【土地・建物の明渡請求について権利濫用の判断をした裁判例(集約)】

1 土地・建物の明渡請求について権利濫用の判断をした裁判例(集約)

土地や建物の売買があった場合、その不動産を占有している者は、対抗要件がないと、占有権原を買主(新所有者)に主張できません。
賃借権には対抗要件の制度があります。
詳しくはこちら|不動産(物権)以外の対抗要件(不動産賃借権・動産・債権譲渡・株式譲渡)
賃借人が対抗要件を得ていれば大丈夫ですが、そうでなければ占有権原を主張できないので、(買主との関係では)不法占有と同じことになります。使用貸借はもともと対抗要件の制度がないので、自動的に不法占有と同じことになります。結局、買主の明渡請求や金銭請求が認められることになります。
しかし、認められるはずの請求が、権利の濫用として否定されるケースもよくあります。
本記事では、土地や建物の明渡請求が権利の濫用にあたるかどうかを判断したいろいろな裁判例を紹介します。

2 明渡請求の権利濫用の判断要素

個々の裁判例の紹介に入る前に、共通する判断要素について押さえておきます。とはいっても、実は多くの裁判例(判断)で共通することを抽出しようと思っても、共通する事情は少ないです。
土地の(新)所有者が、明渡請求をする前の段階で、明渡に向けた交渉をしていないことは、権利濫用を認める方向に強く働きます。また、土地を購入した時の代金が異様に安いことも、権利濫用を認める方向に働きます。

明渡請求の権利濫用の判断要素

あ 判断要素

土地上に土地所有者以外の者が権原に基づいて所有する建物(とりわけ居住用建物)が存在する場合、建物の存在を知りまたは知りうる者が、建物所有者と土地占有権原の消滅および建物収去について交渉しないまま、建物収去・土地明渡請求をすることは、そうした交渉ができない特段の事情がない限り、権利濫用に当たるものと解される。
この場合、土地の譲受人が取得費用を考慮しても時価より相当低い価格で買い受けた等の事情は、権利濫用の補強事由と解されよう。
※松尾弘稿/『私法判例リマークス61 令和元年度判例評論』日本評論社p25

い 暴利行為との関係(参考)

購入金額が異様に安い場合は、売買自体も暴利行為(権利の濫用)にあたる方向に働く
詳しくはこちら|売買の代金額や違約金が不当だと無効となる(暴利行為の判断基準)

3 土地の使用貸借・明渡請求+金銭請求→権利濫用肯定

土地の使用貸借がなされていた状況で、土地の売買が行われ、買主が明渡請求をする、というケースは結構多いです。
最初に紹介するケースでは、買主自身は実質的に購入代金を負担していない事情や、買主が被告が土地を使用することについて長期間許していたことなどから、裁判所は全面的に権利の濫用を認めました。明渡請求も金銭請求も否定したのです。

土地の使用貸借・明渡請求+金銭請求→権利濫用肯定

あ 要点

ア 当事者 原告=土地の譲受人(買主)
被告=土地の使用借人(使用貸借の終了が認定されている)
イ 結論 明渡請求・金銭請求のいずれも権利の濫用にあたる

い 判決文引用

ア 前提・建物の使用貸借の終了 なお、被告は、Bが本件建物の所有を通じての本件土地の占有により使用借権を時効取得し、被告がこれを承継したと主張するが、使用貸借は借主の死亡によりその効力を失うものであるから(民法599条)、仮にBが使用借権を取得していたとしても、これを被告が承継したことを前提とする主張は失当である。
イ 権利濫用の評価 本件土地の前所有者であるAから移転した所有権は・・・原告に移転したものと認めるほかない・・・
原告は本件土地の購入の経過にほとんど関与せず、購入代金及び維持費用は「b店」を切り盛りしていたBが実質的に負担したものということができること、
Bが1500万円以上の費用をかけて建築した本件建物に被告を含むその家族が約15年間にわたって居住してきた間、原告は特段これに異を唱えることなく、別に自宅兼店舗を構えて生活を送りながら、Bの死後、被告又はその家族に対して本件土地の名義変更の費用を要求するようになり、本訴において被告に対して本件建物の収去と本件土地の明渡し等を求めるに至ったものということができる。
・・・本件土地の所有権に基づく原告の本訴請求(注・明渡請求と金銭請求)は、Bを相続して本件建物を所有するに至り、家族と共に同建物に居住する被告に対する関係においては、信義誠実の原則に反し、権利の濫用にわたるものということができる。
※東京地判平成27年6月8日

う 補足説明(参考)

建物所有目的の土地の使用貸借は、通常、借主の死亡によって終了することはない
この裁判例(「ア」の部分の仮定)は、使用借権の時効取得を前提としてるので、この一般論を適用しなかった(当てはまらない)と思われる
詳しくはこちら|借主の死亡による使用貸借の終了と土地の使用貸借の特別扱い

4 土地の使用貸借・明渡請求→権利濫用肯定・昭和60年宮崎地都城支判

前の事案と同様の、使用貸借の対象の土地の売買の後に、買主が明渡請求をしたケースです。所有権移転登記や抹消登記が繰り返され、登記上、一見して正常ではないと思える状況がありました。また、建物の所有者を決める訴訟の判決の直前に土地の売買が行われていました。結果的に、被告所有(と判断された)建物の敷地(土地)を原告が購入したという状態です。
原告は、土地を購入した目的・理由を説明できず、また、金銭的な負担もしていないと判断されました。裁判所は明渡請求を権利の濫用と認めました。

土地の使用貸借・明渡請求→権利濫用肯定・昭和60年宮崎地都城支判

あ 要点

ア 当事者 原告=土地の譲受人(買主)
被告=土地の使用借人
イ 結論 明渡請求は権利の濫用にあたる

い 判決文引用

ア 所有関係の変動 本件土地については、昭和五七年二月二日、訴外丙川松子から訴外甲野花子らへの相続登記と、訴外甲野花子らから原告への昭和五六年一一月一五日付売買を原因とする所有権移転登記が為され、原告への移転登記が昭和五八年三月九日抹消登記され、更に、昭和五八年一〇月二七日、原告に対し、訴外丙川一郎・訴外丁原竹子からはその持分につき再度右売買を原因に、訴外甲野花子からはその持分につき右売買と同日付の贈与を原因に、各持分移転登記が為されており、右のような登記の取得経緯について原告からの明確な説明はないこと。
そして、原告は、本件土地の所有権移転登記を了すると間もない昭和五七年六月七日に本訴明渡訴訟を提起しており、被告が交渉を拒んでいるとは見られないのに、現在に至るも本件土地家屋の買取りや賃貸借について被告との間で合理的妥当な対価を提示しての交渉は為された形跡がないこと。
なお、前記・・・の訴訟事件は昭和五八年一一月二八日に判決が言渡されて本件家屋が被告所有ということで決着が付いたこと。
イ 土地売買の背景 右昭和五六年一一月一五日付売買については現実にその代金の授受はなく、原告の説明では、原告が訴外甲野花子と結婚した後右売買日付頃の間に原告が訴外甲野花子の親兄弟の為に原告が金一八〇万円前後、原告の父が経営する会社が金三二〇万円程度を立替え支出した訴外丁原竹子の結婚式費用・訴外丙川松子の葬式費用等の返済代わりに本件土地を取得したものとしているが、右支出関係のはっきりした書類はないこと。
また、原告は、本件土地を取得するにつき地上建物の権利関係や本件土地の使用権関係等について殆ど調査をしておらず、原告の本件土地利用予定に関しても具体的に煮詰った計画はみられないこと。
ウ 権利濫用の判断 原告の本件土地の取得は、相手方が妻及びその兄弟ということもあって、理由もよくわからない便宜的な操作が為されており、その対価関係もはっきりせず、原告が本件土地取得の為に為した代金相当の支出もはっきりせず、通常の売買による取得とは到底見られない形であるところ、これに加えて、右各認定事実のとおり、原告は、訴外甲野花子らがかつて本件家屋で被告と同居し生活費等を見てもらっていた事情や被告が本件家屋で商売を営んで生活している事情、及び、訴外甲野花子らと被告とが本件家屋の所有権を巡って訴訟をしていること、等も知っていたのであり、これらからして、原告は、被告が訴外丙川松夫夫婦及びその子らに対しては本件土地家屋を使用する何らかの権利を主張しうることは十分知っていたと推認されるところでもある。
そして、これらの点に照らせば、原告は、訴外甲野花子らが被告に対して本件土地の明渡を求めたのでは、かって同居して生活費を見てもらっていた前記関係や被告との間の本件土地使用に関する合意があったと見られる前記事情があって明渡を受けることが困難である、との見込から、右訴外甲野花子らに代わって本件土地の明渡を受ける為に本件土地の譲受けて被告に対し本件土地の明渡を求めている事情が推認されるのであり、これに訴外甲野花子らと被告との前記関係や本件家屋を収去して本件土地を明渡した場合の被告の受ける損害の大きさ、及び、被告は拒んでいないのに原告被告間の誠意ある交渉がみられないこと、をも勘案すれば、これらの事情の下では、原告が被告に対し本件土地の明渡を求めるのは権利の濫用であって許さない、というべきである。
※宮崎地都城支判昭和60年2月15日

5 土地の使用貸借・明渡請求→権利濫用肯定・昭和61年東京高判

使用貸借の対象の土地を贈与により取得した者による明渡請求のケースです。被告は土地所有者から「生涯借地権」の設定を受けたという内容の書面がありました。詳細な記載はなく、正確な意図が読めないものでしたが、対価の支払(負担)はないことから、借地権(地上権や賃借権)ではなく使用借権(使用貸借)であると判断されました。そうすると、土地の譲受人(贈与を受けた者)との関係では不法占有となるのが原則ですが、贈与を受けた者(原告)は推定相続人であり、仮に相続であれば使用貸人(貸主)の地位を承継していた、という特殊な事情がありました。さらに、原告は土地を被告が使用していることを知っていたという事情もあったので、裁判所は明渡請求を権利の濫用と認めました。

土地の使用貸借・明渡請求→権利濫用肯定・昭和61年東京高判

あ 要点

ア 当事者 原告(被控訴人)=土地の譲受人(受贈者)
被告(控訴人)=土地の使用借人(と認定された)
イ 結論 明渡請求は権利の濫用にあたる

い 判決文引用

ア 家業への貢献度(前提) 三郎は、実父の死後、一郎名義の資産である紡績業の生産設備及び不動産(居宅及び敷地、その他の土地)等を一郎、四郎らとともに維持発展すべきことを期待した亡父の遺志に沿って家業を推進してきたものであるが、右事業は、兄弟三人の協同事業であり、加えて、基本的には乙山春夫の強力な助言・指導によるところ大きく、三郎の独力によっては到底賄い得なかったというべきである。
そして、控訴人は、亡三郎が生前本件土地利用につき一郎との間で地上権ないし借地権を設定したと主張するが、前示認定の事実関係からすれば、右主張事実を認めるに足りない。
イ 「生涯借地権」の内容(使用貸借) 一郎の後見人であった丙川五郎は昭和五三年一月一四日控訴人に対し本件土地につき生涯借地権を設定したとの記載のあることが認められ、控訴本人も当審においてこれに沿う供述をしている。
しかしながら、・・・丙川は、三郎没後の控訴人の立場に深く同情し、控訴人が本件土地を終生利用することができるようにとの特別の配慮から「生涯借地権」という名称の土地利用権を設定したものであることが推認され得るところ、右借地権の対価には、・・・三郎夫婦の母花子及び一郎の扶養並びに甲野家財産の維持管理に尽した貢献をその実質とする旨謳っているのである。
しかし、三郎夫婦の貢献はすでに認定したとおりの内容であって、いわゆる生涯借地権の対価と相応するものとは認め得ないといわざるを得ないから地上権ないし賃借権を設定したものと解することはできない
しかし、三郎夫妻が、長年にわたり、本件建物を生活の本拠として利用し、曲りなりにもせよ母花子、一郎らの生活を支えてきたことはすでにみたとおりであるから、仮に一郎が三郎よりも先に死亡したとすれば、三郎は相続人の一人として、一郎の遺産である本件土地を承継すべきことについては、他の相続人である四郎、同春子らとて異議のないところであろうことは・・・によりこれを認め得るのである。
以上の事実関係を法律的にみれば、一郎が、四郎や春子ら親族の了解の下に、三郎控訴人夫婦に対して終身の本件土地の使用借権を設定してきたものと解すべきものである。
そして、・・・の趣旨も、丙川がこの関係を確認し控訴人に対して使用借権を認めたものと解することができるのである。
ウ 譲渡(贈与)による使用貸借終了 被控訴人らは、亡一郎の相続人である四郎及び春子から持分権の贈与を受けたものであるが、後記のように、前二者と後二者の立場は実質的に同一とみるべきものであるが、法律的には前二者は亡一郎又は後二者の包括承継人とみることはできない。
従って、所有者の交替によって控訴人の前主である四郎及び春子らとの使用貸借は終了するものというべきことになる。
エ 権利濫用の判断 被控訴人らは本件土地をいずれも亡一郎の相続人である甲野四郎、同乙山春子から贈与により各持分を取得したものであるところ、・・・右贈与は本訴請求の便宜のためにそれぞれ本来包括承継関係を生ずべき一親等血族関係者において為されたものであることが認められ、・・・被控訴人らにおいても、控訴人と四郎、春子との間の本件土地・建物をめぐる紛争につきこれを知悉のうえ本件土地の各持分を取得したことが認められるから、被控訴人両名の控訴人に対する立場は四郎、春子の控訴人に対する立場と同一視すべきものであり、前示認定の事実関係の下においては、被控訴人らが使用貸主である前所有者から所有権を取得したことを理由として使用貸借の終了を主張して使用借人である控訴人に対して本件土地の明渡を請求するのは、信義に反し権利の濫用であるといわなければならない。
※東京高判昭和61年5月28日

6 土地の使用貸借・明渡請求→権利濫用肯定・平成2年東京高判

使用貸借の対象の土地を遺贈によって取得した者(D)が、すぐに第三者(原告)に売却し、買主(原告)が明渡請求をしたケースです。なお、遺留分減殺請求により、(Dとともに)Cも共有持分をもっていましたが、登記をしない間にDが登記を得たので、Cは権利を得なかったのと同じことになっていました。
Dの購入代金は、時価の半額であり、被告が土地を使用していることをDは知っていたという事情などから、裁判所は明渡請求は権利の濫用であると認めました。

土地の使用貸借・明渡請求→権利濫用肯定・平成2年東京高判

あ 要点

ア 当事者 原告(被控訴人)=土地の譲受人(買主)
被告(控訴人)=土地の使用借人
イ 結論 明渡請求は権利の濫用にあたる

い 土地の所有関係(要点)

A
→遺贈によりD+遺留分減殺によりC(ただし未登記)
→(Dからの)売買により被控訴人(登記済)

う 判決文引用

ア 土地の使用貸借と土地の所有権移転 本件建物は昭和五八年六月頃控訴人夫婦が病身だったAと同居しその看病に当たれるようにするため、Aが居住していた旧建物を取り壊した跡に建てられたもので、控訴人はAとの間で締結した使用貸借契約に基づき本件土地を建物所有のために使用する権原を有していたこと、控訴人はその家族と共に本件建物に居住していること、Aはその生前に控訴人に対し本件土地の明渡しを求める訴えを提起したが、昭和六二年三月三〇日、土地使用貸借が存在するとの理由で右請求を棄却する判決が言い渡されたこと、これより先の昭和五八年頃から、控訴人と紀子、Dとの間で本件建物の所有権の帰属や占有権原をめぐる訴訟が係属したこと、Aの法定相続人は、長女紀子、三女C(控訴人の妻)及び養女のD(紀子の実子)の三名であるところ、Aは、いずれも公正証書による遺言により、昭和六〇年三月一五日に本件土地をDに遺贈したほか、同日、昭和六一年一二月二五日及び昭和六二年四月一七日にその他のすべての財産も遺贈又は遺産分割方法の指定に伴う相続分の指定により紀子及びDに取得させることとしたこと、Cは昭和六三年九月二日到達の書面でDに対し、本件土地につき六分の一の遺留分を主張してその遺贈につき減殺請求をし、この結果、本件土地は共有持分をD六分の五、C六分の一とする両者の共有となったことが認められる。
したがって、右使用貸借が建物所有を目的とし、契約に定めた使用収益をまだ終えていないことからしても、右のとおり本件土地がDとC(同人は控訴人の土地使用を承認しているものと認められる。)との共有であることからしても、Dは控訴人に対し本件土地の明渡しを請求し得ない立場にあったものである。
ウ 権利濫用の判断 被控訴人が本件売買契約締結に際して本件土地上に控訴人所有名義の本件建物が存在することを知っていたことは、当事者間に争いがない。
被控訴人は長年にわたり武蔵野市の市会議員を務め、相当の社会的経験を有する上、地元の諸情報を得やすい立場にある者であること、被控訴人は、本件売買契約締結に際して、本件土地の占有をめぐって紛争があることを聞いていたが、右契約締結の際も、その後本件訴訟を提起するまでの間も控訴人と会ったことはないこと、被控訴人が本件土地を買い受けた価額三三〇〇万円は時価の二分の一程度のものであることが認められる。
むしろ、右事実関係からすると、被控訴人は、本件土地を買い受けるにあたって、土地の占有関係や前示のようなその背景をなす事実関係の大要を承知しながら、土地を廉価で買い受け、控訴人の土地使用権の覆滅を実現することにより多額の利得を得ようとして本件売買契約を締結したものと推認され、この認定を覆すに足りる証拠はない。
また、控訴人が本件土地を使用できなくなることによって生活の基盤を失い、多大の損害を被ることは明らかである。
そうすると、本訴請求は、被控訴人が、Dと控訴人との間に本件土地の使用等に関して紛争があるのに乗じ、控訴人に対して右土地を使用させる義務を負うDと意を通じて右土地を同人から譲り受けた上、その明渡しを得て、控訴人の損失において不当な利得を挙げようとするものであり、権利の濫用として許されないものというべきである。
なお、Cにおいて自己の遺留分減殺請求に基づき本件土地について共有持分の登記をする機会があったのにこれを逸した事実があるとしても、これによって被控訴人の権利行使の不当性が減ずるものではない。
※東京高判平成2年9月11日

7 土地の使用貸借・明渡請求→権利濫用否定

土地の使用貸借がなされた状況で、土地の売買が行われたケースです。結論としては、前述の裁判例とは逆に、権利の濫用は否定されました。
売買の時点から、被告は占有権原(使用借権)があるかどうかが確定していおらず、買主は被告は不法占有者であると思って購入していたのです。さらに、被告が当該土地上に所有する建物が食品製造に適していないことや、被告は解決を困難にするような行動をとっていたという事情もありました。このように、細かい事情が積み重なって、権利の濫用が否定されたのです。

土地の使用貸借・明渡請求→権利濫用否定

あ 要点

ア 当事者 原告(被控訴人)=土地の譲受人(買主)
被告(控訴人)=土地の使用借人
イ 結論 明渡請求は権利の濫用にあたらない

い 判決文引用

ア 売買代金、被告の権利の明確性 被控訴人は建設業兼不動産業を営む者であつて、本件土地及びこれに隣接する前記三二四番二、同番三の土地上に賃貸建物を建設する目的で、昭和五四年一月右三筆の土地を代金七〇〇〇万円で買受けたものであつて、右売買代金額は不相当に低廉なものでなかつたこと、右買受当時、本件土地の所有者(売主)Aが、その地上の本件建物についても所有権を主張して、該建物を占有使用中の控訴人を相手どつて、甲府簡易裁判所にその明渡を訴求していた(同庁昭和五三年(ハ)第二〇号家屋明渡等請求事件)こと
(もつとも、右訴訟事件においては、同月六月に至り、本件建物の所有権はAには存しないとの理由により、請求棄却の判決が言渡され、該判決が確定した。)
、従つて、本件土地の売主Aは、前記売買当時本件建物は、自己の所有であると考えていたのであり、又本件土地の買主である被控訴人も、本件建物はAにおいて控訴人からの明渡を得てこれを収去する筈であるから、本件土地は更地同然であると考えて、これを買い受けたものであることが認められ、右の各事実によれば、被控訴人において殊更に控訴人を害する意図を以て本件明渡請求に及んだものということはできない
イ 被告を保護する必要性 ・・・控訴人は、永らく妻と共に本件建物に居住して零細なパン粉製造販売業を営んでいる者であるが、本件建物はもともと粗末な造りであるうえ、かなり老朽化し、かつ不潔であつて、食品の製造加工の用に適するとは認め難いこと、
控訴人は、被控訴人からの本件建物収去土地明渡の交渉にも誠実に応待せず(当審における和解期日において被控訴人から土地明渡請求に応じてくれるならば、立退料として五〇〇万円を支払う旨提案されたのに頑なにこれを拒否し、遂に和解が成立するに至らなかつたことは、記録上明らかである。)、
ウ 被告による妨害的行為 又本件建物に隣接して本件土地上の所在していた店舗部分の建物が跡部によつて取り壊され、その敷地部分が更地となるや、その地上に朽廃しかつ車輪を取り外して自動車として全く機能しない本件自動車車体を置き、該土地を占拠し現在に至つていることが認められる。
エ 結論 以上の諸事情を総合勘案すれば、本件土地明渡によつて、同所を生活の本拠として生業を営みしかも既に老境に達し傷害の後遺症に悩む控訴人が多大の打撃を受けるとしても、本件土地明渡の請求が直ちに権利の濫用にあたるということはできない
※東京高判昭和56年2月26日

8 土地の賃貸借(対抗力なし)・明渡請求のみ→権利濫用肯定

土地の賃貸借(借地)があったけれど、対抗力(対抗要件)がなかった状態で、土地の売買が行われたケースです。
買主は、低廉な金額で購入し、購入後に被告と交渉をしないでいきなり提訴しました。このような事情から裁判所は、明渡請求は権利の濫用にあたると判断しました。一方、損害賠償金の請求は権利の濫用にはあたらない、と判断しました。
被告はもともと(仮に賃借権の対抗力があったとしても)賃料を支払う立場にあったので、金銭請求が認められないとバランスがよくないといえます。

土地の賃貸借(対抗力なし)・明渡請求のみ→権利濫用肯定

あ 要点

ア 当事者 原告(被控訴人)=土地の譲受人(買主)
被告(控訴人K)=土地の賃借人(対抗力はない)
イ 結論 明渡請求は権利の濫用にあたる
金銭請求は権利の濫用にあたらない

い 判決文引用

ア 明渡請求についての判断 被控訴人は、単に控訴人Kが本件(イ)の土地を賃借し、同地上に建物を所有して営業している事実を知つて本件土地を買受けたものであるに止らず、時価よりも著しく低廉な、しかも賃借権付評価で取得した土地につき、たまたま控訴人池島の賃借権が対抗力を欠如していることを発見し、これを奇貨として予想外の新たな利益を収めようとするものであり、その方法としては事前に何らの交渉もしないで抜打的に本訴を提起し、その反面に、相手方に予期しない不利益を与えるもの、即ち正当な賃借権に基き地上に建物を所有して平穏に営業し来つた控訴人池島側の営業ならびに生活に多大の損失と脅威を与えることを意に介せず、敢えて彼我の利益の均衡を破壊して巨利を博する結果を招来せんとするものと認めなければならないから、被控訴人の控訴人池島に対する本件建物収去、土地明渡の請求は到底土地所有者とその既存利用者間の信義誠実の原則に則つた権利行使とは認め難い。
よつて右請求は権利の濫用として排斥するのが相当であると認める。
イ 金銭請求についての判断 そこで次に損害金請求の点について考えて見るに、控訴人Kが被控訴人において本件(イ)の土地の所有権を取得した日時以降同土地の仮換地及び換地について被控訴人に対抗しうる占有権原を有しないことは前認定のとおりである。
しかして被控訴人の控訴人池島に対する同地上建物の収去及び土地明渡の請求が権利の濫用として許されずその反射的効果として控訴人Kにおいて右建物収去、土地明渡の請求を拒否しうる結果となるとしても、そのことから直ちに同控訴人の右土地占有が正当権原に基く適法なものに転化するいわれはないから、同控訴人において被控訴人が右土地の使用収益を妨げられることによつて蒙つた損害についてまでも、賠償義務を免れるためには、さらに被控訴人において右損害賠償を請求すること自体も権利の濫用と認められなければならないところ、前認定の建物収去、土地明渡を権利の濫用と認めた事由はいまだ被控訴人の損害金の請求までも権利の濫用と認むべき事由となすに足らず、他に損害金の請求を権利の濫用と認むべき特段の事情もない。
そうすると控訴人Kは被控訴人に対し本件(イ)の土地の仮換地使用収益権及び換地の所有権に対する侵害の損害賠償として地代相当の金員の支払義務を免れない
※大阪高判昭和39年3月30日

9 土地の賃貸借(終了)・明渡請求→権利濫用否定

以上で紹介したケースとは少し違って、賃貸目的物の譲渡(売買)はなく、ストレートに賃貸借契約が終了した事例です。明渡請求を認めた場合に退去することになる者(元賃借人)が70歳を超えていたことを理由として、権利の濫用であるという主張がなされていました。
裁判所は、その事情(高齢である)というだけでは権利の濫用にはあたらない、と判断しました。

土地の賃貸借(終了)・明渡請求→権利濫用否定

あ 要点

ア 当事者 原告(被上告人)=土地の所有者
被告(上告人)=土地の賃借人(契約は終了した)
イ 結論 明渡請求は権利の濫用にあたらない

い 判決文引用

ア 要点 土地の賃貸借は一時使用目的のものであると判断された
賃貸借契約は終了したと認められた
被告(土地の賃借人)は70歳を超えていた
イ 権利の濫用の判断 ・・・論旨は、高齢の上告人らが本訴において敗訴すれば路頭に迷わねばならないことをいうが、同趣旨の主張につき被上告人の本件請求権行使が権利濫用とはならないことを判示する第一審判決の判断を支持した原審判決は、正当であつて、この点に原判決の違法があるとの所論も採用できない。
※最判昭和39年2月25日

10 土地(道路)の使用貸借・明渡+金銭請求→権利濫用肯定

以上の事案は、建物が建っている土地の明渡請求でしたが、そうではなく、道路(通路)となっている土地の明渡請求について権利の濫用が認められたケースです。
事実上、道路法上の道路として、地下に配管が埋設され、多くの人が通行している状況でした。ただ、行政側のミスで、道路としての認定手続がなされないままだったのです。
原則論としては、所有者の妨害排除請求が認められるはずですが、認めてしまうと多くの人に大きな被害が出ます。一方、買主は現実に道路として使われていることを(知らなかったとしても)重過失といえるので、知っていて買ったのと同じと考えられます。
裁判所は、このような考え方をとり、明渡請求も金銭請求も権利の濫用にあたると判断しました。

土地(道路)の使用貸借・明渡+金銭請求→権利濫用肯定

あ 要点

ア 当事者 原告=土地の譲受人(買主)
被告=土地を道路として利用(通行・配管設置)する者
イ 結論 明渡請求・金銭請求は権利の濫用にあたる

い 判決文引用

ア 道路法上の道路→否定(前提) 関係行政機関において、本件土地に関して新旧道路法上の認定手続を行つたと認めることはできない
そうすると、本件土地が私権の行使が制限される道路法上の道路であるとはいえないことになる。
イ 明渡請求についての判断 本件土地は、実質的には私権の行使が制限されている道路法上の道路と異なるところのない道路であつて、これに連なる周辺の道路と一体となつて地域通行のためには欠くべからざる存在となつているといえ、Aないしは原告が本件土地を取得する以前は本件土地の所有者はそれが右のように利用されることにつきなんらの対価をとることなくこれを容認していたと認められ、その容認のもとにそこにはすでに上下水道管、ガス管等地域住民が生活を営むうえにおいて必要な物資を供給するための各種構造物が設置されているのである。
そして、原告は、本件土地を取得するにあたつて本件土地が右のような土地であることを知らなかつたことにつき重大な過失があるといわざるをえないのであつて、帰責性に関する法的評価のうえでは重過失は悪意と同視されてしかるべきものであるから、これらのことを総合すると、原告が道路としての本件土地利用を拒絶しうる立場にあるということは到底できず、前認定の事実によると、被告らは道路としての用法に従つて本件土地を管理し、地上地下に構造物を設置するなどしてこれを占有しているものということができるから、そういう被告らに対し原告がその収去土地明渡を求めることは権利の濫用として許されないというべきである。
ウ 金銭請求についての判断 被告らの右土地利用は原告に対する関係においては不法行為を構成しないと解するのが相当である。
なお、被告守口市を除くその余の被告らは、いずれも前認定のとおり、その当時の本件土地の所有者の承諾ないしは本件土地の管理者であつた被告守口市の占有許可を得たうえで、すでに現況道路であつた本件土地に、各種構造物を埋設し、その後長年にわたり道路としての用法に従つて継続して本件土地を占有してきたのであるから、右各被告らには、右土地利用が本件土地の所有者に対する関係で不法占有であると認識しまたは予見しうる余地があつたとは到底認められず、結局、右各被告らについては不法行為の成立要件である故意過失を認めることもできないのである。
それゆえ、原告の損害金の請求も許されないというべきである。
※大阪地判昭和56年3月26日

11 温泉の配管の撤去請求における権利の濫用(概要)

建物の敷地でもなく、また、通路でもない土地の明渡請求について権利の濫用にあたるかどうかが判断されたケースもあります。それは、土地に設置された温泉の配管の撤去請求のケースです。
有名な宇奈月温泉(木管)事件は、裁判所が権利の濫用を認めたリーディングケースです。また、権利の濫用ではなく、別の理論(民法177条の解釈)で配管の撤去請求を否定した裁判例もあります。これらについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|温泉地役権と土地所有権の権利濫用(宇奈月温泉事件)

12 建物の使用貸借・明渡(金銭)請求→権利濫用肯定

以上は、土地の明渡請求でしたが、次に、建物の明渡請求について権利の濫用の判断がなされた裁判例を紹介します。
最初に、使用貸借の対象の建物の売主の立場を考えます。建物を貸し続ける義務(住まわせ続ける)があるのに、売ってしまったらこれができなくなります。そこで、売ったこと自体が不法行為に該当します。
そして、被告が(使用貸借として)居住していることを知って買ったことは、不法行為に加担したことになります。買主は、安く建物を買っており、多額の利益を得ることになっていました。このような事情から裁判所は、明渡請求は権利の濫用にあたると判断しました。金銭請求については、権利の濫用の理論を使わず、信義則から、使用貸借と同じ扱いとする、という理論を使って否定しました。

建物の使用貸借・明渡(金銭)請求→権利濫用肯定

あ 要点

ア 当事者 原告=建物の譲受人(買主)
被告=建物の使用借人
イ 結論 明渡請求は権利の濫用にあたる
使用貸借は継続しているため、金銭請求も否定された

い 判決文引用

ア 売主の責任(不法行為成立・前提) 被告の占有権原は使用借権ではあるが、その期間は被告の死亡時までとされていたのであり、しかも、被告は、本件建物の使用の対価は支払っていないものの、同権利を取得するために債権放棄までしたのであるから、Bの法的地位を相続したCから本件建物の明渡しを請求された場合には、使用借権があることを理由にこれを拒絶することができる立場にあったものといえる。
・・・Cは、被告の年齢、健康状態はもとより、被告が使用借権を取得した経緯を知悉し、被告が本件建物から退去する意思がないことを認識しながら、あえて本件不動産を売却したことになる。
そうであれば、Cの上記行為は、単に使用貸借契約の債務不履行に当たるというにとどまらず、不法行為を構成するものというべきである。
イ 明渡請求についての判断 原告の当時の代表者であるFないしその担当者は、本件売買契約締結当時、被告が本件建物の使用借権を取得した経緯等を認識していたものと推認するのが相当である。
以上によれば、原告は、Cが被告に対して本件建物の明渡しを請求することができない立場にあることを認識し、そのために、本件建物の買受け後その引渡しを受けるのに障害があることを認識しながら、あえて上記障害の存在を理由に本件建物を廉価で買い受け、多額の利益を得ようとしていたものと認められる。
他方、被告は、高齢で健康状態も思わしくなく、階段の昇降にも支障があること等に照らすと、本件建物からの退去には、かなりの肉体的、精神的負担を伴うものと認められる。
以上の諸事情を総合すると、原告が本件売買契約締結前後に行った一連の行為は、Cの上記不法行為に加担し、これを幇助して、多額の利益を得ようとした点において、自由競争の範囲を逸脱し、社会的相当性を欠くものと評すべきである。
そうであれば、原告において、被告が本件建物の使用借権しか有していないことを理由として本件建物の明渡しを求めることは、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である。
ウ 金銭請求についての判断 そして、原告の本件建物の明渡請求が認められない根拠が上記の点にあることに照らせば、被告は、原告に対しても、信義則上、本件建物の占有権原として上記使用借権の存在を主張することができるものと解するのが相当であるから、原告の賃料相当損害金の支払請求も理由がない。
※東京地判平成22年8月5日

13 明渡請求の権利濫用の後の法律関係(金銭請求・概要)

所有者による明渡請求が権利の濫用にあたるため認められなかった場合に、その後の法律関係はどうなるのか、という問題があります。具体的には、金銭(使用対価)の請求の根拠(理論)の問題です。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|所有者による明渡請求が権利濫用となった後の法律関係(金銭請求)

14 明渡料支払による権利濫用の回避(概要)

以上のように、不動産の明渡請求では権利の濫用として請求が認められないこともあるのですが、そのような場合でも、明渡料を支払うことにより権利の濫用ではなくなるという方法があります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|土地の買主による明渡請求は明渡料支払により権利濫用を避けられる

本記事では、土地や建物の明渡請求について、権利の濫用にあたるかどうかが判断された裁判例を紹介しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に不動産の明渡請求の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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