【賃貸人たる地位を承継した新所有者に承継される事項の全体像】
1 賃貸人たる地位を承継した新所有者に承継される事項の全体像
2 賃貸借の目的物の譲渡による賃貸人の地位承継
3 新所有者が承継する金銭に関する事項(概要)
4 新所有者が承継する期間と契約終了に関する事項(概要)
5 承継される事項についての対抗要件の要否
1 賃貸人たる地位を承継した新所有者に承継される事項の全体像
対抗力のある賃借権の目的物が譲渡されると,新所有者が賃貸人たる地位を承継します。いわゆるオーナーチェンジのことです。
詳しくはこちら|対抗力のある賃借権の目的物の所有権移転と賃貸人たる地位の承継(基本)
この時に,従来の事情のうちどのようなものを新所有者が承継するのか,ということが問題となります。基本的に従前の賃貸借契約に関する事項はほぼすべて承継されますが,承継されないものもあります。
本記事では,賃貸人の地位を承継した新所有者が承継する事項に関して,全体的に説明します。
2 賃貸借の目的物の譲渡による賃貸人の地位承継
基本的に,新所有者は,従来の賃貸借契約をそのまま引き継ぎます。つまり,従来の契約内容を全部承継します。
<賃貸借の目的物の譲渡による賃貸人の地位承継>
あ 賃貸人たる地位の承継(前提)
対抗要件を備えた賃借権の目的物が譲渡された場合
→原則として新所有者は賃貸人たる地位を承継する
詳しくはこちら|対抗力のある賃借権の目的物の所有権移転と賃貸人たる地位の承継(基本)
い 承継される内容(基本)
従来の賃貸借契約の内容は新所有者に承継される
※幾代通ほか篇『新版 注釈民法(15)債権(6)』有斐閣1989年p191
3 新所有者が承継する金銭に関する事項(概要)
新所有者が承継する賃貸借契約に関する事項のうち,解釈の問題があるものもあります。
賃料や敷金に関する事項は承継します。
他方,保証金はもともと返還義務がないので,承継するかしないか,という問題自体が生じません。
また,賃借人が支出した有益費についての償還義務も原則として承継します。
これらの金銭に関する事項についてはまとめて別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|新所有者が承継する金銭に関する事項(賃料・保証金・有益費償還義務)
詳しくはこちら|新所有者が承継する敷金(返還義務)に関する事項と売買における敷金引継
4 新所有者が承継する期間と契約終了に関する事項(概要)
前記の事項以外にも,解釈の問題があるものがあります。
存続期間(残存期間)はそのまま承継されます。
賃料の滞納があれば解除することができますが,賃料債権の譲渡がなければ新所有者は賃料滞納を理由とした解除をすることはできません。
前所有者が解約申入を(通知)したという状態は,新所有者は原則として引き継ぎません。
また,転貸や賃借権譲渡を許可する特約は新所有者が引き継ぎます。
このような,期間や契約終了に関する事項については,まとめて別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|新所有者が承継する期間と契約終了に関する事項(存続期間・解除関連・転貸譲渡承諾)
5 承継される事項についての対抗要件の要否
ところで,賃借権登記の登記事項にはいろいろなものがあります。登記事項なのに登記されていないものは,対抗力がありません。結局,理論的に新所有者が承継するものであったとしても,対抗力を有しないために承継しないという結果になります。
この点,実際には賃借権登記をしてあるケースはほとんどありません。借地借家法の規定により,借地上の建物の所有権登記や賃貸建物の引渡(入居)が賃借権の対抗要件となっているケースがほとんどです。これらの借地借家法による対抗要件は,賃貸借契約の内容を登記しておくことはできません。
そうすると,登記していなくても対抗力があるということになります。結局,登記(公示)なしでも新所有者が引き継ぐということになります。
<承継される事項についての対抗要件の要否>
あ 登記事項の対抗関係
賃借権登記において登記される事項について
→登記された範囲においてのみ新所有者を拘束する
※民法177条
い 特別法による対抗要件の扱い
借地借家法によって賃借権の対抗力を取得する場合
→登記事項(あ)は,特段の公示方法なしで新所有者に当然承継される
※幾代通ほか篇『新版 注釈民法(15)債権(6)』有斐閣1989年p194(敷金に関して)
本記事では,対抗力のある賃借権の目的物の譲渡によって新所有者が賃貸人たる地位を承継する場合に,新所有者に承継される事項の全体像を説明しました。
実際には,細かい事情や主張・立証のやり方次第で結論が違ってきます。
実際に不動産の譲渡に伴う賃貸借契約に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。